若年者のメンタルヘルスの改善、精神面でのウェルビーイング(肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること。WHO憲章より)の向上は、社会において重要な役割を持つ若年者が健康的な生活を送り、自立した人格を形成していくうえで、必ず達成しなければいけない課題である。本稿では、イングランド北部の自治体リーズ市における、若年者のメンタルヘルス・ウェルビーイングの向上への取り組み、その中でも成功例として評価されているメンタルヘルスサービスサイト「MindMate.org.uk」について紹介する。
1 リーズ市のFurure in Mindストラテジー
MindMate.org.ukは2015年に、NHSのリーズ・クリニカル・コミッショニング・グループ[i]が、リーズ市の協力のもと設立したウェブサイトである。
リーズ市は「子供たちの成長にとって英国で最高の都市となる」という目標をかかげ、2015年の「Leeds Children and Young People’s Plan」において、若年者に関する保健福祉・教育・防犯などの包括的な計画について策定した。「Future in Mind」ストラテジーは、この計画の詳細を定めたいくつかの戦略のうちの一つで、若年者(本戦略では0歳から25歳までを対象とする)のメンタルヘルス・ウェルビーイング向上のための行動指針について定めたものである。
2016年から2020年までの期間を対象としたFuture in Mindストラテジーにおいては、乳幼児期における子供と養育者の関係のケアや、若年者のメンタルヘルスケアに関する危機管理施策の拡充、メンタルヘルスに問題を抱える若者向けの教育機関への投資など、11の行動目標が掲げられている。MindMate.org.ukも、本ストラテジーに基づいて設立されたものである。
2 MindMate.org.ukの概要
(コンテンツ)
MindMate.org.ukでは、若年者のメンタルヘルス・ウェルビーイングに関する情報を掲載している。掲載されている情報のカテゴリは大別して、若年者向けの情報、若年者の養育者向けの情報、若年者に関わる専門家(教員やケアワーカーなど)の情報の3種類に分けられており、各記事は専門家による臨床的な正確性について監修を受けるとともに、それぞれの対象グループ(若年者、養育者、専門家)による認証を受けてサイトに掲載されている。
若年者向けの情報ページでは、若年者が陥りやすいメンタル面での問題(うつ、自傷行為、摂食障害など)や、メンタル面に悪影響を及ぼしやすい出来事やライフイベント(いじめ、介護、試験、一人暮らしなど)への対処法、リーズ市民が日常的に、あるいは緊急時に利用できる精神福祉・児童福祉関係の行政サービスについて網羅的に掲載されており、利用者は自分の症状やニーズから必要なサービスをワンストップで探し、利用することができる。更に、リーズ市の若年者がメンタルヘルス・ウェルビーイングについて執筆しているブログ記事やビデオインタビュー記事、メンタルセルフケアについて学ぶことができるゲームなど、若年者が主体的にメンタルヘルス・ウェルビーイングの向上に取り組むことを支援するコンテンツも掲載されている。このほか、養育者向けの若年者との向き合い方に関する記事や、専門家向けの学術的なアドバイスなど、利用者に合わせたコンテンツがそろっている。
(アクセシビリティ)
特に若年者向けの記事については平易な英語で書かれ、画像をふんだんに使用して、堅苦しさや子供っぽさのない、親しみやすいデザインとなっているほか、スクリーンリーダー(視覚障がい者向けの音声読み上げソフト)利用者への配慮も行われている。平易な英語を使用することで、英語を第一言語としていない利用者にもわかりやすくなっているほか、オンラインの自動翻訳ソフトを使用しても自然な結果が得られるようになっており、アクセシビリティの面で非常に優れている。
(若年者の参画)
MindMate.org.ukを開設するにあたっては、ネーミングからサイトの機能、デザインの子細にいたるまで、若年者の意見が取り入れられた。また、前述したように、コンテンツの内容についても若年者のチェックが入るほか、若年者自身もコンテンツを作成している。地域の若年者によるMindMate委員会が組織されており、若年者自身がMindMateアンバサダーとなり、大学や青少年センターなどでの広報活動を行うなど、サイトの運営に主体的に関与していることが特徴的である。
3 MindMate.org.ukの実績・評価
2018年のレポートによれば、Mindmate.org.ukは時点で一月当たり8500件のユニークビュー(閲覧者数の実数)があったほか、地域の専門家からも信頼できる情報源として高く評価されている。
現在では、MindMateの名称はウェブサイトだけにだけにとどまらず、リーズ市の若年者のメンタルヘルス・ウェルビーイングの向上に関する取り組みに関するブランドとして確立されており、MindMate Champions Programme(学校や児童センターのメンタルヘルス・ウェルビーイングに関する環境改善のためのプログラム)や、MindMate Lessons(学校向けの授業プランと教材)など、MindMateの名前を関する事業が立ち上がっており、これらの事業に関するページもMindMate.org.ukに掲載されている。自治体発のメンタルヘルス・ウェルビーイング向上プログラムの先進事例として、他の地域のクリニカル・コミッショニング・グループにおいても同様のウェブサイトを立ち上げるための取り組みが進められている。
4 まとめ
若年者のメンタルヘルス・ウェルビーイング向上は、我が国においても重要な政策課題の一つである。更には、2020年から続いている新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、若年者のメンタルヘルス・ウェルビーイングに大きな悪影響を与えていることが報告されている。こういった状況下で、2020年のMindMate.org.ukへのアクセスは急増しており、困難な状況下における若年者のメンタルヘルスケアにおいて、本サイトが大きな役割を果たしていることが見て取れる。今後も本分野におけるリーズ市の取り組みを注視していきたい。
(参考記事)
MindMate – Emotional wellbeing and mental health
MindMate – Leeds | Local Government Association
MindMate Communications Team – NHS Leeds Clinical Commissioning Group (leedsccg.nhs.uk)
[i] クリニカル・コミッショニング・グループとは、国民保健サービス(NHS)の配下団体であり、地域における医療サービスの計画と委託を行う機関である。