イギリスに来てから、ニュースや地方自治に関するセミナーなどでウェルビーイングという言葉をよく耳にするように感じる。日本にいた時も聞くことはあったが、行政活動の目的や結果の指標としてはあまり聞いたことがないように思う。
今回は、英国でウェルビーイングに関するエビデンスの収集やアドバイスの提供を行うWhat Works Centre Wellbeingの取り組みと、英国国家統計局によるウェルビーイングの数値化を中心に、英国におけるウェルビーイングという考え方の政策への取り入れ方についてご紹介したい。
ウェルビーイングとは
日本語では「幸福度」と訳されることの多いウェルビーイングだが、英国の国家統計局はウェルビーイングについて「個人、コミュニティ、国家として良好な状態にあることで、それが将来的に持続可能であること」と説明している。また、幸福感、自分の活動に価値があると感じるか、家族関係に満足しているかといった主観的な尺度と、平均寿命や教育達成度などといった客観的な尺度で測ることのできるものとも説明されている。社会全体のウェルビーイングという観点から見ると、教育と技術、経済状況、政府への信頼度、環境、仕事やボランティアなどの活動、個人のウェルビーイング、住んでいる場所、健康、人間関係などが影響因子となっており、これらの改善が社会全体のウェルビーイングの向上につながるものと捉えられる。
What Works Centre Wellbeingの活動
英国には、医療・ヘルスケア、教育、地域経済の活性化、子どもの福祉などの各分野においてWhat Works Centreという官民共同組織が設立されている。税金を最も有効な形で使うために、政策決定者や実務者らが最も有効な施策や取り組みについての科学的なエビデンスを基に政策や事業を決定し、効果のある施策や取り組みを推進するための組織で、基本的な役割はエビデンスの創出(学術的調査のレビューや実施を通した科学的エビデンスの提示)と、エビデンスのわかりやすい伝達(政策決定者や実務者が使える形への変換)、エビデンスの適用(社会実装の支援)である。
What Works Centre Wellbeingは、そのWhat Works Centreの一つとして2015年に設立され、どのような取り組みがウェルビーイングの向上に有効なのかについての研究や、そのエビデンスの共有、知見を活用したアドバイスなどを行っている。What Works Centre Wellbeingのホームページ上には、エビデンスとして信頼度が最も高いとされる、システマティックレビュー(既存の研究結果を調査し、そのデータを総括して評価する方法)の結果が、新型コロナウイルスやメンタルヘルス、労働、孤独、文化やスポーツ、終活などといった多くの分野に渡って掲載されており、それらのページを見ることで、どのような事業が効果的であると実証されているのかがわかるようになっている。
この団体の存在自体が、いかに英国においてウェルビーイングが注目されているか、また、いかにウェルビーイングに関してもエビデンスを重視した実効性のある政策の実施が期待されているかを明らかにするものであるといえる。
ウェルビーイングの数値化
ウェルビーイングの数値化は、英国国家統計局をはじめ、チャリティ団体や企業などが様々な方法で実施している。
中でも英国国家統計局は、2010年に国民のウェルビーイング測定プログラムを開始し、国民のウェルビーイングを測るための一般的で信頼性の高い指標を作成し、英国全体のウェルビーイングに係る状況を年に2回公表している。この指標には、主観的なデータと客観的なデータの両方が含まれており、GDPなどの経済指標だけではわからない国の進歩を把握することができるようになっている。
英国国家統計局のウェルビーイングに関するダッシュボードでは、様々な調査で測定された下記の項目についての推移がグラフで掲載されている。
- 個人のウェルビーイング(生活満足度、やりがい、幸福感、不安、精神的ウェルビーイング)
- 人間関係(不幸な人間関係、孤独、頼れる人の有無)
- 健康(健康な生活への期待、障害、健康満足度、抑うつ傾向や不安)
- 活動(失業率、職の満足度、余暇の満足度、ボランティア、芸術・文化活動、スポーツ)
- 住んでいる場所(犯罪率、安心感、自然環境へのアクセス、地域での帰属意識、生活に必要なサービスへのアクセス、住居への満足度)
- 個人の経済状態(低所得世帯の割合、世帯の資産、世帯収入、世帯収入への満足度、経済的困難)
- 経済(可処分所得、公債、インフレ率)
- 教育と技術(人的資本、ニート、資格を持たない人)
- 政府への信頼(投票率、政府への信頼)
- 環境(温室効果ガス、保護区、再利用エネルギー、家庭でのリサイクル)
このうち、2019年に発表されている最新のデータでは、過去5年間でウェルビーイングが改善している項目が25個、悪化している項目が3つ、変化がなかったものが8つ、測定できなかったものが5つであった。
上記項目のうち個人のウェルビーイングに関しては、下記の4つの質問項目についての10段階評価に拠っている。
- 生活満足度: 全体的に見て、現在の生活にどの程度満足していますか?
- やりがい : 全体的に見て、自分の人生でやっていることにどの程度のやりがいを感じているか。
- 幸福感: 全体的に見て、昨日はどの程度幸福だと感じましたか?
- 不安 : 全体的に見て、昨日はどの程度不安を感じましたか?
これらの質問項目は、年次人口調査(年次)や財産・資産調査(2年に1度)、意見・ライフスタイル調査(月次)等数多くの調査で採用されている。
提案:目標や成果の項目の一つとして主観的ウェルビーイングを取り上げてみては?
What Works Centre Wellbeingが「ウェルビーイングは、政策形成のすべての段階で主要な考慮事項となり得る」としているように、 住民のウェルビーイングを高める、つまり、住民がより良い状態で暮らせるようにするということは、地方行政が行っている全ての政策の最終的な目標になり得るのではないだろうか。SDGsの各目標のように、主観的なウェルビーイングも含めた総合的なウェルビーイングの高さを全体の目標とし、各部署や事業において改善可能な指標を明確にし、一丸となってウェルビーイングの向上を目指すということができれば、その地域はより住みやすく、また住みたくなる街になるように思う。
それぞれの行政活動や事業においても、計画の時点で「住民のウェルビーイングを向上させることができるか?」という視点を持ち、効果検証の段階では、個人のウェルビーイングに関する4つの質問項目やその他の関係する項目についても測定・分析を行って、対象者のウェルビーイングが実際に向上したか確認し、次なる改善の手がかりとすることで、より住民のためとなる行政活動を行うことができるようになるのではないだろうか。
【参考資料】
What Works Centre Wellbeing https://whatworkswellbeing.org/
英国国家統計局Measures of National Well-being Dashboard https://www.ons.gov.uk/peoplepopulationandcommunity/wellbeing/articles/measuresofnationalwellbeingdashboard/2018-04-25
(2021年9月 所長補佐 金子)