今夏開催された東京オリンピック・パラリンピック大会において、過去最多となる200名を超える選手がLGBTQ+であることを公表するなど、人々が性のあり方に向き合う機会が増え、LGBTQ+に関する情報が広まり、人々の理解も少しずつ広がりを見せている。一方で、世界中の性的マイノリティは、自分らしく生きたいとの切実な思いを抱えながら、その多くが悩み、社会の中で孤立しやすい状況が続いていることも事実である。
偏見をなくし、すべての人が自分らしく生き生きと暮らし、活躍することのできる多様性にあふれた社会を実現するために、学校教育において正しい知識を教えることの重要性が高まっている。
ここでは、LGBTQ+の法的保護に関してヨーロッパで最も優れた国の一つとされているスコットランドにおいて実践されている「LGBTQ+インクルーシブ教育」について紹介する。
○全公立学校におけるLGBTQ+の授業を義務化
2021年、スコットランドでは、世界で初めて性的マイノリティに関する授業「LGBTQ+インクルーシブ教育」を公立学校のカリキュラムに組み込むことが義務化された。
LGBTQ+の子どもや若者の平等性の確保の促進を目的に、LGBTQ+の歴史や同性愛嫌悪対策、LGBTQ+コミュニティへの偏見等について年齢に応じたカリキュラムが組まれている。
さらに、例えば算数の授業では、「2人の父親に父の日のカードを購入するために必要な金額を算出する計算問題」が扱われる等、既存の科目においても、LGBTQ+の要素が織り込まれている。
【左図:LGBTQ+を取り入れた計算問題の例】
これに合わせて、政府はLGBTQ+に関する授業を行う教職員向けに、教材支援資料等を提供する専用サイト「lgbteducation.scot」を開設している。同サイトでは、LGBTQ+の歴史を学ぶ資料や、多種多様な分野におけるロールモデルに焦点を当て、他人との違いよりも共通点を見出す力を養う授業、差別について学ぶ授業等のための多様な教材が提供されている。また、LGBTQ+のテーマを取り入れた例題が掲載された練習問題や、インクルーシブな学校環境を整えるためのポイントをまとめた資料、LGBTQ+の支援活動を行う著名人等を起用した啓発ポスター等もダウンロードすることができる。
スコットランドにおけるLGBTQ+の若者を支援するチャリティ団体「LGBT Youth Scotland」は、若者が自らオンラインでLGBTQ+に関する情報を集め、学ぶことのできるウェブサイトを開設している。同サイトでは、若者が参加することのできるLGBTQ+団体やイベント情報のほか、家族や友人に対してカミングアウトする際の方法や心構え等についてまとめたガイドブック等、オンライン上であらゆる情報を提供している。加えて、ライブチャット形式で、性的指向やカミングアウト、いじめ等について、若者が悩みを打ち明けることのできる相談窓口を設置する等、充実したサポート体制を整えている。
公立学校におけるLGBTQ+授業義務化に向けた動きは、2016年に実施されたLGBTQ+に関する調査結果が契機となって始まった。同調査では、スコットランドにおけるLGBTQ+の子どものうち、90%が学校でいじめや偏見を受ける等の否定的な体験を持ち、27%がいじめにより自殺を試みたことがあるとされた。この結果を受け、2017年、政府によって「LGBTIインクルーシブ教育ワーキンググループ」が設立され、公立学校におけるLGBTQ+教育の必修化に向けた調査研究及び政策の枠組み形成が行われた。同ワーキンググループは2018年に政府に対して提言を行い、そのすべてが承認され、LGBTQ+インクルーシブ教育の義務化が決定された。これを受け、同ワーキンググループは解散している。
○4歳から自分で性を変更できる
2021年8月、スコットランド政府は新たなインクルーシブ教育のためのガイドラインを発表した。このガイドラインによると、子どもたちは、親の同意なく学校における呼び名と性別を変更できることとなった。教師は、性別を変えたいという意思を示した生徒に疑問を呈してはならず、生徒に新しい名前とどのような代名詞(He/She/They等)を使ってほしいかを尋ねることが求められる。これにより、スコットランドの初等教育が始まる4~5歳の子どもたちも、自らの意思で性別を変更することが可能となる。
同ガイドラインによれば、学校のトイレやロッカールームについても、性的マイノリティの学生が自由に「女性用」又は「男性用」の好きな方を使用することができる仕組みづくりや、性別にとらわれない「ジェンダーニュートラル」な制服の選定等を行うことを奨励している。
○各国における「ジェンダーニュートラル」の浸透
伝統的な性別による役割認識にとらわれない思考、行動、制度などを支持する考え方である「ジェンダーニュートラル」の浸透に向けた取組は、スコットランドのみならず、世界各国でも広がりをみせている。
日本国内においては、2018年4月に千葉県柏市に新たに開校した市立柏の葉中学校にて、男女の性差を極力なくす制服が採用された。男子用と女子用の制服が作られた一方で、スラックスは女性の体形を考慮して作成されたほか、男子用と女子用のどちらを選んで着用してもよく、スラックスとスカート、ネクタイとリボンの組み合わせも自由に選ぶことができる。
スウェーデンは、1998年以降、学校において男女に関する固定観念であるジェンダー・ステレオタイプが禁止される等、「ジェンダーニュートラル」の先進国として知られる。同国における多くの保育園では、先生が生徒の性別に言及しないことが通例となっており、先生が生徒に呼びかける際には、「男の子」、「女の子」ではなく、「お友達」と呼んだり、名前で呼んだりしているという。また、2012年には「Hen(ヘン)」という、男性でも女性でもない中性の代名詞が絵本に使用され、その後、マスコミ等でも一般的に使用されるようになり、2015年には辞書にも追加されている。
○最後に
ここ数年、身近なところで、LGBTQ+への理解が徐々に浸透していることを実感してきた。例えば、iPhoneの絵文字に、ヴェールをまとった男性やタキシードを着用した女性、同性カップルの絵が追加されたほか、髪の長さや服装を自由に変えることのできるジェンダーニュートラルなバービー人形の発売や、インスタグラムのプロフィール欄に代名詞(He/She/They等)を追加することのできる新機能の付与も話題となった。一方で、彼らが日々の生活の中でどういった思いや悩みを抱えながら、困難に直面しているかについて学び、考える機会はまだ少なく、偏見や差別、いじめは現在も世界各地で起こっている。
そうした状況を、教育の現場から変えていくことを実践する上記の取組は、今後、すべての子供や大人が自らの性別や世間の固定概念にとらわれることなく、自分らしく生活し、活躍することのできる社会を実現するための、重要な一歩であると考える。
(2021.11 所長補佐 中村)