近年、とりわけ2020年の米国でのジョージ・フロイド事件をきっかけに始まったBlack Lives Matterムーブメントにより、世界中で黒人の人権問題が大きく注目されていることに関連して、植民地時代及び黒人の歴史もあらためて認識されるようになったが、英国もその例外ではない。
先月(2022年9月)、ロンドン事務所のすぐ近くにあるトラファルガー広場に設置されていたモニュメントが新しい像に建て替えられた。
この場所(第4台座)には、ロンドン市長の諮問委員会である第4台座委員会(Fourth plinth commission)により選定されたアート作品が2年毎に入れ替えされることになっている。今回の新しい像は、「アンテロープ」と名付けられた、英国の植民地支配と戦ったマラウイのバプテスト説教者でもあり汎アフリカ主義者であるジョン・チリンブウェ(及び宣教師ジョン・チョーリー)の像である。
【トラファルガー広場及び「アンテロープ」像】
そして、英国において1980年代から始まった「黒人歴史月間」が、今年はこの10月から「変化の時:言葉ではなく行動」をテーマとして始まった。(なお、米国においては1970年代から始まっている。)この月間は、黒人の歴史、文化、遺産、偉人について学び、とりわけ植民地時代以降の英国社会における黒人の役割や貢献について再認識する期間であり、それに関連した様々な行事が行われる。
自治体との関わり
植民地時代の歴史を再認識する動きについて、自治体も積極的に関わっており、例えば、「黒人歴史月間」の行事開催にあたり、自治体が補助金を交付して支援する制度があり、ロンドンのケンジントン&チェルシー区の場合、黒人歴史月間関連イベントに対し、1件あたり1,000ポンド、総額15,000ポンドを交付するという支援スキームがある。
また、7/13~14に開催された、CIPFA(Chartered Institute of Public Finance and Accountancy:公共セクターの財務担当者等による組織)による、今年度の会議(Public Finance Live 2022)においても、植民地支配の歴史を再認識する時代の流れと自治体との関わりについて議論となっており、その講演者の一人であるマンチェスター大学教授で歴史家のデビッド・オルソガ氏が説明したポイントについて、以下に紹介する。
・イギリス人は紅茶を飲むことで有名である。かつて、お茶は中国からやってきた。19世紀には、アッサムやダージリンに移送された労働者を使って、インドやスリランカにおいて巨大な紅茶栽培産業を興し、ヴィクトリア女王の治世の終わりには、インドで大勢の労働者が英国市場向けの紅茶を栽培するようになっていた。
・サトウキビは元々ニューギニア産で、奴隷労働者を使ってアメリカ大陸の島々で栽培されたものである。つまり、「アジア原産の砂糖を、アフリカ人が、アメリカ大陸で栽培し、ヨーロッパで消費した」ということである。スコットランドがトフィーの甘さとショートブレッドを連想させるのは、スコットランド人が18世紀から19世紀初頭にかけてカリブ海のサトウキビ奴隷制に深く関与していたからである。ハイランド・ヨークシャー・ティーやアールグレイは、私たちが自分たちを理解する上で、”帝国の物語”を切り離してきたことに由来している。私たちは長い間、歴史と向き合ってこなかったのであり、これらの歴史は未処理なのである。その結果、抑圧され忘れ去られた歴史に関する議論が行われたとき、多くの人が混乱している。そのため、公共セクターは、何が起きているかを認識し、この問題に責任を持ち、関与し、選択肢を検討し、これまでとは別の視点を考えなければならない。
・(ブリストル市に建てられていた、篤志家でもあり奴隷商人でもあったエドワード・コルストンの像について、)彼は約300年前に亡くなっているが、数年前にその銅像が倒される出来事があった。そして、ロンドン、マンチェスター、ブリストル、その他の場所で、既設の銅像の調査が行われた。それは、私たちの公共空間にある像が誰なのか、私たちが誰を祝福(顕彰)しているのかさえ認識していなかったからである。私たちの公共の広場に立っているブロンズや大理石の人たちの、適切で包括的なデータベースを持っていなかったということだ。そして今、公共セクターがその議論の中心に置かれており、文化的な論争に巻き込まれ、文化的な規範上のターゲットにされているということである。
博物館において
植民地支配の歴史の再認識を促すため、博物館においても積極的な取り組みが進められている。
例えば、ロンドンの大英博物館においては、奴隷貿易で富を築き大英博物館設立のきっかけとなる元々のコレクションを寄贈したハンス・スローン卿の胸像が移設され、今では大英帝国や奴隷制との文脈で展示されている。
また、地方都市の比較的小規模な博物館においても同様な取り組みが進められており、イングランド東部にある学園都市ケンブリッジにあるケンブリッジ博物館でも「ReStorying OUR museum」と銘打った特別な解説文が掲出されるようになった。これは、同博物館の所有する植民地時代の展示物について、英国の植民地とのつながりを理解し、そのストーリーを伝えるため展示方法を工夫する試みである。その展示の1つとして、特にケンブリッジと植民地時代の遺物とのつながりについて理解を深める趣旨で、博物館が所蔵する1700年代当時の「タバコ屋の看板」に焦点が当てられ、博物館スタッフとボランティアが調査・議論を行い、さらに、この看板の展示についてコミュニティのメンバーと3回にわたるワークショップも開催したとのことである。
【ケンブリッジ博物館外観、「タバコ屋の看板」及び「ReStorying OUR museum」の解説文】
おわりに
ロンドンの街中を歩くと、行き交う人々の多様性に驚かされるとともに、英国社会そのものが世界中からの移民で構成されていることを身をもって感じる。英国における多様性を育んできた歴史、そしてこの多様性が育んでいく未来について、自治体がどのように関わっていくのか、今後も注目していきたい。
(所長補佐 西川)
出所:
https://www.bbc.co.uk/news/world-africa-62824881
https://www.london.gov.uk/press-releases/mayoral/unveiling-date-for-next-fourth-plinth-commission
https://www.rbkc.gov.uk/leisure-and-culture/arts-and-culture/black-history-month#black-history-month-small-grants-scheme
https://www.theguardian.com/culture/2020/aug/25/british-museum-removes-founder-hans-sloane-statue-over-slavery-links
https://www.museumofcambridge.org.uk/resources/restorying-our-museum/