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英国

英国の階級社会

2021年02月25日 

渡英前に、イギリス人(イングランド人)の行動の特徴について文化人類学者ケイト・フォックスが記した「Watching the English」という本を読んでいた。[i]この本の中では、使う単語や服装、買い物をする場所などといったイギリス人の行動様式に関して、上流階級、上層中流階級、中層中流階級、下層中流階級、下層(労働者)階級と細かい分類を用いた記述が頻繁に出てくる。この本を読んでいたせいか、街中を歩く人の様子に、日本よりも明確な階級差が見て取れるような気がしている。今となっては薄れつつある階級の違いであるかもしれないが、英国社会を理解する上で不可欠な要素であると思われることから、今一度整理してみたいと思う。

 

英国の階級社会のはじまり

英国は世界で最初に産業革命を経験し、資本主義的な社会が出来上がる過程で階級制度が出来上がっていった。当時の英国の工業都市は混乱しており、労働者階級の生活状態は不衛生で、高い罹病率や、飲酒癖のある人の多さ、教育が行き届いていないなどの問題が起こっていた。そして、その階級は、単なる経済的な貧富の差ではなく、生活全般に通じる差を生み出した。貴族などの上流階級、労働者階級である下級階級、そして、経済的な実力があるが、政治的影響力は持たない工業ブルジョワジーが中流階級となった。

この階級制度が現在まで形を少しずつ変えながらも残っているのは、日常会話の発音や語法、食事の作法など生活様式一般へ浸透していたことや、現在に至るまでに革命や軍事的敗北など、国の歴史が一変するような事象が起こらなかったことが影響している。[ii]

 

伝統的な階級社会

上流階級、中流階級、下級階級といった階級は、一般的に、まずは職業の違い、つまり、肉体労働に従事しているか、企業などの管理職についたり専門職についてるかなどによって区分され、次に教育、そして、住居や話し方などの生活様式、そして、収入、家系などが影響してくる。

一人一人がどの階級であるかは主観的にも認識されており、その階級意識に応じて行動をしていた。一方で、階級を移動するということも不可能では無かった。「紳士」と呼ばれるような人であっても、下級階級に落ちる可能性を持っており、逆に教育を施し、下級階級の生まれでありながらも子息へ中流階級として生きていく力を付けさせる者もいた。

また、貴族層が貧しい人々の保護を行ったり、熟練労働者が未熟練労働者に対して教育や保護の義務を負うなど、より上流に位置する層が下流の層に対して責任を持つことも英国の階級社会の特徴として挙げられる。これは、上流階級の人々が政治的主権者となっており、社会の秩序の維持に対して責任を負っていたからである。[iii]

 

BBCによる英国階級調査による、新たな階級の分類

2011年に、英国階級調査が実施され、21世紀の社会を表す、新たな7つの階級が提示された。BBCによるウェブ上でのアンケートに対し161,400人が回答したほか、BBCへ日頃からアクセスしている階層には偏りが見られることから、対面でも1,026人に調査を行い、データを調整している。調査においては、従来型の職業による分類ではなく、調査参加者の経済資本(富や収入)、文化資本(文化的なものへの関心や教育によって得られる資格)、社会関係資本(社会的ネットワークを活用することができるような人脈)の保有について測定し、その3つの資本の量を元に分析が行われた。

 

英国階級調査に基づき提示された7つの階級

“A New Model of Social Class? Findings from the BBC’s Great British Class Survey Experiment”より筆者まとめ[iv]

 

エリートの世帯所得が89,092ポンド(約円)、世帯貯蓄が142,458ポンド(約円)であるのに対し、プレカリアートの世帯所得は8,253ポンド(約円)、世帯貯蓄が793ポンド(約円)と、10倍以上の差が開いている。また、階級によって大学を卒業しているかどうかについて偏りがあるものの、新興サービス労働者にはあまり差異が無いこと、親が管理的職種についていた人の方が、肉体労働者であった人よりも高い給与を得ていること、より上位の階級の人がロンドンに在住していることが多いといった傾向が報告されている。[v]

 

現代にも生きる階級間の格差と偏見

高等教育統計局のデータを基にした分析によると、14歳時点での親の職業が専門職であった場合、卒業6か月後の時点で、年間30,000ポンド以上の収入を得られる仕事に就いている可能性が労働者階級の卒業生の2倍以上となっており、社会的流動性の低さが問題視されている[vi]

社会的流動性委員会の2019年の調査でも、回答者の77%が現在の英国では社会階級間に大きな格差があると感じていると回答しており、50%以上の人が、政府は社会的流動性を向上させるためにもっと努力するべきだと考えている。階級についての偏見は英国社会に深く根付いており、イエール大学の研究では、面接官は候補者の話す最初の7つの単語で、無意識に候補者の社会経済的地位を推測しているということがわかっているなど、下位の階級を想起させる方言や訛り、住所などのために就職で不利になるということが起こっている。その一方で、平等法では、人種、性別、年齢、性的指向などに関する差別は禁止されている一方で、社会的階級についての言及はない。ダイバーシティ関連の政策においても、階級による差別は議論から置き去りとなっていることが多い。階級間の格差や偏見は確かに存在しているにも関わらず、直接的には見えにくいものとなっている。[vii]

 

さて、もし私が「Watching the English」を読んでいなかったら、道を歩く人々の服装や、手に提げているスーパーマーケットの袋、地下鉄の中でのふるまい方などを見て、階級の違いというものを感じていただろうか。日本にいる間は、少なくとも私は、その人の服装や周囲の人と話をしている様子から、所得層がとても高そうで別世界の人だな、とか、この人は生活がとても苦しいのかもしれない、と思うことがあっても、その違いはグラデーションのようなイメージで、そこにはっきりとした段階があるといった意識は無かった。階級に名前がつけられていること、その名前を知ったことで、今までは意識していなかったその存在や違いを感じるようになっているような気がする。

一方で、明確な階級が無い日本では、名前がついていないことで見逃されている偏見や格差があるとも考えることができる。高度経済成長期の「一億総中流」と呼ばれた時期を経て、日本でも経済的格差が大きくなってきている。また、世界経済フォーラムが発表している社会的流動性ランキングでは、対象となっている82か国中英国は21位、日本は15位である。[viii]この差はさほど大きくないのではないだろうか。

日本においても、親の社会経済的状況によって可能性が狭められていないか、社会経済的状況の異なる人へ偏見の目を向けていないか、改めて考えてみる必要があるだろう。

(所長補佐 金子 2021.2)

参考文献

[i] Fox Kate, “Watching the English. Hodder & Stoughton”, 2014

[ii] 参考文献:河合秀和, 『イギリスの生活と文化事典』「階級制度の変遷」, 1982

[iii] 参考文献:河合秀和, 『イギリスの生活と文化事典』「階級制度の変遷」, 1982

[iv] Mike SavageDevine, Niall Cunningham, Mark Taylor, Yaojun Li, Johs. Hjellbrekke, Brigitte Le Roux, Sam Friedman, Andrew MilesFiona, “A New Model of Social Class? Findings from the BBC’s Great British Class Survey Experiment”, 2013

[v] Kerley Paul, “What is your 21st Century social class?”, 2015, URL:  https://www.bbc.co.uk/news/magazine-34766169

[vi] Bell Kate, “Class prejudice is so rife in modern Britain, we need a new law to tackle it”, 2019, URL: https://www.tuc.org.uk/blogs/class-prejudice-so-rife-modern-britain-we-need-new-law-tackle-it

[vii] Caprani Leah, “Classism: the unseen prejudice”, 2020, URL: https://www.lawgazette.co.uk/features/classism-the-unseen-prejudice/5103455.article

[viii] World Economic Forum, World Economic Forum, 2020, URL: https://reports.weforum.org/social-mobility-report-2020/social-mobility-rankings/

 

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