●テーマ:「欧州並びに国際資本市場動向並びに公的部門(特に地方債)を巡る最近の動き」
●日時:2007年9月4日 14:00~15:30
●講師:ドイツ証券株式会社 グローバル・キャピタル・マーケッツ本部
オリジネーション三部長 児玉 哲哉様
ご講演要旨
アメリカの優良顧客向けではない住宅ローンの焦げ付きによるサブプライム問題は、今後のアメリカ経済の低迷や金融機関の赤字決算へつながることが予想される。
バブル崩壊後、国際機関投資家は日本の株や債権を購入しなかったが、日本経済の回復により一般の先進国並みの経済成長が見込まれる中で、世界の投資対象ポートフォリオにおける日本の位置づけも回復するものと予想される。
日本の地方財政制度及び各地方自治体の財務状況等の英語での情報提供、もしくは、格付け取得による外国語での投資判断情報の提供が行なわれれば、2008年1月からの振替地方債の対海外投資家向け源泉徴収税撤廃と合わせ、日本の地方債を購入したいという海外投資家に対する購入障壁を取り除くことができる。
サブプライム問題
最初に、地方債の海外マーケットでの発行以外にも、今話題になっているサブプライム問題について触れたい。
・この問題については、本日(9月4日)の日経新聞でも欧米の銀行は大丈夫と取り上げられており、また昨日(9月3日)のFinancial Timesでも、ドイツのブンデスバンクの総裁ウェーバーが「今起きていることは19世紀流の取り付け騒ぎのようである」と発言していて世間の感心が高まっているが、それぞれ言っていることが多少正しかったり間違っていたりしているので説明したい。
・サブプライムとは、日本で言うと消費者金融業者やノンバンクが、利払いもしない、収入もない、職業もないような人に住宅ローンを貸し、これをポートフォリオにして分散をきかせ証券化できる銀行にもっていき、格付け会社による格付けを取得のうえ、利回りや金利の高い商品を求めている客に販売するというものである。
・これが焦げ付き、アメリカの住宅市場に天井感が来ていることや、これに伴い個人消費がもたなくなっていることにより、火を噴き始めている。
・問題を二つに分けて、まず一つ目の問題について説明したい。サブプライムは残高が約1兆2千億ドルあり、金利については最初の2年間の金利が5%くらいであるが、2年後には金利が変動金利に移行するため大幅な利上げになり、不動産価値にも審査が入りなおすので、不動産価格が下がって担保価値が下がっていたり、借主の信用力が下がっていたら、借主は借り入れた金額を返済しなければならなくなる。サブプライムのマーケットが大爆発したのは2~3年前であり、今年の暮れから来年の3月に、固定金利が切れて返済に迫られる人が大量に出てくる見込みであり、これは軽く見積もって約2~3千億ドルくらいある。この問題が根っこの長い方の問題で、アメリカの経済低迷につながるという見通しがある。アメリカは2008年大統領選挙を控えているので、政府が救済すると言い出すことも考えられるが、あまりに大きな問題なので、国がなんとかできる問題ではない。軟着陸とはいかず厳しい結末になることが予想される。
・次に、もう一つの問題について説明したい。手形やコマーシャルペーパーなど、短期の手形や債券を借り替えて長期の債券との利鞘を得ることができるため、短期でお金を借りて、サブプライムを含んだ長期の証券化商品を購入している特別目的会社運用専用会社のようなものを子会社化している金融会社が世の中に多数おり、これだけ世の中の物の価値が激しく動き始めると、これらの金融会社がどれだけの価値の資産をもっているのかわからない状況になっている。これらの金融会社は、銀行もこのようなところには金を貸さないため、自らが保有する資産を投売りしなければならない。ドイツの中銀の総裁が取り付け騒ぎと表現したのは、これが消費者金融など中央銀行の管轄外のところでおこっているためで、多少中央銀行が金利を下げたり貸し出しを行ったところで、事態を改善することができないのである。四半期の決算が今年の10月以降に出てくるため、今後は様々な商品の評価が露呈するため恐ろしい一方、一度赤字決算を出してうみを出してしまえば、回復の道も見えてくるはず。
・サブプライム問題については、情報不足でプレスも信用不安をあおっているような状況なので、先日ドイツの銀行協会もフランクフルトで会議を開催し、情報開示を積極的にしていく方針を決定しているので、時間はかかるが少しづつ状況は改善するはずである。
海外投資家と日本
・海外の投資家は、今日本を買いたくてしょうがない。ドイツの投資家が日本の地方債を購入したいという動きがあるように、海外投資家は、今日本の債券等を購入しておくと将来の配当や株価の増加も見込め、日本は投資対象として非常に魅力的であるというのが大元の前提である。
・アンダーウェイト解消の動きについて説明したい。バブル崩壊後の失われた10年の間、日本のGDPは世界の20%~25%ほども占めるのに、国際機関投資家は日本の株や債券を購入しなかったので、世界の投資対象のポートフォリオの中で日本は皆無の状況であった。しかし、日本経済も回復して、経済成長も一般の先進国並みになる見込みのもと、この世界の投資対象のポートフォリオのバランスの悪さも解消していくことになる。このきっかけを振り返ってみると、まず、2003年5月のりそな銀行の国有化が海外の投資家にとっても転換点として感じられたということがあげられる。次に、2004年の春にみずほ銀行が資本調達のため劣後債をユーロとドルで2500億円出したところ投資家からは4倍の1兆円を購入したいという需要があったが、回復が本格的となったと感じられた。さらに、2004年の10月に戦後はじめて政府保証なしで外貨建の地方債を東京都が発行したこともあげられる。東京都が発行したのは、満期30年のユーロ建債約325億円であった。東京都が海外マーケットに進出した理由としては、海外の投資家を開拓したかったことや、国内で債券発行するより資金調達コストが低いことがあげられる。日本の投資家のマーケットが大きくなりきれなく、金利があがってしまうが、海外には投資家がいくらでもおり、金利も低く抑えることができるということである。
地方債と海外投資家
(1)分散投資ニーズの拡大
・90年代からヨーロッパの通貨統合が行われ、例えばドイツの投資家について言うと、ドイツの地方債の中で格付けのいい州の地方債ばかり購入するわけにはいかず、ドイツ国内から、オーストリア、スイスなど近隣の国、アメリカといった国への分散投資の需要が2000年から2003年に高まっていた。ここで日本経済に復活の動きが出てきたため日本の地方債とドイツの投資家のニーズがマッチした。両国の地方財政制度が似ていることや、2000年代に入りドイツ国内での法律改正があり日本やカナダなどOECDの先進国の地方債も購入できることになったことも日本に関心をもってもらう上で追い風となった。
(2)制度への理解
・日本の地方財政制度についての資料が日本語しかなく、英語のものが手に入らないことが、海外投資家が日本の地方債を購入する上での最大の障害である。
・日本の地方財政制度は、古くはプロシアの制度を導入しているので、日本の地方財政の仕組みはドイツと似ている。地方自治体の財政調整制度については、ドイツでは憲法に書いているが、日本では交付税など行政が行っているというくらいの違いであり、ドイツ人には日本の制度はわかりやすい。
(3)購入判断のポイント
・ドイツ人では債券を購入する際、審査調書を提出しなければならない。また、投資したものについて金融庁へ審査報告書を毎年提出しなければならない。しかしこれらを提出する上でのもととなる地方自治体に関する情報が今のところ日本語でしかない。日本語でも、アニュアルレポート、貸借対照表、損益計算書くらいのもので、個別の地方自治体の財政状況等について事業会社並の情報はない。
・東京都でユーロ債を発行した際も、地方財政のメカニズム、三位一体改革の内容、地方債の許可制から協議制への移行など、制度変更リスク情報や通常の歳入・歳出などについて弁護士と相談の上、目論見書という英語の40ページくらいものを作成した。
・日本の地方自治体の財政の信用力の源は地方財政法であると思うが、これについても英訳はない。制度がしっかりしていることを示す公的資料や、各地方自治体の十分な財務情報があれば、海外にはいくらでも地方債を買いたいと思っている人はいる。
(4)格付け
・格付け会社によって、地方自治体の格付けに差がでる。例えばドイツでは、フィッチはドイツ憲法が地方財政を保障していることからどの地方債の格付けも全部AAAとしている一方、米系の格付け会社は各地方自治体の財政力によって格付けに差をつけている。
・東京都は過去4回格付けなしで地方債を発行したが(次回からは格付けがとられる)、それでも買い手がいた。格付けがないと変えないという投資家もいる一方、投資家は格付けがなくても十分な財務情報さえあれば投資判断ができる投資家もいる。
・格付けがあると第三者が毎年英語で報告書を作成してくれ、これを審査調書にも添付できるので、この報告書が投資判断に役立つことになる。
・昨年11月に総務省と地方債協会と一緒になって、ドイツの投資家を12団体くらい日本に招き勉強会をおこなった際アンケート調査を行ったところ、条件が整えば日本の地方自治体の地方債を購入したいという回答が約3割。検討中であるが購入するとしたら600億円から1000億円の単位で買いたいという回答が約4割。つまり、回答者の約7割が日本の地方債を購入したいと回答したことになる(無回答が2割)。日本の地方債購入のために何が必要かという質問には、英語での十分な情報が足りないということ、また、ほぼ同じレベルで税の源泉徴収の問題があげられた。次に格付けの問題があげられた。格付けと英語での情報公開はペアの問題であり、英語での情報公開がしっかり行われれば格付けは必ずしも必要ではなくなるし、また、格付を行う上で地方自治体による英語での情報開示が促進されることとなる。
(5)通貨(ユーロ建て/円建て)
・東京都はユーロ建てで債券発行を行った。一方、日本で発行されている地方債は円建てである。日本の地方自治体が外貨を必要なわけではないので、スワップ取引によって、円建てで借りることと同じ効果をもたらすことができる。円の債券を海外市場で発行しても、買う側でスワップ取引を行わなければならないため、調達コストが高くなる可能性がある。
(6)振替地方債の対海外投資家向け源泉徴収税撤廃
・日本の地方自治体が海外の投資家に地方債を発行した際、利子を支払うときにその20%を支払代理人のところで控除して払わねばならず、海外投資家にとって実質的な利回りが下がってしまうという問題があった。還付請求によって海外の投資家であることを証明できれば、海外投資家に15%くらいは返還されることになっているが、そのような面倒なことをするくらいなら他の債権を買いたいということになってしまう。国債でさえこの問題があるうちは海外投資家への売れ行きが良くなく、源泉徴収税を撤廃したり、購入にあたっての様々な手続きを簡便化してきたというのが財務省理財局のこれまでの歴史。2008年1月から、地方債についてもこの税制上の障害がなくなる。
(7)スワップ取引
・海外投資家が日本の地方債を買いやすいように日本の地方自治体がユーロ建て債を発行する場合でも、スワップ取引を行うことで円建て地方債を発行する場合と同じ効果が得られる。この場合為替リスクはスワップ相手(銀行など)がもつこととなるため、地方自治体にとってのリスクはスワップ相手が倒産するリスク(カウンターパートリスク)であるため、このカウンターパートリスクの分散も場合によっては行わねばならない。
質疑に対する回答
・地方財政制度の保障によって、日本のどの地方自治体のリスクも本質的に同じならば、財政状況の悪い地方自治体の地方債を買いたいという海外投資家も出てくる。日本の地方財政制度の信頼感がバックストップになっており、自治体間の発行条件に差が出なくなるかもしれない。
・海外の投資家は、債務調整や地方交付税制度を廃止するという議論について、行政法の世界では、たとえ明日一切の保障措置や交付税措置がなくなっても、本日まで購入した債券には遡らないことを知っている。将来に向けての改革が行われようとも、今市場に出回っている地方債については影響を及ぼさないと冷静に考えているようである。
・投資家が安い航空チケットで海外から日本に説明を聞きに来るほど、海外投資家は日本の地方債を買いたがっている。
・国債と地方債は差をつけないという大原則があったため、地方債においても政策効果を勘案の上、源泉徴収の撤廃を行うことができた。
・海外投資家向けの英語の資料については、地方財政制度の部分についてはどこかが統一的に行わなければならない。各地方自治体のお国自慢的なPRのストーリーについては、どこの地方自治体でも海外投資家にとって魅力的なストーリーをつくることができるが、制度の根幹の部分はどこかがまとめて英訳を行うべきである。
(以上)