職員を対象とした実地研修の一環として、英国南西部にあるエクセター・シティ及びテインブリッジ・ディストリクトを訪問した。いずれも人口は約13万人である。エクセターの歴史は古く、ローマ時代の壁や歴史のある大聖堂が残る街並みがある。英国の名門校の1つであるエクセター大学には、多くの気象学者や気候変動の専門家が集まっており、英国の気象庁もこの街にある。テインブリッジは地方自治法に基づき1974年に編成されたディストリクトであり、海岸沿いのリゾート地や賑やかな商業地、田園風景などの変化に富んだ地形を有しているほか、羊毛や織物の産地として栄えてきた。
【街の中心部にあるエクセター大聖堂と、憩いの場になっている聖堂周辺の広場】
〇エクセター・シティ・カウンシル
エクセター・シティ・カウンシルは、国が掲げる2050年までにネットゼロを実現するという目標を前倒して、2030年で実現することを目指している。カウンシルが取り組めることとして、ドイツ発祥の省エネルギー住宅(パッシブハウス)に目を付け、英国に初めてパッシブハウスを導入するプロジェクトを11年前から実施している。今回はそのプロジェクトについて説明いただくとともに、今年4月に開館したばかりの「St Sidwell’s Point Leisure Centre」を視察した。合わせて、コロナ禍における在宅勤務の導入状況も伺った。
<エクセター・シティ・カウンシルにおけるパッシブハウスプロジェクト>
このプロジェクトはトリプルボトムラインと呼ばれるフレームワークを重視して企画されており、「人(社会的側面)」「地球(環境的側面)」「利益(経済的側面)」の3つの軸を意識している。建築にあたっては、その地域の生物多様性を高めるために、建築方法や建築場所を工夫し、経済的側面としては、パッシブハウスによって削減されるライフサイクルコストだけでなく、その建物をより良い場所に建てることによって、地域の豊かさが高められるよう工夫している。モニター調査の結果、可処分所得が増えたことで人々が地元のお店やサービスにお金を使うようになったことが判明したとのことだった。また、空室数も減り、引っ越しする人が減った(=定住した)という効果もある。
全ての建物を気候変動に対応できるようにするため、エクセター大学の気候関連の科学者とも協力している。世界中の気象パターンに基づいて建物の評価をしており、パッシブハウスは世界中どこでも対応する規格であるとのことだった。
St Sidwell’s Point Leisure Centreにも使われているが、建物全体に電気運転システム(BMS)を構築し、熱波が押し寄せている際は、ジムやスタジオの熱をプールの水に放つなど、自給自足でエネルギーが循環するように設計されている。最近英国政府が「Building with Nature」という新しい規格を策定したが、エクセターはクリフトン地区の開発で初めて認証を獲得した。
パッシブハウスの歩みを振り返ると、1991年にドイツで初めて建築され、英国でのパッシブハウス第1号は2009年に完成した(個人住宅)。エクセターでは、2009年に市内に小さなアパートを3棟建て、2011年には英国で初めて多住宅のパッシブハウス建築の認定を受けた。そして現在、英国初のパッシブハウス規格のレジャーセンター「St Sidwell’s Point Leisure Centre」が完成したところである。今後も16の土地での建築を計画しており、市内に1000戸強の住宅が建設される予定。また、テインブリッジでの建設も計画されている。
パッシブハウスの規格には、新築のための規格(クラシック)と中古住宅のための規格(プラス)があり、さらに、後付けのための規格で「エナフィット(EnerPHit)」というものもある。ただし、改修する場合は全ての床に断熱材を敷くなど、費用が非常に高額となるため、基本的には家を建て直す必要がある。国や自治体からの補助金などは特にない模様。
エクセターでは、「Exeter City Futures」というCommunity Interest Company(2005年にイギリス政府が導入した会社の一種。利益や資産を公益のために利用したいと考える社会事業向けに設計されている)があり、街中の多くの組織が参加している。2019年に策定した気候アクションプランを推進するために、エクセターの議会の最高責任者は、この組織の代表者として週に数日働いて、アクションプラン全体の進捗確認をしているとのことだった。
<「St Sidwell’s Point Leisure Centre」の視察>
St Sidwell’s Point Leisure Centreは2022年4月にオープンした施設であり、平日の夕方であったにも関わらず、ジムにもプールにも多くの利用者がいた。
前述の説明にあったとおり、空調を使わなくても快適な室温が保たれており、木材が多く使われたリラックスできる空間となっていた。
【St Sidwell’s Point Leisure Centre視察の様子】
【施設内の熱を循環させるため、天井には多くのダクトが備え付けられている】
<コロナ禍における在宅勤務の導入状況>
エクセターでは、パンデミック後の2022年1月時点で74%が在宅勤務をしていた。2021年9月、オフィスに職員を戻す前に、職員の健康や幸福に対する懸念から、全職員に対して、在宅勤務やリモートワークに関するアンケートを取った。その結果によると、47%がオフィスと自宅の往復を希望し、100%在宅勤務を希望する人は数%であったという。現在では、職場にいる職員は40%に満たない程度である。
パンデミック時、それまで週5日、9時から17時まで営業していた窓口が完全に閉まったため、住民は電話やオンラインサービスを使うようになった。そのため、今でも窓口の営業時間を大幅に短縮し、オンラインサービスを使うよう推し進めている。
職員へはパソコンやデスク等を支給し、システムも整え、主にZoomやMicrosoft Teamsでのオンラインミーティングを行っているが、ビジネス上必要があると上司が判断した場合には、在宅勤務を希望していても、対面での会議に参加することを求めている。
〇テインブリッジ・ディストリクト・カウンシル
テインブリッジ・ディストリクト・カウンシルでは、中央政府の財政支援プロジェクトを活用しながら、他の自治体とも連携し、自治体行政のデジタル化に向けた取組を積極的に進めている。今回の訪問では、テインブリッジ・ディストリクト・カウンシル職員、地方自治体のデジタル化推進を支援する中央政府レベリングアップ・住宅・コミュニティ・地方自治省職員、テインブリッジと連携して自治体のデジタル化に向けた数々のプロジェクトを推進しているセッジムーア・ディストリクト・カウンシル(Sedgemoor District Council)職員の3名から、それぞれの取組の概要についてご説明いただいた。
<テインブリッジ・ディストリクト・カウンシルにおけるデジタル化の現状>
テインブリッジでは、パンデミックによるロックダウン制限が導入されたことを受けて、わずか3週間で職員の在宅勤務率が12%から82%まで上昇した。これに伴い市民対応窓口も閉鎖されたことから、市民がオンライン上から問い合わせや申請を行うことのできるプラットフォームを構築した上、引き続き電話による問い合わせも受けられるよう、コールセンターの職員が自宅から電話で対応することのできるシステムを導入した。これにより、窓口が閉鎖されても市民へのサービスの質は維持され、市民からは特に大きな不満は寄せられなかったという。庁舎の入り口には、自宅で手続きができない方がPCを使用できるセルフサービスコーナーが設置されているものの、利用者は少なく、来庁者の受付を兼ねた職員が1人配置されており、時折、必要に応じて利用者の手続きに助言している状況であった。また、来庁は基本的に事前予約制となっており、職員に来庁を知らせるためのチェックイン機器が設置されていた。
職員による在宅勤務の浸透は、職員の健康と幸福度に好影響を与えるとの調査結果があるものの、職員同士のコミュニケーションの機会の不足や、これに伴うメンタルヘルスへの悪影響等、課題がみられることにも触れられた。一方で、オフィス出勤する職員が減少したことにより、大幅なペーパーレス化が実現された上、より環境に優しいオフィススペースへの移行に向けた検討も行われており、これらは、カウンシルが2030年を期限に目標とするネットゼロの達成にもつながるものであると強調した。
また、カウンシルは中央政府の支援を受けて、2つのカウンシルと共同でデジタル化に向けた戦略を策定し、市民対応における電話・対面対応からオンライン対応への移行、機動性を重視したオフィス機材の導入、自治体職員によるIT対応スキルの向上等の目標を掲げ取組を推進している。複数の自治体が同じ目標を設定し、共同で取組を進めることで、優秀なITの専門家をともに活用することができるとともに、より多くのデータを集約し取組に反映することのできる点等を利点として挙げた。さらに、自治体における最も重要な課題として、技術の導入にあたるコストが高いこと、ITスキルや人材を導入することが困難であること、システムの委託会社の変更に伴うデータ移行が複雑であること等を挙げた。
【住民が各種手続きを行うセルフサービスコーナー】
【チェックイン端末】
<中央政府による支援>
2018年、政府のレベリングアップ・住宅・コミュニティ・地方自治省により、ローカルデジタル宣言(Local Digital Declaration)が策定された。現在までに288の自治体が署名しており、署名した自治体は、政府が設置する地方デジタル基金(各自治体におけるデジタル化推進に向けた各種プロジェクトへの資金提供支援)へ申請する権利を得る。
レベリングアップ・住宅・コミュニティ・地方自治省は、この基金の利用を促進するため、他省庁や地方自治体・民間企業経験者等、様々なバックグラウンドを持つ職員24名で構成されるローカルデジタルチームを設置し、各自治体による基金への申請手続きの支援やプロジェクト内容に関する評価・アドバイス等を行っている。資金提供のメニューは3つ用意されており、うち1つでは、2つの自治体との連携が必須となっている。これまで同基金の利用に対して500件の申請があり、うち計76件のプロジェクトが採用され、各自治体において取組が進められているところである。
自治体においては、業務ごとに異なるシステム業者に委託していることが多いところ、すべてのデータを一括管理することができるよう、複数の異なるシステムを一つに統合することが最も重要な課題である。これらを解決するため、システム業者に対しては、API(ソフトウェア間で情報を繋げるためのコネクター)の導入を働きかけているところである。
<地方デジタル基金によるプロジェクト>
現在、セッジムーア・ディストリクト・カウンシルにて、地方デジタル基金を活用し取り組んでいる2つのプロジェクト、「SAVVIプロジェクト」及び「#RevsBensAlphaプロジェクト」についてご紹介いただいた。
「SAVVIプロジェクト」は、現在グレーター・マンチェスター合同行政機構(以下、GM)及びGM内の複数自治体と共同で進めているもので、ホームレスや前科のある人、経済的困窮者等、「弱い立場(Vulnerable)の人」の存在を探し出し、彼らのニーズを把握した上で、適切な支援の提供へとつなげることを目的とした、情報収集・情報共有プロジェクトである。こうした「弱い立場の人」のデータを集めるためには、地方自治体が所持する「ユニーク・プロパティ・ナンバー」と呼ばれる、すべての市民と居住地を特定するために付与されている番号が活用されており、月一回程度、最新情報に更新されている。
「#RevsBensAlphaプロジェクト」は、自治体における「Revenues and Benefits業務」(カウンシルタックス(市税)や事業税等の管理・徴収業務等)の中で使用されているシステムの統一化に向けたテストプログラムである。英国の各自治体では、それぞれが外部システム業者に委託し、自治体ごとに多額の委託費用を支払い、委託業者が開発したシステム・ソフトウェアを利用して税金等の管理・徴収業務を行っている。ところが、こうしたシステムを自治体向けに提供している委託業者は3社が独占しているため選択肢が少なく、高コストな上、データへのアクセス性が低い点が課題となっており、多くの自治体で不満が募っていた。この中、セッジムーアでは1995年にシステムエンジニア経験のある自治体職員が独自に内部開発したシステムを利用していたことから、このデータをオープンソースとして公開し、他自治体においても活用してもらうことで、システムの委託に伴う自治体共通の課題を解決することを目指したものである。
中央政府による支援が後押しとなり、自治体が自らのアイデアをもとに他の自治体と連携して、より大胆なプロジェクトに挑戦しやすくなったという。パンデミックを契機に大幅に推し進められた英国の自治体におけるデジタル化の行方について、今後も引き続き注視していきたい。