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地方自治体等訪問レポート「ノーリッジを訪問」

2023年02月21日 

職員を対象とした実地研修の一環として、イングランド東部のノーフォーク・カウンティのノーリッジ市を訪問した。ノーフォーク・カウンティの人口は約90万人であり、ノーリッジ市の人口はノーフォーク・カウンティ内で最大の約20万人である。今回の研修では、ノーリッジに拠点を置くNew Anglia Local Enterprise Partnershipやその関係機関を訪問し、それらの機関の職員やノーフォーク・カウンティの近隣自治体であるイースト・サフォーク・カウンシルの職員から話を伺った。

 

〇East Suffolk Council

・イースト・サフォーク・カウンシルは、2019 年 4 月 1 日にサフォーク・コースタル・カウンシルとウェブニー・ディストリクト・カウンシルが合併して発足したイングランド東海岸沿いの自治体である。

 

<総合戦略の策定について>

・2020年2月に、合併後の新自治体としての5つの重点テーマ(①経済成長、②コミュニティの自立、③財政規律の維持、④DXの推進、⑤環境保護)を含む戦略計画を策定した。合併後に策定した戦略であるため、“1つのカウンシル”という精神で検討された。戦略案の策定方法として、約80人のカウンシル職員が1つの会場に集まって議論を重ねて素案を策定するというユニークな手法を採用した。

 

<経済政策について>

・2040年までにイングランド東部の洋上発電事業に596億ポンド(約10兆円)が投入され、関連設備の維持管理に係る経済効果も13億ポンド(約2,000億円)にのぼると見込まれており、当地域にとって経済成長の好機になると捉えている。

・域内の失業率は英国平均と比較して低く抑えられているものの、高スキル・高所得の仕事の創出が課題だと考えている。BT(最大手の固定電話事業者及びインターネット・プロバイダー)のR&Dセンターが立地し、敷地内にIT関連スタートアップ等も所在していることによる4000人を超える雇用があることや、原発が立地していることが、その意味での重要な役割を果たしているが、さらに高スキル・高所得の仕事の創出に取り組んでいく。

・5か年の経済成長戦略(2022-2027)を策定しており、特に、今後3年間で270万ポンド(約450億円)の重点予算を投入して、中心市街地の活性化、スタートアップ支援、中小企業に対するネットゼロ取組支援や助成金、スキル開発プログラムなどを実施する。

 

<環境保護政策について>

・2030年をネットゼロの目標年として設定し、諸施策を展開しているところ。2015/16期から2020/21にかけてCO2排出量を減少させてきており、今後も現状傾向で推移させていく予定である。(なお、2020/21はコロナ禍により4つの公設レジャーセンターを閉館していたという特殊事情でCO2排出量が減少したということもある。2023年に、これらのレジャーセンターの温室効果ガス削減計画を策定する予定。)

・カウンシルの温室効果ガス排出量の構成比として、民生35.2%、交通・輸送34.0%、産業19.9%が主要な排出源となっており、これらの対応するため、カウンシルの公用車のバイオ燃料車への更新、学校等の建設時のサステナビリティへの配慮、水素エネルギー事業や(国が主導する)洋上発電事業への協力など様々な取組を行っているところ。

 

<海岸浸食対策について>

・海水面上昇の影響が顕在化しており、2013年には高潮により海岸沿いが広範囲にわたり浸水被害を受けた。その後、(ノルウェーから輸入した)岩石を消波堤として海岸沿いに配置するなど、高潮対策を行っている。

 

<高齢化に関する現状と取り組み>

・人口構成として、70-75歳が最も大きな年齢グループであり、4人に1人が65歳以上の高齢者で、16歳以下の子供は1.7%(英国平均18.9%)となっており、高齢化が進んでいる。若者がロンドンなど都市部に転出する傾向があるほか、老後をイースト・サフォークで過ごすため高齢者の転入があることも高齢化の進展に拍車をかけている。また、域内の格差も顕著で、平均寿命が最も長い地域と最も短い地域との差が約10歳にまで広がっている。格差の原因としては、貧困、生活習慣の差異(食習慣など)、教育の格差などが想定されている。また、孤独対策やメンタルヘルス対策も含め、ウェルビーイングの向上に努めているところ。

 

<2自治体の合併について>

・2008年から約10年をかけて、2つの自治体が合併するための議論・調整や諸手続き、国との協議を進めてきた。財政基盤の強化(コスト削減含む)、社会的要請に応えるための体制整備、国等に向けた発言力の強化、海岸浸食など共通する課題への対応など、様々な要因があり2自治体は自発的に合併を行うこととしたもの。

 

【イースト・サフォーク・カウンシルのスタッフによる事業紹介】

 

〇New Anglia Local Enterprise Partnership

<Local Enterprise Partnership(LEP)について>

・LEPとは、企業、地方政府、教育機関が連携し、雇用の拡大、イノベーションの推進、生産性の増大を図る組織。2011年に政府によって設立され、現在イングランドには38のLEPが存在する。

・New Anglia LEP(ノーフォークやサフォークを含むニューアングリア地方のLEP)は、所管エリアに160万人の人口と6万1,000の企業を抱える。地域経済の規模は38のLEPの中で2番目に大きく、陸地面積は38のLEPの中で4番目に大きい。

・New Anglia LEPの理事会は16人のメンバー(地方自治体から6人、大学施設関連から2人、民間団体から8人)から構成されている。証拠や事実に基づいて議題を審議し、採択には全会一致が必要である。

 

<New Anglia LEPの実績>

・New Anglia LEPでは、これまでに3億ポンド(約500億円)以上が投資され、13億ポンド(約2,100億円)がマッチングファンドで活用された。結果、1万5,000以上の雇用、1,752の創業を生み出し、1万5,000以上の企業が1対1の支援を受けることができた。ただしこれはNew Anglia LEP単独の実績であり、パートナーを含めた波及効果はさらに大きいとされる。

 

<New Anglia LEPの重点領域>

・New Anglia LEPには様々な事業領域があるが、その中でも「クリーンエネルギー」「農作物」「ICT」の3つの領域に注力している。特にクリーンエネルギーに関しては、現在イギリスで供給されているクリーンエネルギーのうちの32%がニューアングリア地方で発電されたものであり、さらにこのクリーンエネルギーの発電量を2035年までに倍増させる計画である。

 

<Smart Emerging Technologies Institute(SETI)について>

・SETIは、UEA主導のもと、ヨーロッパで最も速い共同研究テストベッドを構築することを目的とした、研究およびイノベーションのための計画的な取り組み。この地域にとって科学、技術、ビジネスの資産となるだけでなく、最先端の科学研究の限界を押し広げ、英国全体に利益をもたらすことになる。

・SETIは、イングランド東部の主要なセクターを跨がる最新の機械学習、AI、デジタル通信技術を用いた大規模なテストベッド実験を通じて、研究、イノベーション、ベンチマーク、新しいアプリケーションやサービスの検証を支援することで、独自のエコシステムを育成していく。

 

<対内投資実行プランについて>

・2020年1月以前は、ノーフォーク・カウンティとサフォーク・カウンティの両方の経済開発チームが対内投資を実施していたが、対内投資の地域間のばらつきや重複した作業を気象するため、2020年1月にNew Anglia LEPとノーフォーク・カウンティとサフォーク・カウンティのリソースを統合し、専門的な対内投資チームを結成した。

・ノーフォークとサフォークへの対内投資を実現、維持するため、①国際貿易省(DIT)、地方自治体、商業用不動産業者経由の見込み客、➁人材紹介会社、大学、業界団体、ビジネスサポート機関などのサービス提供関係者、③New Anglia LEPの内部チーム(セクター&イノベーション、エンタープライズゾーン、コミュニケーションチーム、スキル&ストラテジー)と協働で取り組んでいる。

・農業・食品分野では、全てのLEPの中で最大の生産高を誇っているが、重要なのは、投資の場所を確保すること。実際に食品や農業技術に特化したものがあれば、知識の最先端にいることを示すことができる。そしてその投資を呼び込むためには、地域間との連携が必要。他の地域と競争するよりも、その地域と組んでナンバーワンを目指すほうがはるかに強力である。

・クリーンエネルギー分野においても、世界最大の洋上風力発電市場に最も近い位置にいるが、この分野への投資を呼び込むために、「Generate unlimited energy opportunities in East of England」というブランドを立ち上げ、そのプロモーションを行っている。過去1~2年の間に、展示会やSNS、海外イベントなどでPRを行った。大きなイベントで英国を紹介することで、英国を投資対象として見ている人たちから利益を得られると期待している。そしてその場で地元もアピールすることができる。

・農業・食品分野、クリーンエネルギー分野、ICT・デジタル分野の3分野に重点を置いているが、ノーフォークとサフォークの将来の優先分野を確立するために、同僚や利害関係者、DITの関係者とともにさらなる調査を行っている。今後、食品の加工製造、健康・医療関連、宇宙部門、その他将来のデジタル技術に注力することを検討している。

・英国は、日本の様々な大企業から投資を受け入れているが、最大の投資国である米国と比べると、日本の投資は比較的少ない。英国の魅力が低下する中、既存企業の維持と成長はますます重要となる。New Anglia LEPの役割は、このような主要企業との関係を構築し良好に保つことである。

・2021~2022年の直接海外投資の成功率は、2020~2021年の同時期と比べ8%増加した。また2020~2021年の雇用数は、2019~2020年よりも7%増加した。このようにLEPは実績を出しつつあるが、コロナの影響もあり、2022~2023年は好実績を出せない可能性が高い。

・現在対内投資に関する多数の問合せを受けている。一番多いのが農業・食品・飲料関係であり、次に多いのがエネルギー関係、先進製造関係、建設・開発関係である。組織を立ち上げてから成果をあげ、ノーフォークとサフォーク全体で良いパートナーシップを築けていると考えている。

【New Anglia Local Enterprise Partnershipの関係機関である研究施設】

 

〇University of East Anglia

<University of East Angliaについて>

・地方部に所在する当大学は、カウンシル、LEP、地元企業、他大学などと密接に連携しており、これらの機関等とのコラボレーションが、この大学にとって極めて重要であると認識している。例えば、IoT技術を使った河川の水位計測ネットワークなどは、災害対策の分野として密接にカウンシルと連携する必要がある。その他の例として、域内の高齢化が進んでいることに対応するため、ヘルスケアの面で、インターネットを介した健康・医療情報の通信に関する研究・実証実験を行う場合にも、関連機関と連携する必要がある。

・ブリティッシュカウンシルの事業を通じて、ベトナムの著名な大学の学生に対して、CVやジョブ・インタビューについて助言するなど、研究だけでなくソフト面での支援を行っていることもある。

 

<ハッカソンイベント>

・大学や地元テック業界の任意団体(meet up)が主導し、地元大手企業(保険会社、鉄道会社等)がスポンサーとなっている「Sync The City 2022」というハッカソンイベントを今年も開催する。

・流れとしては、①各人からアイデアを1分間でプレゼン→②審査していくつかのアイデアに絞る→③学生とプロが50%/50%で、かつ、デザイナー・プログラマー・経営者のそれぞれの役割分担を担うメンバーが1つのチームを構成し、サービスのプロトタイプ作成・デザインを行うほか、経営・マーケティング戦略などを立案→④市中の人々の意見を直接聞いてアイデア・事業をブラッシュアップ→⑤サービスのデモ版を確認→⑥5分間の最終プレゼン→⑦優勝者決定・公表という一連のステップを、3日間にわたり集中して実施するものである。

・ここで提案されたアイデアは、ゴミ回収や図書館の業務などカウンシルに関係することや、NHS、交通機関など公的機関・公共交通機関に関係することなどが多い。従って、これらのアイデア・事業を実現するフェーズにおいては、それらの機関との連携が不可欠となる。

 

<大学内施設の視察>

・「Productivity East」という施設の中には、学生たちでアイデアを出し合うコラボレーションルーム、アイデアを元にCADデータを製作するためのPCを備えた設計ルーム、3Dプリンター・CNC旋盤・ロボットや、各種試験・検査機器を備えた製造ルームがあり、学生が即戦力となる技術を習得することができるようプラクティカルな教育を行っている。そして、企業からの人材が学生に特別にレクチャーを行うことがあるほか、地元メーカーからの問題解決方法の検討の依頼を受け付けたり、あるいは就職(面接)など、様々な面で大学と企業は密接に連携を行っている。

・このほか、映画アベンジャーズの撮影も行った大型施設「Sainsbury Centre for Visual Art」では、美術作品等の展示が行われる。大学構内にこのような施設があることは珍しいと認識している。

【最先端の機器を備えた研究施設】

 

【大学構内の美術展示スペース】

 

〇Norwich City Council

・ノーリッジ市は周辺の都市と距離があることから、域内の小売業が盛んであった。しかし、技術の進展よって小売業の事業形態が変化し、新たな技術に関する知識がない事業者にとっては事業継続が難しい状況になってきた。そのような状況を支援するため、大学に1,150万ポンド(約20億円)を投入し「デジテック・ファクトリー」という新しい施設を建設し、コンピューターやデジタル技術を有する卒業生の輩出を目指している。

・また、広場や道路など街の公共空間の整備にも取り組んでいる。これまで長年にわたり、公共空間の魅力向上に関する投資を行ってこなかったため、公共空間を若返らせるために再投資している。公共の広場や、座って食事ができる場所、外でイベントができる場所などを整備することにより、レジャーやショッピングのために人を中心部に呼び込むことで、市中心部の小売業者を助けることができる。しかし、現在約半分のプロジェクトが未完了の状況であるところ、コストの上昇に伴い、資本金、建築資材、請負業者による労働力の確保など多くの課題に直面している。安価な建材を使ったり、規模を縮小したりして、コスト削減を図らなければいけない。

・その他、ノーリッジでは市内中心部の賑わい創出について、2,000万ポンド(約30億円)の予算で3つの主要プロジェクトを進行している。

①芸術大学を発展させるプロジェクト。街の中心部にある非常に大きな歴史的建造物を購入し、街のあちこちに点在しているキャンパスをそこに集約し、今後5年間で学生数を2倍に増やす計画がある。政府から補助金が得られるのであれば、新しいコースを開設しさらに大きなキャパシティを確保する予定。そして、一般市民(高齢者や現役世代の人たち)を対象とした短期コースの提供も始めたいと考えている。

➁市庁舎を改築するプロジェクト。ノーリッジ市役所の建物は街の中心部にあり、1938年に建設された。とても美しい歴史的建造物であるが、リモートワーク等により今の働き方には大きすぎるため、建物を再開発することにした。建物は4階建てで、うち2フロアは市役所が利用し、残り2フロアは非常にグレードの高いオフィスに改装する予定であり、プロフェッショナルサービスや金融サービス向けに提供することを想定している。

③中世の街ならではの歴史的建造物を観光資源として活用するプロジェクト。これらを活用すれば、おそらく毎年多額の収入を街にもたらすことができるはず。ノーリッジの街の真ん中にあるノルマン様式の城は現在美術館として運営されており、改修を進めているところである。併せて、城と、街の中心部にある他の12の重要な中世の建物の両方に装置を設置して、観光客を惹きつけるようなプロジェクションマッピングを行うことも検討している。

・ノーリッジは、CNNが発表した「世界にまだ発見されていない、訪れる価値のある20の都市」に選ばれたこともあり、イギリス国内はもちろん、アジアやアメリカ、ヨーロッパからの観光客をもっと呼び込める可能性があると考えている。

・コロナ禍の当初は「誰もオフィスで働きたがらないだろう」と思っていたが、実際はオフィスに対する需要は非常に強い。人々がハイブリッドワーキングをしている中、ナレッジビジネスと呼ばれる、製品や知的財産を創造するビジネスの多くは、オフィスを必要としている。家でパソコンと向き合うよりも、チーム内で互いに話し合うほうが、アイデアや発明のきっかけとなる。また、週に2〜3日であっても人が集まればより良い結果が得られるといった、効率的なビジネスを運営するためのチームビルディングの側面もある。ただオフィスに必要なスペースは小さくなってきており、また長期間の賃貸契約を結ばなくなった(5年や10年の契約でも解約条項をつけ解約できるようにしている)。

 

【改修中のノーリッジ城】

 

〇所感

英国の自治体を訪問して職員の方々と会話する度に肌感覚で感じるのは、立場に関わらず自由闊達に意見を述べ合う、組織内の比較的フラットな人間関係の雰囲気である。イースト・サフォーク・カウンシルにおいて、「将来戦略を検討する際に大勢のカウンシル職員が1つの会場に集まって議論を重ねて素案を策定する」という、”ある種”の民主的な議論の進め方は非常に新鮮で、自治体の戦略の立案の仕方に絶対的な正解というものはないのかもしれないと感じた。

また、ノーリッジはいわゆる田舎の街であり、日本の地方自治体と同様の社会的課題を抱えながらも、それらに対して粘り強く取り組む姿勢を学ばせていただいた。派遣元の自治体でも同様のハッカソンイベントを毎年実施しているが、イベント優勝者を最終的な創業に繋げた数には歴然の差があった。話を伺っている中で、「事業案や経営・マーケティング戦略案を構想する初期の段階から産官学と積極的に連携する」「イベント優勝者に対して創業まで強力な支援を行う」といった点に日本との取組の温度差を感じた。

このような気づきを1つでも多く感じて日本に持ち帰り、組織内のコミュニケーション・戦略立案・事業を推進する際などに振り返り、今後の日本の地方活性化に繋げていきたい。

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