ロンドンに着いて一番に感じたのが、街行く人の人種の多様性だった。特にホテルのスタッフやスーパーの店員など、日ごろ接する人はいわゆる英国人であることの方が少ない。地下鉄の中で聞こえてくるのも英語以外の会話であることが多い。調べてみると、英国の人口の14%が外国生まれで、ロンドンに至っては人口の35%を占めているという(日本の総人口に占める外国人の割合は2020年1月現在2.3%)。なぜロンドンがこんなに多様性に富む都市となったのかが気になり、英国の移民の歴史について調べてみた。
英国への移民の数が増加したのは、第二次世界大戦後のことである。それまでにも、アジアやカリブなど植民地からの移民や、奴隷貿易によるアフリカからの移民、また、産業革命と工業化によって多くの工場労働者の雇用が生まれたことによるヨーロッパ内を含む各地からの英国への移民、難民として英国へ入国してくる人もいたが、英国の人口における英国外出身者は3%未満と、割合としてはさほど大きくはなかった。
第二次世界大戦後、移民の数は急激に増加した。英国の旧植民地である英連邦諸国に住む人には1948年の国籍法によって英国の市民権が与えられたため、英連邦諸国に住む人々は自由に英国へ移住し、働くことができた。一方英国側では、戦後の復興やNHS(国営医療サービス)の創設、公共交通機関の整備などのため労働力不足を補いたい英国国内の需要が高まっており、それを補う形で、アフリカ、アジア、カリブなどから多くの移民が流入した。特に、NHS(医師など)や公共交通機関(駅員や運転手など)へは英語が堪能なアフリカ、カリブからの移民が、工場労働へはインドやパキスタンなど南アジアからの移民が従事した。また、アイルランドからの移民や、東欧諸国からの難民が英国へやってくるなど、多様な移民が流入してきた。
その一方で、移民としてやってきた人々は、白人の賃貸住宅や公営住宅を借りることが困難であったほか、賃金の低い英国人に魅力のない労働条件で雇用されることが多く、景気が悪化すると真っ先に解雇された。これらの差別的な扱いもあり、移民と白人の間で社会的な摩擦が生まれていた。
その中で起こったのが1958年のノッティンガム・ノッティングヒル暴動である。この頃、白人の若者が移民を襲撃するという事件がしばしば起こっていた。ノッティンガムでは小さな衝突がきっかけとなり、数千人を巻き込む暴動となった。ほぼ同時にロンドンのノッティングヒルでも大暴動が起こった。人種差別的な言葉を叫びながら移民の家に石や火炎瓶を投げつけたり、移民を無差別に襲うなどし、それに対して移民たちも反撃した。この暴動を契機として、移民の数を制限する必要があると判断した政府は、1962年に英連邦移民法を制定した。これにより、英連邦諸国からの移民へ入国審査を課し、労働許可証が無ければ英国内で働くことができなくなった。その後、1971年の英連邦移民法改正では、英国に自由に入国、定住できる権利について、自身又は親、または祖父母が英国で生まれた場合等に限った血統主義的基準を設け、さらに移民の数を制限した。しかしその後も、アフリカで暮らしていたアジア系難民やシリア難民などが流入していった。
1997年から政権を取った労働党は、経済成長に伴う熟練労働者の必要性と難民の増加に対応する形で、労働のための移民ルートを拡大した。また、2004年に東欧諸国など10か国がEUに加入すると、これらの国から自由に入国し働くことができるようになった。これらの政策によって、移民の数がさらに増加することになった。EU外からEU内の国へやってきてEU市民権を獲得した人を含め、EU市民であれば本人が選択さえすれば英国内に居住し、働くことができるため、英国政府が移民の数を調整することはできなかった。このことは、ブレグジットを推し進める要因の一つともなった。
ブレグジット後には、EU市民はEU外からの移民と同様のルールが適用されることになり、審査を受けることが必要となる。そのため、ブレグジットの是非を問う国民投票で賛成多数となった2016年以降、ブレグジット後の状況が不透明であったことなどから、EU内からの移民の数は急激に減少している。
不法移民も大きな問題となっている。正確な数字はわかっていないが、40万人から100万人もの不法移民がいるのではないかと言われている。多くは英仏海峡トンネルやスペインからの船に乗ってやってくるが、海峡をモーター付きボートで渡ってくる者もいる。2019年10月には、不法に入国しようとしていたベトナム人39名がトラックの荷台で遺体で見つかるという痛ましい事故も起きている。
ブレグジット後の移民制度は技能などに基づくポイント制となった。対象となる職種での仕事のオファーがあること、英語能力、収入の要件を満たし、その他の要件でポイントを稼ぐ必要がある。また、既に英国内で居住、就労しているEU市民に関しては、定住資格の申請を行えば、職を失っても英国内に住み続けることができる。英国に入国できる熟練技能者数の上限が無くなるなど基準が緩和される一方で、非熟練労働者の流入を制限するシステムとなっており、介護人材などが不足するのではという懸念も出ている。
英国連邦諸国とEUからの移民という、入国や就労への制限のない移民ルートが存在していたことが特徴的な一方で、必要な労働力を移民の低賃金労働で賄っている現状にも関わらず、そこへ移民へ反対する意見が出てきてしまう状況には日本との共通点を感じた。ブレグジット後の移民制度についても、これから実際に運用されてわかった課題が指摘され始めるだろう。引続き注視しながら、その他の英国の多様性を取り巻く環境についても調べていきたい。
(2021.1 所長補佐 金子)