ここ数年、耳にする機会が多くなった「ヴィーガン」という言葉は、肉や魚だけでなく、卵や乳製品を含む動物性食品を一切口にしない「完全菜食主義者」を意味し、こうした人々に対応する食品がヴィーガン食品である。
ロンドンで生活を送る中で驚いたことの一つが、この都市におけるヴィーガン食品の多さである。2019年時点で英国のヴィーガン人口は60万人を超え、その数は4年間で4倍に増えた。ヴィーガン人口の増加に伴い、ヴィーガン食品を扱う市場も急速に拡大している。
ここでは、ヴィーガンフレンドリーな都市とされるロンドンでサステナブルな食生活を選択する人々の考え方やヴィーガンの普及に向けた地域の取組等について紹介する。
【写真】ヴィーガン商品を扱うベーカリー店(バラ・マーケット)
―豊富なヴィーガン食品の選択肢
ロンドンのスーパーマーケットには、ヴィーガン向けの豊富な食品が取り揃えられ、ヴィーガン食品のみを扱う専門店も次々に誕生している。カフェやレストランにおいても、必ずと言ってもよいほどヴィーガン対応のメニューを見かけることができ、消費者に対して植物性食品の選択肢が幅広く提供されていることを実感する。2021年夏に日本のうどんチェーン店「丸亀製麺」がロンドンに初出店した際には、現地の食習慣に対応するため、新たにヴィーガン向けのメニューが導入されたことも話題となった。
数多くのヴィーガン食品の中でも特に目を見張るのは、植物性ミルクの台頭である。スーパーマーケットでは、牛乳売り場の近くにオーツミルクやアーモンドミルク、ココナッツミルク等、多種多様な植物性ミルクが幅広く取り扱われている。現在、英国人の3人に1人が牛乳の代わりに植物性ミルクを購入しているという調査結果からも、人々の間で植物性食品を選択するライフスタイルが浸透していることが分かる。
【写真】牛乳売り場に陳列される植物性ミルク
―ヴィーガンを選択する様々な理由
そもそも、なぜ英国人は植物性食品を好んで食べるのか。その主な動機として、健康や宗教上の理由のほか、環境問題や動物愛護への意識の高まり等が挙げられる。近年は、家畜から排出される温室効果ガスの一種、メタンガスの排出削減に向けた議論が世界的に広まっており、2018年のオックスフォード大学の研究では、肉と乳製品を断つことで、個人の食品関連の二酸化炭素排出量を最大73%削減できることを発表している。同研究では、ヴィーガンへ移行することは、温室効果ガスの排出量を削減し、水や土地を保護するための「唯一最大の方法」であると結論づけ、その影響は飛行機の便数を減らしたり、電気自動車を購入したりするよりもはるかに大きいと指摘している。こうした研究結果等の影響もあり、2020年に英国において動物性食品の摂取をとりやめた人を対象とした調査では、食生活を変えた理由として、環境問題を挙げた人が30%にも上っている。また、マンチェスター・シティのスター選手として活躍していたセルヒオ・アグエロ選手をはじめとする人気アスリートや著名人の多くがヴィーガンを公言していることも、英国の若年層を中心とするヴィーガンの浸透に大きな影響を与えているものと考えられる。
―ヴィーガン食品の普及に取り組む自治体も
こうした世の中の動きにあわせ、地方自治体においてもヴィーガン食品の普及に向けた取組を進めている。ロンドンのルイシャム・カウンシルでは、環境問題への取組の一環として、2020年より自治体が主催するすべてのイベントにおけるケータリングについて、ヴィーガン食品を提供することが決定された。同地区内の学校給食についても、週に一回、一切肉を使用しないメニューを提供しているほか、地域住民を対象としたヴィーガン料理教室も開催している。ルイシャム・カウンシルのみならず、英国の他の地方自治体においても、日々の食生活に植物性食品を取り入れることを推奨する取組が広がっている。
―地球を守るための一歩
日本ではヴィーガン食品を目にする機会もあまりなかったが、ロンドンではスーパーで食品を選ぶときやレストランで料理を頼むときの数ある選択肢の一つにヴィーガン食品・料理が当たり前に含まれており、実際にそれらを口にする機会も多くなった。
英国においては、普段何気なく行う選択や行動が、地球環境にどういった影響を与えうるのかについて考える人がすでに一定数おり、これに合わせて、多様な食の選択肢が用意されているものと思われる。食生活をはじめとする、日常における小さな選択が、地球を守るための一歩につながると信じているのである。
(2021.11 所長補佐 中村)