冬が長く続くヨーロッパ各国では、季節性うつ病を患う人が多く、ここ英国でも年間200万人が発症していると言われている。これに加え、新型コロナウィルスによる影響が加わり、より深刻さを増してきている。
Guardian紙によると、2020年7月~9月の間、イングランドにおいて600万人以上の人に抗うつ薬が処方されており、過去最多となった。イングランドの人口は約5,600万人であるから、およそ10人に1人が抗うつ薬を処方されるような程度の重い精神疾患と診断されたことになる。本報道にあった2020年7月~9月は、イングランドはロックダウン中ではなかったこと、英国全体においても比較的に感染者数が落ち着いていた時期であったこと等を考慮すると、三回目のロックダウン中の現在、英国民のメンタルヘルスが更に悪化しているだろうことは、想像に難くない。また、新型コロナウィルスの感染者数がある程度落ち着いた後も、メンタルヘルスへの悪影響は長引く可能性も考えられるだろう。
では、このような国民のメンタルヘルス問題に対して、自治体等は具体的にどのようなメンタルケアサービスを提供しているのだろうか。
筆者が住んでいるロンドン市Barnet区では、A Joint Health and Wellbeing Strategy(健康と福祉の協働戦略)という5か年計画を策定し、特にメンタルヘルスとウェルビーイング、健康的な体重の管理、予防ケアについて重点を置いている。
メンタルヘルスに関するサービスは、一般的なカウンセリングに留まらず、仕事上の相談、給付金の申請のアドバイスまで幅広い。
また、英国全体では、NHS(国営医療保険制度)が、無料でトーキングセラピーを提供している(ただし、地域によっては順番待ちになる可能性もある。)。
このトーキングセラピーは、対面又はオンライン、グループ又はプライベートなど、自分の好みによってその実施方法を選択することができる。18歳以下は大人とは異なるプログラムで、子どもから大人まで、幅広い年代が無料で利用できるNHSがメンタルケアサービスを提供している意義は大きい。
民間では、有料のプログラムもあるが、自治体が支援している慈善団体などがカウンセリングやartを通したwell-beingプログラムを無料で提供している。
また、英国ではGP(かかりつけ医)など公的機関が、通常の診療以外にも支援が必要な人に、行政や地域の慈善団体が運営する各種支援活動などへ橋渡しをし、健康や社会福祉の向上を図るというsocial prescribing(社会的処方)という考え方が広まっている。橋渡しを務める人は、link worker(リンクワーカー)と呼ばれ、問題を抱えている人の悩みに応じてアプローチする。
NHSは、長期計画の中で、社会的処方のためのインフラを整備し、2020-2021 年までに新たに 1,000 人のリンクワーカーを配置し、その後も大幅に増員する予定だ。※1
日本において、住民のメンタルヘルスに対する公的アプローチは、まだまだ検討段階との印象があるが、英国のような官民問わずメンタルケアサービスを提供する体制の整備、そして「社会的処方」というアプローチは、今後、日本のメンタルヘルスケアだけでなく、失業、不登校や引きこもりなど問題解決の参考になるかもしれない。
<参考リンク>
・ Healthy London Partnershipによるsocial prescribingに関する説明動画
https://www.healthylondon.org/our-work/personalised_care/social-prescribing/
・ NHSのメンタルヘルスのウェブサイト
New advice to support mental health during coronavirus outbreak
(所長補佐 新野 2021.1)