職員を対象とした実地研修の一環として、ハートフォードシャー・カウンティを訪問した。ハートフォードシャーは、人口約120万人弱の地域で、イングランド東部、グレーターロンドンの北側に隣接した地域である。ブロックスボーン、ダコラム、イーストハーツ、ハーツメア、ノースハートフォードシャー、セントアルバンズ、スティヴィネッジ、スリーリバーズ、ワトフォード、ウェウィンハットフィールドの10のディストリクト及びバラカウンシルで構成されている。
今回は、ハートフォードシャー・カウンティ・カウンシルが進める健康プログラムやメンタルヘルスサポートについて話を伺った。
〇ハートフォードシャー・カウンティ・カウンシルの取り組み
<ヘルシーハブ(Healthy Hub)について>
ハートフォードシャーは健康寿命に課題を抱えている。平均寿命は男性80.7歳、女性84.2歳のところ、健康寿命は男女ともに66.3歳である。これは、男性で約14年、女性で約17.9年を不健康に過ごしていることになる。公衆衛生当局や市区町村にとって健康寿命をいかに延ばせるかという点が重要視されている。
ハートフォードシャーでは、この問題に取り組むためにいくつかの健康プログラムを用意しており、その一つがヘルシーハブという施設である。スティヴィネッジバラカウンシルでこの取り組みが始まり、現在10のディストリクト・バラウカウンシルによって運営されている。
ヘルシーハブは、予防に重点を置き、健康寿命を延ばすことを目的に設立された。統計的にみて健康寿命の短い地域に重点的に設置されており、住民は無料で健康やウェルビーイングに関する情報やアドバイス、各種サポートを受けることができる。例えば、身体活動や健康的な食事、禁煙、住宅やお金に関するアドバイスなどが受けられる。
ヘルシーハブの設置場所は各地区によってさまざまで、図書館の中やコミュニティセンターの中に併設されている場合もある。
ヘルシーハブは定期的にニュースレターを発行しており、2021年4月から2022年3月までの間で購読した人数は21,000人を超え、約4,500人が実際にサポートを利用しており、ニーズの高さが伺える。住民からの主な相談内容は、メンタルヘルス、経済的支援、生活支援等であるという。
<スティヴィネッジのヘルシーハブについて>
スティヴィネッジのヘルシーハブはスティヴィネッジ・アーツ&レジャーセンター(Stevenage Arts & Leisure Centre)内に設置されており、健康格差に対処するためのさまざまな健康改善プロジェクトを設計、実施している。具体的には、メンタルヘルスや身体活動、体重管理、子育てスキル、介護、禁煙など、幅広い内容に関するサポートを行っている。現在は、カウンシルに代わり、スティヴィネッジレジャーリミテッド(Stevenage Leisure Ltd)という慈善団体が施設管理を担っている。このヘルシーハブは現在5人のチームで運営されており、複数の団体や民間企業とも提携している。
取り組みの一例として、今回は運動習慣のない患者に対するサポートをご紹介いただいた。まずは、病院等から運動不足の患者をヘルシーハブに紹介してもらい、本人たちと面談して病状やライフスタイル、現在の運動量などを聞き取る。その後、エクササイズを紹介するセッションやコミュニティで行われている無料のアクテビティなどを紹介し、参加してもらう。これを12週間行ってもらい、初週と最終週に体組成や標準的な血圧を検査し、どれくらい改善したかを実感してもらうというもの。施設の階下には、アンチグラビティ・トレッドミルなどの専門機器が設置されており、会員や地域の方々は自由に使える。セッションを提供するための訓練を受け、資格を持っているスタッフもおり、使い方を説明している。また、必要に応じて、薬剤師や看護師、理学療法士など医療の専門家をヘルシーハブから紹介することも可能になっており、患者にとって本当に必要なサポートを提供することができるという。他にも、同施設には3つの相談室と1つの会議室が設けられている。
【ヘルシーハブに設置されている相談室①】
【ヘルシーハブに設置されている相談室②】
〇ハートフォードシャー・マインドネットワーク(Heartfordshire Mind Network)の取り組み
ハートフォードシャー・マインドネットワークは、ハートフォードシャー全域においてのメンタルヘルスサポートを提供している慈善団体である。今回は、数ある取り組みの中でも、ナイトライトという取り組みについてご紹介いただいた。
<ナイトライト(Night light)について>
ナイトライトとは、精神保健危機管理サービスで、ハートフォードシャーの18歳以上の精神衛生上不安定な状況にある個人を支援するサービスである。365日毎日営業しており、ナイトライトクライシスヘルプライン(NightLight Crisis Helpline)、ナイトライトクライシスカフェ(NightLight Crisis Cafe)、ナイトライトクライシスセンター(NightLight Crisis Centre)の3つの主要な取り組みを実施している。
【スティヴィネッジ・ナイトライトクライシスカフェの案内】
ナイトライトクライシスヘルプラインとは、夜間の電話サービスで、年中無休午後7時から午前1時まで、電話相談に対応している。誰かと話がしたい、そう思ったらおばちゃんに電話をかけるようにヘルプラインを利用してほしいと、思いを語っていた。
ナイトライトクライシスカフェ、ナイトライトクライシスセンターでは、安心して話せる(あるいは、ただいられる)空間の提供、実践的なアドバイス、問題解決に必要な助言と情報提供、他の医療従事者やソーシャルケアワーカー、専門的なメンタルヘルスサービスの紹介などを提供している。
ナイトライトクライシスカフェとは、不安定な危機的状況にある人たちが自由にリラックスして過ごせるような空間を提供している予約制のカフェである。平日は午後6時から11時、週末は午後3時から11時まで営業している。カフェではスタッフが1対1の相談に乗るなどの心理的サポートだけでなく、専門家への案内など必要な支援へとつなぐ役割も担う。カフェはスティヴィネッジとワトフォード、ボアハムウッドの3店舗設置されている。オープンドロップインは行っておらず、クライシスヘルプラインからの予約が必須となる。基本的には自力でカフェまで来てもらうことになるが、様々な理由でどうしても来られない場合は、タクシー等を手配するなど、交通費も負担している。
このカフェでは暖かくて心地よい環境づくりを心がけているという。メンタルが不安定な時に人に話を聞いてもらうことはとても重要であるため、スタッフは来訪者を温かく歓迎し、お茶やお菓子を食べながら、テレビを見ながら、リラックスしておしゃべりできる空間を作っている。
【スティヴィネッジ・ナイトライトクライシスカフェの様子①】
【スティヴィネッジ・ナイトライトクライシスカフェの様子②】
ナイトライトクライシスセンターとは、宿泊所を提供するサービスである。金~月曜日の夜に開館しており、4つのベッドが設けられている。何等かの理由(家庭内暴力等)により家に帰れない場合は、この施設に宿泊することができる。ハートフォードシャー在住の18歳以上の住民であれば、誰でも利用することができ、専門家からの施設に案内するケースも受け付けている。こちらもクライシスヘルプラインから予約を取る必要がある。
上記ナイトライトのサービス利用後のアンケートでは、81%の回答者が、利用した後、危機に対処できるようになったと感じ、95%の回答者が、ナイトライトを通じて誰かに話を聞いてもらうことで、自分のウェルビーイングが向上したと回答するなど、利用者の満足度も高い様子である。
また、76%の回答者が、ナイトライトにアクセスできなかったら、救急サービスにアクセスしたと回答しており、逼迫する医療サービスの負担緩和にも貢献している。NHSや警察とも連携しながらサポートを進めており、必ずしも医療サービスに頼らずとも、誰かに話を聞いてもらうだけで危機が緩和されることも多くあると語っていた。
これらの取り組みについては、行政からの支援に加えて民間企業からも資金を調達しており、新たなパートナーの確保に日々奔走しているという。
〇所感
同研修を通して、健康やメンタルヘルス問題に関して、医療サービスに至る手前の予防に向けた取り組みがいかに重要であるかを再認識した。特にナイトライトの取り組みを通して、自殺やメンタルヘルス不調等の予防段階において、必ずしも専門家による専門的な医療サービスが必要とされるわけではないということを改めて学び、印象に残った。
誰かに話を聞いてもらうことだけでも心が救われることは理解できる一方、英国では「孤独」が社会問題とされており、単身で生活している場合など、周囲との交流がないという人々は多くいる。夜間まで対応している電話サービスやカフェ、宿泊施設の提供など、包括的なサービスを展開し、いつでも誰でも気軽に利用でき、ただ話を聞いてくれる場、暖かく迎えてくれる場を提供する同サービスは、助けを求めている孤立した人々にとって非常に重要な役割を担っているだけでなく、逼迫する医療サービスの負担を軽減するという点でも参考になる事例であると考える。今後も支援内容を拡充させていく予定ということで、動向に注目したい。