「ノーザン・パワーハウス(Northern Powerhouse)」は、産業界や政策に関係する分野(学会やメディアなど)では良く知られた英国政府の政策であり、EU離脱決定を受けて政府が今後、ロンドンのみならず英国全土への投資誘致を強化するにあたり、重要性を増すと思われる。その一方で、世論調査会社イプソス・モリによる2016年の調査では、イングランド北部に住む成人の半分がこの言葉を聞いたことがないとの結果も出ている[1]。ノーザン・パワーハウスは、幾つかの要素(異なる政策、資金源、優先事項等)及び行政組織(後述する合同行政機構など)で構成されており、「全ての人のために機能する」経済を実現するというテリーザ・メイ保守党政権の試みにおける要の部分であり続けている。
ノーザン・パワーハウスとは何か
ノーザン・パワーハウスのプログラムが英国政府によって初めて発表されたのは、2014年6月、ジョージ・オズボーン財務大臣(当時)がイングランド北西部マンチェスター市内で行ったスピーチにおいてであった[2]。オズボーン大臣は、次のように述べた。
「イングランド北部の都市は、個々でそれぞれ力強いが、まとまると十分に力強くない。全体は、それを構成する部分の集合より劣っている。それゆえ、大都市ロンドンの優位性がますます高まっている。このことは、英国経済にとって健全ではない。我が国にとって良い事態ではない。我々は、(ロンドンを必要としているのと同様に、)ノーザン・パワーハウスも必要としている」
このスピーチは、野党第一党の労働党の不意を突く狙いもあった。当時、労働党が議会で最大政党となっていたイングランド北部の都市で分権拡大を求める声が上がっていたが、労働党の上層部は、意見の対立から、どのような政策を打ち出すべきか合意できずにいた。このスピーチの後、財務省主導で、ノーザン・パワーハウスの政策に関する幾つかの報告書が発表された(コミュニティ・地方自治省(DCLG)の主導ではなかった。同省は単に、より上位の省である財務省の新政策立ち上げの提案に同意したのみであった)。こうして、ノーザン・パワーハウスという言葉は政策用語として定着し、政府の様々な省のプログラムの名称に使われるようになった。
政府による公式なものではないが、下院図書館が2016年11月に発表した報告書では、ノーザン・パワーハウスが次のように定義されていた[3]。
「ノーザン・パワーハウスは、2010~15年の保守党と自由民主党の連立政権が、イングランド北部の地方自治体との協力で策定したプログラムであり、同地方における経済成長と生産性に関する様々な問題に取り組むことを目的としている」
ノーザン・パワーハウスの目的 - 分権か投資か?
ノーザン・パワーハウスは、分権と投資を含む様々な政策分野や優先事項にまたがっている。ノーザン・パワーハウスのプログラムにおいて、分権と投資は共存できないわけではないが、どの省がプログラムを実施しているかによって、置かれるウェイトが異なる。政府は、2014年以降一貫して、「投資の機会は地域に大幅な権限が移譲されてこそ最大化されるが、大幅な権限移譲は、地域が直接公選首長制を導入することを条件とする」との方針を採っている。2016年11月、政府の大臣は、マスコミの取材に対し、直接公選首長制度を導入した地域は、優先的に政府からの投資の対象となるという趣旨の発言を行っている。
地方自治体の役割は?
ノーザン・パワーハウスの政策の実行において、2014年以降、財務省は、イングランド北部の都市部の主要な地方自治体とパートナーシップを組んで協働するという方針を採っている。同年にグレーター・マンチェスター合同行政機構(Greater Manchester Combined Authority)と政府が締結した分権の合意「グレーター・マンチェスター合意(Greater Manchester Agreement)」は、そうした協働の成果の一つである[4]。イングランド北部の都市部の地方自治体は、概して、財務省と安定的で成熟した協力関係を築いていると述べている。このことは、それらの地方自治体の全てにおいて労働党が支配政党となっている一方、国の与党は保守党であることを考えると、目を引く事実である。
ここで留意すべき点が幾つかある。まず一つは、イングランド北部の全ての地方自治体がノーザン・パワーハウスを支持しているわけではなく、またノーザン・パワーハウスの政策の対象に含まれてもいないことである(より小規模の、非都市圏の地方自治体などがこれにあたる)。二つ目は、ノーザン・パワーハウスの政策で行われている事業は、通常は政府レベルで行われている大規模なもの(商取引と投資、大規模なインフラ施設に関する事業など)であるため、地方自治体ではなく、国の機関の地域事業所などによって行われていることである。英国の地方自治体の主な役割は、福祉や環境等に関わる地域の公共サービスの提供である。合同行政機構及び2017年から導入される合同行政機構の管轄地域を単位とする直接公選首長は、既存の地方自治体では規模の面で扱うことができない業務の実施能力を持つ地域の仕組みを整備することを目的としている。
しかし全体的に見れば、イングランド北部の地方自治体は財務省による協働的なアプローチを支持しており、さらなる投資と分権を求めている。リーズ市のリーダー[5]は最近、ノーザン・パワーハウスという「ブランド」は、地方自治体が自分たちだけで取り組んでいるプログラムではなく、適正な規模と手法で行われているからこそ、中国の投資家たちに十分に理解されていると述べていた。
ノーザン・パワーハウスに対する評価は?
上で述べたことからも推察できるように、野党労働党はノーザン・パワーハウスの政策に懐疑的であり、「意味のある権限移譲ではなく、公共サービス削減の責任を地域に移管していることを隠すための手段である」と主張している[6]。幾つかのシンクタンクは、現在行われているノーザン・パワーハウスのプログラムはインフラ整備に偏り過ぎており、かつての工業地帯で現代の労働市場の需要に合った職業訓練を提供することに十分に重点が置かれていないと指摘している。また最近、専門家からは、ノーザン・パワーハウスのプログラムは都市部に偏っており、より人口の少ない街や田園地域が無視されているとの声も上がっている(政府は、ノーザン・パワーハウスの政策について説明する際、「偉大な都市(great cities)」との言葉をしばしば使っている)。しかし、イングランド北部は、過去何十年もの間、交通インフラ整備の遅れや都市部の貧困などの問題を抱え、地域経済の衰退が続いているため、ノーザン・パワーハウスへの批判の声は、「何もないよりはまし」であるとしてかき消される傾向にある。
ノーザン・パワーハウスは依然として政府の優先事項であるか?
2016年6月のEU国民投票の結果を受けて同年7月にデービッド・キャメロン首相が辞任し、ノーザン・パワーハウスのプログラムを主導していたジョージ・オズボーン氏は、メイ新首相によって財務相の職を解かれた。これを受け、ノーザン・パワーハウスの政策は打ち切りになった、または政府内での重要度が下がったと推測する声が上がった[7]。メイ氏が首相就任直後に行った組閣では、当初、ノーザン・パワーハウス担当大臣が任命されず、ノーザン・パワーハウスが打ち切りになった証である、またオズボーン前財務相に対するあてつけであるなどと言われたが、後に、保守党のアンドリュー・パーシー議員が、コミュニティ・地方自治省の閣外大臣としてこのポジションに任命された[8]。
メイ氏は、首相就任後初めて行ったスピーチで、英国は「素晴らしい地方都市の一つ、または二つでさえもなく、それらの都市全てを支援する計画」を必要としていると述べた[9]。一部には、これを、労働党が支配政党となっているイングランド北部の地方自治体と協働してきたオズボーン前財務相に対する遠回しな批判として解釈する向きもあった。また、メイ首相が就任当初に新聞に寄稿した記事では、ノーザン・パワーハウスの政策に対する強い熱意は表明されていなかった[10]。メイ首相は、英経済のロンドンへの集中を是正し、イングランド全土に分散したい意向である。首相の上級アドバイザーの一部は、イングランド中部出身で、同地方を政治的に重要な地域として位置付けていることで知られており、その事実は、これらのアドバイザーが執筆したメイ首相による幾つかのスピーチにも表れている[11]。2016年9月には、上院議員のオニール卿が、商務担当政務官の職を辞し、メイ政権のメンバーが辞任した初のケースとなった。オニール卿は、2015年5月、ノーザン・パワーハウスの推進を役割としてオズボーン前財務相から商務担当政務官に任命された。辞任の理由は、メイ政権が、前政権ほどノーザン・パワーハウスの政策に強い意欲を見せていないことに不満だったためと推測されている[12]。
パーシー・ノーザン・パワーハウス担当閣外大臣は、2016年9月、雑誌への寄稿記事で、「ノーザン・パワーハウスは今や、世界中で認識され、称賛されている名称である」と述べた[13]。また、メイ首相から新たに任命されたフィリップ・ハモンド財務相は、2016年10月に行われた保守党の党大会でのスピーチで、「財務省は、私の指揮のもと、ノーザン・パワーハウスのプロジェクトを継承し、地域のリーダーと協力して、イングランド北部の人々にこのプログラムの可能性が届くようにする」と述べた[14]。この方針は、2016年11月に発表された「2016年秋季報告書(Autumn Statement 2016)」でも確認された。しかし、ハモンド財務相はまた、党大会のスピーチで、「ミッドランズ・エンジン」の対象であるイングランド中部も、また分権と投資に関して政府と協働する意欲があればいかなる地域でも、イングランド北部と同様に重視するとの姿勢を示した(「ミッドランズ・エンジン」については後述参照)。メイ政権は、2017年1月、新たな産業戦略を発表し、イングランド北部の地域への総額5億5600万ポンド規模の投資計画も付属文書として発表した[15]。
付録: ノーザン・パワーハウス用語集
A - Authorities, Combined(合同行政機構): 現在までのところ、イングランド北部及び中部に7つの合同行政機構が設置されている。また、イングランド内の他の地域でも、新たな合同行政機構の設置が検討されている。合同行政機構の法的権限や仕組みは、「2009年地域民主主義・経済開発・建築法(Local Democracy, Economic Development and Construction Act 2009)」及び「2016年都市・地方分権法(Cities and Local Government Devolution Act 2016)」で規定された。「2011年地域主義法(Localism Act 2011)」にも、合同行政機構の機能に関係する条項がある。2009年法では、同地域内の複数の地方自治体が、国務大臣に対し、合同行政機構の設置を要請できると規定された(ただし、合同行政機構の設置を規定した二次立法が国会で承認される必要がある)。2016年法では、イングランド内の全ての地域において、地方自治体からの要請がなくても、国務大臣が合同行政機構を設置できると規定された(ただし、国会での承認と設置地域の地方自治体の合意が必要とされる)。2016年法ではまた、国務大臣に対し、二次立法の制定によって、合同行政機構の管轄地域を単位とするメイヤーを設置する権限が与えられた。政府の公式文書等で、合同行政機構の管轄地域を単位とするメイヤーは、しばしば「メトロ・メイヤー(Metro Mayor)」と呼ばれている。2017年5月には、グレーター・マンチェスター、リバプール都市圏、シェフィールド都市圏、ティーズ・バレー及びウェスト・ミッドランズで、イングランド初のメトロ・メイヤーを選ぶ選挙が実施される。
B - Brand(ブランド): ノーザン・パワーハウスの公式な定義は存在しない。一部の専門家は、ノーザン・パワーハウスは包括的なコンセプト(umbrella concept)であり、政府の政策や支出計画、さらに海外への投資誘致活動も含まれる「ブランド」として捉えることができると主張している。こうした見方は、一部の学者や国家統計局(National Audit Office)、またイングランド北部の都市の地方自治体の幹部からも支持されている。英国政府は最近、ノーザン・パワーハウスのブランドを確立し、向上するべく、ノーザン・パワーハウスのウェブサイト(http://northernpowerhouse.gov.uk/)を開設した。
C - Cities and Local Government Devolution Act 2016(2016年都市・地方分権法): 政府は2014年以降、ノーザン・パワーハウスの政策を推進している。現与党の保守党は、2015年の総選挙で、メトロ・メイヤーの制度導入を公約した。続いて制定された「2016年都市・地方分権法」は、政府から合同行政機構に移管できる機能について、個々のケースごとに、国務大臣が二次立法の制定によって決めることができると定めた。これによって、合同行政機構が機能を行使できる分野を交通、経済開発及び再開発に限定するという従来の規定が撤廃され、同法制定以前に既に既存の合同行政機構の大半と政府の間で交わされていた分権の合意の内容を実施することが可能になった。同法はまた、国務大臣に対し、二次立法の制定によって、グレーター・ロンドン以外のイングランドの全ての地域で、地域の公共交通に責任を有する組織「地方交通局(sub-national transport body、STB)」を設置する権限を与えた。「地方交通局」の役割は、地域の交通に関する戦略策定及び国務大臣への助言などであると規定された。
D - Devolution Deals(分権の合意): 2014年以降、ノーザン・パワーハウスの政策によって、分権のプロセスが推進されている。政府がこれまでにイングランド内の12の地域と締結した分権の合意のうち6つは、イングランド北部の地域との合意である。これらの合意の内容は個々に異なるが、多くの場合、職業技術、企業支援、交通、土地開発などに関する権限の移譲が合意されている[16]。既に述べた通り、政府は一貫して、大幅な権限移譲は直接公選首長制の導入を条件とするとの方針を採っている。しかしこれまでのところ、ウェスト・ヨークシャー合同行政機構は直接公選首長制度の導入を拒否している。また、イングランド北東部合同行政機構との分権の合意は2016年9月に撤回されたため[17]、現在のところ、同地方にメトロ・メイヤーが創設される計画はない。
E -Engine, Midlands(ミッドランズ・エンジン): 「ミッドランズ・エンジン」は、政府のイングランド中部経済振興策である。このプログラムは、2015年2月にキャメロン首相(当時)とオズボーン財務相(同)が発表したイングランド中部の経済成長15ヵ年計画で初めて言及された。同計画には、「イングランド中部を英国の経済成長のエンジンにする」と述べられていた。さらに2015年12月、ビジネス・革新・技術省(BIS)[18]及びコミュニティ・地方自治省は、ミッドランズ・エンジンの政策の目的などを明らかにする文書を発表した。ミッドランズ・エンジンは現在、イングランド中西部合同行政機構と政府の間で既に締結されている分権の合意と直接公選首長制度の導入及びイングランド中部のその他の2つの地域への分権の構想を主な軸としている。
ミッドランズ・エンジンは、イングランドの全ての地域の経済振興を目指すメイ政権の戦略の一部として重要性を増している。政府は、2016年秋に発表した2016年秋季報告書で、ミッドランズ・エンジンの実施を改めて確認した。政府は2016年、イングランド中部への投資誘致を目的として、産業界の代表団と共に中国及び米国を訪問した。
G - Great Exhibition of the North(イングランド北部大博覧会): イングランド北部のクリエイティブ産業、文化セクター、デザイン産業などを紹介するイベントで、2018年7月から2ヶ月わたって開催される。2014年秋季報告書で発表された。開催地を決定するコンペティションが行われ、文化・メディア・スポーツ省は2016年10月、ニューカッスル・アポン・タイン市及びゲーツヘッド市が選ばれたことを明らかにした。開催費用として政府が500万ポンドを拠出する。
H - High Speed Rail(高速鉄道): HS2(High Speed 2)は、現在英国で計画されている高速鉄道建設計画である。労働党政権(1997~2010年)が最初に提案した計画が引き継がれているもので、ロンドン~イングランド北部間及びイングランド北部内での鉄道のアクセスを改善する。「HS2」という名前は、既にロンドンから英仏海峡トンネルの英国側出口を結ぶ鉄道「HS1」が存在することから、これに続く鉄道という意味で付けられた。HS2は、予定通り2017年に着工すれば、2026年までに第一段階としてロンドン~バーミンガム間が開通する計画である。さらに第二段階として、2033年までに、バーミンガムからマンチェスターまでを結ぶ路線と、同じくバーミンガムからシェフィールド経由でリーズまでを結ぶ路線が開通する構想となっている。計画の推進主体は、政府所有のHS2社であり、鉄道の建設を担う。加えて、2016年春に発表された2016年度予算において、運輸省とイングランド北部の都市部の地方自治体の両方から提案されていたさらなる高速鉄道「HS3」の建設が、財務省の承認を受けたことが明らかにされた。HS3は、イングランド北西部の海岸都市リバプールから、ペナイン山脈をまたいでマンチェスター市、リーズ市を経由し、ハル(Hull)市までを結ぶ新鉄道となる計画である。
これらとは別に、イングランド北部では現在、「ノーザン・ハブ(Northern Hub)」と呼ばれる鉄道サービス改善計画が実施されている。同計画では、2018年に完工の予定であり、イングランド北東部発の鉄道がマンチェスター市内で停車せずマンチェスター空港に到着するようになるなど、イングランド北部内の鉄道サービスが改善される。
I -Investment (投資): 英国のEU離脱が決定して以来、政府はノーザン・パワーハウスの海外でのPR活動を強化しており、特にメイ政権で新たに設置された国際貿易省(Department of International Trade)がこれに取り組んでいる。2016年11月に英国と中国の政府間で行われた8回目の「英国・中国経済・金融ダイアローグ(UK-China Economic and Financial Dialogue)」で、英国政府は、イングランド北部で計画中で、特に中国からの投資を期待する13の大規模プロジェクト(総額50億ポンド規模)の一覧を中国側に示した。
M - Minister (大臣): ノーザン・パワーハウス担当大臣は、コミュニティ・地方自治省の閣外大臣のポストである。初代は2015年5月に任命されたジェームズ・ウォートン下院議員(保守党)で、2016年7月のメイ政権発足時に行われた内閣改造でアンドリュー・パーシー下院議員(保守党)が引き継いだ。
N - Northern Powerhouse Partnership(ノーザン・パワーハウス・パートナーシップ): ジョージ・オズボーン前財務相が、財務相の職を解かれた後の2016年9月、政府の外から引き続きノーザン・パワーハウスのプログラムに関与することを意図して立ち上げたシンクタンクである。理事には、リバプール市、マンチェスター市、シェフィールド市のリーダー、前述のオニール卿及び英国産業連盟(CBI)の元事務局長であるジョン・クリッドランド氏(現イングランド北部交通パートナーシップ理事長)などが名を連ねている。
O - Osborne and O’Neill(オズボーンとオニール): 2014年6月、ジョージ・オズボーン財務大臣(当時)は、マンチェスター市内で行ったスピーチで、「ノーザン・パワーハウス」という言葉を初めて使い、この政策を始動させた。同大臣はスピーチで、イングランド北部の大都市を新たな産業振興策の中心に据えることによって、英国経済のロンドン及びイングランド南東部への依存を是正しなければならないと述べ、北部の都市の地方自治体が多くの権限を持つ必要であると訴えた。その後、2014年11月に「グレーター・マンチェスター合意」が締結されたことに始まり、財務省によって様々な計画やプログラムが開始されたが、ノーザン・パワーハウスの政策が本格的に始動したことの背景の一つは、2015年5月、オズボーン大臣がジム・オニール氏を商務担当政務官に任命したことであった(最初に上院議員に任命され、オニール卿となってから、商務担当政務官に任命された)。オニール卿はマンチェスター生まれで、ゴールドマン・サックス証券の元チーフ・エコノミストであり、新興国のブラジル、ロシア、インド、中国を指す「BRICs」という造語を生み出した人物でもある。2014年には、王立芸術協会(Royal Society of Arts、RSA)の都市成長委員会の委員長も務めた。同氏は、マンチェスター市、シェフィールド市、リーズ市、リバプール市というイングランド北部の4大都市を合わせた「スーパー都市」を作り、権限を移譲するという構想をノーザン・パワーハウスの政策の核として計画していた。この構想は、それぞれの都市名の一部を取り、「マンシェフリーズプール(ManSheffLeedsPool)」と名付けられていた。しかし、オズボーン大臣は後に、この構想は、これらの都市が地理的に近いという事実を活かそうとしたものだったが、イングランド北東部を無視していたと発言した。
P - Phase 2(第2章): 財務省は、2016年度予算と同時に、「ノーザン・パワーハウス第2章(Northern Powerhouse Phase 2)」と題する文書を発表した。これは、政府とイングランド北部の5大都市(マンチェスター市、リーズ市、シェフィールド市、リバプール市、ニューカッスル市)のリーダーが共同で発表した文書であり、政府側ではオニール商務担当政務官が署名していた。同文書は、イングランド北部の地域に権限が移譲された後、高いスキルを持つ人材の地域への呼び込み、イノベーションの改善と起業家精神の向上、国際的商取引、住宅供給などに関して、ノーザン・パワーハウスの政策をどのような方向性で進めるかを示したものであった。
R - Regions(地域): 政府は、ノーザン・パワーハウスの政策の対象となる「イングランド北部」を公式に定義したことはない。しかし、ノーザン・パワーハウスに関する政府発行の文書の大半において、同政策は、「イングランド北東部」、「イングランド北西部」及び「ヨークシャー・アンド・ハンバー地方」を対象とするとして説明されている。英国では、メージャー保守党政権下(1990~1997年)に、イングランドがこれら3つを含む9つの地方に分けられ、それらの地域には、地域の経済開発を目的とする「地域開発公社(Regional Development Agency)」が設置されるなどした(地域開発公社は2012年に廃止された)。
S - Strategy(戦略):フィリップ・ハモンド財務相は、2016年11月、2016年秋季報告書と同時に「ノーザン・パワーハウス戦略(Northern Powerhouse Strategy)」を発表し、メイ政権のノーザン・パワーハウスへのアプローチを明らかにした。戦略では、メイ政権下におけるノーザン・パワーハウスの政策の重点項目として、「イングランド北部の都市圏間及び都市圏内での接続性(connectivity)を向上する」、「イングランド北部がスキルを持つ人材を育て、惹きつけ、維持できるようにする」、「イングランド北部を、企業活動とイノベーションにとって最適な場所にする」、「商取引と投資を促進する」を挙げている。
T - Transport for the North(イングランド北部交通パートナーシップ): イングランド北部交通パートナーシップ(TfN)は、イングランド北部の合同行政機構の理事長、同地方に複数設置されている地域産業パートナーシップ(Local Enterprise Partnership、LEPs)のメンバーである企業の代表者及びイングランド北部の交通を担う政府機関(イングランド高速道路管理公社、ネットワーク・レールなど)の代表者で構成される戦略的パートナーシップである。設置は2014年で、HS2に関する運輸省のアドバイザーが、鉄道ネットワークに関する地域としての単一のビジョンと意見の発信のため地方自治体と地域のその他のパートナーが協力すべきと報告書で提案したことが設立のきっかけであった。「2016年都市・地方分権法」の規定を使って、2017年にイングランド初の「地方交通局(STB)」となる予定である。
U - UK Northern Powerhouse(UKノーザン・パワーハウス): UKノーザン・パワーハウスは、前内閣官房長官のカースレイク卿、イングランド北部の地方自治体及び企業の代表者で構成される独立のグループである。その役割は、ノーザン・パワーハウスに関して、中央政府や地方自治体、民間企業、投資家などに助言すること、ノーザン・パワーハウスの政策の実施に関して企業の声を発信すること、投資家をターゲットとするイベントの開催によってノーザン・パワーハウスのプロジェクトを周知することなどである。
[1]https://www.ipsos-mori.com/researchpublications/researcharchive/3695/New-poll-reveals-Northerners-views-on-the-Northern-Powerhouse.aspx
[4]https://www.gov.uk/government/publications/devolution-to-the-greater-manchester-combined-authority-and-transition-to-a-directly-elected-mayor
[5]「リーダー」とは、「リーダーと内閣制」または「委員会制」を採用している地方自治体において議員の中から選ばれる政治面でのトップの役職である。
[7]https://www.theguardian.com/politics/2016/sep/01/theresa-may-confusion-northern-powerhouse-labour-andy-burnham-steve-rotheram
[10]http://www.yorkshirepost.co.uk/news/opinion/theresa-may-my-vision-for-yorkshire-s-bright-future-1-8074726
[15]https://www.gov.uk/government/news/pm-unveils-plans-for-a-modern-industrial-strategy-fit-for-global-britain
[16]これらの合意の内容は、2016年2月のマンスリートピック「新法の制定で複数の地方自治体の連合体「合同行政機構」の機能拡大へ ~ 合同行政機構の管轄地域での公選首長の設置も可能に」を参照のこと。http://www.jlgc.org.uk/jp/wp-content/uploads/2016/03/uk_feb_2016_011.pdf
[17]https://www.theguardian.com/politics/2016/sep/08/north-east-england-devolution-deal-off-the-table-sajid-javid
[18]2016年7月、「ビジネス・エネルギー・産業戦略省(Department for Business, Energy and Industrial Strategy、BEIS)」に再編。