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調査・研究

地方自治体等訪問

バーミンガム大学Institute of Local Government「地方財政論」講義概要

2010年04月27日 

日時:2010年3月5日(金)
場所:University of Birmingham Institute of Local Government
講師:Dr. Peter Watt

Ⅰ スコットランド、ウェールズ、北アイルランドへの補助金
・英国は、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドからなる。英国国会はロンドンにあり、House of Commons及びHouse of Lordsの二院制となっている。一方、イングランド以外の3地域にもそれぞれ議会が存在する。
・英国政府はイングランド以外の3地域に対して補助金を支出しているが、その金額は、Barnett Formulaとこれまでの慣習とで決定されている。
・Barnett Formulaとは、一人当たり公共支出のイングランドでの伸び率と他3地域での伸び率とが同じになるように補助金を配分するための公式である。したがって理論上は、Barnett Formulaにより4地域の一人当たり公共支出は常に等しくなるはずであるが、実際には等しくなっていない(表1)。これは、1978年時点におけるスコットランドの公共支出を基準としてBarnett Formulaを導入したことが要因である。
表1
     財政需要 / 公共支出(実績値)
          76-77/76-77/92-93/98-99/07-08(年)
スコットランド   116 / 122/123/123/ 121
ウェールズ    109 / 106/119/120/113
北アイルランド  131 / 135/140/140/129
イングランド    100 / 100/100/100/ 100
※1978年にBarnett Formulaを導入。

・4地域の一人当たり公共支出が等しくなっていないことには政治的背景も大きく影響しており、保守党が北アイルランドにおける支持層維持のために、補助金を削減しなかった、イングランドからの批判をかわすために、財務省が配分額を正当化するための報告書を作成した等様々な経緯があった。
・このBarnett Formulaについて、英国上院での議論では、 1)一人当たり公共支出の算出に使用している人口が正確でない、2)政府から独立した機関が補助金の配分を行うべき、との指摘がなされたが、現在のところ配分方式の改正は行われていない。
・特に上記指摘の2点目について、英国政府は政府が直接コントロールできる現行の配分方式を維持したいと考えており、補助金配分のための独立機関の設置には反対の立場である。

Ⅱ イングランドにおける地方財政
(1)一人当たり公共支出額
表2 イングランド9地域における一人当たり付加価値税負担額と一人当たり公共支出額
付加価値税負担額/公共支出額
イングランド東部 105/82
イースト・ミッドランド地方 91/86
イングランド北東部 81/105
イングランド北西部 87/105
イングランド南東部 115/ 84
イングランド南西部 94/83
ウエスト・ミッドランド地方 89/94
ヨークシャー・アンド・ザ・ハンバー地方 86/95
ロンドン 141/128
北アイルランド 81/123
スコットランド 95/122
ウェールズ 877/110
※公共支出額は、各省庁がそれぞれの地域に支出した補助金額等を合計して算出。

・表2において、一人当たり付加価値税負担額を平均個人所得額と考えると、個人所得が少ない地域、つまり貧しい地域への公共支出が多くなっている傾向が読み取れる。すなわち、公共支出が所得を補う役割を果たしているということが言える。
・この傾向から外れているスコットランド及び北アイルランドに対しては前述のとおりイングランドからの批判が絶えない。特に、スコットランドでは大学の授業料が無料であるとか(実際に、スコットランドにおける教育関連支出はイングランドのそれを上回っている(表3))、介護サービスへの住民負担が小さいなど、イングランドの住民よりも負担が軽くなっている分野もあり、イングランドは補助金の減額を求めている。
・この補助金について、理論的には一人当たりのニーズとしての金額を定め、それに人口を掛け合わせる、ただしその際に地域特性(医療関係の補助金であれば致死率(平均寿命)等)を加味して算出するというのが理想的なモデルである。しかし、制度改正には常に「得をする者」と「損をする者」がおり、「得をする者」は沈黙を守り、何かを主張することはないが、「損をする者」は自らの権利を主張、政治批判を行い、大きな政治問題となる。したがって政権にとって制度改正には多大なコストがかかることから、これまで改正が行われずに現在に至っている。
・一方、北アイルランドへの補助金には多くの紛争が起こっていることを補償する意味合い、紛争を中央政府がコントロールする意味合いもある。実際、北アイルランドの和平プロセスにおいて、英国との統一を主張するユニオニストと、独立を主張するナショナリスト間で和平合意に至らなければ補助金を減額・廃止する、というかたちで補助金が和平合意を迫る中央政府の戦略の一つとして用いられたこともあった。

表3 スコットランド及びイングランド北部における一人当たり教育関連支出額比較(単位:£)
2002-03/2006-07
スコットランド 1,062/1,388
イングランド北東部  977/1,280
イングランド北西部  925/1,206

(2)地方自治体の権能
・英国の地方自治体の構成については割愛(「英国の地方自治(概要版)」を参照)。ロンドンにはグレーター・ロンドン・オーソリティーとその下にシティも含めて33の区があるが、これらの区は、あまり多くの権限を持っていないことから、ロンドン一つでユニタリーとして見ることもできるかもしれない。
・バーミンガムは1996年にウエスト・ミッドランド県が廃止されて現在は大都市圏ディストリクトとなり一層制の自治体となっている。
・イングランドの二層制自治体の権能について見ると、カウンティ(県)は教育、社会サービス、交通、道路整備、廃棄物処理、都市計画、消防、警察等の広域的サービスを担い、ディストリクト(市町村)は公営住宅、道路清掃・道路照明、娯楽施設管理、公営プール管理、公園管理、ごみ収集、地域計画等のより狭い地域を対象としたサービスを担っている。
・自治体の規模及びサービスを考える際、受益と負担に加えて、意思決定も重要な要素となる。例えば、沿岸部のある地域が高潮の被害を受ける可能性があるとき、災害を防ぐために岸壁を建設しようとする。その岸壁からの利益は高潮被害を受ける地域住民のみに享受され、また彼らは喜んで岸壁建設費用を負担するだろう。一方、高潮の被害を受けない地域の住民は、岸壁が建設されても何ら利益がないためその費用も負担しようとはしない。したがって、高潮被害を受ける地域の住民たちだけで岸壁を建設するという意思決定を行い費用負担をし、建設された岸壁から受益を受ける、というのが非常に単純化した地方自治体の理想的なモデル。この原則と照らし合わせながら、地方自治体の規模・範囲について考える必要がある。
・EU諸国の地方自治制度との比較から、英国についてまず言えることは一自治体あたりの平均人口がEU諸国のそれと比較して突出して大きくなっているということが言える。自治体の人口が増えれば増えるほど、住民と自治体の意思決定との間の距離は大きくなることから、英国の住民はEU諸国の住民に比べて地域の意思決定に参加しにくくなっているということが言える。

(3)歳入・歳出の概要
・2007年度、イングランド全自治体の歳入・歳出はそれぞれ1540億ポンド。180万人分の常勤職員を雇用し、そのうち40万人は教師である。
・納税義務者一人当たりの公共支出負担額は£2,300、全体で1160億ポンドである。
・地方自治体歳出の90%が経常支出、10%が投資的支出となっている。
・過去30年間の歳出総額の推移を見ると、1974年に歳出額が大きく落ち込んでいることがわかる。「イギリス病」にオイルショックが重なり経済停滞が深刻であった時期であり、このとき英国はIMFから融資を受けなければならず、そのため公共支出の大幅削減をIMFより強いられた。投資的支出がこの大幅削減の影響をまず受けることとなり、多くの公共事業で遅延が相次いだ。
・2007年度の地方自治体歳出を経費別に見ると、教育関連が最大で400億ポンド、次に社会サービス190億ポンド、公営住宅160億ポンド、警察110億ポンドとなっている。
・2007年度の地方自治体歳入は、55%が補助金、20%がノン・ドメスティック・レイト、25%が地方税(カウンシル・タックス)の構成比となっている。
・上記3つの歳入項目の構成比の推移を過去30年間で見てみると、サッチャーが人頭税を導入した1990年に地方税の構成比が約34%まで上がっている。この人頭税でサッチャー政権は支持を失うこととなったため、その後の政権は地方財政の問題にセンシティブになっている。
・EU諸国と比較すると、英国は地方税の割合が小さい。スウェーデンは地方税割合が非常に高い。

(4)補助金及び地方税
・2005年度から2006年度にかけて地方交付金(Revenue Support Grant)の額が激減しているが、これはそれまで地方交付金に含まれていた学校関係の補助金が「教育目的補助金(Dedicated School Grant)」と呼ばれる特定補助金として交付されることとなったためである。
・この教育目的補助金について、中央政府にとっては教育分野で何か問題が起きた場合、その問題の解決のために重点的に予算を配分してすぐに対処することができるという利点がある。一方、中央政府内には、特定補助金は他のサービスの財源としては使えないことから、自治体が本当に必要だと思っているものに予算が配分されているかという観点で、教育目的補助金の金額があまりにも大きすぎるとの意見もある。
・このように中央政府への財政的依存度が高い英国の地方自治体には以下のような問題点がある。1)硬直化、2)説明責任、3)地域民主主義、4)補助金の配分。
・1)に関連して、例えば英国のように25%しか自主財源がない場合、独自財源のみで自治体の歳出総額を2倍に増やすには地方税率を4倍にしなければならない。住民は税率が4倍になったのだからサービスも4倍になるはずだと考えるが、歳出総額自体は2倍にしかならないので、サービスが4倍になることはない。
・2)に関連し、上述のとおり、地方自治体の歳入の75%は国税を財源として中央政府から交付される補助金、25%は地方税を財源とした歳入である。これを納税者の視点から言い換えれば、支払った税の75%は中央政府を経由して他の自治体の財源となり、わずか25%のみが自分の自治体の財源となるということ。自分の払った税金がどのように使われたか、自分の住む自治体であれば自分自身でチェックすることもできるが、他の全国の自治体についてはチェックすることができない。説明責任を示す矢印の向きは、金の流れと逆になることが理想(自分の支払った税金100%が居住する自治体の歳入となり、当該自治体から金の使い方について説明を受ける)であるが、英国の自治体ではその理想とはかけ離れた状態となっている。金を支払った者がその対象物について直接監査することができないため、英国には監査委員会(Audit Commission)が存在している。また下院総選挙も、住民が他の自治体の運営についての意見を示すシステムと言えるが、実際には総選挙では争点が多すぎて国民の大半が地方財政問題だけを争点として投票を行うということは起こりえない。
・4)に関し、現行の地方財政制度は補助金に重点を置いており、特定補助金がその大半を占め、教育目的補助金が特定補助金の大半を占めるという構造になっている。
・「地方交付金白書」に見る補助金の目的とは、①地方税率を低く抑えること、②国の事務を行う際に自治体を支援すること、③自治体間の担税力格差を是正すること(歳入面)、④自治体間の財政需要格差を是正すること(歳出面)である。
・一般補助金は自治体の財政需要を補い、歳入を補い、そして年ごとの変化(短期的な変化)に自治体が対応できるようにしている。これにより国が自治体の公共サービスの最低水準を保障している。
・補助金の算定は、算定公式が複雑になればなるほど自治体間の公平を実現することができる。例えば、シェフィールドは丘が多く、バスを走らせるためには他の自治体よりコストがかかる。算定公式にこの財政需要を加味する要素を入れることもできるが、公式はその分複雑になる。しかし一方で公式が単純であることも重要な要素であり、公式の単純性と自治体間の公平性は二律背反であるということが常に問題となる。
・ノン・ドメスティック・レイトは1990年に導入された。事業用資産が課税標準の国税であるが、2006年度までは人口比に応じて自治体に対して再配分されていた。
・ノン・ドメスティック・レイトをめぐる最近の論点として以下の点がある。1)同税に係る説明責任の問題、2)地方自治体の多くがノン・ドメスティック・レイトの再地方税化を望んでいるが中央政府はあまり関心がないこと、3)追加的なビジネス・レイト(ノン・ドメスティック・レイト)に関する法律について(広域自治体は資産評価額1ポンドについて2ペンスを上限として税率を引き上げる権限が与えられた)
・地方の公共部門が縦割りになっており、共同で事業を行う等の効率化へ向けた取組がなされていない(例えば医療関連サービス)との批判に応えるため、2008年度から自治体一括補助金(Area Based Grant)が導入された。同補助金と地域協定(Local Area Agreement)をタイアップさせることで、地域の課題に優先順位をつけ、地域一体となって課題に取り組むことを目的としている。

Ⅲ マキャベリ「君主論」より
・「得をする者」と「損をする者」―新たな命令を始めることほど実行が困難で、成功の可能性が疑わしく、取り扱いが危険であるものはない、ということに配慮しなければならない。改革推進者にとっては、過去の命令の下で利益を享受していた全ての者が敵となり、新たな命令の下で恩恵を受けることになる無関心な保身者がいるだけである。

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