コロナと孤独の関係
新型コロナウイルスが世界中で蔓延したことで、ある社会問題が広がりを見せている。それは「孤独」である。感染拡大の防止策として実施された外出制限や自己隔離は、物理的な孤立を生むだけでなく、孤独感は人々の精神を蝕んでいる。
英国では、感染拡大に歯止めがかからず、クリスマス期の家族や友人との交流を禁止したことで、より多くの人々が孤独感に苛まれることとなった。ガーディアン紙によると、英国心理学会(BPS)が2020年12月に実施した調査で、5人に2人が身内や友人がクリスマス期に孤立することを心配していると回答した。また、国家統計局(ONS)の調査では、昨年春に英国全土で実施された1回目のロックダウン時に孤独を経験したと回答した人が、55~69歳が24.1%であったのに対し、16~24歳は50.8%と2倍以上であり、意外にも孤独という問題は高齢者だけの問題ではないということが明らかになった。
このような状況を受け、2020年12月、英国政府はこの冬、コロナ禍における孤独と闘うための基金として750万ポンドの財政支援を決定した[1]。この支援は人々と地域コミュニティを結びつける媒体となる芸術、図書館、慈善団体等を対象に支給される予定で、イングランド芸術評議会(Arts Council England)や政府の孤独基金の下、管理される。孤独問題を担当するバロンズ・バラン政務次官は「この支援が今後数ヶ月以内にコロナ禍で感じる孤独に苦しむ多くの人々の特効薬となる」と述べている。
また、NHSにおいてもコロナ禍における孤独に対する相談窓口としてホットラインを設立しているほか、無料のメンタルセラピーを紹介しており、孤独という社会問題にコロナが及ぼす影響は大きいといえる。
国家問題としての孤独
今回、新型コロナウイルスの影響により孤独問題への懸念がさらに浮き彫りになったが、英国においてはパンデミックが起こるより以前から孤独を深刻な社会問題と捉え、国を挙げて取組んできた。
2018年、当時メイ首相は孤独を現代の公衆衛生上の最も大きな課題の一つとして対孤独戦略を打ち出し、世界初の「孤独担当大臣(Minister for Loneliness)」を設置した。孤独担当大臣の設置の背景には、陰の功労者として労働党のジョー・コックス下院議員の存在がある。コックス議員は2015年議員に初当選後、孤独の社会問題化に注目し、孤独問題に取組む委員会の設置を進めていたが、2016年に極右の男に射殺され、41歳という若さでこの世を去った。コックス議員の死後、その遺志を継いだ超党派の英国議会議員の人々によって「ジョー・コックス委員会(Jo Cox Commission on Loneliness)」が結成され、社会的孤独問題の調査結果をまとめた提言を発表した。これを受け、メイ首相はスポーツ市民社会担当大臣の所管業務に孤独問題に対する省庁横断的業務を加える決断をしたのである。当時、メイ首相は「故コックス議員の遺志を継いだ委員会を支持できることが光栄であり、孤立問題に立ち向かうためのできる限り全てのことを進めていく決意」と述べている。
孤独問題における自治体の役割
孤独問題は特に高齢者や地域コミュニティ等における公衆衛星上の課題として認知されており、その点において、孤独問題への取組は地域のソーシャルケアを担う英国の地方自治体にとっても、重要な役割を担っている。LGA(地方自治体協議会)は英国最大の慈善団体「Age UK」等と協力し、孤独問題に取り組む地方自治体向けのガイドライン「Combating loneliness[2]」を作成しており、各自治体は慈善団体や地元の医療機関など地域コミュニティと協力しながら様々な取組を実施している。
マンチェスター市
マンチェスター市はWHOのネットワークグループ「Age Friendly Cities」に加盟した英国で最初の都市である。高齢者の生活の質の向上を目的とした事業「Valuing Older People programme[3]」において、200以上のコミュニティグループに助成金を交付している。たとえば、ある助成団体は、孤独を感じる高齢者の支援を目的に、買い物の代行、病院の予約、地域イベント参加の促進等のサービスを提供するボランティアの育成を行っている。
他にも、家に引きこもる傾向にある高齢者が市内のお店や公共施設を利用し易いように、高齢者のための利用枠を設けることで、外出を促し、地域コミュニティとの繋がりの強化を図っている。この事業に参加したお店は目印として「We are Age Friendly」シールを窓に貼ることで、キャンペーンを広く周知している。元々はニューヨークで実施されていた類似の事業を参考にマンチェスター南部で導入されたが、現在はマンチェスター広域で実施されている[4]。
ケンジントン&チェルシー王立特別区
ケンジントン&チェルシー王立特別区はロンドン市内にある自治区の一つであり、住民の孤独問題解決のために様々な取組を実施してきた。同特別区は、国および地域レベルのあらゆる情報データベースを基に、孤独となっている住民(たとえば、最近病院を退院した人で、地元に家族がいない人など)を特定し、彼らに解決策となる情報の提供や慈善団体の紹介を行うオンラインシステムを構築した。このシステムは専門家、コミュニティグループ、隣人や家族などあらゆる人が利用することができる[5]。
他にも、同特別区は1回目のロックダウン時、高齢者を中心に孤独を感じている住民を対象に5,000回以上の電話確認を実施した。電話を受けた大多数の住民は特別な支援を必要としなかったが、最も多かった要求は今後も職員による定期的な電話連絡をしてほしいというものであった[6]。
おわりに
現在、英国では350万人以上の高齢者が一人暮らしをしている。孤独を感じている成人の割合はイングランドのみで人口の45%にあたる約2,500万人とされている[7]。また、いくつかの研究結果から、肥満や認知症、高血圧のリスクを高めるなど健康被害をもたらすことも確認されており、孤独感は心身ともに影響を及ぼしている。
新型コロナウイルスをきっかけに孤独問題がより深刻化しつつある今、孤独問題の先駆者として英国がどのように取組んでいくのか今後も注視していきたい。
(所長補佐 高橋 2021.1)
[1] https://www.gov.uk/government/news/government-announces-75-million-funding-to-tackle-loneliness-during-winter
[2] https://www.local.gov.uk/sites/default/files/documents/combating-loneliness-guid-24e_march_2018.pdf
[3] https://campaigntoendloneliness.org/guidance/case-study/manchester-city-councils-valuing-older-people-team/
[4] https://extranet.who.int/agefriendlyworld/resources/age-friendly-case-studies/city-of-manchester/
[5] https://campaigntoendloneliness.org/wp-content/uploads/downloads/2013/08/Constituency-Campaign-Leaflet.pdf
[6] https://www.mylondon.news/news/west-london-news/kensington-council-calls-lonely-residents-18277228
[7] https://www.campaigntoendloneliness.org/the-facts-on-loneliness/