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英国の地方自治体によるシリア人難民支援 ~ ロンドン・ルイシャム区の例

2016年09月27日  ,

2017年3月PDF ダウンロード

 

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北イラクの難民キャンプに到着したシリア人難民の人々
Photo by IHH Humanitarian Relief Foundation Follow/CC BY-NC-ND 2.0

 

2020年までに2万人のシリア人難民を受け入れ

 

2015年、紛争や政情不安を背景に、シリアを初めとする中東の国やアフリカなどから多くの人々が庇護を求めて欧州に入り、「難民危機」と報じられたことは記憶に新しい。英国ではこれを受け、2015年9月、デービッド・キャメロン首相(当時)が、2020年までの5年間に2万人のシリア人難民を受け入れることを発表した。「シリア人難民再定住プログラム(Syrian Resettlement Programme)」と呼ばれるこの施策で、シリアの人々の受け入れを担っているのは英国の地方自治体である。ロンドンでも複数の区が同プログラムに参加しているが、そうした自治体の一つがロンドン南東部のルイシャム区である。

「シリア人難民再定住プログラム」において、地方自治体はシリア人難民受け入れを義務付けられているわけではなく、自ら手を挙げて参加する形になっている。ルイシャム区の国際パートナーシップ・プロジェクト担当者であるニコラ・マーベンさんによると、ルイシャム区が参加を決めた理由は、一つには同区のスティーブ・ブロック区長が難民支援に意欲的であること、そして二つ目は、報道で難民の窮状を知った区内の団体(市民団体、教会やモスクなど宗教組織、学校など)から区に対し、難民を助けるよう求める声が上がったことであった。さらに、ルイシャム区が伝統的に人種の多様性を尊ぶ地域であることも、難民受け入れを決めた背景にあるとマーベンさんは説明する。ルイシャム区の住民にエスニック・マイノリティの人が占める割合は50%に上り、子供と若者に限るとその数は75%に達する。70、80年代にいわゆる「ボートピープル」として英国に来たベトナム人は、英国の他のどの地方自治体よりも、ルイシャム区に定住した人が多かった。こうした「国際的で外向き志向」な伝統を持つ地域であるため、難民受け入れは当然の選択であったという。

英国ではこれまでも、「ゲートウェイ・プロテクション・プログラム(Gateway Protection Programme)」や「マンデート・レフュジー・プログラム(Mandate Refugee Programme)」といった難民受け入れの施策が実施されてきたが、ロンドンの地方自治体は、こうしたプログラムで大きな役割を果たしてこなかった。ルイシャム区にとっても、今回の「シリア人難民再定住プログラム」への参加が、難民を受け入れる初めての機会となる。

「シリア人難民再定住プログラム」は、特に弱い立場にあり、保護を必要とするシリア人難民を対象としており、「危険にさらされている女性や少女(women and girls at risk)」、「暴力や拷問で生き残った人」、「法的、身体的保護を必要とする難民」、「医療的ニーズや障害を持つ難民」、「性的嗜好や性自認(gender identity)のため危険にさらされている人」などがこれに含まれる。これらの基準に合致する難民を認定するのは国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の役割である。このプログラムで英国に来る難民は、「人道的保護ビザ」という5年間有効のビザを英国政府から発行され、就労の権利を与えられるほか、一部を除く福祉手当を受給できる。5年が経過した後は、シリアに帰国するか、または英国での永住権を申請するかを選ぶことができる。マーベンさんによると、このプログラムで受け入れる難民の人たちが5年後にどのような状況になっているかは予想できず、区にとって財政的負担になる可能性もある。そうしたリスクを承知していながらの受け入れであるという。

ルイシャム区は、このプログラムでシリア人の10世帯を受け入れることを決定した。最初の2世帯は既に同区に到着しており、3世帯目が2017年3月に来る予定になっている。同区の難民支援は複数の公共機関との連携で行われており、区と、難民の人々が到着してからの具体的な支援業務を委託しているチャリティ団体「shp」、地域の医療サービス、教育サービス、公共の職業紹介所などが集まるミーティングが月1回開催され、支援の進展や仕組みを見直すなどしている。また、区内の警察とも、シリア人難民が来ることについて既に話をしており、特にEU離脱決定後、英国の様々な地域で反移民感情に根付いたと思われる犯罪が発生したという事実にかんがみ、シリア人難民への犯罪や反社会的行動に目を光らせるよう要請した。さらに同区は、地域のコミュニティグループを集め、このプログラムで受け入れる難民の支援に協力してもらう方法について話し合うミーティングも既に何度か開催している。

 

家賃が高いロンドンでは難民の住宅確保が困難

 

ルイシャム区は、難民受け入れの決定後、区民や区のコミュニティグループに対し、難民の人々に賃貸してもよい住居の提供を呼び掛けた。その結果、これまでに、何軒かの住宅の提供申し出があり、そのうちの一部は、既に内務省からこのプログラムでの利用が承認されている。このプログラムでの難民への住宅提供に関して、特にロンドンで困難な点は、不動産価格の高騰のため、難民が国から支給される住宅手当と、民間の賃貸市場における家賃の相場との間に大きな開きがあることである。ルイシャム区の資料によると、現在、同区内の民間の賃貸市場で、例えば寝室が3つある住宅の家賃の中間値(median weekly rent)は、週当たり386ポンドである。しかし、ルイシャム区を含む「ロンドン中心南東部(Inner South East London)」で低所得世帯に支払われる住宅手当の額は、3寝室ある住宅の場合、週331ポンドである[1]

このプログラムで英国に来るシリア人難民は就労の権利があるが、前述のように様々な困難な背景を持った人が対象にされていることもあり、少なくとも最初は住宅手当を含めた福祉手当で生活することになる。そこでルイシャム区は、難民への家の提供の呼び掛けにあたり、難民ではない一般の賃貸人に賃貸すればより多くの家賃収入を得ることができるが、住宅手当と同額またはそれより低い水準の家賃で家を貸してもよいという人を探さなければならなかった。こうした事情は、家賃が高いロンドンではどの区でも同じである。その結果、ルイシャム区でこれまでのところ提供された住宅は、例えば1軒は、牧師が提供してくれた牧師館であった。もう1軒は、区民の女性が娘のために購入した家で、まだ娘は住んでおらず、他人に貸したくもないが、ルイシャム区の難民受け入れを知って提供してくれたものである。さらにもう1軒は、母親がナチス迫害を逃れたという背景を持つことから、難民に同情的である区民の男性が提供してくれた家であった。

英国の他の地域と同様、ルイシャム区にも公営住宅が数多くあるが、なぜ難民を公営住宅に住まわせないのかと聞いたところ、民間の賃貸市場での家賃高騰などを背景とするホームレスの増加もあって、夥しい数の人が公営住宅の入居待ちをしている中、難民だからと言って優先的に公営住宅を使わせることはできないのだとマーベンさんは説明してくれた。ルイシャム区では今後、家賃が住宅手当と同額かまたはそれ以下という条件に合意してくれれば、個人家主ではなく商業家主(commercial landlords)の物件を使う可能性もある。マーベンさんによると、ロンドンの他の区では、家主が民間の賃貸市場の相場と同程度の家賃を要求し、区が差額を負担している例もある。

 

実際的な難民支援はチャリティ団体に委託

 

ルイシャム区が難民への具体的な支援業務を委託した「shp」は、ロンドン南部ランベス区を拠点とするチャリティ団体である。ルイシャム区がこの団体への業務委託を決めた理由は、ホームレスやホームレスになるリスクのある人の支援を行っており、社会的弱者のサポートで実績があることであった。shpは、難民の到着から最初の2週間に集中的な支援を行い、空港での出迎え、公共の職業紹介所や一般開業医(GP)の診療所、銀行への付き添いなどをする。さらに、区内のレストランを会場として、既に区内に住むシリア人家庭と引き合わせる食事会も開催する。会場となるレストランは、区議会議員が電話で問い合わせるなどした結果、場所の提供に同意してくれたものであり、既に10店のレストランの参加が決まっている。

shpは、個々の世帯ごとに、ニーズやリスク、今後の希望などを見極めて評価を行い、それに基づいて支援計画を策定する。ロンドンの他の区では行われていないが、特にルイシャム区で実施されている支援としては、難民の到着時、全員に区内で健康診断を受けてもらうことがある。難民の人々は、来英前に健康診断を受けているが、劣悪な環境の難民キャンプにいた人は結核に罹患している場合などもあるため、ダブルチェックする。難民支援業務委託先としてのshpの強みの一つは、アラビア語が話せる女性のスタッフがいることであり、女性の難民が病院で健康診断を受ける際には彼女たちが付き添っている。最初の2週間が過ぎた後は、shpの支援は難民の人々の英語習得や就職サポートに焦点が移る。ルイシャム区は、shpにチェックリストを渡し、英語習得、就職、コミュニティでの生活、医療・保健などの項目ごとに支援の進展状況を報告してもらう。難民の英国到着から6~9ヶ月経つと、shpの支援は徐々に縮小し、1年後に支援は終了する。

最後に資金面について触れると、このプログラムに参加する地方自治体は、難民1人あたり定額の補助金を国から支給される。難民の英国滞在1年目の補助金は8520ポンドで、自治体はこれを、難民の住居の確保、翻訳・通訳、事務費、交通費、実際の難民の支援業務(ルイシャム区ではshpに委託)、英語教育提供などに使うことができる。その後、難民の英国滞在2~5年目には、5000ポンド、3700ポンド、2300ポンド、1000ポンドと段階的に補助金が減額される。さらに、教育、福祉分野で「やむを得ない状況」がある場合、自治体は、追加の補助金を国に申請することができる(難民の子供が「特別な教育的ニーズ(Special Educational Needs)」を持つ場合など)。マーベンさんに、この額で十分に足りるのか、区にエクストラの金銭的負担が降りかからないのかと聞いたところ、「国からの補助金で全てを賄うという前提になっており、理論的には区の財政負担はないことになっている。しかし、実際に区が支出を強いられるかどうかは、今後プログラムが進まないと分からない」との答えであった。

2017年2月に政府が発表した[2]ところによると、2015年秋以降これまでに、「シリア人難民再定住プログラム」で、計200以上の自治体が5000人を超えるシリア人難民を受け入れた。ルイシャム区では2017年5月、区職員やルイシャム区議会議員など25人のグループで、これまでに5000人の難民を受け入れているベルリン市を訪問し、支援の方法などを学ぶことになっており、今後もますます支援が進むことが期待される。

 

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レバノンの難民キャンプで佇むシリア人難民の男性

Photo by plus8gmt/CC BY-NC-ND 2.0

 


[1] 通常、住宅手当を受給するには、低所得世帯である、貯蓄額が一定額以下であるなどの条件を満たす必要がある。

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