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ADレポート「ロンドンにおける超低排出規制区域(Ultra Low Emission Zone)の拡大について」

2023年09月08日 

英国に赴任してからしばらく経過したが、心なしか喉や鼻に不調を感じることが多くなった気がする。田舎町出身の筆者には大都会ロンドンの空気は合わないのだろうかなどと思いを巡らせつつ、周囲の方々にも話を聞いてみると、定期的に同様の症状があるという。言われてみれば、空気が汚れているような気もする。どうやら感覚的な話ではなく、たしかにロンドンの空気は好ましくない状況にあるようだ。

大気汚染はロンドンにとって喫緊の課題であり、その改善に向けて超低排出規制区域(Ultra Low Emission Zone。以下、「ULEZ」という。)を導入するなど対策を講じてきた。2023年8月29日、大気汚染のさらなる改善に向けて、このULEZの範囲が拡大された。
ULEZは、大気汚染の改善を目的として2019年4月8日に導入された制度である。一定の排出基準を満たさない車両で規制範囲内を通行する場合、1日あたり£12.50(約2,300円)が課されるというものだ。2019年の導入当初はロンドン中心部のみが対象範囲であったが、2021年10月25日から南北環状線に囲まれた範囲まで拡大され、この度ロンドン市内(グレーター・ロンドン)全域に拡大されることとなった。

(「INNER LONDON ULTRA LOW EMISSION ZONE –ONE YEAR REPORT February 2023」より)

ロンドンのレポート「INNER LONDON ULTRA LOW EMISSION ZONE –ONE YEAR REPORT February 2023」によれば、従来のULEZ内における排出基準の順守率は現在94.4%に達し、2021年の範囲拡大から1年間でULEZ内を走行する基準未達成車両は60%近く減少したという。また、2019年の導入以降、NOx(窒素酸化物)の排出量は、ULEZがなかった場合の予測と比較してロンドン全体で13,500トン(23%)、ULEZ域内で5,000トン(26%)減少した。PM2.5(微小粒子状物質)については、ULEZがなかった場合と比較してロンドン全体で180トン(7%)、ULEZ域内で80トン(19%)減少した。CO2(二酸化炭素)に関しては、ロンドン全域で80万トン(3%)、ULEZ内では29万トン(4%)の削減を実現したと報告されている。今回の対象範囲の拡大により、さらに500万人のロンドン市民に大気汚染改善の恩恵がもたらされると期待されている。

ロンドンでは、ULEZの基準を満たす車両の普及に向けて、基準を満たさない自動車を廃車する際に助成金を支給する制度を設けている。スクラップ・スキームと呼ばれるこの制度は、ロンドン市内の住民、中小零細企業、チャリティ団体に適用され、ULEZの基準を満たさない自動車やオートバイの廃車、事業者においては大型車やミニバスの廃車・改造の場合に助成金等を受け取ることができる。この助成金はいくつかのオプションが設けられており、例えば住民が自動車を廃車にする場合は、£2,000(約37万円)の助成金、£1,600(約29万6千円)の助成金と1枚のバス・トラム年間パス、£1,200(約22万2千円)の助成金と2枚のバス・トラム年間パスという3つから選択することができる。
他にも、障害者用車両やタクシー等、一定の基準を満たす車両は支払を免除されるなどの免除制度も講じられている。

ULEZの導入による成果がみられる一方で、今回の範囲拡大は議論を呼んでいる一面もある。ロンドン郊外の住民は、公共交通を利用しづらい側面もあって自動車に依存しがちであり、通勤等必要不可欠な移動に対しても課されてしまうことに懸念が示されている。また、近年の生活コストの増加で家計が逼迫する中、経済的影響も軽視できないとの見方もある。スクラップ・スキームがあるものの、ULEZの基準を満たす自動車は中古車であっても価格が高騰しており、当該スキームは十分ではないとの指摘もある。

調査会社であるYouGovが2023年8月9日から14日にかけて実施した調査によれば、ULEZの範囲拡大についてロンドン市民の47%が賛成、42%が反対しているという。興味深いのが、インナーロンドンの住民とアウターロンドンの住民で傾向が異なる点だ。前者は賛成62%、反対26%で賛成意見が多い一方、後者の場合は賛成38%、反対51%と反対意見の方が多数である。この結果についてYouGovは、インナーロンドン住民の大多数が既に従来のULEZ内に居住している上、アウターロンドン住民と比較して自動車保有率が非常に低いことから、インナーロンドン住民にとっては今回の拡大の影響が小さいためであると分析している。

賛否両論がある中で講じられた今回の範囲拡大。取り組みの成果のみならず、今後の住民生活への影響についても注目したい。

ロンドン事務所所長補佐 中込

 

【参考】
・INNER LONDON ULTRA LOW EMISSION ZONE –ONE YEAR REPORT February 2023
https://www.london.gov.uk/sites/default/files/2023-02/Inner%20London%20ULEZ%20One%20Year%20Report%20-%20final.pdf

・Ultra Low Emission Zone
https://tfl.gov.uk/modes/driving/ultra-low-emission-zone

・Scrappage scheme
https://tfl.gov.uk/modes/driving/ultra-low-emission-zone/scrappage-schemes

・The Ultra Low Emission Zone (ULEZ) for London
https://www.london.gov.uk/programmes-strategies/environment-and-climate-change/pollution-and-air-quality/ultra-low-emission-zone-ulez-london

・Ulez: what is it, how much does it cost and why is it so controversial?
https://www.theguardian.com/environment/2023/jul/23/ulez-london-what-is-it-how-much-does-it-cost-and-why-is-it-so-controversial

・Ulez: What is it and why is its expansion controversial?
https://www.bbc.co.uk/news/business-66268073

・Londoners split on ULEZ expansion
https://yougov.co.uk/topics/politics/articles-reports/2023/08/30/londoners-split-ulez-expansion

・ロンドンの超低排出規制ゾーン
https://www.jlgc.org.uk/jp/ad_report/london-ulez/

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