ロンドンのとあるパブで、背後から「今日は最高だったよね!どうだった?」という声が聞こえてきました。さらに繰り返し、「ねえ、どうだった?」と聞いてきます。どうやら、私に話しかけていたようです。
問われていたのは、8月29日まで3日間開催された、ノッティングヒルカーニバルの感想についてです。ロンドンのパブにいると、知らない人から話しかけられることは日常茶飯事です。アメリカのシカゴ出身で、1年半前にノッティングヒルに移住した彼女は、ブラジル出身の女性パートナーとともにカーニバルを見に来ていたようです。興奮冷めやらぬ様子の2人。それもそのはず、今回の開催は、コロナ禍を挟んで3年ぶりの開催でした。
ノッティングヒルカーニバルは、ロンドンにおけるカリブ文化の豊かな歴史を祝うイベントです。しかしながら、その起源は、当時社会問題となっていた移民差別にあるとのことです。
第二次世界大戦終了後、国内の労働力不足に対処するため移民が奨励されたことにより、1960年代には10万人を超えるカリブ出身の移民がロンドンに移住し、その大部分がノッティングヒルに住んでいました。これに対し、従来からノッティングヒルに住む住人の間に、移民に住居を追われる恐怖が広がったことで人種間の緊張が高まり、1958年には白人労働者階級による黒人コミュニティへの攻撃をきっかけにした大規模な暴動が発生したのです。この際の暴動は1週間程度続き、数多くの逮捕者を出しました。そして、その後1959年にはカリブ出身の移民が人種差別による暴行を受けて死亡するまでの事態にまで発展したのです。
このような事件の後で、人種間の融和と和解を求める声が広がり、1966年に初めて最初のカーニバルが開催されることになりました。この時には500人程度の規模でしたが、その後、ヨーロッパ最大のストリートフェスティバルに成長し、現在では、約5万人のパフォーマーや100万人を超える見物客を誇る、ブラジルのリオに次ぐ世界第2位の規模のカーニバルになっています。
3日間に及ぶカーニバルは、初日には英国最大のスチールパン演奏(金属の器のような楽器を用いた演奏)、二日目には子供たちによるパレード、最終日にはメインイベントである大人によるパレードという、バラエティ豊かな内容で開催されました。
【スチールパンを演奏するパフォーマー】
【スチールパンの拡大画像。集団の演奏を聴いていると、大きな音により、音の振動で自分の服が揺れていることを感じました】
イベント期間中は、ダンスはもちろん、パフォーマーの美しい衣装、300軒以上並ぶ屋台での食事、日本では感じたことのない全身が揺さぶられるほどの大音量の音楽など、まさに全身でカリブ文化を感じることができました。
【カーニバルならではの美しい衣装】
【さまざまな楽器でカリブ音楽を奏でて聴衆を盛り上げるパフォーマー】
移民差別の解消を目指して始まったイベントは、今では差別を乗り越えて人々が一体となるイベントに発展しています。見物客も、パフォーマーと一緒に歌って踊ったり、楽器を持ち寄って演奏に参加したりしてみんなで楽しむ様子であふれており、まち全体が人種・国籍を超えてひとつになったような雰囲気を感じました。
ロンドン事務所所長補佐 畑航平