国際交流
2019年度実施事業 ロンドン
2019年度JLGCセミナー 「Social Care in the UK and Japan」
日時: 2020年3月12日(木)13:30~17:30
場所: London’s Living Room ロンドン市庁舎(City Hall内) (110 The Queen’s Walk, London SE1 2AA)
【概 要】
自治体国際化協会ロンドン事務所では、日英両国の地方行政に関する取組や課題を紹介し相互理解を深めるため、JLGCセミナーを毎年開催している。2019年度は、ロンドン中心部の特別区であるサザーク区と連携し、高齢者福祉をテーマとするセミナーを開催した。英国においても高齢化が進行して65歳以上の人口が18%を超える一方で、必要な行政サービスの不足が指摘されるなど、ニーズに応じた質の高い福祉サービスの提供や官民連携のあり方といった課題への関心が高まっている中、介護サービスを始めとする高齢者福祉の現状について日英の有識者の視点から議論を行った。
【第1部】
① Chair: David Quirke-Thornton氏による開会挨拶
(Strategic Director for Children and Adults, London Borough of Southwark )
② 黒野 嘉之による主催者挨拶
(Director of the Japan Local Government Centre)
1. 講演:岸本哲也 氏(在英国日本国大使館一等書記官)
演題:Long-Term Care in Japan – Creating communities –
- 日本の高齢化の現状について、高齢化のスピードや地域ごとの進行率の違いなど英国との比較を交えて紹介。全人口における65歳以上の高齢者の割合は日本が28%、英国で18%となっている。
- 認知症を患う高齢者数は年々増加しており、2025年には高齢者のうち20%が認知症患者となる見込みである。
- 日本の高齢化社会を支えるために導入された介護保険制度の仕組み、実施主体、財政運営などを説明。一方で、今後も進行し続ける高齢化により、保険料の負担増など介護保険制度にも課題がある。
- その打開策として、政府は住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、地域の特性に応じて住まい・医療・介護・予防・生活支援を一体的に提供する地域包括ケアシステムの構築実現に取り組んでいる。
- 介護制度の充実が求められる一方で、そもそもそれらを必要としない予防こそが重要である。高齢者が自ら地域コミュニティーに参加し、運動や趣味の交流など予防活動に努めることが最も重要である。
- 高齢者介護の負担軽減のための取組として、移動補助や見守りシステムなどの介護ロボットの活用がある。まだ導入段階であり、今後どこまで活用が進むかは未定だが、政府は研究費の財政支援など介護ロボットの普及に向け取り組んでいる。
2. パネルディスカッション1
David Quirke-Thornton氏(Strategic Director for Children and Adults, London Borough of Southwark )
Noriko Cable氏(Senior Research Fellow, University College London)
Nina Hemmings氏(Researcher in Health Policy, Nuffield Trust)
岸本氏のプレゼンテーションを踏まえ、高齢化社会の現状や認知症対策について各々の知見から意見を述べた。
Noriko Cable氏:
いかに認知症を予防できるかが鍵である。介護が必要な人が増え続ける一方で、高齢化が急速に進行している今、地域コミュニティーでのサポートが重要である。ボランティアを積極的に活用しながら、認知症の高齢者や障害者など全ての人を巻き込んだコミュニティーの統合が必要であり、誰かではなく全員が一丸となって取り組んでいくべきである。
Nina Hemmings氏:
英国が日本から学ぶべきことの一つに、日本がどのようにして、抜本的な改革ともいえる介護保険制度を導入し、安定した供給を維持できているのかということである。また、日本が要介護者及びその家族のためにケアプランニング等の一貫した支援を行うケアマネージャーという役割を確立したことは賞賛すべきことであり、英国にはそれに相当する専門職は存在しない。そして、英国を含めすべての国において共通の課題としてあるのが、労働力の確保である。移民政策を含め、今後我々はトレーニングを受け、スキルと知識を備えた適切な人材をいかにして確保できるのかを考えなければならない。
David Quirke-Thornton氏:
JLGCの事業であるJapan Study Tourのおかげで、高齢者福祉を学びに日本を訪問することができた。英国で社会福祉に25年従事してきたが、実際に日本の現場を見て、これほどまでに質の高い介護サービスを今まで見たことがない。たとえ40歳以上の全国民が介護保険制度のために保険料を支払わなくてはならないとしても、このサービスを享受できるのであれば、その価値があると感じる。英国においても、日本のような安定した長期的な介護制度が求められている。政治家は何をすべきかを知っているが、そのための手法をまだ知らないため、我々に必要なことは彼らをどのように支援できるかを考えることである。
【第2部】
1. 講演:Clare Jones 氏(Senior Occupational Therapist, TEWV NHS Trust)
演題:LIVING WELL WITH DEMENTIA
- 85歳以上の3人に1人が認知症になると言われているが、認知症を患ったからといってすぐに死ぬわけではなく、診断後4年から10年の寿命がある。認知症は記憶の消失であり、感情の消失ではない。
- 認知症患者が安心で幸せな生活を送るために介護者に求められているのは、苛立ちや不安といったマイナス感情ではなく、穏やかさや安らぎといったプラスの感情である。
- 認知症患者へのアプローチの変化として4つの柱がある。一つ目に気遣いである。認知症患者を訪問する際には顔写真付きの名刺を渡すことで自分が誰なのかを認知してもらうなどの工夫をしている。NHSは介護者向けに気遣いの指標となるオンラインコースを無料で提供している。
- 2つ目にゆっくりと相手に合わせることである。85歳の人は25歳の人が行うのに要する時間の60秒多く時間がかかる。相手に合わせて、認知症患者ができる事(歌や音楽など)を見極めることが大切である。
- 3つ目に変化に応じた適応である。認知症患者が失った能力ではなく、まだ機能している認知能力に注力することで、患者に必要なものが何か、介護者が積極的なアプローチをすることができる。
- 4つ目に統一されたサービスと効率的なコミュニティーである。実際に訪問した静岡市の介護施設は、階層ごとに目的別の施設(住居、交流広場、商業スペース等)が備わっており、患者が健康的な生活を送ることのできる環境が整っている。
2. パネルディスカッション2
Toko Chihara氏(Senior Mental Health Nurse, TEWV NHS Trust)
Rebecca Jarvis氏(Interim Director of Operations, Health Innovation Network)
Brian Beach氏(Senior Research Fellow, ILC-UK)
Clare氏のプレゼンを踏まえ、各々の知見から意見を述べた。
Toko Chihara氏:
私が英国に移り住んだ時に英語が話せず苦労した経験があるが、認知症患者も同様に人とコミュニケーションが上手くとれないという言葉の障壁を感じている。また、認知症患者の症状の一つに怒りっぽい振る舞いがある。私の職場ではアニマルセラピーと同様の効果が得られるとされているアザラシ型ロボット「PARO」を活用しており、コミュニケーション能力を失った患者がすぐに笑うようになった。この手法は日本はもちろんヨーロッパにおいても認知症高齢者へのセラピーとして活用されている。
Rebecca Jarvis氏:
昨年、高齢者施設の実態を学ぶため日本に行く機会があり、統制されたコミュニティーのレベルの高さに感銘を受けた。その例として、千葉県にある施設は、高齢者のための住居地と共有レストランが合わさった複合型施設となっており、そのレストランでは認知症患者や記憶障害のある高齢者が働いていた。自然と人々を受け入れ易くするこの環境こそが、統制されたコミュニティーを形成している所以である。また、高齢者が生き生きとした生活を送るのには、たとえば、ボランティアの人がバス停で高齢者との雑談や地域コミュニティーへの参加を促すような気軽な交流の機会が必要である。
Brian Beach氏:
数年前に日本の社会福祉の運営状況を学ぶために日本を訪れてわかったことは、Clare氏が言及した4つの柱は認知症患者にとって重要なアプローチということである。東京町田市で実施されているデイサービスは、毎日様々なアクティビティを提供し、認知症患者が参加したいアクティビティを自ら選択させるという手法を取り入れている。私が訪れた日はホンダの地元販売店にて車の洗車体験という活動を実施していた。その日の終わりに、参加者に活動の振り返りとしてお互いに質問やメモを取らせることで、彼らの記憶力を刺激する狙いがある。この活動の興味深いところは、販売店が洗車を本当に必要としていたわけではなく、彼らがコミュニティーに溶け込み、地域との繋がりを強めることにある。