活動記録
2014年04月03日
スピーカーシリーズ「欧州の食品輸出にあたって~英国(EU)における食品・農林水産物輸入規制の最新情報を中心に~」
2014年1月27日(月)14:00~15:30
講師:ジェトロ・ロンドン事務所 山田 貴彦 氏
於:クレアロンドン事務所 会議室
当事務所では、英国及び所管国内における様々な分野の専門家を当事務所にお招きしてご講演いただき、その内容を日本国内の地方自治体等に広く情報提供すること及び在ロンドンの日系機関との情報共有等を目的として、標記スピーカー・シリーズを開催しております。
2013年度第3回目としまして、ジェトロ・ロンドン事務所 農業・食品部門ディレクターの 山田 貴彦 氏を講師にお招きし、EUにおける食品・農林水産物輸入規制について、日本から欧州に食品を輸出する際のポイントを中心に、ご講演いただきました。主な内容を以下のとおりご紹介いたします。
【EUの主要な関連規制】
1.輸入規制・手続関係
(1)動物検疫関係
・EUに輸出するためには、その品目において、日本が「EU域外国・地域リスト(第三国リスト)」に掲載された後、日本側の生産・加工施設がEUに認定されなければならない。ともに申請が必要。
・食肉・動物由来製品(肉・肉加工品、乳・乳加工品、家きん・卵・卵製品、天然はちみつ等)のうち、牛肉及びケーシング(ソーセージの表皮部分)以外は、第三国リストに日本が掲載されておらず、日本からの輸出は不可能。牛肉は、交渉を経て2013年に第三国リストへ掲載された。(現在施設認定の審査の段階)
・タイなどは、鶏肉、餃子などまで登録されている。これらは、申請するかどうかで決まる。業界も政府も大変だが、努力が必要。
・日本国内でも、施設の認定を得るのに必要な手続等に衛生部局等が必ずしも前向きでない場合が多い。理解・協力を求めるべき。
・水産物・水産物由来製品(動物検疫であるため、海藻等植物性のものは含まれない)については、第三国リストに日本が掲載されている品目で、EUにより認定された施設(冷凍船、養殖場、加工場等)で生産・加工された輸出物については、衛生証明書を付した上で輸出が可能(生きている魚類・貝類、生の魚卵、魚の精液は輸出規制あり)。
・動物性加工食品と植物性食品の両方を含む混合(複合)食品(composite products)で、一定の要件(食肉が入っていない、動物性食品が50%以下、安定した食品等)を満たす場合には、検疫対象から外れる。日本の食品の多くは、この例外規定により輸入されている。
・ただし、日本産の乳成分が少しでも入っているものは輸入不可。
(2)植物検疫関係
・野菜は多くが植物検疫証明書なしでEUに輸出できる。ただし、生果・切り花・盆栽等、一部の植物等については、特別な検疫条件を満たす必要があったり、日本で検査を受けて植物検疫証明書を添付する必要がある。品目ごとに細かく異なるため、品目を特定した上で、最寄りの植物防疫所に相談が必要。
・高知県はゆずの規制を独自にクリアしている。
・ジュースやジャムなどの加工品は特に問題はない。
・日本とEUで条件が合意されておらず、輸出が難しいものとしてはモモ、さくらんぼ、などがある。
2.放射性物質関係
・福島第一原発事故を受け、EUでは日本から輸入される食品・飼料について、別途手続きを要求。
・下記の地域の品目については、日本で放射性物質検査を実施した上で、放射性物質検査証明書を取得(注:下記は講演時(2014年1月現在)の情報であり4月以降改正されている(農水省HP参照)。)
① 福島:全品目(酒類を除く)
② 9都県(群馬、茨城、栃木、宮城、埼玉、東京、千葉、神奈川、岩手)
:きのこ類、茶、牛肉、水産物並びに、一部の山菜類、一部の野菜、一部の果物及び一部の穀類
③ 青森、山梨、長野、新潟:きのこ類、静岡:茶及びきのこ類
④ ①~③の地域の品目を50%以上含有する加工品
・上記以外の地域の品目は、日本で産地証明書を取得
・上記手続きは毎年見直されている。
・例外として、日本酒、焼酎、梅酒等の酒類全般は本規制の対象外(手続不要)
3.食品衛生関係
(1)残留農薬
・2008年9月からEU内で規制を統一。
・日本と同様、ポジティブリスト制をとっており、掲載されていない農薬については、一律0.01mg/kgを上限に設定。
(2)重金属残留等
・硝酸塩、カビ毒、重金属等の特定物質については最大混入許容量が、品目別に定められている。
(3)食品添加物
・甘味料・香料・着色料等の食品添加物については、ポジティブリスト制であり、使用条件や使用限度量が物質ごとや使用する食品の品目ごとに定められている。また、すべての食品添加物は純度基準を満たす必要がある。
(4)遺伝子組み換え食品
・EUでは、日本と違い、最終製品中に遺伝子組み換えDNAまたはタンパク質が検出されなくとも、すべての遺伝子組み換え食品・飼料に表示が義務。
・EUが認可した組み換え体については、0.9%未満まで偶発的混入が認められている(日本は5%)。偶発的と認められるには遺伝子組み換え農作物を原材料としていない生産証明書が必要。
・規制の厳しさの度合いは、EU、日本、アメリカの順。
(5)新規食品
・1997年5月15日以前に輸入されていなかったものを新規食品とみなし、輸出するには当局に対して、科学的な情報や安全評価レポートなどを提出して、認可を得る必要がある。
(6)容量規制
・EUレベルでは、2007年10月にほとんどの容量規制が廃止され、現在では、ワイン及び蒸留酒のみが容量規制を受けることとなっている(750ml、1500ml等)。これは焼酎(蒸留酒)も対象となるということ。
(7)表示
・表示は、当該国で一般に使用されている言語で表示(複数言語表示は可能)。
・表示に関するEU新規則(regulation)が採択。施行までの猶予は、2014年12月まで(栄養表示は2016年12月まで)。
・一部の権限を加盟各国に残しつつも、各国の法規の調和を目指しており、施行後は各国の表示に関する法令は廃止。
・主要部分は従来同様だが、栄養開示の義務化(熱量+栄養成分6種。但し酒類は熱量のみ、)アレルギー情報の強化、原産地表示の拡大等が追加されている。
【EU規制に関する相談事例】
①動物性食品が含まれた混合食品の扱い
・動物性エキスが半分以下であればOK
・肉の塊が入っているものはダメ。(チャーシュー入りカップラーメン、肉入りレトルトカレーなど。)
②乳成分の扱い
・以前はEUに輸入されていたカレールー製品が、突如乳成分を含んでいるという理由で輸入不可になり、以前からずっと輸入できていたという事情は通用せず。シップバックのコスト等で数億円の損失を出した企業の例がある。それまでの検査官が気付いていなかった可能性有
・以降、乳成分を含むものは規制が厳しくなり、輸出用カレールーはミルクを含めず作られるようになった。カルピスも輸入不可になった。
③ユズは輸入できるのか?
・EUに輸入は可能。ただし、かんきつ属、きんかん属、からたち属及びこれらの交配種の生果実を輸出する場合、病害虫の検疫が必要なため、登録生産園地での栽培地検査、登録選果こん包施設での選果、果実の表面殺菌、輸出検査等をクリアしなければならない。
・ユズジュースなどの加工品は問題ない。
④日本の水産物輸出
・厚生労働省の指導の下、各都道府県が行っている対EU輸出水産食品の衛生検査が厳しく、前に進まない事例が多い。
・英国へ水産物輸出の際、変色防止のための一酸化炭素が検出され、追い返された。日本で再検査したところ検出されなかった。国によって検査方法が異なるのか?
⑤残留農薬規制、EU基準に則った証明書の添付の必要性。
⑥日本酒のEU域内流通時、酒税は各国毎で徴収されることに注意。
⑦焼酎は容量規制の対象だが、規制を超えたものを店頭で見かける。どこまで遵守すべきなのか?非常に曖昧。
⑧和牛のEU輸入解禁の現状
・第三国リスト掲載後、現在、施設認証の段階である。
【海外へ食品を輸出するには…】
①現地のマーケット情報の把握
・「自分の商品は品質がよいので、どこでも売れる。」はダメ。
⇒サプライ・サイドの発想ではなく、マーケット・インの発想を持つべき
②商流の確保
・輸出商社(日本国内)、インポーター(英国(欧州))と組む。
・現地での販路開拓には、メーカーが直接出向いて営業活動を行う必要あり。(インポーターは自ら営業活動してくれない。逆に現地へ出向いてまで活動を行う意欲があるかどうかを見ている。)
・英文の商品規格書が必要
③クリアすべき障壁の数々
(1)EUの食品輸入規制
・他国と比べて厳しい
・これまで説明したように、解釈でグレーゾーンが多く存在する(特に欧州の食文化にない、日本食材)加えて、運用が、各通関によってばらつきがあるのが非常にやっかい
(2)長距離輸送
・コスト高、賞味期限の問題、品質管理(赤道を通る)
(3)諸税(関税及びVAT)
(4)各種規格(オーガニック規格、食品安全規格など)
【輸出につながる効果的な支援とは】
・輸出に向けた気運の醸成
・情報の提供(前述の①~③)
・機会の提供(セミナー開催、商談会開催、ネットワーキングの支援など)
・ただし、最終的には、生産者の姿勢次第。
【ジェトロの活用】
・ジェトロのホームページには、輸出に関するあらゆる情報が掲載されているので、ぜひご覧いただきたい。支援サービス内容も幅広く充実しており、ぜひ活用してほしい。
【質疑応答】
●福島原発事故の影響の現状は?
⇒風評被害については、ほとんどなくなったのでは。物流に関しては、産地証明書の関係で、イングレの原産地の公表を拒むメーカーがいて輸出が止まってしまうというケースのように証明書(Annex)の取得に関わる手続きが煩雑であるため、物流に悪影響をもたらしておりこちらのほうが深刻。
●(製品に添付する表示について)日本語表記の上に、英文シールを貼る等で補ってもいいのか?
⇒然り。ただし、ラベルを貼るタイミングに関して各国で運用が異なる。英国においては輸入通関時に英文ラベルが無くてもよいが、仏等では、輸入通関時に現地語ラベルがないとダメという話を聞いたことがある。
●地域の酒蔵が日本酒をヨーロッパに売り出したいと考え、現地のインポーターに相談したが、現地に年に1度は来て営業活動を行う必要がある、と言われ結局諦めた事例がある。
⇒現地のインポーターは個々の商品の営業活動までは行わない。英国には現在200種類ほどの日本酒が売り出されており、全てをPRするのは難しい。メーカーが自ら営業活動をする必要があるので、そこはメーカー次第。
実際、売上を伸ばしている酒蔵は社長自らが年に何回か当地へこられている。エージェントを捕まえて、代わりに宣伝してくれる人を作るだけでもいい。
●実際に、どのような日本商品がヨーロッパで売れるか。
⇒売り方次第で何でも売れるはず。要はマーケティング次第。いくら品質が高くても売り方を間違うと売れない。英国で人気の日本レストラン「WAGAMAMA」は、日本食の味というよりは、少し高価でおしゃれな印象が人気になっている。現地のマーケット情報を把握しておくことが重要である。
青森の黒にんにくは、ドイツやスイスで人気だが、売り方が良かった。
また、福島の小桃のコンフォートがイギリスの高級レストランでデザートとして成功している例がある。これも単なる小売では成功しなかったはず。英語向けのパッケージの工夫など、一つ一つの商品に合った売り方や宣伝の仕方があるはず。
2013年12月23日
「2012ロンドンオリンピック・パラリンピックにおける地方自治体等の関わり」
日時:2013年11月27日(火)14:30~16:00
講師:スティーブン・キャッスル氏(Mr Stephen Castle)※
場所:クレアロンドン事務所 会議室
※元エセックス・カウンティ議員(注)、カウンティでは教育・スポーツ担当のキャビネット・メンバー、LGA(Local Government Association, 自治体協議会)のオリンピック委員会の委員長、オリンピック2012イングランド東部地域戦略グループ長等の要職を務められた。
注-カウンティは日本の県に近い広域自治体である。エセックスはロンドン東部に位置し、圏域の人口は140万人余りと、ケント・カウンティに次いで2番目に人口の多いカウンティとなっている。
当事務所では、職員の業務関連知識の向上、日本の地方自治体への情報提供等を目的として、英国及び所管国内における様々な分野の専門家を当事務所にお招きしご講演をいただく「スピーカーシリーズ」を開催しています。
今年度第2回目は、本年9月に東京が2020年オリンピック開催地に決定したこともふまえて、前エセックス・カウンティ議員のスティーブン・キャッスル氏からお話を伺いました。氏は今年の地方選挙に出馬せず現在は公職から退かれていますが、2005年の開催決定以降2013年まで、LGAのオリンピック委員長等の立場から、オリンピック・パラリンピックの準備・運営に深く関わってこられました。
今回は特に、2012ロンドンオリンピック・パラリンピックに開催地ロンドン以外の地方自治体がどのように関わってきたかを主なテーマとしてお話しいただきました。
主な内容を以下のとおりご紹介いたします。
自分(キャッスル氏)は、エセックス・カウンティ議会では一貫して教育・スポーツ担当のキャビネット・メンバー(注:英国のカウンティは議員の中から選ばれる「リーダー」を中心とした議院内閣制に近い執行体制を取っており、いわばカウンティの「教育・スポーツ大臣」に当たる)を務めてきた。
エセックスはロンドン以外では、オリンピック・パラリンピックのメイン会場からも最も近いカウンティでもあり、様々な形でオリンピック・パラリンピックに関わってきた。その経験を基に話をさせて頂く。
オリンピック・パラリンピックを自国で開催するということは一生に一度しかないかもしれない貴重で素晴らしい経験である。日本・東京の招致成功をお祝いするとともに、自分の経験が少しでもお役に立てればと願う。
・2012年ロンドンオリンピック・パラリンピックは、地方自治体にとっても、その盛り上がりを生かして、スポーツを通じて地域の活性化を進めるいい機会となった。
・2012年大会に関しては、大きく以下の5つの段階に分けることができる。
2003年-2005年 ロンドン開催地決定までの期間
2005年 ロンドン開催決定後の初期準備期間
2005年-2010年 オリンピックレガシー(将来への「遺産」を作る)施策展開、会場準備、モメンタム(開催に向けた機運)の維持
2011年-2012年 テストイベント、本大会実施
2012年- 開催後
【2012地域戦略グループ(The London 2012 Nations and Regions Group (NRG))】
・2003年に、ロンドンの2012年大会開催地立候補を支援する組織として、イングランドの9つの地域(リージョン)及びスコットランド、北アイルランド、ウェールズの計12地域の各代表メンバーとコーディネーターで構成される、2012地域戦略グループ(NRG)が、ロンドンオリンピック・パラリンピック委員会(LOCOG)及びオリンピック政府担当部局(Government Olympic Executive)により共同設立された。
・2005年にロンドンが開催地に決定した後は、NRGは「国民皆が参加できるオリンピック」を実現するために、英国全体におけるオリンピックへの関心を高め、オリンピックから受ける恩恵を最大化することに尽力した。
・具体的には、国のオリンピックレガシー施策の実施に係る地域レベルでの支援や、英国各地のメディアをオリンピックパークに招待するツアーなどを実施した。
【イングランド東部地域戦略委員会Nations and Regions East Strategic Board (NRE))】
・エセックス・カウンティを含む6つのカウンティ(4つの単一自治体を含む)からなるイングランド東部地域では、2003年の立候補の時期に、マウンテンバイクとカヌースラローム競技の会場に関して、エセックス・カウンティとLee Valley Regional Park Authorityが英国オリンピック委員会(British Olympic Association, BOA)に働きかけ、招致成功の際には会場となることが決まった。
・これがきっかけとなり、2004年エセックス・カウンティに、カウンティ規模では国内最初のオリンピックワーキンググループが設立された。
・この流れを受け、ロンドンが開催地として決定した2005年に、イングランド東部地域戦略委員会 (NRE)が正式に設立され、自分(キャッスル氏)はその委員長となった。
・この委員会は、設立当初から同地域の自治体を巻き込み、6つのカウンティから代表メンバーを迎え入れていたことが後の成功につながった。
・また、6つのカウンティにおいてそれぞれワーキンググループが設立され、これにより同地域において強固なネットワークが形成され、国のオリンピックレガシー施策の地域レベルでの実施を強力に後押しした。
・2008年に、NREはオリンピックレガシー実現に向けた地域戦略「The Power of Possibilities」を発表し、同地域の経済発展・再生、雇用・技術向上、教育、観光、文化、健康に関するオリンピックレガシー施策の指針となった。
・2012年にNREによって行われた利害関係者の評価調査によると、調査を受けた75%の人が、その組織構造がカウンティの圏域を超えた議論をするのに効果的であったと回答し、また2012年大会スポンサーの多数が、NREが地域における新しい関係性を創出したと答えた。さらには、NREの中心チームがLOCOGとの調整において重要な調整の役割を果たしていたと評された。
【オリンピックに向けたエセックス・カウンティの動き】
・エセックス・カウンティにおけるオリンピック前の主な動きは以下のとおり。
2003年 競技開催候補地に関してBOAと協働
2004年 ワーキンググループ設立、マウンテンバイク競技の同カウンティでの開催を確保
2006年 職員をLOCOGに派遣、オリンピックレガシー戦略委員会発足、オリンピックレガシーアクションプラン策定
2007年 レガシーチーム発足
2008年 マウンテンバイク競技会場決定(Hadleigh Farm)
2009年 レガシー実現の先進的な取組が評価され、Beacon Status(優れた学習機会を提供した団体に与えられる賞)を受賞
2010年 各種オリンピック関連事業、イベントを展開
【イングランド東部地域の競技会場は2つ】
・マウンテンバイク競技(エセックス・カウンティ、Hadleigh Farm)
Hadleigh Farmは、The Salvation Armyというキリスト教慈善団体がキリスト教徒に職業訓練を行ってきた農場で、120年以上の歴史がある。広大な土地、起伏の多い地形からマウンテンバイク競技会場に選ばれた。オリンピック後は、オリンピックレガシーとして多くの人に利用してもらうため、2013年秋に近隣公園との散策道ネットワーク拡大、2014年春にビジターセンター、カフェ、自転車貸出施設、シャワー施設などに着手し、2015年春から一般開放の予定。
・カヌー競技(ハートフォードシャー・カウンティ、Lee Valley White Water Centre)
2011年4月にオープンした水上スポーツアトラクション施設。オリンピック前に一般開放されていた唯一の競技会場。オープン当年から、約155,000人が来訪し、約2億ポンドの収入を得ている。オリンピック後も引き続き利用されている。
【北京オリンピック視察】
・直前のオリンピック視察は課題や注意すべき点を知る上で意義あることであった。
・前回のロンドンオリンピックは1948年と遥か昔のことであり、参考にならない。2002年マンチェスターで開かれたコモンウェルス・ゲームズも規模の面で参考にならなかった。
【オリンピック事前合宿の誘致】
・事前合宿の受入は地域に多大な利益をもたらすため、各地域・自治体は多くのエネルギーとお金を費やし、積極的に誘致活動を展開した。2008年北京オリンピック時にも誘致プレゼンテーションを行った。ただ、結果的に成果はそれほど大きく無かった。できれば自治体間で競争を過熱させるよりも、もう少し調整を図るアプローチの方が良かったのではないかと思う。
・エセックス・カウンティは、日本の水泳チーム、カナダ、中国のマウンテンバイクチームの事前合宿誘致に成功した。
【地域に身近なオリンピックレガシー施策の例】
・「Get Set Education Programme」
2012年大会に関連してオリンピックの素晴らしさを学ぶ公式教育プログラム。専用ウェブサイト内で、教師がオリンピックやパラリンピックを学習カリキュラムに取り入れるための参考資料を無料で提供している。具体的には、3歳-19歳までの段階に沿ったプログラム案や、オリンピックの歴史、写真などを利用できる。また、ウェブサイトに登録した教師同士のネットワークも活用できる。英国内の85%の学校で、およそ700万の生徒に利用されている。
・「Compete For」
2012年大会に向けたインフラ整備事業において、売り手と買い手間のマッチングを促進するため、事業者の登録情報をデータベース化し、互いの情報を検索することができる無料ウェブサイトサービス。170,000以上の企業が登録し、13,000を超える事業に利用されてきた。75%は中小企業が受注し、3分の2はロンドン以外の事業に利用されている。オリンピック以後も、英国のインフラ整備事業等における事業者間のマッチングに利用されている。
・「Inspire Programme」
2012年大会に鼓舞されて行われる、教育・ビジネス・文化・スポーツ等に関する非営利イベントにおいて、申請に基づき、2012年大会のロゴであるインスパイア・マークの使用が認められる。
・「Cultural Olympiad」
スポーツだけではなく、誰もがオリンピックに関われるよう、食、音楽、映画、芸術などをテーマとした文化オリンピックイベントを各地で開催。英国全体でおよそ500のイベントが行われた。
・オリンピックロゴ入りのピンバッジを大量配布。バッジの果たす役割は重要であり、過小評価してはならない。オリンピックの記念バッジを渡しただけで表情が変わる人を何人も見てきた。特にセバスチャン・コー(LOCOG会長、元金メダリスト)がから渡した限定版のバッジなどは、もらった人は非常に名誉なことと考え、その後の協力体制を築く上でも重要なものとなった。
・各地で週末に各種施設を一般開放し、スポーツを楽しめる環境を提供
【エセックス・カウンティのレガシー施策(The Essex Legacy)の例】http://www.essexlegacy.org/home/
・マウンテンバイク競技会場「Hadleigh Farm」の利用拡大
・「Team Essex Ambassadors」
年1回行われる「the Team Essex Ambassador Awards」で、将来オリンピックやパラリンピックなどで活躍が期待できるエセックス・カウンティ在住の競技者を表彰する。彼らはTeam Essex Ambassadorsとして、エセックス・カウンティから活動資金として1人£6,500の奨学金が授与される変わりに、学校や地域のスポーツイベントに参加し、若者をスポーツに関わらせるよう鼓舞する役割を担う。
・「Journey to the Podium」(表彰台への道のり)
エセックス・カウンティでは、2009年から、オリンピックへの参加が見込まれる有望な選手の成功を称賛し形に残すため、芸術家に委託し、各選手をモチーフにした絵画や彫刻、映像などの芸術作品を作成している。オリンピック後は、エセックス・カウンティのスポーツ・文化施設に展示されている。この事業は「Inspire Programme」に申請し、ロゴマークの使用が承認されている。
【LGA(Local Governments Association、自治体協議会)としての取り組み】
・オリンピックが貴重な機会であり、インパクトがあるということについて、LGA全体で理解を共有するのには時間がかかった。
オリンピックに係るネットワーク組織は2007年に設立され、各リージョン(広域圏)と自治体間の政策上の調整を支援した。
・当初は費用対効果に懐疑的な意見も多かったが、徐々に「いよいよ始まる」ということや、オリンピックの持つ効果の大きさが認識されるようになった。
・認識のギャップを埋める上では、当時地方自治コミュニティ省が行っていた表彰制度(Beacon Status)で模範的な取組みをした自治体を表彰していたことも役に立ったと思う(注:その後この表彰制度は廃止)。
・LGAの文化・観光・スポーツ委員会は、2010年に発行した「Putting the people back into participation」でスポーツの重要性と自治体の果たす役割について述べている。1,792万人の人々が約1ヵ月に1回30分以上の運動をしており、その内792万人がスポーツクラブで、1,000万人が自治体所有施設や地域コミュニティの施設を利用している。また、自治体のスポーツ振興に関する支出は、国の約5倍の金額に相当する。(自治体824百万ポンド、国155百万ポンド)
【オリンピック聖火リレー】
・期間は、2012年5月19日から7月27日(開会式)
・ルートは英国全土を周るもので全長約8,000マイル(約12,800km)、西端のランズエンド(Lands end)をスタートし、英国を一周してロンドンのオリンピックスタジアムまで。
・延べ8,000人の走者
・各地で66の夜間セレモニー
・LOCOGがトーチリレー全般の責任を負い、地方自治体がトーチリレーに係る夜間セレモニー、ルートの環境整備、住民への説明、警備ボランティア等の役割を担った。準備段階では安全確保等の観点でルートを公表できないため、秘密の保持なども大変であった。
・英国のほぼ全ての自治体がトーチリレーの実施に関わった。
【各地で大型スクリーン生中継】
オリンピックの盛り上がりを英国全土で共有するため、政府(DCMS、文化メディアスポーツ省)の支援などにより各地のショッピングモールなどに大型スクリーンが設置され、オリンピックの模様が生中継された。これは地域住民が街に繰り出し、経済を活性化させる上でも役に立ったと思う。
<質疑応答>※矢印は講師の回答
・トーチリレーの予算は?住民理解は得られたか?
⇒予算は、スポンサー企業(Coca Cola、Samsung、Lloyds TSB)やLOCOGが負担。ただし、自治体が行う夜間セレモニーやルート整備に係る費用は自治体負担であったため、自治体は独自の予算から切り盛りする必要があった。各自治体は、平均で約40,000ポンドを夜間セレモニーイベントやルートの整備、警備、道路通行制限周知などに費やした。
住民への説明は自治体の役割で、難しいものだったが、なぜやるのかを明確に説明することで理解を得られたし、やった後はどこの住民も喜び、自分もオリンピックに参加したという気持ちになったと思う。
・オリンピックが学校教育にどのように取り込まれたか。
⇒「Get set programme」で授業や地域イベントに取り込まれたほか、このプ
ログラムのネットワークを活用して、英国内の学校生徒に約175,000の観
戦チケットが無料配布された。
その他は、2012年大会の国際的なレガシー教育施策である「international lnspiration」がある。これは、アフリカ等の途上国で若者の生活の質を向上させるために学校体育などでスポーツを普及させるもので、現在、英国の約300の学校と途上国20カ国の約300の学校が連携して普及に努めている。
・オリンピックレガシーの取り組みは今後どのように評価されるのか。
⇒評価は難しいことではあるが、競技会場として使われた施設やサウスエンド空港のEasy Jet新規就航をどのように生かしていくのか、今後の成果が重要になる。ただ、エセックスのバジルドン市には大きなプールが建設された(日本の競泳チームの合宿等に使われた)が、バジルドンのようにそれほど大きくない街にあのようなオリンピック仕様のプールができることはまずありえないことである。また現在、政府や関係機関によって、経済効果や若者への影響など様々な角度から評価が行われている。
・エセックス・カウンティに具体的に良い経済的な影響はあったか。
⇒エセックス・カウンティの企業が聖火の燃焼システムの開発を担当した。またロンドンに近くアクセスがいいことから、エセックスにあるサウスエンド空港を多くの観光客が利用した。ただ、LOCOGとの関係は難しかった。どうしてもオリンピックの競技運営そのものを成功させることに集中してしまい、地域の振興は二の次となってしまうためである。
2013年08月23日
「英国の政治運営システム -日米との比較の観点から」
2013年7月10日(水)14:00~15:30
講師:成蹊大学法学部教授 高安 健将 氏
於:クレアロンドン事務所 会議室
当事務所では、英国及び所管国内における様々な分野の専門家を当事務所にお招きしてご講演いただき、その内容を日本国内の地方自治体等に広く情報提供すること及び在ロンドンの日系機関との情報共有等を目的として、標記スピーカー・シリーズを開催しております。
今年度第1回目としまして、成蹊大学法学部教授 高安 健将 氏を講師にお招きし、英国の政治運営システムについて日米との比較を交えながら、ご講演いただきました。主な内容を以下のとおりご紹介いたします。
・英国の政治システムは、多数代表型の議院内閣制であり、議会主権、多数代表的選挙制度(小選挙区)、党規律の強い政党政治により集権的に運営されている。
・執政、議会の関係で見ると、英国型の議院内閣制は、議会の多数派勢力が首相を出し執政府を掌握するという意味で「権力融合型」、米国型の大統領制は、民主的正当性の根拠や権力の委任先が複数あり「権力分立型」と言える。
・ロバート・ダールは、多数支配型デモクラシーとマディソン主義的デモクラシーという2つの異なるデモクラシー論を示した。前者は、権力の自己抑制と政治への信頼を前提として多数派(議会)に執政権力を委ねるデモクラシー論で、英国の権力融合型システムに当てはまる。後者は、権力者に対する不信を前提として専制を拒絶するデモクラシー論で、米国の権力分立型のシステムの特徴に当てはまる。
・英国においては、60年~70年代ごろから首相府・内閣府のスタッフ強化が徐々に進められてきた。特に、1997年に成立した労働党政権においては、省庁横断的課題の増大による政府内調整の必要性、官僚組織や首相の伝統的政策顧問としての閣僚への不信、メディアや国際会議における露出増による首相個人への期待・責任の増大などにより、首相を支える身近なスタッフの強化が必要になったため、首相府、内閣府のスタッフ強化、財務省の役割の強化がなされ、政府内部における集権化と階層化が進行した。
・日本においては、2001年橋本行革により、内閣府の新設、内閣官房の強化、首相スタッフの増強が行われ、小泉政権下では、経済財政諮問会議が経済政策の司令塔と位置付けられた。この点では、日英両国は似た面がある。
・日本においてもこれまで政策の担い手であった官僚への不信は増大し、メディアや国際会議の果たす役割も高まっており、こうした状況下で首相個人への支持や責任が増大している。
・近年の政治不信により、これまで二大政党であった保守党、労働党への不信が高まったこと、また有権者の多様化により、総選挙において自民党も含めた各党の得票率が接近するなど、二大政党制が崩れてきた。スコットランドやウェールズでも地域主義(領域)政党が台頭している。これにより、恒常的に二大政党と政権から排除される人々が生じるため、多数代表型デモクラシーというシステム全体の正当性と機能の空洞化が危ぶまれる。
・近年のスコットランド、ウェールズ、北アイルランドへの権限移譲により、英国は、多数代表的で集権的な中央政府と合意形成型モデルの傾向がある上記「領域」政府による二重国家体制となっていると指摘されている(M.フリンダース)。
・上院(貴族院)では、1999年に世襲貴族の数を絞ったことにより、推薦議員が大部分となり民主的正当性が向上した。また近年、同院の政党間構成が均衡してきたことにより、政権は法案提出の前後に他党や中立会派と調整を行うようになっており、合意形成型モデルへ接近していると指摘されている(M.ラッセル)。選挙の争点として明確に掲げられた政策課題については、原則として下院の決定を上院が覆すことはない「ソールズベリーの原則」も問い直しが必要か。今後英国でも「ねじれ国会」のようなことも起きるかもしれない。また、現在の連立政権では、上院を「大部分の議院が選挙で選ばれた院」へ改革するとしている(2010年連立合意)。ただし、この改革については、事実上先送りが決まっている。
・権限移譲、民主的正当性を高めた上院などの要素に加え、1998年人権法やスコットランド法などは、制定に当たりレファレンダム(有権者による直接投票)に委ねる手法を採った結果、基本法的な性格を有するに至っており、議会で容易に変更できるものではない。これらの改革は、政治不信を前提にした、権力分立的なマディソン主義的改革であるとみることができる。正当性の基盤に疑問符をつけられた一方で、集権化傾向をもつ中央政府が存在するという状況が英国の議院内閣制にはみられる。こうした問題への対応としてマディソン主義的改革は、注目に値する。
・日本においても、衆議院と内閣の関係は権力融合型、内閣の問責決議権を持つ参議院と衆議院・内閣との関係は権力分立型と言える。慢性的な政治不信と、1994年改革以降集権化傾向のある衆議院に対して、参議院は重要な権力の抑制手段を提供している。ただし、内閣の選任に関与しない参議院が、事実上の罷免を可能にする問責決議権を持つ点は正当性に疑問が残る。
2012年11月22日
「ロンドンオリンピック・パラリンピックを終えて」
2012年10月9日(火)16:00~17:30
講師:独立行政法人日本スポーツ振興センター・ロンドン事務所
所長 田村寿浩氏
於:クレアロンドン事務所 会議室
ロンドンオリンピック・パラリンピックが終了しました。今回、開催国英国の選手育成の成功を見せつけられた感もありますが、日本も、オリンピックの金メダルは目標を下回ったとはいえ、過去最高数のメダルを獲得する結果となりました。クレアロンドン事務所では、「マルチサポート・ハウス」の運営をはじめ、選手・競技団体への各種支援に携わってきた(独)日本スポーツ振興センター・ロンドン事務所ならではの貴重な経験と、そこから見えてくる今後の課題を共有するため、講師に同事務所所長の田村寿浩氏をお迎えして、「ロンドンオリンピック・パラリンピックを終えて」と題し、先日終了した2012年ロンドンオリンピック・パラリンピックの振り返りと2020年東京オリンピック・パラリンピック大会招致に向けた課題等について、お話をいただきました。
田村様によるご講演のあと、ご参加いただいた在英国日本国大使館やその他日系機関の参加者のみなさまと意見交換を行いました。その概要について報告します。
【(独)日本スポーツ振興センターとは】
日本スポーツ振興センターには、前身となる団体が4つあった。日本学校給食会、日本学校安全会、日本学校健康会、そして国立競技場である。その後2度の統合を経て、日本におけるスポーツ全般の仕事をする組織として平成15年に現在のセンターとなった。平成13年にはトップアスリートのために「国立スポーツ科学センター」が設置されている。
・(独)日本スポーツ振興センター・ロンドン事務所は2009年9月に、ロンドンオリンピックに向けた様々なサポート行う拠点として設置された。これまで行ってきた活動は、以下の3つに分けられる。
①ロンドンオリンピックに向けた活動
これが最も大きな活動である。当初は国立スポーツ科学センターの出先機関との位置づけだったこともあり、特にロンドンオリンピックに向けた情報戦略(=Intelligence)事業を行った。次に、文科省の事業として、チーム「ニッポン」マルチサポート事業というものがあり、筑波大学と国立スポーツ科学センターが受託者として事業を実施したが、当事務所はロンドンにある最前線としてマルチサポート・ハウスの開設に向けた様々な活動を行った。
それらの活動に伴いいわば自然に発生するものとして、JOCとの連携協力や 関係者のロンドン等での活動に対する支援も行った。
②スポーツ政策に資する情報収集
日本では平成23年にスポーツ基本法が成立したが、それに向けた情報収集として、 英国をはじめとした欧州のスポーツ政策に関する情報収集を行って文科省に提供した。これについては当事務所にいる研究員が対応した。
③我が国スポーツ界の国際的地位の向上のための活動
まだ国際的な大会参加や活動に慣れていない競技団体のために、他国の同競技団体との関係を構築したり、相互の研鑽のために交流の機会を設けたりといった支援を行った。この活動により、我が国のスポーツ団体が国際的にも認知されるようにサポートする役割を担った。現在の事務所は日本の政府系機関や英国の主要なスポーツ団体の事務所にも近く、また、ヒースロー空港やオリンピックスタジアムのあるストラトフォードにも地下鉄1本で行けるのでそうした活動にも便利な場所である。
【ロンドンオリンピック・パラリンピックの日本選手の成績の結果について】
・今大会での日本人選手の成績だが、メダルの獲得数としては過去最高のメダルを獲得することができた。ただ、金メダルが7つということで、もう少し取れたらもっと盛り上がっただろう。レスリングが7つのうち4つを占め、活躍したことが分かる。銀・銅メダルが増えたので全体の底上げが図れたということが言えるし、初めてのメダル、久しぶりのメダルという競技もあったので、着実に各競技ごとでのレベルアップもできたと思う。そうはいっても開催国のイギリスはじめ他国を見ると、まだまだ世界の壁は厚い。
・パラリンピックについて振り返ると、世界のレベルがどんどん上がってきていて、今回日本チームはトータルで16個という結果だった。過去の大会での獲得数と比べても、今回は厳しい試合だった。アテネ大会での52個という数字は、今回と比べるとすごい数字だ。
・ゴールボールが金メダルを獲得したことが大きく取り上げられた。パラリンピックの種目は馴染みの薄いものもあるが、金メダルを取ったことにより、認知度が上がった。
・当センターの設立当初は、パラリンピックのサポートということは第一義的には入っていなかったが、スポーツ基本法の成立を受け、今後はパラリンピックの支援も行っていくことになるだろう。今大会でも、パラリンピックについても、例えばクレア・ロンドン事務所からの情報提供も受け、競技団体に英国での練習地の情報提供を行うなど、できる限りのサポートを行った。
【メダル増加につながった「マルチサポート・ハウス」事業】
・チーム「ニッポン」マルチサポート事業が今動いているが、これは、マルチサポートを通じたトップアスリートの育成を目的として、特にメダル獲得が有力視されている「ターゲット競技」を中心に、集中的にサポートを行うという事業である。マルチサポートとして、①アスリート支援、これは大会が近くなる前から、日本で行っている支援である。②マルチサポート・ハウス支援、これは大会の直前から大会が終わるまで、現地で行うサポートである。それから③調査研究・諸外国調査、これは間接的にメダル獲得につながる調査研究や実態調査を行うものである。
・また、筑波大学がマルチサポート事業の一環として文科省の委託を受けて研究開発プロジェクトを行っている。これらの事業を通じて、オリンピック競技大会で過去最多を超えるメダル数の獲得を目指すとして活動してきた。
・マルチサポート・ハウスはオリンピックでは今回が初めてである。2010年の広州アジア大会で初めて試験的に導入された。その際、競技団体から高い評価を受け、今後の国際大会でも是非設置してほしいとの要望があり、今大会でオリンピックで初めての設置となった。マルチサポート・ハウスのコンセプトは情報戦略・医・科学サポートの『ワンストップショップ』である。ここにくれば様々なサポートが全て受けられる。大きな柱が4つあり、一番イメージしやすいと思うのが「コンディショニング・リカバリー」、これは、選手達が競技当日に体調を最高のコンディションに持って行くためのサポートを行うものである。すぐに体調を回復して次の出番に備える、そうしたことのために栄養補給、メディカルスペース、疲労回復を促進するリカバリープール、トレーニングスペース、心理的なサポートを受けられる個室、の機能を用意した。それに付随する形で、選手達が映像を見て競技を振り返る映像フィードバックやその他の情報を入手できる情報戦略、現地と日本との連絡が取れるスペースを設けた。物理的には他にミーティングスペースや機器の保管スペース等を設けた。レスリングと柔道については、日程が重なっていないので、レスリングの時はマット、柔道の時は畳を敷いて事前調整の場として利用してもらった。
・選手村から徒歩約10分という好立地にある劇場「ストラトフォードサーカス」を選定し、全館借り上げることとし、約1年前に地元ニューハム区と契約を交わした。
・2012年7月16日(月)から8月12日(日)まで約1ヶ月間開設した。
・延べ利用者は4,217人、1競技団体が平均12.5日間利用した。
・利用を高めた要因としては、アクセスの良さ、2010年広州アジア大会でのトライアルによって競技団体の認知を得たこと、競技団体の要望を反映させたサービスが提供できたこと、の3つがあげられる。
・特に選手達から一番利用されたのは、食事だった。選手村での食事は一応和食はあったものの、余りおいしくなかったらしい。マルチサポート・ハウスでは、東京の国立スポーツ科学センターで提供している食材をそのままこちらに持ち込み、選手が食べ慣れた日本食を提供できたのが良かった。
【今後の課題(1) 2020年東京オリンピック・パラリンピック大会招致への協力】
・スポーツ振興センターとしても東京2020オリンピック・パラリンピック招致については全力で協力していきたいと考えている。河野一郎理事長は、2016年招致活動の際、東京都オリンピック・パラリンピック招致委員会事務総長を務めており、招致の仕事がいかに大変か、いかに重要か、いかに国民の皆さまの理解を得ながらやっていかなければならないかは非常に良く理解されている。そのような理事長の意向も受け、我々もこれから2020年招致に向け頑張っていきたいと考えている。
・開催都市決定までのスケジュールをまとめてみた。今年5月に立候補都市が決定し、ロンドンオリンピックではIOCのルールの範囲での招致活動を行った。年明けの2013年1月7日にはIOC国際オリンピック委員会への立候補ファイル提出期限が来る。来年3月にはIOC評価委員会による各立候補都市視察があり、東京も3月上旬には訪問を受けると聞いている。7月にはIOC委員へ開催計画に関するプレゼンテーションが行われる。そして2013年9月7日の第125回IOC総会(アルゼンチン・ブエノスアイレス)においてIOC委員の投票により、開催都市が決定される。
・一次選考では5都市のうち東京、イスタンブール、マドリードの3都市が残ったが、一次選考での評価については、様々な見方がある。その中で東京の難点ということでよく指摘されるのが、世論の支持率が47%と低いことである。これについては様々な見方があるが、日本人のキャラクターとして「どちらでもない」を選ぶ人がどうしても多くなってしまうことも影響している。つまり、別に日本の皆さんが全く関心がないということではなくて、賛成とも反対とも言い切れないという気持ちがどちらでもないを選ぶことに繋がってしまうのだと思う。従って、イスタンブール、マドリードに比べればこの時点では確かに低いが、今後のキャンペーンのやり方によってはいくらでも上積みが図っていけると思う。この数字をそのまま鵜呑みにはできないと思う。また人口で見ると、300万人しかいないマドリードの80%が賛成していると言っても、1300万人いる東京の50%が賛成している方が、絶対数としては大きいことになる。そういうことも勘案すると、世論調査の47%という数字はあくまでも相対的なものではないかと思う。
・今後の招致活動を盛り上げていくポイントとして以下の6つをあげたい。これは、私がこれまで様々な方々とお話しする中で得た意見等も踏まえてまとめた。
① 明確な「工程表」を作成する・・・今後時間はあるようであまりない。今まで様々なプレーヤーが様々な活動をしてきたことは間違いないが、なかなか横の連携が取れていないのではないかという印象がある。期限を区切って目標を決め、関係者が取り組む様々な活動が相乗効果を出していくことが必要である。それによって効果的な活動の成果が得られる。招致委員会の役割かも知れないが、活動全体をコーディネートする人が必要。
② 招致活動の「顔」を決める・・・招致活動と言えばこの人だという顔を決めた方が良いのではないか。これは私だけの意見ではないと思うが、東京の招致というとあの人、という人が必要である。日本国大使館の方もおっしゃっていたが、2018年冬季オリンピックを勝ち取った韓国のピョンチャンは、スケートのキム・ヨナ選手、イ・ミョンバク大統領、サムスングループのイ・ゴンヒ会長の3人が招致の顔として、どこに行っても韓国をよろしくお願いします、と活動し、なかなかのインパクトだったと聞いている。日本といえばこの人、という形で覚えてもらえると良い。
③常に話題になるようにする・・・アンケートの無関心層に繋がる話だが、日本で盛り上がらない理由の一つに無関心層が一定割合で存在することがあげられる。そこで、例えばトップアスリートには常にオリンピック・パラリンピックを招致する意義を語ってもらう。ロンドンオリンピック後の銀座のパレードでは50万人の人手だった。日本人も盛り上がれるところでは盛り上がりたいともちろん思っているので、国民のスポーツへの関心が高まるようなタイミングをとらえて招致についてトップアスリートに語ってもらう等の取り組みが必要である。マスコミも上手く活用するべき。また賛成派だけではなく、時には消極派の意見も紹介しながら、常に、広く招致が話題になるようにする必要がある。
④南米地域とのコネクションを強化する・・・スケジュールにもあるとおり2020年の開催都市は来年アルゼンチンのブエノスアイレスで開かれるIOC総会で決定される。このほか、2014年にはブラジルでワールドカップサッカーが開催されるし、2016年オリンピック・パラリンピックはリオデジャネイロ大会であり、今後南米で国際的なスポーツに関するビッグイベントが続く。この地域がスポーツ関係者に注目されることになる。そこで南米地域とのコネクションを強化し、「次は日本に」と呼びかけられる関係作りをする必要がある。
⑤日本スポーツ振興センターとしてできること・・・今後の大会でのサポートがどうあるべきか考えていくために、ロンドン大会でのアスリート達の戦いぶりの分析を行っていく。また、招致に関する事柄で言えば、国際スポーツ界とのネットワーキングがものをいうのは間違いない。我々にもこれまでに築いてきたいろいろなネットワークがあるので、そうしたネットワークを可能な限り駆使して日本招致の支援を国際スポーツ界に引き続き強くアピールしていく。選手・競技団体などとの良好な連携関係、これは言うまでもないが、それを今後も維持していく。
⑥ ロンドンにいる我々にできること・・・ロンドンに住む1人の住民として、私も大会が近づくにつれての盛り上がりには感動した。大会中は一日本人として競技会場に足を運んだが、やはり感動した。それはその場にいなければわからないと感じた。大会中は仕事で大変な時もあったが、そのような中、実際に競技会場に行って日本人選手が活躍する姿を見ることができたのは本当に何事にも代えがたい良い経験であった。こうした思いを、ロンドンにいる日本人が是非もっと発信していくことができたらと思う。そこで、「生の声」での情報提供・情報発信を我々にできることとしてあげたい。オリンピックのような国際大会が自分の住んでいる場所で開催され、そこで自分の国を代表する選手を間近で応援することができる、それがいかに素晴らしいことであるかということが、今回我々がロンドンで体験したことだ。それを我々が日本にいる人々に伝えていくことが重要ではないか。それからもう一つは、大会を運営する人たちの頑張りの姿も見逃すことはできない。やはりボランティアが献身的に対応してくれたことも伝えて行きたい。
【今後の課題(2)新国立競技場設置構想推進】
・日本スポーツ振興センターでは、冒頭申し上げたとおり国立競技場の管理運営を所管しており、老朽化した国立霞ヶ丘競技場を改築し、より立派な国際大会が開催できる競技場とするため、「新国立競技場設置構想」を推進している。
・スケジュールとしては、現在は様々な情報収集、調査研究、デザインの公募を行っているところである。公募は既に締め切られ、46件の応募があった。今後審査が行われて採用になったものをベースとして今後のプランが形作られていく予定だ。最終的には、2019年ラグビーワールドカップの開催に間に合うように完成させるスケジュールである。
・国立競技場はとても便利なところにある。JRの千駄ヶ谷駅、信濃町駅そして地下鉄の外苑前駅が近く、神宮球場、秩父宮ラグビー場も隣接している。
・このように大規模競技施設に隣接し、改築が与える影響も大きいことから、スポーツ振興センターでは本部に新国立競技場構想本部を設けて対応している。
・一方事務方だけでは当然固まらないので、様々な有識者の方のご意見を伺いながら進めていく。組織として「国立競技場将来構想有識者会議」を立ち上げ、その下に3つの部会を置いている。
・施設建築グループ部会、ここでは、どういう施設を建築していくか、を検討する。施設利活用(スポーツ)グループ部会、これは、新しい国立競技場がスポーツの関係ではどのような使われ方をするのが望ましいか、という部会。施設利活用(文化)グループ部会、イギリスにある様々な大きく著名なスタジアムのいくつかもそうだが、大きなスタジアムは当然ながら、スポーツの試合のためだけではなく、大きなコンサートなど、文化的な行事で使われることも多い。そういうことも新しい国立競技場では構想しており、これらを想定した場合に、どういう新しい国立競技場を作るのがいいのか、ということを検討するというのがこちらの部会である。
・日本を代表するそうそうたる方々に有識者のメンバーに加わっていただいている。元総理の森喜朗日本ラグビーフットボール協会会会長、建築家の安藤忠雄氏、サッカー協会の小倉淳二名誉会長、文化活動の部会では、作曲家で著作権協会理事長の徳倉俊一氏、竹田恒和JOC会長、石原慎太郎東京都知事など14名である。
・現在国際デザインコンクールの審査結果は11月中旬には発表され、そこで決定した大きなデザインの構想に従って今後の作業が進められる。
・同構想のコンセプトは、「日本人みんなが誇りに思い、応援したくなるような、世界中の人が一度は行ってみたいと願うような、次世代スタジアムをつくろう。」だ。
・具体的には、開閉式の屋根がある、収容人数8万以上、世界最高のホスピタリティ、バリアフリーアクセスといった要素を備えたスタジアムを作れれば、ということで構想の検討が進められている。
【その他】
意見交換では、来年9月の開催都市決定に向けて、省庁間の壁を越えた、スポーツというくくりでの協力や、ロンドンオリンピック・パラリンピックを経験した在ロンドンの大使館・政府系金融機関の協力のあり方等について議論が交わされました。
「Place Branding」(地域のブランド化)
2012年9月17日(水)14:00~15:30
講師:Mr. Keith Dinnie, Senior Lecturer,International Marketing NHTV Breda University of Applied Sciences,The Netherlands
於:クレアロンドン事務所 会議室
日本国内の各自治体が様々なかたちで地域の「ブランド化」に取り組まれている中、国外からみた「ブランド化」の考え方や手法、また日本の自治体が海外に向けてどのような「地域ブランド化」に取り組むべきかについて、“Nation Branding(国家のブランド化)” “City Branding(市のブランド化)”など地域の「ブランド化」に関する執筆を多数手がけておられるオランダNHTVブレダ大学のキース・ディニー(Keith Dinnie)氏にご講演頂きました。
氏はかつてテンプル大学の准教授として日本にも在住され、日本の地域の実情もご存じでいらっしゃいます。御講演の概要について次のとおり報告します。
【総括】
○地域は様々な地理的単位でブランド化することができる
・地域のブランド化を進める際に、明確なブランドを確立することが望ましいが、国、地域、市町村など、どの単位に収斂させるかという点が大切な部分である。
・一方、「公園」「森」「川」「畑」「ストリート」などもブランド化することができる。
・要は人の想像力の問題である。例えば東京や京都などは海外の人にも「日本」とわかるブランドとして確立しているが、そうでない地域では「日本」などとどう結び付けるかを考えるべきである。
・自分(ディニー氏)の出身である英国スコットランドでも、エディンバラ市は単独でも売って行けるが、グラスゴー市は「スコットランド」と結び付けて売っている。
○何を売りとするか
・「観光」「投資」「輸出」「教育」「食べ物」「文化」「スポーツ」など分野別のブランド化も可能である。
・例えばギリシャを見れば、「観光」では今なお強力なブランドであるが、「投資」先としてはダメである。
・日本は食べ物、輸出などでは優れたブランドを確立している。
【国のブランド化】
○誰が「ブランド化」を担うべきか
・自分が東京にいた当時、ある国の大使館の2人の職員と話をした。1人は自分の国のブランド化についてほとんど考えていなかったが、もう1人の経済担当者は非常に詳しく語ってくれた。属人の資質や関心による場合が多いのが現実である。
・政治家であり首相などトップリーダーであるべきとの考え方もあろうが、そうした人達は忙しいし、大抵の政治家などはブランド化の重要性を理解しているとは言い難い。
・キャメロン英国首相は「グレート・ブリテン・キャンペーン」をやっているが、彼は広報を専門にしていた経験もあり、例外的である。表面的な広報をしているだけとの批判もあるが、良くやっていると自分は思う。
・韓国のイミョンバク大統領は経営者だっただけあり、うまくやっている。
・大使の中には地元の人と交わるのを好まず、外交関係者とだけ交わるような人もいるが、自分が東京にいた時のクロアチア大使は積極的な人で、文化的知識も幅広く、様々な取り組みをしていた。
・ブランド化は政府がすべきか民間がすべきかという議論もあるが、自分は政府がある程度前に出てやるべきであるとの意見である。政府は民主主義で選ばれた組織であり、正統性はある。一方、民間では同業他社との競争もあり、なかなか「ブランド」としてまとまりにくい面もある。
・ただ、三菱、トヨタ、ソニーなど日本企業はブランドとして確立されている。例えば欧米人が電気製品を買う場合、同じものでも日本製は高く、韓国製だと安いのが当然と感じる、ということが調査結果として出ている。今は日本製品の方が信頼を得ている。事実、自分が6月にロンドンへ来て無料の夕刊紙イブニング・スタンダードを手に取ったところ、サムスンを「日本企業」と誤記していた。これなどは日本が優れた製造業のブランドとして認知されている証でもある。サムスンには気の毒だが、これは日本にとっては良いこと。
○政府が国家戦略として持つブランド化の方向性と、民間が持つブランド力、そして地方自治体、市民やNPO、海外移住者などを活用していくことも重要である。
・観光については日本は欧州ではまだまだできることがある。
・自分が東京の大学で教えていた時には日本は商売がしづらい国だとよく聞かされた。日本人は「自分の国を自慢する」ということを好まないということもその原因である。しかし、同じく自慢を嫌うカナダやスコットランドのような国ですら大いに「自慢」をしている。
・自分の国や地域の自慢をすることは政府の仕事ではないという考え方もあるだろうが、そのような考えには自分は与しない。
・たとえばデヴィッド・ベッカムなどは単なるサッカー選手というよりはセレブの1人として英国のブランド化に大いに貢献していると思う。
・作家の村上春樹氏は日本における国際的な人材の象徴的な存在であるとともに、文化的な影響力を持つ存在である。読まなくても彼の本を書棚に飾っておくだけの人もいる。今年、国際交流基金賞を受賞したが、これは日本の政府関係機関による非常にいいブランド化だと思う。
・一方で、英国(スコットランド)において、サッカーの中村俊輔選手が活躍していたときに、日本はブランド戦略を実行できていたかというとそうではなかった。所属していたセルティックがヨーロッパ・チャンピオンズリーグで人気チームのマンチェスター・ユナイテッドと戦った時に決勝ゴールを挙げた。中村選手自身が謙虚な人でメディアへの露出を好まなかったということがあるだろうが、日本にとっては機会損失である。
・今はマンチェスター・ユナイテッドに香川選手がいる。既に得点も決めた。新たなチャンスだと思う。今回はどうなるか、注目している。
・中村選手については、同様にセルティックもチームとして日本への売り込みをしていなかったのはもったいない。中村選手のケガをおそれてあまり日本へ出したがらなかったとも聞く。極めて近視眼的な対応だったと思う。
○日本のブランド力強化のための提案
・今後日本がブランド力を強化するためには、以下3点が必要ではないか。
①国家戦略としてのブランド化をもっと活発に行うこと。
②輸出産業で得ている高い評価をツーリズムや投資誘致の分野に落とし込んで行くこと。
③日本の強みであるソフトパワーの側面を強化していくため、さらに文化外交に投資していくこと。
【地域のブランド化】
○地域のブランド化を進めるに当たって大切なこと
次のような点を明確にしながら進めることである。
・地域のブランド化戦略の効果をどのように測定していくのか
・他の競合相手と比較した場合に自己のブランドはどのような状態にあるのか
・誰が責任者としてハンドリングしていくのか・
・地域全体の総合的なブランド化と部分的な(商品や)ブランド化との連携をどう取っていくのか
○国のイメージと地域とをどう結びつけるか
・日本と日本の都市はつながっている。中村俊輔選手で言えば横浜(現在所属しているマリノス)との関係。
・東京・京都は誰でも知っているが、それ以外の都市はどれだけ知られているか。世界に出てしまうと、大阪ですら、名前は知っていてもどんなところか説明できない人がほとんどだろうと思う。札幌については、自分は非常に一生懸命取り組んでいる起業家に出会ったことがあるが。
・都市や地域がどういうイメージとつながるかは重要である。国の例になるがスペインは美しい女性のイメージの一方、一日中踊ったり呑んでいる男性というイメージである。これに対しポルトガルはミステリアスだと思われている。「ミステリアス」というのは重要である。
・ワインなどとつながっている地域もある。山梨などは欧米のジャーナリストを呼んで宣伝すると良いと思う。
○地域のブランド化の例
・アムステルダムの場合。公園に「I amsterdam」というロゴのコンクリート製モニュメントを置いている。I am とAmsterdamを引っかけたものだが、訪問者の多くを引き付けており、それなりに成果を上げている。
・バルセロナの場合には”Vicky Cristina Barcelona”(注:邦題「それでも恋するバルセロナ」)という名前の映画にお金を出して宣伝をしようとしたが、そんなことにお金を使うのか、という議論になった。あまりうまく行かなかった例の1つである。
・ソウルが行った「アジアの魂(ソウル)」という宣伝はsoulとSeoulを引っ掛けたもので言葉の面でも面白いしカラフルで効果があったと思う。
・「イメージの再構築」という手法もある。ニューヨークなどは治安対策に力を入れ、犯罪都市のイメージを返上しつつあるが、これは自分などは80年代には全く想像できなかったこと。
○地域のブランド化を行っていく上で、次の点が重要である。
(1)発すべきメッセージは何なのかを明確化すること
(2)それをどう表現するのか(どのようなトーンで、どのようなコミュケーション手段を使うか)を戦略的に考えること。
・DVDで和食を紹介しているビデオを見たことがある。自分は和食が好きであり楽しみに見たが、内容が子どもっぽかった。最後に「感想はどうでしたか?」となっていた。これではうまく行かない。
・ターゲットによって手段を使い分けることも重要である。たとえば英国では、シニカルでドライな表現の方が好まれる。
・大きな企業などではこの辺を慎重に使い分けている。
○地域のブランド化で見られがちな課題
・焦点が絞れていない(真にグローバルに通用するものは限られる)
・政治家の無関心(外国の人は投票してくれないので)
・内部の連携不足
・事前の情報収集が不足し、ターゲットはどんな人達なのかを理解しないまま進めてしまう
・地域特性に重点を置きすぎ、ターゲットとなる人達がどんなことに価値を置いたりどのような信念を持っているかに十分関心を払わない
○地域ブランド化とはスローガンやロゴを作って終わりではない
・フランスのIFA(注…Investment in France Agency)運動ではビジュアルのブランド化や広告が含まれた
・ターゲットとなる人達の間の顔の見えるやりとりに力がより割かれた
・市民も「大使」として地域ブランド化運動に参加
・ブロガーやフェイスブックの活用も考えられるだろう。
・地域の特産品のプロモーションを行う際には、その特産品を通じて地域をどのようにブランド化していくかということと同時に、国内市場だけではなく、将来的に国際的にどう飛躍していくかということを考え、戦略を練っていくことが必須である
○市民アンバサダーの活用
・地域住民を「アンバサダー(大使)」として巻き込むことで、住民が地域に対して誇りを持つことにつながり、地域から発するメッセージも生き生きとしたものとなる。
・アンバサダーには、「市民アンバサダー」「ビジネス・アンバサダー」「セレブリティー・アンバサダー」などのカテゴリーごとに任命してもいいのではないか。
・地産地消や地域ブランド戦略の理解も進む。
・地域住民のアイデア、創造性、知識やネットワークを生かすことが重要。
○終わりに
・自分はこうした日本の地域ブランド化に関する取り組みを是非世界に紹介したいと思っており、今後本にしたいと思っている。
地域ブランド化に関心のある自治体があれば是非自分に声をかけていただきたいと考えている。
※
キース・ディニー氏は日本の地域のブランド化に強い関心をお持ちです。氏へのお問い合わせやご相談がある場合は、当事務所にご連絡ください。当事務所より氏にご連絡させていただきます。
Mail:mailbox@jlgc.org.uk,
TEL: +44 (0)20 7839 8500,
Fax:+44 (0)20 7839 8191
(日本との時差マイナス9時間)
【質疑応答】
Q.JET経験者を地域のブランド化に活用することについて
A.貴重な財産だし、英語での情報発信ができるのだから、是非活用すべきである。自分自身も日本に住んだことがあり、日本を宣伝したいと思う一人であるが、おそらく同じ思いを持っている人が多いのではないか。ただし、一人ひとりがボランティアとしての立場ということであれば、誰かが明確な戦略を持っていなくてはならないと思う。
Q.日本の地域の英語での広報等に対してどのような意見・アドバイスを持っているか
A.素晴らしいものも多いが、政治や行政のリーダーがどこまで関心を払っているのかという面には疑問もある。それと、どのような方法ですべきかについて十分な検討が必要である。例えば沖縄県がロンドンでイベントをやっているが年に一日だけではもったいない。もしレストランで沖縄料理を毎日提供していればプレゼンスが全く違ってくると思う。英国における取組みとは違うが、マレーシアは、国家戦略として東京・銀座にレストランを経営し、マレーシア料理の普及とブランド化を実践している。これなどは良い成功例だと自分は思う。
2012年09月07日
スピーカーシリーズ 「英国の情報通信事情」
日時:2012年7月18日(水)14:00~16:00
講師:一般財団法人マルチメディア振興センター 所長 柴﨑 哲也 氏
場所:クレアロンドン事務所 会議室
日本の地方自治体における電子自治体の取り組みは、ツイッターやフェイスブックといったソーシャルメディアの普及もあり、これまで中心であった基盤の整備からその利活用といったソフト面へと重心が移ってきています。
当事務所では、そうした日本の自治体の取り組みの変化も踏まえ、情報通信の国際業務及び英国・アイルランドの情報通信の政策動向の調査を担当している一般財団法人マルチメディア振興センターの柴﨑所長より、英国における「情報通信事情」についてご講演いただきました。柴﨑様によるご講演のあと、ご参加いただいた在英国日本国大使館やその他日系機関の参加者のみなさまと意見交換を行いました。その概要について報告します。
【英国デジタル「利用」の先進国である】
英国は、インターネット普及率が8割を超えており(2011年)以下の3つの項目とともに以下4つの項目は、調査時においてG20中で首位である。
①インターネット経済のGDPシェア(8.3%日本4.7%,4位2012年)
②Eコマースの小売購入額に占めるシェア(23.5%、日本:4.3%,2010年)
③オンライン広告が広告総支出額に占めるシェア(28.9%、日本21.6%,2010年)
また、以上の割合は今後も増加していくことが予想されており、英国はデジタル利用の先進国であるといえる。
【インフラ中進国である英国】
一方、インフラについては、「中進国」といえる。光サービス等の超高速ブロー
ドバンドサービスは2010年にサービスが開始されたばかりであり、ブロードバンド利用の約80%はまだDSLを利用している(日本: FTTH(光ファイバー)約55%、ブロードバンド約28%)。
民間主導の整備の結果、都市部と過疎地域の地域間格差は依然大きく、3G回線(高速の携帯電話用)の普及も日本より遅い。ただし、日本はいわゆるガラパゴス携帯の普及という特殊事情があり、英国においてもこの2年ほどで一気にスマートフォンが普及している。
【現保守党・自民党連立政権のICT関係施策】
2010年5月に発足した連立政権は、大きな政府へのアンチ・テーゼとして大きな社会(Big Society)を掲げ、中央政府が社会経済活動を隅々までコントロールするのではなく、国民・企業・地域社会の自立参画を求めている。
その中で情報通信の政策としては特に行政手続のオンライン化、情報公開の徹底、
ICT調達の合理化により実現することを目指している行政サービス改革があげられる。
政府では前の労働党政権の時代から行政サービスを100%ネット上で受けられるようにすることを目指しており、既にそれを実現した。また、行政サービスのオンライン化を通じて、行政の効率性および公平性の確保が期待されている。
また、政府のICT関連調達については、高度な知識が求められることから新しい窓口を設置し、全省庁が新調達方式へ移行することで2012年度末までに調達コストを130億ポンド(約17兆円)、25%の削減を目標としている。
また、調達に対する中小企業の参入促進を図ることなどを目的とした「CONTRACT FINDER(http://www.contractsfinder.businesslink.gov.uk/)」というウェブサイトを公開している。全省庁の政府調達について一度に検索することができるため、入札を行いたい業者側が自由にそしてより簡単にアクセスできる。
また逆に、「Gクラウド」というシステムもある。これは、業者側が売りたいものを事前に登録しておき、行政側が必要なものが生じたときに、そのサービスを登録されているものから選択していくというものである。これにより、行政の側も一からソフトの作りこみを委託し莫大な費用を負担するというようなことが無くなっている。
「CONTRACT FINDER」による業者側からみたアクセスビリティの向上にも目をみはるものがあるが、「Gクラウド」はまさに調達の逆転の発想でコスト削減を図っている。
【その他】
意見交換では、ICT行政サービスと個人情報の保護のバランスや、「なりすまし」をどう防止するかなどの質疑応答が行われました。
また情報セキュリティについて、英国では国家防衛という観点から国防省が担当しており、「Cyber Defense Security Strategy」を作成しているなど強力な体制をとっている一方で、自由主義国家として、ネットの利用について、国が一定の方向性を決めてしまうことへのジレンマも抱えているとの指摘もありました。
日本では、社会保障・税にかかわる番号制に関する議論が活発に行われており、ICTサービスの基礎となることも期待されています。カウンティ毎の自動車の反則金の納入などもネット上で行うなど、行政サービスの電子化の面では一歩先を行く英国から学べるところも多くあるということを実感しました。
2012年07月03日
スピーカーシリーズ「英国における日本食品事情及び関連するEUの輸入規制」
日時:2012年6月20日(水)14:00~16:00
講師:ジェトロ・ロンドン事務所 山田貴彦 氏
場所:クレアロンドン事務所 会議室
各地方自治体にとって、海外に於ける経済活動の重要性が高まる中、クレアロンドン事務所では、講師にジェトロ・ロンドン事務所山田貴彦氏をお迎えして、「英国における日本食品事情及び関連するEUの輸入規制」と題し、英国やEU域内における日本食品の可能性やEU圏内における輸入規制のお話をいただきました。
山田様によるご講演のあと、ご参加いただいた在英国日本国大使館やその他日系機関の参加者のみなさまと意見交換を行いました。その概要について報告します。
【英国関係】
・原発事故以降、英国の対日食品輸入量・額の対前年度比率は減少傾向にあった。
・しかし、その後回復し2011年8月以降は前年並みで推移してきている。
・欧州における日本からの輸入は、フランス・オランダ・ドイツ・英国が主要国であるが、この主要国からEU域内各国に流通しており、輸入量=消費量ではない点に留意が必要。
・英国消費者動向のトレンドは、①消費支出総額全体は大きな変化はないが、②外出を控え、③外食時のアルコール摂取が顕著に減ってきている。経済情勢が良くない中(成長率は低いがインフレ傾向)、ぜいたくを控えている。
・2012年の英国における食のトレンドは、「健康志向」「ほんの少しのぜいたく品」「簡便性」がキーワード。
・2012年に実施された「好きな外国料理」調査では、アジアの主要料理(日本、インド、中国、タイ、韓国)の中で、インド料理(38%)、中華料理(39%)、タイ料理(13%)についで日本料理(8%)がランクされている。5年前では2%であったことから、日本料理へ人気は大幅に伸びてきている。なお、タイ料理の人気が高いのは、2005~2006年にタイ政府が民間企業とともに戦略的に浸透を図った結果であり、英国内のパブではタイカレーが気軽に食べられるほどである。
・日本料理に対するイメージは、「健康的」が一位であり、「美味しい」「バランスがいい」がこれに続いている。
・日本食に対する英国内の主な需要者層は、①ロンドン市内(ロンドン市内と地方では浸透度に差がある。)、②比較的所得の高い層である。ただし、これら以外の層にも日本食に対する裾野が広がっている模様。寿司に関しては庶民派スーパーでも販売されており、その売上額もテスコでは寿司がサンドイッチを上回るなど他の日本食と比べて突出して浸透。
・寿司以外の日本食としては、日本人にとっての大衆食(ラーメン、焼きそば、カレー、うどん等)の人気が高まってきているのも特徴。
・英国は、使用言語が英語であること、多様な価値観に対する寛容性があること、旧植民地を世界に持っていたことによる情報発信能力の強さがある。
・また、英国をはじめとする欧州におけるトレンドが日本を含むアジア等に対して大きな影響力を持つことを踏まえると、あらゆる方向性に展開できる可能性がある。
【EU規制関係】
・英国を含むEU圏内は、基本的にEUが設定した枠組みの中で輸入を行っている(実際は国により現場により、微妙に運用が違っている面もあるのが実情。)。
・食肉・動物由来製品の輸出については、EUへの輸出を許可した「EU域外国・地域リスト」(=第3国リスト)に日本が掲載されていないため日本からの輸出は不可能。
・水産物・水産物由来製品は、EUにより認定された施設で生産・加工された輸出物については、衛生証明書を付した上で輸出可能。
・遺伝子組み換え食品については、日本より厳しい基準を持っている。
・生鮮品に関しては輸送に時間がかかることや、放射性物質のチェックの関係もあって通関に日数を要する場合もあるため、送ってきても税関を出るまでに鮮度が低下してしまうという問題もあり、条件は厳しい。成功する可能性がより高いのはやはり加工品ということになる。
(※ 規制に関しては、2012年6月20日現在の情報です。常に最新の情報をEUやジェトロなどのHP、最寄りのジェトロ国内事務所等で確認してください。)
【食品見本市関係】
・欧州において各種の食品見本市が実施されているが、JETROがジャパンブースを設置する予定のものは以下のものとなる。
○IFE(2013/3/17~20、奇数年の隔年開催)
開催地 :イギリス(ロンドン)
展示数 :1,200
取扱食品:食品全般
備考 :イギリスで最大の国際食品見本市
○SIAL(2012/10/21~25、偶数年の隔年開催)
開催地 :フランス(パリ)
展示数 :5,833
取扱食品:飲食料品全般
備考 :フランスで最大の国際際食品見本市
○ANUGA(2013/10/5~9、奇数年の隔年開催)
開催地 :ドイツ(ケルン)
展示数 :6,596
取扱食品 :飲食料全般
備考 :ドイツ最大の国際食品見本市、出展者にとりビギナー向けの見本市
※ 各見本市では、ブース出品料の助成が受けられる場合がある。
JETROでは現在、SIALの出品者を募集中(~2012/7/13まで)。詳細は下記アドレスをご確認ください。
(http://www.jetro.go.jp/events/tradefair/20120622300-event)
今回の講演において、講演者ご本人はもとより、他機関から参加頂いた皆さんからも、英国内で商品を売り出すために欠かせないものは、輸出する(日本)側の意欲であるとの指摘をいただきました。
販路開拓は当然のこと、売る際には商品の食べ方や使用方法について現地の人たちに効果的に説明し、また表示ラベルも英語表示にするなど細やかな対応が必要になってくる。その時に、どこまで対応できるのかというのはひとえに売り出す側の熱意と意欲にかかっているとの指摘は、大変印象的でした。
【参考HP】
・英国ロンドンを中心とした日本食品マーケティング調査(2012年3月)
http://www.jetro.go.jp/world/europe/uk/reports/07000931
・欧州の日本食品市場、震災から1年後の現状(2012年4月)
http://www.jetro.go.jp/world/europe/uk/reports/07000911
2011年10月24日
スピーカーシリーズ「農山村再生の課題―日本の論点:日英比較―」
1 テーマ:「農山村再生の課題―日本の論点:日英比較―」
2 日時:2011年10月3日(月)10:30~12:30
3 講師:明治大学農学部教授 小田切 徳美(ニューカッスル大学農村経済センター・客員研究員)
概要は下記のとおりです。
<日本の農村の現状>
1.21世紀以降の日本の農村部を取りまく状況
人(過疎化、人口流出)、土地(耕作放棄)、ムラ(限界集落)の3つの空洞化が進捗している。
これら現象面で空洞化の帰結として地域住民がそこに住み続ける意味や自分の住む地域とその文化に対する誇りを喪失する「誇りの空洞化」が進んでいる。
「誇りの空洞化」は英国人には理解できない概念である。この住民意識は、政府や行政がどれだけ対策を講じても、解消できるものではない。むしろこれらが原因となって、施策が効果を発揮できない。
そのうえ、地方に仕事がないため、東京への一極集中が進んでいる。
2.集落「限界化」のプロセス
人口減少の初期は、かえって住民間の結束が高まり集落機能が強く保たれるが、限界点を突破するとあっという間に保てなくなる。
サービス提供主体が経営を維持できず撤退する、寄合などコミュニティ機能が継続できず、消滅してしまうなどして、地域が集落として機能しなくなる。集落機能が失われても地域が無人になるわけではないため、様々な問題が残る。
3.市町村合併の影響
市町村合併が進み、そこで生まれた大規模な地方自治体にとっては、周辺部にある自治体内の「農村」の存在が見え辛くなっている。結果として、従来はきちんと認識されていたそれらの地域が抱える問題が認識されにくくなっている。それは農山村の制度的「周辺化」(経済的周辺化→制度的周辺化)と言えよう。
政府にとっても、分権改革による補助金の削減により、補助金申請に付随して県、国に集まっていた地域実態情報が減少し、農山村の実態が「霞ヶ関」に知られなくなってきたことも指摘できる。
<農山村再生の課題―新しいコミュニティと新しい経済―>
1.新しいコミュニティの構築―「手作り自治区」の提案
こうした行政の目の行き届きにくくなった集落を如何に運営していくかの鍵となるのが、農山村の新しいコミュニティ「手作り自治区」であると考えている。
手作り自治区とは、文字通り、住民の手の届く範囲での、協同組合的な活動で、集落の自治機能を担いながら、売店やガソリンスタンド、特産品開発・農村レストランなどのコミュニティを支えるための経済活動も行うもの。集落・町内会が地域資源保全を目的とした「守り」の自治組織であるのに対し、手作り自治区は「攻め」の自治組織で、集落・町内会を代替するものではない。集落・町内会と手作り自治区の重層的組織の構築が課題。
2.新しい地域産業構造の構築
追加所得要望を世帯単位ではなく、個人単位のアンケートによって調べると月数万円という数字が出て来る。それを年間所得に直せば、36~60万円程度であり、決して実現不可能な水準ではない。女性、高齢者の手で行える小さな経済活動で実現できるものであろう(「小さな経済」)。しかし、それにはそれを支える「小さな資金循環」(地域密着型金融-コミュニティ・ファンド)が必要となる。また、そうして生まれた「小さな経済」を安定化させるためには、商品を地域ブランド化ことが必要で、それには若者の協力が必要であり、若者を農村部に呼び込む原動力になる。
地域資源活用型から地域資源保全型経済(環境や伝統文化などの地域資源を守り継承していく、ブランド化する)へ移行することが重要。都市住民は環境保全などに関心が高いため、資源「保全」は有力な武器になる。
マーケティングに重要なのは、「物語」。商品の背後にある伝統文化や作り手の姿勢などの物語に対する消費者の共感があって、商品が動く。(共感形成型産業)
ファームステイ、グリーンツーリズムなど、都会と農村部の交流をサービスとして提供する。所得形成機会であると同時に、参加当事者双方にとって人間的成長の機会となる。現地で得られる体験や人的交流が観光の対象となれば、来訪客のリピーター率も上がる。
グリーンツーリズムは「誇りの空洞化」対策に大変に有用である。農山村の住人が、自分たちにとって当たり前のもの(美しい自然、美味しい食材と伝統料理、手仕事)を、地域を訪れた都会人に素晴らしい物だと評価されることで、地域の素晴らしさを再認識し、誇りを取り戻す。これを「都市・農村交流の鏡効果」と呼びたい。
<英国の状況>
1.英国の農村
英国の農業環境は先進国型(先進国において、農林水産業が国民経済に占めるシェアはどこも1%前後)で、日本とそれほど隔たっていない。
大きく異なるのは、国土利用。国土が比較的平坦な英国において、国土における農用地のシェアは実に70%を超え、その中の65%は永久放牧地など、手を入れなくてもよい土地。市街を離れれば、豊かな草原が広がっており、国民の中に「原風景」として農用地がある。これが農業に対するポジティブイメージの形成に大いに役立っている。
一方、日本の国土の原風景はと言うと、強いて言えば森林である。そのため、林業に対しては全体として国民の好感情が向けられているが、農業については「甘やかされている」等手厳しい意見が向けられがちである。
2.英国と日本の農業の対比:風景の違いが産む「農村観」
農業革命により、農村共同体を徹底的に破壊した英国では、牧畜が盛んなこともあり、「囲い込む」農業が主体で会って、その私経済性は強い。一方、日本の農業は、稲作にとっては水利が重要であるため、同じ水源を利用している者のコミュニティとそれにより支えられるコモンズが残存している。
1.のとおり、英国の農村景観の主要要素は農用地のうち耕地でない永久放牧地である。街を少し離れると長閑に広がる豊かな緑地が農村景観・農村環境に対する国民的関心を生み、環境農業政策に対する後押しとなっている。一方、英国農業はEUの中でも平均農用地面積が大きいため元々国際競争力を意識する考えも農業政策サイドには根強く、特にイングランドではより効率的な農業への指向性もある。これらが重層的に合わさって、英国の農業・農村政策が形成され、EC及びEUのCAPにも影響を与えた。
<英国の農村再生を巡る諸要素>
1.Counter-urbanization(逆都市化)
1970年代より、欧米圏では都市から農村への人口還流現象が進んだ。農村での生活を望む層は環境意識が強く、環境問題に強い関心を抱いているため、農村での環境農業政策に強いプレッシャーを与え、環境保全が進んだ。また、流入者はもともと農業以外のスキルを持つ層であるため、農村部で農業以外の事業を立ち上げ、農村経済の新しい基盤を築いた。農村部の新しい経済基盤とは何も農産品を都市部に売り込むことだけではない。農村の住人を対象とした新たなサービス(パブ、理髪店、カフェなど)を提供することも立派な農村経済の活性化の一つである。これら農村マイクロビジネスのひろがりにより、「多様な(経済活動が行われる)農村」が成立した。農村は必ずしも農業だけに拠ってはおらず、すべての農村はそれぞれ異なった特徴、個性を持っている。
2.ガバナンスの問題(地方自治体の立場)
英国における地方自治体の役割は日本のそれよりはるかに限定的である。英国の自治体は、日本人が自治体と聞いてイメージする「総合的行政主体」にはほど遠く、またそれを目指してもいない。日本においては、「ガバメントからガバナンスへ」の掛け声で、地域運営の主体を自治体単独から多様な団体(住民団体、NPOなど)による共同運営へ移行するためにガバナンス先進国である英国に学べ、という声をよく聞くが、英国がガバナンス先進国であるのは、上述の通り英国においては自治体の役割が限定的だからであり、多様な主体に拠るガバナンス以外に地域運営を行うための手段がないのが現実だからである。
英国では、過去に農村コミュニティが徹底的に破壊されたため、農村社会に日本のような関係性の濃いコミュニティはない。新しい政権は「大きな社会(Big Society)」という政策を掲げてコミュニティ構築に勤しんでいるのは、そのことを背景としている。
<英国における農村再生の方向性>
これまで、内発的発展(地域内での自給自足、内需拡大による経済活性化)が地域経済維持のポイントとされていたが、グローバリゼーション下では「幻想」にすぎない。発展のためには外からの新しい発想が必要である。
都市から流入してきた層によって逆都市化が進んでいる農村では、流入層の持つ外部とのつながりによって、人的資源の成長が促され、Capacity Buildingが進んでいる。これをニューカッスル大学農村経済センターでは、「ネオ内発的発展」と定義づけている。
「ネオ内発的発展」の具体策の一つが、EUの農業政策の一つである「LEADER事業」である。「LEADER」とは「農村経済の開発のための活動連携」の意味で、いまやEU・CAPの4つの軸のひとつとなっている。
<日本への適用・教訓>
日本と英国の農村の差異は、日本における、(1)自治体の強さ、(2)従来型コミュニティの存在にあったが、市町村合併により(1)が、過疎化・高齢化による「限界集落化」によって(2)が弱まるという英国化が、一部で、特に農山村地域では進行している。また、(3)日本でも兼業化、混住化により、農村は再多様化(画一化は「稲作化」によるものであり、明治期までの農山村は元来多様)し、英国の農村部で非農業従事者が増え、経済の態様が多様化していることと対称関係にある。
以上から、総じて英国農村の挑戦は、日本の農村にも当てはまると言えるが、依然、決定的な相違点として国民の農村観が残る。
英国において、農村、田舎に対するイメージは常にポジティブで、国民の関心も高いが、日本人の中には様々な経緯から、農村、農業への関心が薄く、また時にはバッシングの対象となる。国民の中に農村、農業に対するポジティブイメージをどう醸成していくかは、農業・農村のみならず、日本の新しい社会を切り拓くカギの一つである。
2011年02月28日
スピーカーシリーズ「From Parliament to Whitehall to Town Hall」
1 テーマ:「From Parliament to Whitehall to Town Hall」
2 日時:2011年2月10日(木)14:00~15:30
3 講師:Professor David Cope(Parliamentary Office of Science and Technology, Houses of Parliament)
概要は下記のとおりです。
Cope教授は、発電・エネルギーの専門家であり、国際的なエネルギー機関や調査機関での勤務のほか、日本に滞在しエネルギー・環境関連の研究に従事した経験を持つ。
<政府と科学の関わりについて>
・1662年初の科学アカデミーが開設された。
・かつて政府は、研究の結果である発明に対し、賞金を提供していた時代があるが、研究そのものに対し資金を提供するようになったのは20世紀初頭からである。
<POST(Parliamentary Office of Science and Technology)について>
・国会は政府に対し政策について説明を求める場であり、常に政府の動きに注視している。
・POSTは小規模な理事会により運営されている組織である。スタッフは政府について批判的な発言を行った場合も免職されることがないよう、政府職員でない。下院と上院の間には、明確な境界線が存在するが、POSTは両者により設立された異色の機関である。
・国会の「目」「耳」としての役割を受け持ち、国会が長期的な問題について検討する際の補助的役割を果たすとともに、将来の成長見込みについて、科学的な予想を行っている。
・近年行った大規模な調査として、「原子力発電所に対する攻撃のリスク」が挙げられる。また、地方自治体に関係する調査は都市問題場多いが、例えば「チューインガムの粘性」が挙げられる。
・専門家及び一般の人々を対象としたレポートを発行し最新情報を提供する、様々な問題について一般市民の議論を促すことも重要な役割である。
・今後も長期的な問題に対する研究を継続し、国会議員の英国で発生している事象に対する理解を深めるよう努めていきたい。
2011年02月04日
スピーカーシリーズ「「子ども・子育て新システム」論議に関するメモ-日・英・瑞比較を通じて-」
1 テーマ:「「子ども・子育て新システム」論議に関するメモ-日・英・瑞比較を通じて-」
2 日時:2011年1月25日(火)14:00~15:30
3 講師:新潟県立大学国際地域学部 准教授 高端 正幸様
概要は下記のとおりです。
<子ども・子育てに関する日本の現況>
・日本は総給付額が少ないうえに、現金給付が多い。また、年金や医療給付が大きく、家庭向けの給付が少ない。→少子化の進行が止まらない(出生率:1970年2.13→2008年1.37)が、スウェーデンやフランスのような子育て支援が充実した国は回復している。
・日本における女性の就業率は、他の先進国と比べて実は低くないが、子供が低年齢の場合低くなる(いわゆるM字カーブが出現する)のが特徴である。これは、そもそも就業率の男女差がない北欧では見られない傾向である。
・以前は女性の就業率が高いほど出生率が低かったが、世界的には近年逆の傾向にある。しかし日本は女性の就業率が高いものの、未だに出生率が低い。
・ひとり親家庭では、子供を持つことが貧困をもたらす。原因は、公的な家族・子育て支援向け支出が小さいことにある。一方北欧では現物サービスの割合が大きく、一人親家庭でも貧困率が低い。
<日本における子育て支援施策の主要課題>
・保育サービスの量的不足。
・共働きの一般化など、「男性稼ぎ手モデル」の実質的崩壊に対応できていない制度・政策。
・育児休業取得率の低さ、育児休業取得時に給付される手当の低さ、労働時間の過多、不規則労働の増加
<子ども・子育て新システムに関する議論>
・改革案のポイント:保育を含む子育て支援の諸財源を一本化・包括交付金化し、児童数など需要指標に基づき市町村へ交付。運営費補助等を公私統一する。認可外のサービス主体や多様な保育サービスを給付対象に含める。
・地域集権主義改革との関係:人員配置・面積・施設要件などを、国による「参酌基準」提示とし、具体的な用件は都道府県条例により決定する。現物給付に係る負担金・補助金は原則一括交付金化し、「子ども・子育て包括交付金」とする。
<スウェーデンの分権型システム>
・保育サービスを必要とする全ての家庭に対し提供される。
・保育サービスは市町村事務であり、国が提示した要項に基づき、人員・面積等要件を市町村が独自に設定し、事業者を認可する。
・保育サービス関連の特定補助金は、保育料上限設定に伴う収入補てんのみ。
・サービスの質が確保されており、地域間格差はない。これは地方財源の豊富さ、民主的統制(対有権者)が有効に働いていることによる。
・公立・私立間でサービスの質に差はない。公私ともに同じ基準で認可され、市町村による監督、賃金も公私同水準である。保育セクターの労働者は、公立・私立とも同じ労働組合に所属し、同時に賃金交渉を行う。(日本では私立はパートタイム労働者が多く、賃金も低く抑えられている)
<イギリスの集権的システム>
・所得階層間のサービスへのアクセシビリティに格差がある。保育サービスは子どもの貧困対策としての性格を有しており、母親の就労促進とのリンクしている。
・サービス供給における公的部門の役割が小さい。民間事業者の増加で量的拡大に貢献しているが、多様な需要への対応には課題がある
・財源供給は集権的・分断的・一時的である。補助金は開始から一定期間後にはフェードアウトし、自立を求められる。
2010年10月29日
スピーカーシリーズ「New game; new rules…delivering public services 2010 and beyond」
1 テーマ:「New game; new rules…delivering public services 2010 and beyond」
2 日時:2010年10月18日(月)14:00~15:30
3 講師:Mr Aidan Rave(Director of Consulting and Interim, Pinnacle PSG)
概要は下記のとおりです。
Rave氏は、ドンカスター氏の副市長など地方自治体で勤務した後、現在地方自治体から委託を受け公共サービスを提供する民間企業に勤務している。
<英国の公共サービスと外部委託>
・英国は世界で最も公共サービスの外部委託が進んだ国の一つであり、この市場は年3200億ポンドを超え、GDPの6%を占め、120万人の雇用を生み出している。現在、この数字がさらに増加するか減少するか、また現在の状況が好機であるか否かということに関して大きな議論が起こっているが、どちらもあり得ると考えている。
・地方自治体は物品購入とサービスの提供に年間1000億ポンド以上を支出している。Business Service Association(民間・公共両部門に対し外部委託でサービスを提供する会社の代表)の調査によると、外部委託により10-30%のコスト削減を実現している。
・2010年支出見直し(Spending Review)において、地方自治体が大きな歳出削減を迫られることが明らかになり、後日その数字が27%に上ることが判明した。これは、誰もが経験したことがない規模である。
・また2012年は、高齢化社会が進む中、年金受給者が現役世代を上回り、福祉国家としての転換期を迎える見込みであり、地方自治体のサービス提供にも影響が出るものと思われる。
<政権交代後の公共サービス>
・前労働党政権は、公共サービスに多額の投資を行ったが、現連立政権の政策は現段階では不透明である。現在の経済情勢及び予算削減を考慮すると、何らかの変化は避けられないが、サービス利用者及び従来のサービス供給者からの反対、労働組合の抵抗や政治的圧力により、容易に実現できないだろう。
<今後求められるサービス>
・英国の公共サービス外部委託は成功であったと言えるが、今後は新たな挑戦が待ち受けている。
・単一的なサービスではなく、より多様なサービスと提供する必要がある。また、大きな社会(Big Society)との関係も重要である。組織をよりフラット化することにより、素早い対応を可能にし、消費者により近いポジションでサービスを提供する必要がある。
2010年10月13日
スピーカーシリーズ「地方自治体の海外における外客誘致の取り組み」
1 テーマ:「地方自治体の海外における外客誘致の取り組み」
2 日時:2010年9月27日(月)14:00~15:30
3 講師:日本政府観光局ロンドン事務所 所長 冨岡秀樹様
概要は下記のとおりです。
<日本政府観光局(JNTO)について>
・海外における観光宣伝、外国人観光旅客に対する観光案内その他外国人観光旅客の来訪の促進に必要な業務を効率的に行うことにより、国際観光の振興を図ることを目的として設立された独立行政法人で、ロンドン、パリ、ニューヨーク、ソウルなど世界13都市に海外事務所を持つ。
・Vision:インバウンド・ツーリズムの振興を通じて、「観光立国」の実現を目指す。
Mission:ビジット・ジャパン・キャンペーンに貢献し、2010年までに訪日外国人旅行者数1000万人を実現させる。
・主な事業活動
外国人観光旅客の来訪促進、外国人観光旅客の受入対策、通訳案内士試験の実施に関する事務代行、国際観光に関する調査及び研究、国際観光に関する出版物の刊行、国際会議などの誘致促進・開催の円滑化(MICE (Meeting, Incentive Travel, Convention, Event/Exhibition)の推進)。
<シンガポール市場について>
・2006年のシンガポール事務所開設時から約4年半、所長を務めた。
・シンガポールは小さな国であるため、約500万人の人口に対し年間約1000万人が国外を旅行している。特に日本は旅行先としてトップクラスの人気であり、人口比の訪日率は世界第4位である。
・四季、自然、テーマ―パークが人気である。また、現時点では北海道が人気である。これは、北海道や観光連盟がプロモーション活動を続けてきた成果である。
<JNTOシンガポール事務所の取組>
・シンガポール事務所開設から3年連続で、日本への渡航者が大幅に増加した。
・シンガポールの旅行業者協会であるNATAS(National Association of Travel Agents Singapore)が主催するNATAS Travel 2010(NATAS旅行販売フェア)にジャパンパビリオンを出展し、日本の地方自治体、自治体国際化協会、民間企業などがブースを並べた。日本の地方自治体は現地の旅行会社と一般客に、観光地としての魅力をアピールすることが目的で出展している。旅行会社が多数出展し旅行商品を売る場でもあること、旅行商品を購入するとスポンサーである保険会社などから特典を受けられることから、非常に多くの一般客が参加した。
また翌日日本の地方自治体と旅行会社の商談の場を設定した。
・その他に、ホームページやフェイスブックを活用したキャンペーン、日本の地方自治体との共同新聞広告、バスラッピング広告、地下鉄駅におけるメガ・ピラー広告、旅行雑誌「Escape」へ日本特集冊子の折込などを実施。
<地方自治体の取組>
・岐阜県、熊本県、旭川市では、観光や物産販売のためトップセールスを行った。シンガポールでは食が大切なアピールポイントである。
・北海道・北東北三県シンガポール事務所が一般向け観光情報の提供などを行っていたが、2008年3月に閉鎖された。閉鎖後、当該地域に関するJNTOへの問い合わせが30%増加した。
2010年09月09日
スピーカーシリーズ「公共調達における競争的調達と協調的調達のバランス」
1 テーマ:「公共調達における競争的調達と協調的調達のバランス」
2 日時:2010年8月25日(水)15:30~17:00
3 講師:明治大学公共政策大学院ガバナンス研究科 教授 北大路 信郷様
概要は下記のとおりです。
<協調的調達について>
・静岡県の行政専門アドバイザー、総務省契約監視会委員などを務めている。イギリスはモニタリングが厳しく、コストもかかり生産性が低下しているが、日本もこれに近づきつつあるといえる。どのような方法でコストを下げ、行政の質を上げることができるか解明することが、現在の研究テーマである。
・協調的調達を行う良い例として、同じサプライチェーンから長期に渡り安定的供給を受けているトヨタ自動車が挙げられる。
・協調的調達においては評価が重要であり、品質経営で判断基準を設定する必要がある。まず社員に品質経営の技術を習得させた後、同様の品質経営を調達先に求めることとなるため、内部でどれだけ徹底されているかが重要なポイントとなる。
<静岡県における改善の取組>
・日本の経営管理はほぼ民間企業での歴史であり、行政は最近取組み始めた。「改善・現場・方針管理」という言葉は英語圏でも使用されているが、中でも「改善」が最も重要である。またこのセットの作成に10年を要する。
・静岡県では、1993年に当時の石川知事が、支出削減ではなく生産性の向上に焦点を当てた取組を開始した。「ひとり1改革運動」は1998年から取り組み始め、2009年は年間15,722件と10年間で取組件数が3倍に増加した。これは毎日66件の改善に向けた取組が県庁内で行われており、職員一人当たり年間約2件の取組を行ったことに相当する。各自の端末からレポートすることが可能で、全職員が閲覧することができる。現在では、多くの職員にとって日常業務の一部となっていると言える。
・職員の改革意識の高揚と改革成果の共有化を図るため、特に優秀な事例について、毎年3月に事例発表会及び表彰式が行われている。
<改善を成功させるポイント>
・改善は実践することが重要であり、提案に終わっては意味がない。良い改善例があれば、真似をすることが重要である。ティームワークが大切であり、一人の手柄にしないこと。メッセージを送り続けること、改善を楽しむことが重要である。
・目的は生産性の向上であり、支出削減ではない。改善を続けることで、結果として経費が削減される。
・管理方法は現場への権限移譲である。棚卸表に基づいたPDCAをツールとして用い、フェアな数値目標の設定が困難であるため業績評価は行わない。
2010年07月06日
スピーカーシリーズ「グローバル競争に勝つための方策-インテリジェンスの重要性」
1 テーマ:「グローバル競争に勝つための方策-インテリジェンスの重要性」
2 日時:2010年6月28日(月)14:00~15:30
3 講師:東北大学大学院工学研究科技術社会システム専攻 教授 長平 彰夫様
開催風景
2010年06月01日
スピーカーシリーズ「金融危機の管理と地方の統治」
1 テーマ:「金融危機の管理と地方の統治」
2 日時:2010年5月24日(月)14:00~15:30
3 講師:白鴎大学法学部准教授、バーミンガム大学客員研究員 児玉博昭 様
概要は下記のとおりです。
<欧州地方自治体への影響>
・金融危機は地域経済と地域社会に大きな影響を及ぼしており、世界的不況の地方政府への影響に関しては都市・地方政府連合(UCLG)が、欧州各国における地方自治体への影響に関しては欧州自治体・地域協議会(CEMR)が調査報告書をまとめている。
・欧州自治体・地域協議会が各国の地方自治体を対象に行った調査によると、昨春以降、金融・経済危機が悪化し、今年も状況は同様か悪化するという回答が多くを占めた。また多くの自治体が税収の減少、特定の公共サービスへの供給需要の増加を経験している。
<英国自治体への影響・対応>
・英国監査委員会が金融危機と景気後退が地方自治体に与える影響に関する報告書を発表している。また、地方自治体協議会(LGA)は、国内外の自治体が地域に対し提供している解決策をまとめた事例研究「世界不況:地方の対策Ⅱ:人々と事業を援助する自治体」を作成し、エセックス県が地元の中小企業を対象とした独自の融資制度Banking on Essex等を紹介している。
・不況により民間部門が深刻な影響を受けており、特に製造業、流通業、金融業で失業者が多い。非熟練労働者は全労働者の4分の1に過ぎないが、失業手当申請者の2分の1を占めている。
・ディストリクト・カウンシルがユニタリー・カウンシルやカウンティ・カウンシル等に比べより深刻な財政的ダメージを受けている。過半数の自治体が余剰人員対策を開始又は計画している。
<日本の自治体と地方銀行-栃木県と足利銀行>
○足利銀行の破たんと栃木県の対応
・足利銀行は2003年11月預金保険法に基づき破たん処理を受け、一時国有化された。栃木県庁の指定金融機関であり、県内の中小企業の多くが融資を受けていたことから、破たんに伴う地域経済への影響が懸念された。
・事前対策:栃木県はペイオフ一部解禁に備え、「栃木県公金管理運用方針」を策定し、「栃木県公金管理運用委員会」を設置し、「栃木県公金リスク管理マニュアル」を作成していたが、これらは公金の保全を目的としたものであった。
・事後対応:足利銀行の一時国有化に対応するため、県は「栃木県金融危機対策本部」を設置、「栃木県経済新生計画」を策定、「緊急セーフティネット資金」を創設するなど、地域金融・企業再生を目的とした施策を展開した他、緊急議会が招集され、議員提案により「栃木県産業再生委員会」が設置された。更に、「栃木県緊急経済活性化県民会議」が発足し、県、県議会、県選出国会議員、県内関係団体を巻き込んだ危機管理の全県体制が築かれた。また、知事選の結果議会協調派の新知事が選出されたことにより、足利銀行の受け皿に関して国に対し県民が一丸となった要望活動が実現した。
○キングダンの「政策の窓モデル」
・政策プロセスには、問題・政策・政治という関連しつつ独立した3つの流れがあり、この3つが合流(問題を認識、解決案を用意、政治的に好機)した状況を「政策の窓」が開くというが、機会は少なく期間も短い。
・足利銀行の一時国有化で受け皿問題が浮上し、県民銀行構想が消滅する中で民間主導の経営方式に選択肢が絞り込まれ、議会と協調的な知事に交代したことで、「政策の窓」が開き、県民一丸となった国への要望活動が実現したとみることができる。
○公共経営と公共ガバナンス
・事前対策の保守性はマネジメントの限界を、事後対応の流動性はガバナンスの必要性を示唆している。
・危機管理の政策プロセスを分析する必要がある。自治体も非常事態に備え金融対策のチャンネルを持つべきである。
2010年05月10日
スピーカーシリーズ「Think Londonの活動と今後の対英投資促進について」
1 テーマ:「Think Londonの活動と今後の対英投資促進について」
2 日時:2010年4月28日(水)14:00~15:30
3 講師:Think London 中村 光宏様
概要は下記のとおりです。
<Think Londonについて>
・Think Londonは海外直接投資を支援するロンドン市公認の非営利組織で、公共及び民間の両方から出資を受けた、日本の第三セクター的な存在である。ロンドン開発公社(London Development Agency)から委託を受け、ロンドンに進出する海外の企業、及び既にロンドンに進出済みで業務拡大を検討中の企業に対し、分野を問わず無償で支援を行っている。クライアントには、世界40カ国1500社以上の企業にサービスを提供した実績があり、世界的に有名な大企業も数多く含まれている。
・会計事務所、銀行、保険会社、ITサービスなど数多くのパートナーと連携関係を築き、日本語が通じる不動産業者を紹介してほしい、といった特殊な要望にも応えることが可能な体制を構築している。
・世界のエリアごとにチームを設けており、中村氏はアジア・太平洋チームに所属する日本企業専属の担当である。60名のスタッフを抱えるロンドンオフィスの他に、ニューヨーク、北京、サンフランシスコなどにもオフィスを構えている。
<海外直接投資の重要性>
ロンドンにおける海外直接投資は520億ポンドにのぼり、これはロンドン経済の27%を占め、ロンドン全体の13%に当たる50万人の雇用を創出している。また1998年から2004年のロンドンにおける経済成長のうち、42%は外資企業により創出されており、ロンドンの経済成長を支える大きな要因の一つとなっている。
<ロンドンの優位性>
2009年に行われた調査によると、ロンドンは20年連続ヨーロッパで最もビジネスを展開しやすい都市に選ばれている。これは、ヨーロッパの他都市へのアクセスが容易であること、人材が豊富であること、通信が整備されていることなどが理由である。また、国際線のフライトが充実していること、約5億人の人口を擁し世界最大の市場であるEUの玄関口であること、規制が少なく海外の企業を受け入れやすいことも利点である。
<Think Londonの活動>
・公共機関と連携した、企業の進出情報の入手。具体的な段階ではないが海外進出を検討している日本企業に対するセールス。
・ロンドンの市場調査や他都市との比較を踏まえた情報提供。
・レセプションを通したネットワーク作りの支援。
・ビザ取得や住宅など駐在員の生活面における一般的な情報提供。
・事業展開に向けた活動を行う企業向けに、都心(シティ、メイフェア、ハマースミス)で事務所スペースを最大12カ月無償貸出。
<進出企業の傾向>
・業種ではICTが非常に多い。新規進出は比較的小さい企業の進出が多いため、雇用者数の増は既存企業の事業拡大による部分が大きい。
・アメリカからの進出が非常に多い。また、インド・中国が増加傾向である。日本は成熟している感じはあるが、今年1月から問い合わせが増加している。
・不況で中心部と郊外の価格差が縮小したため、ロンドン中心部への進出が増加している。今後は、東ロンドンへの誘致に尽力したい。
2010年03月31日
スピーカーシリーズ「Japan at the British Museum, 大英博物館における日本について」
1 テーマ:「Japan at the British Museum, 大英博物館における日本について」
2 日時:2010年2月19日(金)14:00~15:30
3 講師:セインズベリー日本藝術研究所長 ニコル クーリッジ ルマニエール様
【セインズベリー日本藝術研究所について】
・セインズベリー日本藝術研究所のあるノリッジは、15、16世紀にはロンドンに次いで裕福な都市であった。地理的にオランダに近いためにオランダとの交流が昔から盛んで、その結果、オランダから日本の焼物や漆芸品がもたらされたという歴史がある。ノリッジの町並みを見てみると、高いところに窓が設けられている建物が多いことに気付く。これは、織物生産にかかすことのできない光を多くとりいれるための工夫である。
・セインズベリー日本藝術研究所に隣接して大聖堂があるが、現在大聖堂の敷地内に日本庭園を造園中である。大聖堂は講演会の場所として使われることもあり、同研究所は毎月第三木曜日にThird Thursday Lecture(「三木会」)という日本美術・文化をテーマとした講演会をノリッジで行っている。今月の「三木会」のテーマは工芸についてであった。
・セインズベリー日本藝術研究所はその名のとおりセインズベリー卿ご夫妻のご支援により設立された研究所であり、研究所附属図書館では、セインズベリー夫人から寄贈されたバーナード・リーチの旧蔵書や、元駐日英国大使から寄贈された日本の古地図などの貴重資料も所蔵している。同研究所の姉妹機関であるセインズベリー視覚美術センター(Sainsbury Centre for Visual Arts)は複数体の土偶を所蔵している。昨年は大英博物館で「土偶展」を開催した。セインズベリー視覚美術センターはノーマン・フォスターが設計した建築物で、イーストアングリア大学キャンパス内にある。ここで今年 ‘unearthed’展と銘打ち「もう一つの土偶展」を開催することになっている。
【大英博物館について】
・現在の大英博物館のロゴは「The British」が小さく「Museum」が相対的に大きくなっている。これは世界の博物館であることを前面に打ち出すという意味がある。大英博物館の設立目的を見ても「世界のための世界の博物館」とある。世界の博物館として新しい歴史をかき、新しい発見をしていくことに存在意義を置いている。
・大英博物館の始まりは、ハンズ・スローン卿の財産が国へ寄贈されたことがきっかけとなっている。スローン卿は日本関係でも有名な人物で、彼が1727年に日本の歴史について出版した本の中に、「Japan is enclosed country.」というくだりがあり、この本がオランダ人を介して徳川幕府にもたらされ、幕府が翻訳を行う過程で「鎖国」という言葉が作られたというエピソードがある。
・現在、大英博物館と大英図書館の2機関が別個に独立して存在しているが、以前は大英博物館があったのみで、図書とそれ以外の資料を一緒に所蔵していた。、当時は所蔵品の中でも図書がその他のものよりも価値があるものとされていた。大英図書館が建設され(設立され?)、全ての所蔵品を図書館が所蔵するか、博物館で所蔵するかを選り分ける際に、例えば陀羅尼経を納めた百万塔などは経と塔がそろって一つの資料であるにもかかわらず、経典は図書館へ、百万塔は博物館へと選別されてしまった事例もあり、図書館の新設は必ずしも良い結果をもたらさなかった。
・1890年代の大英博物館展示室を撮影した写真を見ると、ショーケースをびっしりと埋め尽くすほど多くの展示品が並んでおり、当時は展示品の数が多ければ多いほどよいとされていたことがわかる。
【大英博物館三菱商事日本ギャラリーについて】
・大英博物館における日本コレクション蒐集のきっかけとなった人物は(大英博物)19世紀に勤務した学芸員オーガスタス・ウオラストン・フランクスであった。、お雇い外国人として大阪造幣局で貨幣鋳造の指導を行なったウィリアム・ゴーランドが日本の古墳を撮影した大量の写真や考古学資料も大英博物館へ入り、ウィリアム・アンダーソンが日本で北斎画を購入して大英博物館へ寄贈した上、英国で初となる日本美術史を執筆、等々1870年代頃から日本のものがたくさん入ってきた。
・正倉院、伊勢(の古社寺)等を調査し帝室博物館(現東京国立博物館)の開設に尽力した蜷川式胤は、日本の陶器を海外に紹介することにも積極的で、大英博物館の学芸員だったフランクスに日本の陶器を売却したことを示す記録が残っている。その関連資料の一つとして、当時の陶器のカタログのようなものも残されている。それを見ると、当時どのようなデザインの陶器が流行していたかがわかる。
・大英博物館では土偶展の他にも日本に関する特別展を開催してきており、以前には「わざの美」や「KAZARI」という特別展を開催した。特別展「KAZARI」では、15世紀から19世紀の日本における飾りとその意識を芸術の観点から展示した。日本語の「美術」という言葉は1873年につくられた言葉であるが、それ以前の日本における美術の概念はどのようなものだったのかと考えると、それは「ハレとケ」を構成するものであったり「飾り」であったりしたということがわかる展示となった。
・特別展「わざの美」の中で着物の展示方法をめぐって問題が生じた。日本人は通常着物を広げて着物の後ろ全体を見せるかたちで展示するが、西洋人からすると洋服は前から見るものという感覚があり、着物を前からも見たいという要望があった。日本人専門家から反発もあったが、最終的には360度どこからでも鑑賞できる展示ケースを用意して何点かの着物はそのケースに展示した。日本人の慣習・伝統ももちろん大切だが、西洋人に日本文化を広めようとする際には日本では当たり前となっている展示方法を見直すことも必要になるということを示す事例である。
・大英博物館の日本ギャラリーは1990年4月にオープンし、2005年半ばから2006年にかけての約一年間の大改装工事を経て2006年10月に常設展示として再オーブンした。新しいギャラリーでは、日本の先史時代から現代までを紹介している。新しい方法で日本を展示することに力を入れており、展示品についての解説も工夫している。
・また現代作品の紹介にも力を入れており、人間国宝を含む現役の工芸作家の作品の展示も重視している。その中でも特に技術の高いものを今後展示していきたい。また過去には生け花の実演を行う特別展示を行ったこともあり、最近では「生きている」とか「現代」というのが展示をする際のキーワードである。
・展示品には、アイヌ民族の衣装、被爆後の広島の地図、鉄腕アトムなどの漫画のポスターやその他映画のポスターなど様々なものがある。(年に3回展示替えがあり、これらの作品は展示されていない場合がある)
・大英博物館三菱商事日本ギャラリーで陶芸展示を手がけている中で最近感じることは、近年日本の存在感が落ちているということである。日本の存在感を上げるためにまた何か特別展を企画したいという気持ちはある。ただ最近の傾向として「craft, tradition」という単語を使うと来館者数が伸び悩むという傾向があり、例えば、craftはcraftingに、traditionはbeautyに置き換えるなど、表現方法も含め、どのようなかたちで日本を見せていくかという点が課題である。
わざの美バナーのかかった大英博物館正面
わざの美バナーのかかった大英博物館グレートコート
ノリッジのセインズベリー日本藝術研究所と大聖堂
イーストアーリングリア大学キャンパス内にあるセインズベリー視覚美術センター
土偶展図録カバー
大英博物館三菱商事日本ギャラリー
スピーカーシリーズ「道州制議論の行方~3度目の正直か、2度あることは3度あるか~」
1 テーマ:「道州制議論の行方~3度目の正直か、2度あることは3度あるか~」
2 日時:2009年12月10日(木)15:00~16:30
3 講師:新潟大学法学部教授 田村 秀様
【概要】
・道州制に関する議論が本格的に始まったのは、北海道で構造改革特区制度を用いて道州制の先行実施に向けた取組みが始まったことがきっかけである。
・その後国の大きな動きとしては、2006年の第28次地方制度調査会の答申がある。内閣府に道州制担当大臣と道州制ビジョン懇談会が設置され、政府として積極的に道州制について検討を進めていくという姿勢が示された。
・自民党、経団連も道州制に関して積極的で、それぞれ道州制に関して中間報告等を取りまとめている。
・総務省が推進していた市町村合併の進展とともに、都道府県のあり方もクローズアップされるようになった。富山県のように県内の市町村数が15にまで減少し、神奈川県のように政令市の数が3つとなると、県のあり方・存在意義は何かが問題となってくる。
・そもそも道州制とは、現行の都道府県を大括りの道や州に再編する構想のことで、議論の始まりは昭和初期にまで遡るとされる。そして1950年代に議論の高まりがあったが、これは新憲法によって導入された公選知事制に対する不信感、特別市制度の導入を巡る大都市と府県の対立が原因であった。1960年代にも経済成長を背景に都道府県合併特例法案が策定されたが、同法案は廃案となり、道州制導入の機運は後退した。
・ここ数年、多方面から道州制の提言が行われており、この議論の中には国の出先機関の統合も含まれている。
・なお、道州制と連邦制との最大の相違点は連邦制においては主権が分割されるのに対して、道州制はあくまでも単一国家・単一主権内での地方分権である。日本においては主権を分割することまでは考えていないので、連邦制ではなく道州制を導入する議論が行われているところである。
【道州制の歴史】
・都道府県統廃合の歴史を見ると、1871年7月に廃藩置県が行われ、3府306県が置かれたが、数ヵ月後の12月には3府72県へと統合が行われ、1876年8月には3府35県となった。このときに一番大きな県は石川県であった。1888年には1道3府43県体制が確立し、現行の区割りがほぼ確定することとなった。その後府県制制定、東京府が東京都へという動きがあり、1972年に沖縄県が復帰して現在の1都1道2府43県となっている。
・新潟県のなりたちについて取り上げると、明治4年以前には政府の直轄地であった「県」と「藩」が混在していたが、それが新潟県、柏崎県、相川県に再編され、明治9年に一つの新潟県として統合された。
・最も移り変わりが激しかったのは四国で、4分割から3分割へそして2分割となり、また最終的には4分割へと様々な変遷を遂げた。これらの統合・分割は、専ら明治政府によってなされていた。
・戦前から1950年までの議論においては、1927年田中義一内閣のときに「州庁設置案」が作成された。同案では北海道以外を6つの州(国の行政機関)に分割、府県を完全自治体化という提案がなされ、フランスやイタリアの三層制に近いかたちになっていた。
・1945年には全国を8つに分割し、地方総監府が置かれた。これはわが国で唯一実現した道州制との評価もある。1947年に地方自治法が制定されたが、その附帯決議に「都道府県の区域を適当に統廃合すること」とあり、これは当時47都道府県というあり方はまずいとの認識があったことを表している。
・1950年代には、特別市制度(特別市が都道府県から独立するというもの)をめぐり、府県と大都市の対立が激化した。市長会、市議会議長会などが都道府県の廃止と道州制の導入を主張し、知事会は道州制の導入に反対し、地方6団体内に大論争が起きた。この問題は1956年地方自治法改正により政令指定都市制度が創設されたことで「一応」の解決をみた。1957年の第4次地方制度調査会でも都道府県制度のあり方について大議論となり、答申には道州制案(「地方」案)と少数意見の府県統合案(「県」案)が併記されることとなった。
・その後、高度経済成長とともに水問題等の広域的な行政需要の増大が生じた。その結果、東海地区(愛知県、岐阜県、三重県)で合併の動きが起きたり、阪奈和合併構想(大阪府、奈良県、和歌山県)が持ち上がったりした。1966年の第10次地方制度調査会答申では、合併を希望する府県に対しそれを可能とするために法整備をすべきだとの内容が盛り込まれた。その後特例法案が3回提出されたが、いずれも廃案となった。
・経済界は企業同様、スケールメリットを生かすために道州制導入に熱心である。また自民党の道州制を実現する会による「道州制の実現に向けた提言」(2000年)、民主党の道州制推進本部「道州制―地域主権・連邦制国家を目指して」(2000年)等も出されている。
・都道府県も広域行政を行う上で道州制の必要性を感じ、県・知事が以下のとおり様々な提言等をしている。
・岸大阪府知事「近畿圏の提唱」(1990年)
・岡山県研究会「連邦制」(1991年)
・平松大分県知事「九州府構想」(1995年)
・北海道「道州制」(2001年)
・北東北3県の取組
・静岡県「政令県」(2003年)
【諸外国の状況と道州制の現状】
・連邦制、道州制、都道府県合併をより詳細に比較すると、様々な違いが見えてくる。例えば導入手順については、全国一斉のものもあれば、地域ごとの選択が可能とするものもある。その他、首長の選任方法、国政における参議院の位置づけ等も論点になることが予想され、憲法論議も出てくる。
・諸外国の状況を見れば、アメリカ、ドイツ、スイス、カナダ、オーストラリアは連邦制国家、日本はフランス、イギリスと同じ単一主権国家である。また日本の都道府県の規模(人口、面積)は諸外国と比較しても決して小さくないと言える。
・近年の道州制に関する動向としては、以下のような動きがあった。
・2006年2月 第28次地方制度調査会
・2008年3月 内閣府道州制ビジョン懇談会中間報告
・2008年7月 自民党第3次中間報告
・2008年11月 経団連の第2次提言
・2009年1月 鳩山大臣の国民対話
・経済界は道州制に積極的であるが、その要因の一つとしてアメリカのように州間の租税競争、またそれによる法人税減税の実現を期待していることがある。
・道州の区割り問題を取り上げると国民的議論が盛り上がるのは確かだが、ビジョン懇談会中間報告では、区割りについて「例」を示すにとどまった。
【政権交代後の動向】
・民主党政権誕生後、他の諮問会議、審議会等がそうであるように、自民党政権下での会議は事実上‘廃止’となっている。これにより、道州制導入に向けた諸課題についての議論は一旦リセットされることとなった。
・今後の動向は不透明ではあるが、2000年6月に民主党道州制推進本部が「道州制―地域主権・連邦制国家を目指して」をとりまとめている。その後の総選挙での公約にも「「地域のことは地域で決める」という民主主義の原点に立ち返って、徹底した分権化と地域主権の確立に取り組み、二一世紀日本の国のかたちを分権連邦国家につくり変えていきます。このため、国の役割を限定し、基礎自治体たる市町村の権限と財源を拡充するとともに、道州制の導入に段階的に取り組んでいきます」としている。
・また原口総務大臣は2009年7月に「民主党は基礎自治体主義をとっているが、道州制についても「地域が選択するということになれば」トップダウンの道州制導入でなく地域から盛り上げられた道州制導入ということで推進することになる」と発言している。
・既に橋下大阪府知事は、国の出先機関の受け皿として広域連合を活用することを表明している。近畿地方あるいは九州地方などで広域連合によって、都道府県と国の出先機関の機能が部分的に統合された場合、まさに総務大臣が言ったような「地域から盛り上げられた道州」として実現することになるのかもしれない。だが、解決すべき点は数多く残されている。例えば、環境の整った地域から順次道州を導入する場合、過渡期には道州と都道府県が併置されることになる。この場合の広域的な利害関係の調整をどのように行うかについてのルール作りも必要になるだろう。
・道州制は単なる都道府県合併ではなく、意味のある道州制とするためには国、地方を通じた統治機構の再編であり、中央省庁の再々編も視野に入れる必要がある。また国・地方の役割分担についても改めて考えてみる必要がある。道州制の統治機構についても多くの議論がなされることが見込まれる。首長は直接公選とするのか、議会は比例代表か、中小選挙区制か、そしてこれらの議論を受けて参議院の見直し論が出てくることも予想される。その他にも、道州制間の財政調整等、財政問題、そして区割り問題など論点は非常に多くある。
・加えて、道州制により影響を受けるのは行政機関だけではない。指定金融機関としての地銀、テレビ局、新聞社等、都道府県単位の様々な団体が、道州制の導入によって再編されるのではないか。
2010年02月05日
スピーカーシリーズ「The Challenges and Issues around the Training and Development of the UK Local Government Workforce」
1 テーマ:「The Challenges and Issues around the Training and Development of the UK Local Government Workforce」
2 日時・会場:2009年11月27日(金)14:00~15:30 自治体国際化協会ロンドン事務所会議室
3 講師:Senior Fellow The Institute of Local Government Studies, University of Birmingham Ian Briggs様
【英国の地方自治体職員の現況】
・どのように統計をとるかで数字は変わってくるが、英国全体の地方自治体の職員数は800,000人を超えている。英国の地方自治体職員は、「公務員」ではなく、それぞれの自治体ごとに他の民間企業に雇用されるのと同じかたちで雇用されている。つまり、当該自治体の議員が雇用主となっているのである。
・英国で最も大きい自治体の職員数は60,000人を超えており、最も小さな自治体の職員数は150人未満と、そこには大きな開きがある。また、自治体の規模によって、必要となる仕事の種類も当然のことながら異なってくる。英国の地方自治体職員の職種は1,000種類を超えるとされている。
・先ほど述べたとおり、自治体職員は一般の雇用契約と同じように雇用されることから、自治体にとっては人材及び労働力の自由競争市場が存在しており、個々人にとっては自由に、容易に転職ができる環境となっている。
・例外的に、特別な職務については被雇用者に特別な資格や能力を求める法的規制があるが、一般的には被雇用者の資格等に係る法的義務付けはほとんどない。
・以下に、地方自治体職員の構成について見ていきたい。第一に、多様な国籍の職員がいることがあげられる。職員の国籍は非常に多種多様だが、かならずしも英国全人口における構成比を反映したものとはなっていない。
・第二に、労働者の高齢化がある。現在の職員平均年齢は40代後半であるが、今後さらに高齢化は進むと思われ、また同じ自治体で働き続ける傾向が強くなっている。これにより今後は年金財政の問題が生じると見込まれている。
・第三に、全体の65%以上が女性であるということがある。1990年代以前は男性の方が多かったが、1990年代に職員男女比に大きな変化があった。職員全体の半分以上が女性であるにもかかわらず、幹部職員総数に占める女性職員数は40%未満となっている。
・第四に、職員全体の8%が黒人、アジア人等のマイノリティーである。私の大学があるバーミンガムなどはこの比率がより高くなっている。
・第五に、一般的に地方自治体職員の仕事に対する満足度は高く、統計をとると他の公共部門、例えばNHSなどで働く職員よりも満足度が高いという結果が得られる。
【英国の地方自治体における職員研修】
・2008年度において、地方自治体が職員研修のために支出した経費は職員一人当たりにして£273であった。2001年以来最も高額な数値となったが、2009年度の同経費は減少すると見ている者も少なくなく、そこには自治体全体の財政問題が大きく影響していると思われる。一方、地方議員も含めて一人当たりの研修費を算出すると、2003年度以来最も低い£218となる。費用の問題も含めて、どのような研修を地方議員に対して行うかということは自治体にとって大きな課題となっている。
・研修にどれだけの時間を費やしているかということに関しては、2008年度においては職員一人当たり1.4日の研修を実施したという結果が得られている。
・2008年度の平均離職率は11%となっており、2001年度に統計調査を開始して以来最小の数値となったが、数値自体は他の民間企業と同じレベルである。また、2009年3月31日時点での平均欠員率は10%となっている。
・職員給与について、大多数の自治体が勤続年数に応じた給与制度を適用しているが、近年はこの制度を利用する自治体数が大きく減少しており、能力給与制度を適用する自治体数が増えている。
・職員の経歴については、非マニュアル職(マニュアル職というのは、マクドナルドのように決まりきった仕事を繰り返す職種のこと)で働く職員の20%近くが大卒であり、その割合は増加傾向にある。また、新規採用職員の6人に1人が大卒である。
・職員全体の4分の1が社会福祉関連、財政、都市計画等の特別な資格を必要とする部署で働いている。昨今、コミッショニング(地方自治体が民間企業を利用して公共サービスを利用するために委託を行うこと)の自治体業務に占める割合が大きくなっていることから、コミッショニングに関する知識が今後ますます必要になってくると思われる。
・最近の傾向としては、専門知識をあまり必要としない職における大卒割合が増加していることや、同じ自治体内の他の業務分野への異動を希望する人が増えている。
・どのような研修を実施するかは、当該自治体の規模によるところが大きく、自治体ごとにいろいろな方法で研修を実施している。小さな自治体では、ほぼ全ての研修をアウトソーシングするケースが多い。これには利点と欠点があり、ニーズに柔軟に対応できる研修、新しい研修を実施しやすいというのが利点である。しかし、研修業務自体をまるまる外部に委託してしまうことで、自治体が職員研修の実態や、職員の状況について把握しにくくなるという欠点がある。
・一方、大きな自治体では他の自治体と共同で研修を実施する組織を立ち上げて職員研修を実施している例も見られる。こうした組織から私のバーミンガム大学にも研修の依頼が来ることがあり、例えば、バーミンガム大学の修士課程を自治体の係長(マネージャー)クラスの職員に受講させたい、という依頼等がある。
【Institute of Local Government Studies, University of Birminghamの概要】
・INLOGOVには500人を超える学生が所属しており、全て修士課程又は博士課程の学生である。
・公共部門のみにとらわれず、一般企業等の他の機関とも共同研究を実施するなどして複雑で幅広い研究を行っている。
・INLOGOVの学問的研究分野の核となるのは戦略的なレベルで地方自治をどうとらえるかという点にある。加えてINLOGOVでは多くの委託研究も行っており、こちらの研究テーマは多岐にわたる。具体例をあげれば、公における倫理問題について、効果的なパートナーシップはどうあるべきか等がある。昨今、重要なテーマとなっているのはコミッショニングである。これまでは地方自治体が直接住民にサービスを提供していたが、サービスの提供を民間企業が担うようになり、自治体の役割はサービス提供者の存在する市場全体を支援するという点に変わりつつある。このような背景があり、コミッショニングをテーマとした依頼が増えてきている。バーミンガム市は60,000人を超える職員を抱える規模の大きな自治体であるが、このバーミンガムにおいても予算の約10%はコミッショニング関連予算となっている。コミッショニングによって民間活力を導入することで、地域経済を活性化できるということも確認されており、この新しい動きは大変興味深いと感じている。
【自治体職員研修における今後の課題】
・自治体職員を採用する際の、自由競争市場はどこまで持続可能かという点がある。自治体職員のトップであるChief Executiveの給与が首相の給与を上回るほどの高額になっている事例も見られる。これは明らかに自由競争の結果の弊害である。
・また、時代に合った人材育成を実施するという点も見逃せない。先ほど話したコミッショニングは、これまで自治体が実施してきた単なる契約や調達とは異なり、その他の要素も求められる複雑な業務である。これらの業務を実施できる能力・資質をもった人材を育成するという点も、大きな課題である。
2009年10月28日
スピーカーシリーズ「Business Improvement Districts, a flexible machanism for urban management」
1 テーマ
「Business Improvement Districts, a flexible machanism for urban management」
2日時及び会場
2009年10月28日(水)14:00~15:30
自治体国際化協会ロンドン事務所会議室
3 講師:Chief Executive, Better Bankside Peter Williams様
【はじめに】
・今日の話は主に以下三点について。1)都市のマネジメント、2)BIDSの概要、3)Better Banksideの取組。
・初めに世界の都市化の状況について見てみたい。世界中で都市化は進行しており、2030年までに世界の都市人口は50億人になると見込まれている。この50億人という数字は、1987年における全世界人口に匹敵する。これは毎日18万人が都市へ移動していることになり、この数字は衝撃的な数字である。ロンドンの人口は、100万人から800万人になるのに130年かかったが、新興都市のバンコク、ダッカ等では、より短期間で人口増加が起こっている。
・次に、このような都市のマネジメントは誰の役目なのかということを考えてみたい。ここ20年、30年間で、より多くの民間部門が都市の開発やマネジメントに携わるようになっている。都市マネジメントの特徴の一つとして土地所有の問題から交通の問題までありとあらゆる問題が関わってくるので複雑だという点がまずあげられる。階層構造の組織ではこの複雑な課題に対処することは困難で、パートナーシップ等の水平的な関係がより重要になってきている。また、マネジメントを行う上では、地理学者、社会学者、経済学者の専門的な視点も必要となる。
・次に、都市の公的空間を実際にコントロールしているのは誰なのかということについて見ることにする。モスクワにとても大きなホテルがある。室数は3200、スイートは245あるが、同時にこのホテルの建物の中には警察署、ジム、ナイトクラブ、映画館、美容室、コンサートホール、レストランも同居しており、一つの建物の中にとても多くの施設がある。これはまるでタウンセンターのようで、今後の都市のかたちを考える上でモデルとなりうる。
【BIDsの概要】
・そもそもBIDsは、北アメリカで考案されたシステムであり、カナダで初めて導入されたと言われている。アメリカでの例としては、ニューヨークのジュリアーニ市長が、石油会社のエクソンの支援を受けて窓を取り替えたりすることで、汚い駅で有名だったグラウンド・センター駅を生まれ変わらせ、ニューヨークのダウンタウン地区の再生に取り組んだという例がある。
・イギリスの場合は、企業がよりボランティア的に取組を行うという点が特徴となっている。
・BIDsの特徴は、まず明確にその地区を地図上で決めるということにある。Better Banksideの場合は、ロンドンのサザーク地区の極めて限られた狭い地域をBIDs地区として定めている。
・次に、BIDsでは、当該地区に位置している全ての企業から、不動産評価額に応じたBID特別税を徴収している。テナントが入っていない不動産やチャリティー団体にはBID特別税の軽減措置がある。また、税の徴収事務は、BID運営体に代わって地方自治体が行っている。
・BIDsの意思決定はBID特別税を支払っている事業主の代表で構成される理事会でなされ、BIDの運営体は、BIDsの活動についてメンバーである企業に対して積極的に情報提供することが主要な業務の一つとなっている。
・BIDsの組織構造は、上記理事会の下に担当業務ごとにCleaning、CSR、Finance等の部局(thin group)が設けられている。
・不動産評価額に応じたBID特別税の支払い義務者は、当該不動産所有者ではなく、当該不動産占有者(事業主)となっている。この点はアメリカと異なっており、アメリカでは不動産所有者が支払い義務者である。これについては、不動産所有者がBIDsの活動により貢献すべきではないかとの議論がある。この議論に関して、政府はよりよいBIDsの枠組みを現在検討中であるが、スコットランドでは不動産所有者にも負担を求める仕組みが既に導入されている。
・ロンドンには現在、検討中のものも含めて非常に多くのBIDsがある。ロンドンの中心部のBIDsの一つとしてレスター・スクエア地区があるが、ここでは地区内の土地の所有者等利害関係者が多く、これらを結びつけて一つのBIDsとして長期計画を作成することは容易ではない。
・以前にケープタウンでBIDsに似たパートナーシップ活動を視察したことがある。活動としては似ているが、活動が始められた理由は異なっており、ここでは社会の安全性を向上させることが最大の理由となっている。例えば、駐車場にスタッフを雇って顧客の安全性を確保する等の活動が行われている。
・また別の事例として、フィラデルフィアの事例がある。個人的にはここの活動はとてもすばらしいモデルだと考えている。ここでは、BIDsの財源として債券が発行されており、しかもその格付けは地方自治体の債券よりも高い評価となっている。また、BIDsの政策を実施する期間も20年へ延長されている。
【Better Banksideの取組】
・次に、Better Banksideの活動を紹介する。まず、BIDsについての基本的な考え方だが、住民は選挙によって自分たちの居住区から代表者(政治家)を選出して自分たちの意見を反映させることができるが、当該地区の企業は選挙権をもたないので、企業の意見を反映させることは難しい。このような異なる声を代表する組織、仕組みの一つとしてBIDsがある。
・Better Banksideのロゴマークはとても鮮やかなピンクを使用しているが、これは、とても目立つ色を使用することで我々の取組を住民、企業にわかりやすくするためである。
・Better Banksideの活動の一つに、独自の清掃業務がある。地方自治体も路上の清掃業務は行っているが、Better Banksideの地区は多くの人が住む居住地区であることから自治体の清掃が行われない時間帯に清掃を行い、同地区の環境美化に努めることは重要と考えている。Better Banksideでは交通機関に関する取組も実施している。地区内の人々の動きと交通機関の利用状況を調べ、よりよい交通のあり方を検討している。徒歩と自転車の利用を重視しており、移動ルートに関する特別な契約に合意すれば、地区内の企業に自転車を貸し出し、毎月メンテナンスも行うという取組を行っている。
・その他にも、地区内で多くのイベントを実施している。例えば、マラソン大会や、冬まつりなどがある。加えて、地区内の公園を改善し、ベンチを設置してランチや午後のコーヒーを楽しむのに最適な場所へと生まれ変わらせるという取組も行った。同様に、地区内にはバラ・マーケットという食品を中心にした有名なマーケットがあるが、このマーケットにもBetter Banksideが300の椅子を設置し、マーケットで買った食べ物をその場で楽しめるようにした。また別の活動としてリサイクル活動がある。地区内には非常に多くの種類の企業があり、これら企業から出されるゴミも多種多様である。Better Banksideでは、これらのゴミを無料で引き受けてリサイクルする取組を実施している。
・CSRとして、ボランティアをアレンジする取組も行っている。Better Bankside地区の企業の職員で、ボランティア活動を希望する職員がいた場合、その希望に応じたボランティア先を見つけるという取組である。学校での子供への本の読み聞かせから路上清掃まで、様々なボランティア活動を紹介している。
・これらBetter Banksideの活動をさらに発展させるために、地区内の企業が、月に一回、Better Banksideの活動について意見を提出する仕組みを設けている。騒音へのクレーム等、企業の意見をリスト化して提出できるようになっている。
・最後に、BIDsの取組を森に例えた話をしたい。BIDs地区に木がなければならないとかいう話ではなく、BIDsというのは様々な関係者の利害を一つに纏め上げることが必要な活動であり、その複雑さは森に似ている。現在の激しい市場変化に対応し、かつロンドンにおける商業地区として魅力のある地区になるためには、BIDsとしていかに柔軟な活動ができるかという点がポイントとなる。そのためには地区内の企業等利害関係者が有機的に連携し、自然なかたち、人々の生活に優しいかたちで発展していくことが必要だと考えている。
2009年09月23日
スピーカーシリーズ「Green shoots or false dawns? 金融危機の教訓」
スピーカーシリーズ第5回
1 テーマ
「Green shoots or false dawns? 金融危機の教訓」
2 日時及び会場
2009年9月23日(水)14:00~15:30
自治体国際化協会ロンドン事務所会議室
3 講師
日本銀行ロンドン事務所 種村 知樹 様
2009年07月15日
スピーカーシリーズ「Knowledge Transfer:英国の大学の企業・社会との関わり方」
1 テーマ:「Knowledge Transfer:英国の大学の企業・社会との関わり方」
2 日時及び会場:2009年7月15日(水)14:00~15:30 (財)自治体国際化協会ロンドン事務所会議室
3 講師:グラスゴー大学リサーチ&エンタープライズ、International Business Liaison Manager 戸田有信 様
ご講演要旨
【はじめに】
・現在の職に就くきっかけとなったのはジャーナリストを経てエチオピアで開発支援に携わったことをきっかけに、開発経済学を学ぶためにグラスゴー大学大学院の学生となったことが始まりである。
・グラスゴーに来て一番驚いたことは、グラスゴーの学生の多くが、アジアについて何も知らないということで、中には香港とシンガポールは同じだと言い張る学生もいたくらいである。グラスゴーとアジアをつなぐような仕事ができないかと考えながら、グラスゴー大学において産学連携に取り組んでいる。
・現在の部署は、大学と企業、社会をつなげるところであり、Development Managerという肩書きになっている者は外部から集めてくる研究資金の額についてノルマが課せられている。Liaison Managerにはノルマは課せられていないが、担当している国と大学との関係を構築して、ビジネスが生まれる可能性を模索することが役割である。
・日本人のLiaison Managerとして、幅広く産学連携を考え、他の職員がしないことをすることが、自分の役割だと思っている。
【グラスゴー大学の概要】
・グラスゴー大学は1451年に創立され、スコットランドで2番目に古い総合大学となっている。文系では、文学部、法・ビジネス・社会科学部、教育学部、理工系では、物理学部、工学部、情報・数学学部、生命科学系では生物医学・生命科学学部、医学部、獣医学部がある。
・学生数は約2万人で、職員数は約6,000人である。グラスゴー市の人口は約60万人だが、その中でグラスゴー大学は市役所に次ぐ大きな雇用主となっており、大学が地域経済に対して果たしている役割は大きい。
・グラスゴー大学の著名な卒業生に、アダム・スミス、ウィリアム・トムソン(ケルビン卿)がいる。これまで大学はこれらの著名な卒業生をうまく利用できていなかったが、大学の奨学金の名称を「スミス・ケルビン・スカラシップ」に変えたところ、奨学金への応募者が増加しただけでなく、応募者の質も上がってきている。
【Friendship beyond Boundaries】
・エディンバラにForth Rail Bridgeという橋があるが、この建築に渡辺嘉一氏という日本人が大きく関わっている。当時、大きな鉄橋事故があったために、人々の間には鉄橋を作ることに抵抗があったが、渡辺氏ら建築技術者は、橋の模型を作り、橋の安全性を人々にわかりやすく示した。1887年のことである。その時の写真は、スコットランドではよく知られている。
・日英友好150周年を祝うJapan-UK150の一環として、今年、Friendship beyond Boundariesというイベントを開催したが、このときにForth Rail Bridgeの模型を再現して記念撮影をした。渡辺氏は、日本の工部大学校(今の東京大学工学部)を出た後、グラスゴー大学土木工学科を卒業しており、日本とグラスゴー大学・スコットランドとの交流を象徴する人だからである。
・このイベントそれ自体は、大学に収益をもたらすものではないが、他国との交流を深めることは、大学が社会的使命を果たしていく上で、また将来、ビジネス構築の可能性を探る上でも大事いうことで、大学は広くこうしたイベントの開催を認めている。学長が主宰した同イベントのオープニングは、海老原紳英国大使、菅沼健一エディンバラ総領事に出席していただいた。
【Knowledge Transfer】
・産学連携というと、日本では、特許に基づくライセンス契約等のTechnology Transfer に焦点が当てられているように思われるが、グラスゴー大学はじめ英国の多くの大学では、Knowledge Transfer、Knowledge Exchange という幅広い概念としてとらえられており、それによって上記イベントのような開催も認められている。
【グラスゴー大学の収支】
・大学の収支について具体的な金額等は以下の表のとおりとなっている。
・大学の収入で最も多いのは学生数から算出されて割り当てられるスコットランド政府からの補助金(funding body grants)で、つまり元を正せば税金ということになる。
・スコットランド国民党が学費を全廃したため、スコットランドの住民がスコットランド内の大学に通うのは無料となっている。
・Research grants and contractsのうち、Research grantsは国からの補助金、つまり税金を財源としたものであり、大学はその収入源の大半が税金であることから、社会に貢献しようという意識が高い。
・大学の研究のうち、特許をとって商業化できるものは全体の5%くらいしかなく、金銭的な観点から産学連携活動をこれに特化すれば残りの95%の研究はなおざりにされることになり、それでは大学の社会的責任を果たせないと考えている。つまり、外部からの資金獲得ばかりを念頭に大学が産学連携を進めることは、大学の社会的使命を果たす上で妥当でないとされている。
収入 £M
Funding body grants 149.6
Tuition fees and education contracts 66.4
Research grants and contracts 116.9
Other income 54.7
Endowment and investment income 9.4
Total income 397.0
支出
Staff costs 220.7
Other operating expenses 153.3
Depreciation 16.1
Total expenditure 390.1
【グラスゴー大学リサーチ&エンタープライズの組織】
・グラスゴー大学リサーチ&エンタープライズには、部局として以下のような組織がある。
○Operations
○Grants
○Contracts
○BD
○Commercialisation
○Marketing
・「Grants」という部局は、外部からの研究資金を管理する部局で、大学の研究者が外部資金の申請をする場合には、全てこの部局の審査を受けることになっている。これにより「Grants」は大学全体として適切な戦略の下で外部資金の導入を行うことができる。
・「Contracts」は、外部との契約関係を管理している。外部との契約は、すべてこの部局を通すことになっており、契約条件全てが審査され、大学にメリットが認められる契約のみが許可される。
・大学の社会的使命としては、「知の創出」、発表及び教育というかたちでの「知の普及」ということがあり、Knowledge Transferは、この「知の普及」の一形態と考えている。
【グラスゴー大学の産学連携活動】
・グラスゴー大学の産学連携活動として、以下のような活動を行っている。
○地域の経済開発
○ネットワーキング・イベント
○学生の企業
○研究(共同研究、委託研究)
○コンサルティング
○ライセンス
○大学発ベンチャー企業(spin-outs)
・地域の経済開発ということに関しては、先日、Japan Dayを開催した。これは、日本進出を考えている現地の中小企業に参加してもらって、日本進出を手助けしようというイベントである。実際にいくつか企業が見つかったので、現在は具体的な支援策を進めているところである。
・Japan Dayのような活動は、大学にとってメリットのある活動ではない。しかしスコットランドに雇用を生み出す可能性があり、大学の地域社会に対する貢献活動として評価されている。
・グラスゴー大学では、学生の起業を支援する活動も行っている。学生の特許はあくまでも学生のものであり、それをもとにした起業を支援しても大学にとってはメリットはないが、これもスコットランド経済への貢献活動として位置づけ、専門スタッフ2名を置いているところである。
・コンサルティング活動については、日本では研究者個人個人が独自に行っているようだが、グラスゴー大学では、コンサルティングについてもしっかりとした戦略の下で行うことになっており、担当部局に全てを報告することになっている。
・大学は、スコットランで一番古い博物館ももっていて、これはロンドン等の大きな博物館を見に行くことができない人たちに対して大きな役割を果たしており、これも大学の社会貢献の一つと言える。
・グラスゴー大学では「欧日対話」という講演会を定期的に開催しており、日本大使館の方や日系企業の方に講演をしてもらっている。昨年は、東芝の方に東芝のR&Dについて講演をしてもらったが、これをきっかけにグラスゴー大学の研究者と東芝とをつなぐ良い機会となった。
2009年06月24日
スピーカーシリーズ「地域経済振興のために果たしている地方自治体の役割についての国際比較」
1 テーマ
地域経済振興のために果たしている地方自治体の役割についての国際比較
2 日時及び会場
平成21(2009)年6月24日(水) 14時00分~15時30分(質疑を含む)
(財)自治体国際化協会ロンドン事務所会議室
3 講師
コミュニティー・地方自治省 ジェニファー・アシュビー様
講演要旨
【ノーフォーク・チャリタブル・トラストについて】
・ノーフォーク・チャリタブル・トラストは独立した非政府組織で、経済発展への貢献を目的とし、主に英国内とEU地域で活動を行っている。
・ノーフォーク・チャリタブル・トラストでは毎年テーマを決めて活動をしているが、2008年は地方自治体と地域経済との関連性に着目し、「ノーフォーク・フェローシップ・プログラムツアー」で世界の6都市を対象に地方自治体の役割について現地で調査を実施した。
【ノーフォーク・フェローシップ・プログラムツアーについて】
・2008年に当該ツアーを実施したころは、ちょうど景気後退の影響が出始めたころであった。
・現在の変化の速い環境では、活力を保ち変化に対応できることが地域経済にとって重要である。この困難な時代にあっては、かつてないほど地域経済の効率的な運営、支援が必要となっている。この状況で地方自治体は地域経済や地域社会の安定化のため効果的な施策を実施する必要がある。
・地域経済の活性化のために重要な要素は何かという問題意識を持ち、3つの要素を抽出した。この3つの要素とは、①公的部門(地方自治体等)、②民間商業部門(企業等)、③地域社会部門(NGO、住民グループなど)である。
・3つの要素のバランスが取れていれば、地域経済の持続的な成長が見込まれる。
・これら3つの要素のうちのいずれが弱いか、あるいはバランスが取れているか、という観点から世界の6都市で調査を実施した。
・グダンスク市(ポーランド)は中世の街並みが残る歴史ある都市で、造船業が中心産業である。地域経済に最も影響力を持っているのは地方自治体で、国外からのビジネスを積極的に呼び込んでいる。また外国企業からの投資も多く、民間商業部門も力強い。一方で共産主義体制崩壊後の地域社会部門は弱く、この部門への投資が持続的な成長への鍵になるだろう。また他都市につながる交通網の整備も課題となっている。
・ポートランド市(アメリカ)は穀物、材木を搬出する港として栄えた都市である。今回調査を実施した都市の中では3要素のバランスが最も良く、実際に地域経済も好調である。近隣住民の集会やネットワークが発達しており、地域社会部門が最も力強い。住民と地方自治体が政策について議論する場も機能している。また地方自治体の規制によってスプロール化が妨げられ、秩序ある開発が行われている。一方で大企業の進出を快く思わないこの地域の風潮もあり、民間商業部門はやや力強さに欠けている。
・クリアカン市(メキシコ)は農業が中心の都市だが、麻薬取引のルートとなっており治安対策が大きな課題である。3要素のバランスとしては民間商業部門の影響力が突出している。市長は3年しか勤められないルールで、市長とともに市の職員も一般職レベルまで大幅に入れ替わるため、公的部門は政策を継続的に実施できない。地域住民の地域経済への関与もほとんどない状態である。
・コインバトール市(インド)は繊維産業が中心の都市である。地域のNGOのネットワークが発達しており、地域社会部門が強い影響力を持っている。これらのNGO団体は地域の特性をよく理解しており、地域経済にとって良い影響を及ぼしている。一方で地方自治体は地域経済のためのサービスをほとんど提供できていない。
・ハイフォン市(ベトナム)は中央政府からの統制が強いが、都市として成功し始めている。現時点では中央政府、地方自治体の影響力が非常に強いが、自由な市場経済も取り入れ始めている。住民の起業精神も旺盛で、現時点では弱い地域社会部門が今後改善される可能性もある。
・四日市市(日本)では化学工業が主要な産業で、地方自治体のリーダーシップで公害を克服し、工業都市として発展を遂げた。民間商業部門も力強いが、地方自治体を始めとする公的部門も地域経済発展の原動力となっている。また今後の更なる発展のための革新戦略に焦点が当てられている。地域社会部門で多くの団体が活発に活動しているというわけではないが、文化的に個人主義が強くないこともあり、地域社会には一定のまとまりがある。
【ノーフォーク・フェローシップ・プログラムツアーで得た成果】
・以上の調査から学んだ英国の地方自治体で実践すべきことは次の5点である。
①経済全体を見渡すこと
②地方自治体が介入すべき適切な時期を知ること
③地域の特性を重視すること
④革新と創造が生まれる土壌を培うこと
⑤地方自治体は、民間商業部門と地域社会部門、そして自らの三者をつなぐまとめ 役として機能すること
・「①経済全体を見渡すこと」の具体的な内容は以下のとおり。
(1)3つの各部門は全て重要であり、それぞれが果たすべき役割があることを認識すること。
(2)地域によって3つの部門の最適なバランスは異なるので地域の特性を反映すること。この点ではポートランド市と四日市市を高く評価している。
・「②地方自治体が介入すべき適切な時期を知ること」の具体的な内容は以下のとおり。
(1)あまりにも介入しないのも介入しすぎるのも良い政策とは言えないと認識すること。
(2)経済発展は理想主義で解決できるものではなく、現実への対応によって達成されるものであると認識すること。
(3)自由な市場とは無計画を意味するのではないと認識すること。
(4)また、地方自治体が介入の度合いを決定する際には3つの原則がある。第一に経済発展自体は最終目的ではないこと、第二に経済成長の恩恵を広く共有するために介入すること、第三に一つのセクターが全ての技術・知識を持っているわけではない、ということである。
・「③地域の特性を重視すること」の具体的な内容は以下のとおり。
(1)地方自治体が地域の特性をよく理解すること。
(2)地域の特性は競争上有利に働くこともあると認識すること。
(3)地域の特性を反映することで地域開発への住民の共感を得やすい。
(4)投資にはなぜその地域を選んだかという理由が必要だが、特定の地域への投資に偏りがちであることも認識する必要がある。
(5)地域の特性を理解することは、その地域の強みを理解することにつながる。
(6)地域の特性を理解した上で、地方自治体が中心となって様々な業界、関係者を巻き込むことにより、地域経済にとってより大きな役割を果たすことができる。
・「④革新と創造が生まれる土壌を培うこと」の具体的な内容は以下のとおり。
(1)景気後退時期はリスクを取るべき時期で、「創造的破壊」の機会と認識すること。
(2)アジア経済の興隆・技術革新・高齢化社会など、世界経済の枠組みが変化していることを認識すること。コインバトール市では社会の認識・行動など社会的な変革が求められており、四日市市では研究機関等による産業の変革が求められ、ポートランド市では税金・補助金などの公共部門の変革が求められている。
・「⑤地方自治体は、民間商業部門と地域社会部門、そして自らの三者をつなぐまとめ役として機能すること」に関しては市長のリーダーシップは非常に重要である。地方自治体に求められることは以下のとおり。
(1)地方自治体は過度の干渉を避けつつも、他機関の仲介役として機能すること。
(2)グダンスク市では地方自治体同士の連携
(3)四日市市では地域の産業界との協働
(4)ポートランド市では行動に結び付ける地域住民の力の活用
(5)クリアカン市では地域経済政策の継続性
・英国においては政府が地方自治体の役割を見直しているところだが、地方自治体の資金の75%は政府から与えられることもあり、現時点では地域経済にとっての地方自治体の役割・権限は小さいのが現状である。
【結び】
・地域内での製品・サービスの生産、また製品等の地域内外での取引は、目下の景気後退の防波堤として重要である。
・グローバル化の波による影響は世界中どこでも似通っていると思われるが、その中での成功のカギは、各地域がそれぞれの特徴を生かした成果を生み出せるかどうかにかかっている。
・経済・産業振興のための政策は、地域の特性に合わせたものが最善であり、この観点からも地方自治体の果たすべき役割は地域経済にとって非常に重要である。
(以上)
2009年05月20日
スピーカーシリーズ「分権改革と地方議会の活性化・日本とスウェーデンの場合」
1.テーマ
「分権改革と地方議会の活性化・日本とスウェーデンの場合」
2.日時及び会場
平成21(2009)年5月20日(水) 14時00分~15時30分(質疑を含む)
(財)自治体国際化協会ロンドン事務所会議室
3.講師
ケンブリッジ大学博士課程在籍 土野 賢 様
「ご講演記録はこちら」
「参考資料(アンケート調査結果)はこちら」
2009年04月22日
スピーカーズシリーズ 「地球温暖化問題について」
●テーマ:「地球温暖化問題について」
●日時: 2009年4月22日(水)14:00~15:30
●講師: Chatham Houseフェロー(環境省派遣)鷺坂長美 様
ご講演要旨
【地球温暖化の影響】
・ 1979年から2000年までの比較では、北極圏の氷の量はおよそ20%減少している。
・ グリーンランド、南極でも氷の融解が進んでおり、海面上昇に影響を与えている。南極の氷の融解が進むと海面が数メートル上昇するとの説もある。
・ アジア地域では海抜の低い沿岸部に人口や資産が集中しており、海面上昇の影響を受ける可能性が高い。特にツバルは海抜が低く、国民はいずれ自分の国がなくなるという認識を持っているくらいである。
・ 地球温暖化は、巨大ハリケーンの発生、マラリアなど感染症に罹るおそれのある地域の拡大、干ばつによる農作物への被害なども引き起こしている。
・ 地球温暖化の原因とされる二酸化炭素の濃度は、産業革命以後、急上昇を続けている。このため将来の気温についても最大で6.4℃上昇するとの予測がある。
・ 二酸化炭素などの温室効果ガス濃度を安定させるためには、排出量を、今後自然吸収量と同程度まで減らすことが必要である。
・ 地球温暖化の科学的な分析については、気候変動に関する最新の科学的知見の評価を任務とするIPCCという国連の組織が存在する。政策に中立であり、特定の政策の提案は行わないという立場を取っている。
・ 気温の上昇が2~3℃を超えると被害が甚大になると言われているが、例えばEUは気温上昇2℃までで安定化を図る目標を設定している。世界全体でも、カテゴリーⅠ(産業革命からの気温上昇2.0~2.4℃)の範囲に抑えることを目指すという認識ができつつある。
・ 将来の二酸化炭素濃度をより低いレベルで安定させるためには、排出量のピーク時期を早め、2050年までに大幅な排出削減が必要である。
【国際交渉(1)気候変動枠組条約と京都議定書】
・ 大気中の温室効果ガス濃度の安定化を目的とする「気候変動枠組条約」は1992年に採択され、1994年に発効した。
・ 「気候変動枠組条約」の目的の達成に向けて、2005年に発効した「京都議定書」では国別排出総量に法的拘束力のある削減目標を課した。ただしアメリカは批准せず。
・ 京都議定書では1990年のレベルを基準とし、2008年から2012年で日本は6%の削減、EUは全体で8%の削減をするという目標が課された。一方で途上国については数値目標などの義務は導入されなかった。
・ 京都議定書では、国際的に協調して目標を達成するための仕組みも導入された。例えばCDM(クリーン開発メカニズム)は、先進国が途上国で排出量削減プロジェクトを実施し、削減分を当該先進国の達成数値として計上できるという仕組みである。
【国際交渉(2)次期枠組み交渉】
・ 世界全体の二酸化炭素排出量のうち、京都議定書による削減義務を負っている国からの排出量は30%に過ぎない。最大の排出国アメリカ(21.4%)は議定書を批准しておらず、排出量第2位の中国(18.8%)は削減義務を負っていないためである。
・ 京都議定書の約束期間(2008年から2012年)以後の次期枠組み交渉の課題として、米国や中国、インドの参加、特に途上国が参加するインセンティブが挙げられる。排出削減だけでなく、気候変動への適応や途上国への資金供与も重要な課題である。
・ 次期枠組みに関する日本からの提案としては、安部総理のときに「美しい星50」という提言で、2050年までに二酸化炭素の排出量を半減させる目標を提示した。
・ 日本の提案には、途上国に対しては経済の発展段階により分類し、主要途上国に対しては主要セクター及び経済全体の効率目標を拘束力のある目標として設定、その他の国については数値目標による拘束は行わない、という途上国が受け入れやすいように柔軟性を持たせた提案も含まれている。
・ 2008年のG8北海道洞爺湖サミットでの合意事項は、長期目標として、2050年までに世界全体の排出量を少なくとも50%削減するとの目標を、気候変動枠組条約の全締約国と共有し、同条件の下での交渉において検討し採択することを求める、というものであった。また、中期目標として、G8各国が自らの指導的役割を認識し、排出量の絶対的削減を達成するため、野心的な中期の国別総量目標を実施することが合意された。
・ 次期枠組み交渉における日本の立ち位置としては、アメリカとEUをつなぐ役割、先進国とアジア諸国をつなぐ役割が期待される。日本は2008年のG8議長国を務め、また公害を克服し経済成長を遂げた経験と高い環境技術力は世界にアピールできる。
・ 温室効果ガスの削減については、先進国側は、主要途上国は何らかの義務を負うべきと主張している。途上国側はまずは先進国が野心的な中長期の目標を約束すべきと主張している。また主要途上国は、途上国のグループ分けに反対している。
・ COP14・COP/MOP4での結論として、途上国のグループ分けは提案の一つとして議長とりまとめペーパーに盛り込まれた。その他に先進国の削減目標の設定、割り当てについて今後検討を要する事項の確認がなされた。また途上国への技術移転促進のために技術ニーズ評価を迅速に実施することが確認され、また新規の資金メカニズムに関する各種提案が議長とりまとめペーパーに盛り込まれた。
・ 次期枠組みのキーワードは計測可能、報告可能、検証可能の三点である。
・ 京都メカニズムにおけるCDM(クリーン開発メカニズム)の課題としては、プロジェクトがアジア太平洋(特に中国)と中南米に偏っているのが現状である。
・ 先進国は緩和(排出削減、吸収源の強化)に関心が強く、途上国は適応(水防対策など)に関心が強いという見解の違いが生じている。
【国際交渉(3)国際的な動向】
・ オバマ新大統領の環境問題に対する姿勢は積極的だが、数値目標は保守的と指摘されている。
・ EUでは2005年から排出量取引制度が導入されており、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドでも導入を決定又は検討中となっている。
・ 日本、アメリカ、EUなどが中期、長期の目標数値を掲げており、日本の中期目標については環境省がパブリックコメントを募った上で2009年中に発表される。
【国内対策】
・ 2007年度の日本の排出量は基準年比8.7%(速報値)上回っており、京都議定書の6%削減約束の達成には、14.3%の排出削減が必要である。
・ 二酸化炭素排出量に関しては、産業部門、運輸部門、業務その他(商業・サービス・事業所など)の順に排出量が多い。(2006年度)
・ 産業部門では自主行動計画の推進・強化、エネルギー管理の徹底などによって排出量削減が図られている。
・ 運輸部門では自動車・道路交通対策、物流の効率化などによって、また業務その他部門では建築物・設備・機器等の省CO2化(トップランナー基準による機器の効率向上など)、エネルギー管理の徹底などによって排出量削減が図られている。
・ 家庭部門においては、住宅・設備・機器等の省CO2化、国民運動の展開(「チーム・マイナス6%」、「私のチャレンジ宣言」など)によって削減が図られている。
・ 京都議定書の目標達成のために、再生可能エネルギーの利用や省エネ機器の利用による排出量の削減と並行して、森林の再生など温室効果ガス吸収源対策も実施されている。
・ 現在、排出量取引国内統合市場が検討されている。経団連の自主行動計画への反映などを通じて京都議定書目標達成に貢献することが期待されている。
・ 英国の国内対策としては、2008年に気候変動法が可決され削減目標などが定められた。排出権取引制度に関してはEUで2005年から導入されている。
・ 英国では電気、ガス、石炭を対象に気候変動税が課されているが、政府と協定を結んだ事業者が目標を達成した場合は税額の80%が免除される。
・ 英国ではエネルギー消費に占める再生可能エネルギーの割合を2020年に15%とする目標を掲げている。さらに2008年からは国内外の技術開発への資金援助をしており、また2008年からエネルギー供給事業者に義務を課すなど家庭部門でも排出量の削減に努めている。
【低炭素社会に向けて】
・ 福田ビジョン(低炭素社会・日本をめざして)では、低炭素社会への転換、2050年までに世界全体で排出量を半減する目標、10~20年で世界全体の排出量のピークアウトという目標、が掲げられた。
・ このためには、①革新技術の開発と先進技術の普及(途上国支援多国間基金など)、②国全体を低炭素化へ動かしていく仕組み(排出量取引など)、③地方の活躍(エネルギー、食料の地産地消など)、④国民主役の低炭素化(サマータイム導入など)の取り組みが必要である。
・ 低炭素社会のイメージとしては、太陽光等のエネルギーの導入が進展した社会、水素の利用が大幅に進展した社会、二酸化炭素を排出しないエネルギー源の利用が進んだ社会、省エネの効率が徹底化された社会、というものである。
・ 低炭素社会の実現のためには、基本理念、イメージ、実現のための戦略を策定し、これらを世界に発信し、国際的に連携することが不可欠である。
・ 参考資料として、脱温暖化2050研究プロジェクトでは日本を対象に、2050年に想定されるサービス需要を満足しながら主要な温室効果ガスであるCO2を70%削減する低炭素社会(活力社会、ゆとり社会の2つのシナリオ)の姿を提示している。
(以上)
2009年02月23日
スピーカーシリーズ「社会におけるセキュリティ日英比較」
●日時 2009年2月23日(月)14:00~15:30
●講師 セコムPLC Managing Director 竹澤稔様
●会場 (財)自治体国際化協会ロンドン事務所会議室
ご講演要旨
【英国におけるセキュリティ事情】
・英国の人口あたりの犯罪数は日本の5~6倍。
・英国のセキュリティ対策の歴史は長く、アメリカとともに世界で最も進んでいる国の一つ。
・CCTVは、世界に設置されている約4300万台のうち、一割が英国に設置されていると言われ、ロンドンを1日散歩すると300回はCCTVに撮影されることになる。一方で、CCTVによる犯罪の検挙率はストリート犯罪の約3%に止まり、警察も些細な事件ではCCTVを確認することはしないため、犯罪抑止効果が必ずしも大きいとはいえない。
【日英のセキュリティ会社の違い:英国モデル】
・日英のセキュリティ会社の大きな違いは、英国のセキュリティ会社が防犯機器を販売する“防犯機器販売設置業者”であるのに対し、日本のセキュリティ会社は“防犯サービス提供者”であることである。
・英国では、街中で防犯装置が鳴りっぱなしという光景をよく目にするが、防犯機器を販売した後、セキュリティ会社の役割は限定的であり、アラームが鳴ったらコールセンターから顧客と警察に連絡するだけで、自ら現場に駆けつけることはしない。
・防犯機器自体の性能等について規制する多くの機関が存在するものの、セキュリティ会社をサービス提供者としては捕らえていない。
・セキュリティ会社による十分なチェックなしに警察に通報されるため、誤報は90%に及び、市民の血税が誤報に費やされていることが社会問題化している。
・警察側もこのような事態を防ぐため、同一物件に対し年間3回の誤報があったらそれ以上出動しない、警察への通報には2種類以上の警報機の作動を条件とするなど、通報ルールを厳格化している。
・この英国モデルの背景には、1880年に初の防犯アラームが発明されて以来、商品としての防犯アラームが早い時期から市民に実用されてきたという歴史的背景による。
・警察が防犯アラームに対応して出動するようになり、防犯機器の販売者、防犯機器を規制する様々な機関、そして防犯機器に対応して出動する警察の構造が固定化されてしまった。しかし、1989年には誤報の数はピークの120万件にのぼり、警察はもはや全てのアラームには対応できないという状況となったわけである。
【日英のセキュリティ会社の違い:日本(セコム)モデル】
・一方、日本の警備会社においては、アラーム機器は販売ではなくレンタルされ、現場確認された実犯罪のみが警察通報されるため、誤報によって警察が振り回されるということが少ない。
・“防犯機器の販売”を主とする英国モデルに比べ、“安全サービスを提供”する日本モデル(セコムモデル)は、台湾や韓国などでは標準モデルとなっている。
・日本モデルが日本及び他のアジア諸国で定着するようになったのは、まさしくセコムがこの形態でセキュリティ・サービスを始めたからである。
・セコムは、1962年日本初のセキュリティ会社としてパトロール・サービスを開始し、1964年の東京オリンピックによる警備需要、1965年にセコムをモデルとしたドラマ「ザ・ガードマン」が放映されたことにより、急成長をとげた。人的資源のみによる警備から、よりシームレスな警備を目指し、防犯装置・ネットワーク・人間の機動力の融合による機械警備体制への転換を図った。
・各都道府県にコントロールセンターを配置し、クオリティ・サービス・プロバイダーとしての事業モデルを確立した。
・契約件数は国内外合わせて180万件(国内120万件、海外60万件)、海外においても11カ国において事業を展開している。
・現在では、自社のネットワークを活かし、セキュリティ・サービスの他、メディカル、保険、地理情報、防災、老人ホーム、データ・センター、PFI刑務所などのサービスも提供している。
【英国でのクオリティ・サービスの提供】
・セコムPLCの英国進出は、1991年のCarroll Security社の買収に始まる。厳しい経営状況が続く中、2001年より日本から社長を派遣。
・サービスレベルの低さが当たり前とされる英国市場で日本水準のクオリティ・サービスを提供すれば成功するのではという発想から、2003年から事業改革プラン“QSP programme ”を開始。英国モデルに基づく機器販売設置会社から脱却し、日本モデルである質の高いサービス提供会社への転換を図った。
・英国内に25の事業所があり、約600名の社員を抱えるが、日本本社から派遣された社員は社長(Managing Director)1人のみである。
・このような状況のもと、いかにしてクオリティ・サービス・プロバイダーとしての企業理念を社員に植え付け、企業文化を転換するかに力点を置いてきた。
・社内での表彰制度や、優良なケース・スタディの社内報による共有、日本のサービス現場を学ぶための集中研修プログラム(ジャパン・スタディー・ツアー)の開催等、社員教育を着実に行ってきた。
・顧客のクレームに責任を持って対応することで自社のファンを増やすチャンスに変え、現在では、大規模な民間小売業者のみならず、国やNHSなどのパブリックセクター、さらにヒースロー空港(ターミナル5)やセント・パンクラスなど英国の玄関においてロンドン警視庁からの大型受注も受けている。
・ロンドン警視庁からのMetropolitan Police Award for False Alarm Reductionの受賞など、多くの機関からの表彰も受け、クオリティー・ブランドの確立と、企業文化の変革を着実に進めている。
・今後は、英国セキュリティ業界における相対的優位に満足するのではなく、サービスレベルのさらなる向上を目指して絶対的優位を確立することを目標としている。
(以上)
2009年01月28日
スピーカーシリーズ「持続可能な観光を用いた地域再生」
●日時 2009年1月28日 14:00~15:30
●講師 Dr. Jane Lutz, INLOGOV University of Birmingham
●会場 (財)自治体国際化協会ロンドン事務所会議室
ご講演要旨
・私はバーミンガム大学において観光をテーマに研究・講義を行っている。今まで、政府や自治体による観光政策や、文化・スポーツ・観光を利用した地域再生などについて調査してきた。今回は、英国の「持続可能な観光」(sustainable tourism)についての状況について説明したいと思う。
【英国における観光の現状】
・2007年の観光関連による支出の合計額は863億ポンド、そのうち海外からの訪問者の支出は約160億ポンド、一方国内居住者の観光によっても676億ポンドの支出があった。
・雇用面では、国内全体で20万人以上が観光関連業で働いており、直接観光業に従事している人数は、英国全体の被雇用者の約5%に当たる約14万人である。この割合は地域によっても差があり、スコットランドでは9.2%が観光関連業に従事している。
・最近は、従来の「観光」を意味する‘tourism’ではなく、訪問者全てを視野に入れた‘visitor economy’という言葉が用いられるようになっている。これは、単純に観光のみを目的とした訪問だけでなく、ビジネスの出張などによる訪問客の誘致や、VFR(visiting families and relatives)と呼ばれる親類や友人への訪問も大きなマーケットとなるためである。特にVFRについては、英国内の旅行の3割がVFRに該当するという調査結果がある。
【英国の政府や自治体の役割】
・国レベルでは「文化・メディア・スポーツ省」が観光関連の政策を決定している。他にも国内の交通インフラの整備、土地利用計画の策定、消費者保護、安全の確保などが観光に関わってくる政策となる。
・広域レベルでは、主にRDA(Regional Development Agency:地域開発公社)、RTB(Regional Tourist Board:地域観光委員会)などが、地域の経済政策として観光の推進に関わっている。
・地方自治体レベルとしては、観光政策に対する法定の責任はないが、経済活性化のカギとして観光振興に取り組んでいる。具体的には、観光関連団体のパートナーシップ主導やマーケティングなど。
・また、近隣自治体が寄り集まって組織したDMO(Destination Management Organisation)と呼ばれる団体も観光振興に取り組んでいる。主な活動としては、その地域に対する観光イメージの喚起など。ただし目に見える形での成果を上げることが難しいため、納税者への説明義務を果たすことが困難でありがちである。
【「持続可能な観光」とは】
・観光業が地元に与える影響は、経済的なものから始まり、文化的、環境的、社会的な影響など様々なものがある。「持続可能な観光」を目指す場合、こうした全てのことを考慮に入れる必要がある。
・持続可能性を考えた場合、ただ単に観光を促進するだけでなく、自治体において独自の景観、環境に関する規制を設定するなど、観光に関する制限を行うことが必要になることもある。
・環境面を重視した持続可能な観光においては、カナダ、ニュージーランドの両国は環境基準を設定するなど世界的に見て非常に進んでいる。
・観光の発展は、それ自体を目的とするのではなく、地域経済を振興させる上でのプロセスの一つとして考えるべきである。
・・自治体は長期的な展望を持って、一貫性のある目標を設定する必要がある。また、自然環境、街並み、土地の雰囲気、住民など、全ての環境資源を尊重すべきである。
【英国での「持続可能な観光」】
・英国では2004年の7月に、文化・メディア・スポーツ省が発行した観光政策に関する報告書‘Tomorrow’s Tourism Today’において、観光振興による「賢い成長」がキーワードとなっている。
・2004年から2005年にかけて、英国内の自治体から優良事例を実践している自治体を選出する「ビーコン・カウンシル」事業のテーマの一つとして「持続可能な観光」が取り上げられた。その結果、地元団体とのパートナーシップを強化して観光振興政策に取り組むグリニッジ市、自然環境への影響を最小限に留めようとする取り組みを行うニュー・フォレスト市、また観光地としては一般的でなくても、ビジネス客などをターゲットとしてマーケティングを行っているバーミンガム市など、様々な取団体が受賞している。
・民間の優良団体を表彰するプログラムを実施することにより、優良事例の普及を行っている自治体も多い。
・最後になるが、「持続可能な観光」を目指す上で政府や自治体などにとって最も重要な役割は、長期的な視点を持って観光の振興と、それが地域、社会、環境等に与える影響のバランスを取る政策を立案することである。
【質疑】
・(観光の過開発に伴う具体的な悪影響にはどのようなものが考えられるか)観光客の数を増やそうとするあまり、従業員のスキル等のサービスの質が低下してしまうといった問題が起きがちである。また、観光に従事する季節労働者が増えすぎたため、地元経済に悪影響を及ぼしているケースもある。「持続可能な観光」を目指すためには、年間を通じた観光客の誘致を考慮すべきである。
・(過開発とならないよう、地域において観光客が受け入れ可能なキャパシティを超えないことが重要と思われるが、それを計ることは困難ではないだろうか)ご指摘の通り、それは非常に重要かつ難しい問題である。自治体としては地域住民と話し合いの場を設け、住民の意見を聞き、コミュニティと一丸となった観光振興が必要となるだろう。
・(英国にはコミュニティが主導する観光振興に対する助成金の制度があるだろうか)スポーツや文化的イベントを開催する際に、地域開発公社が助成金を支払っている場合がある。
・(2012年のロンドンオリンピックの影響にはどのようなものが考えられるか)様々な影響が考えられるため、列挙することは難しい。しかし、オリンピックを開催するにあたって、交通インフラの整備が進むことは間違いない。単にスポーツを観戦するだけでなく、文化的にも良い影響を残せるようにすべきである。
・(観光資源がない場所で、観光を成功させるポイントにはどのようなものがあるか)例えばバーミンガム市のように従来からの観光地ではない都市でも、ビジネス客をターゲットとして素晴らしいマーケティングを行っている。また、フェスティバルを開催して、観光客の増加を図っている自治体もある。リーダーシップと想像力が最も重要となるだろう。
・(一度しか訪問しないビジターとリピーターと、どちらをターゲットとしているのか)バランスを取ることが重要である。そのためにも、調査を行って状況を分析する必要がある。
・(ロンドンにおけるビッグベンなど、日本においてはシンボルになる観光スポットがないが)インターネット等で簡単に情報が入手できる現在では、必ずしもシンボルとなる物が必要になるわけではないと思う。バックパッカーなどの口コミでビジターが増えることも大いに考えられる。
(以上)
(注)この記録は、Jane Lutz氏が自治体国際化協会ロンドン事務所において英語にて行った講演の内容について、同事務所職員が概要を日本語にて記録したものである。
2008年12月06日
スピーカーシリーズ「英国紙、わたしの読み方」
●日時 2008年12月3日 14:10~15:30
●講師 株式会社 時事通信社 ロンドン支局長 櫻井渉様
●会場 (財)自治体国際化協会ロンドン事務所会議室
ご講演要旨
・私は、現在のロンドンでの業務はまだ1年4ヶ月であるが、10年前にも一度ロンドンで仕事をしていたことがあり、通算すると5年と6ヶ月になる。
・そのため、ブレア政権の時代をロンドンで見ていないが、こちらの英国紙を見ていて日頃感じていることなどをお話したい。
【記者会見】
・ロンドンの外国人記者協会に加盟し、そこを経由して来る記者会見案内から選んで出席している。
・ブラウン首相の記者会見は月一回行われる。約150人集まる記者のうち30名ほどがくじ引きで選ばれた外国人記者である。私も4~5回当たって行った。日本人記者で積極的に質問している人もいる。
・イングランド銀行のインフレ四季報とキング総裁の記者会見は、内容が市場に影響するため、「缶詰め(Lock-in)」方式で、会見の45分前に資料が配布され、会見開始と同時に送信が解禁となる。100人ほど集まる。
【記者会見以外での情報収集】
・私の一応の独自ダネの例としては、(グレアム・)フライ駐日英国大使(当時)の勇退、そして住友商事の銅取引損失などがある。
・(2008年6月の)フライ大使退官の件は、ロンドンへ一時帰国した本人がぽつりと漏らした一言から。後任が(ディビッド・)ウォレン氏であることも含め、新聞が報じる3日前に日本の編集局へ記事送稿した。
・住友商事の件は12年ほど前になる。発表の前から、FT(フィナンシャル・タイムズ)がちらっと書いた関連記事を目にとめ、周辺情報を調べ確信を持ち、東京へ打電した。その記事は新聞社・テレビ局向けは、損失金額が不透明などの理由からかボツにされてしまったが、銀行・企業向けには配信された。直後に住友商事が銅の国際取引で18億ドル(最終的には26億ドル)の損失を出したと発表した。もう少しつっこんで取材していれば、と今でも反省している。
【注目する各紙論説委員、記者など】
・タイムズ紙のアナトール・カレツキー(Anatole Kaletsky)論説委員:
英国、欧州の経済、金融関係。ずばり切り込み、しかも分かりやすい。かつてのブラックウェンズデーや今般の景気減速にあたり、一般の悲観的な見方とは一線を画した、ポンド安をよしとする明快な理論を展開している。もとフィナンシャルタイムズの東欧特派員であり、ロシア経済にも強い。
・フィナンシャルタイムズ紙のマーチン・ウルフ(Martin Wolff):
英国の経済、金融関係。分かりにくいのが難点だが、立場は鮮明。私がパーティーで会ったイングランド銀行の元局長も、ウルフの2%利下げ提言に関心を示していた。その後イングランド銀行は1.5%の大幅利下げを実施した。
・G7などの内幕記事:
日本のマスコミの内幕記事は、日本政府の背景説明をもとにしたものが中心である。英国紙の書く内容は日本のものとまた違っておりおもしろい。2008年10月のG7会議とユーロ圏首脳会議の合意に至るまでの経緯で、欧州共通の景気対策の押しつけに反対するドイツが、いくつかの選択肢の中から各国が選択できることを保証する「道具箱(ツールボックス)」という表現のもと最終的に合意したこと、ドイツに政策を受け入れさせ資金を出させたいフランスや、ユーロ圏の外から言いたいことを言っているイギリス、などの様子が分かる。
・デーリー・メール紙のコラムニストのピーター・オボーン(Peter Oborne):
政治。土曜日に政治コラム記事を書いている。立場がはっきりしており、わかりやすい。
・デーリー・テレグラフ紙のアンブローズ・エバンズプリチャード(Ambrose Evans-Pritchard)編集委員:
欧州、ロシア・東欧の金融問題。東欧諸国の混乱がユーロ圏内部での連鎖反応を起こすことを懸念。ユーロ導入反対派の論客。また、ハンガリーやラトビアの住宅所有者が日本円建てで住宅ローンを調達していたが円の急騰で債務額が膨らんだことから、日本の「キャリートレード(金利の低い通貨で資金調達し、金利の高い通貨で運用して利ざやを稼ぐ手法)」が逆転した場合のことを誰も警告していなかったことも批判している。
【その他キャスター等】
・BBC日曜日のニュース番組キャスターのアンドルー・マー(Andrew Marr):
あらゆるテーマについて、簡明な解説に定評がある。もとインデペンデントの編集長。時事通信社のセミナーの講師として呼んだこともあるが、今は売れっ子で、講演料が10倍になっているかもしれない。
・BBCのロバート・ペストン(Robert Peston)編集委員:
英国金融業に関する特ダネ記者である。今年始めに出た著書「Who runs Britain?」は、最近ペーパーバックでまた出版された。ノーザン・ロックの2月の国有化決定や、HBOS買収など、BBCのやる大きな特ダネのニュースは全部この人である。
・デーリー・メールのリチャード・ケイ(Richard Kay):
王室関係記事。今では独立した模様だが、コラムは持っている。ダイアナ妃が生前最後に会い、相談したジャーナリストである。今も社交欄にさりげなく特ダネを。
・タイムズの土曜日の、ヒューゴ・リフキンド(Hugo Rifkind)のコラム記事「My Week」:
面白おかしく書かれた、有名人のニセ日記。今年春掲載のブッシュの日記(大統領は次々訪れる3人の訪問者の区別がつかず、会談で、ありえないミスを連発する。)は傑作。
【ブラウン政権とマンデルソン】
・最近のブラウン政権は、マンデルソン中心に動き始めたのかもしれない。
・マンデルソンは(旧)ブレア派で、ブラウンはずっと毛嫌いしていた。しかしデーリー・メール紙でピーター・オボーン氏は「ブラウン氏は彼を入閣させるしかない」と論じていたと記憶している。
・ギリシャのコルフ島での豪華ヨット接待疑惑は、マンデルソンがブラウン内閣へ復帰したのをきっかけに各紙で騒がれ始めた。影の財務相オズボーンはマスコミ操作でマンデルソンに完敗。保守党人気のかげりを助長した。
・200億ポンドの景気政策に伴う赤字対策のため、所得税の最高税率を引き上げることから「オールドレーバーへの逆戻り」との批判あり。
・11月29日付ガーディアンの単独インタビューでは、ブラウン首相を持ち上げている。
・ガーディアンの故ヒューゴ・ヤング氏はマンデルソンのスポークスマンのような役割を果たしていた。ブラウン批判発言など。
・12月1日付イブニング・スタンダードなどは欧州委員会のバローゾ委員長が「英国がユーロ導入していたら事態はもっとよくなったと語った英国の有力人物もいる」と述べたと報じ、マンデルソンでは?と報じた。しかしブラウン政権ではユーロ導入はないのではないか。
・昨年秋の総選挙繰上げ騒動では、ブラウン首相は総選挙実施報告のため女王の日程調整を依頼したという説のほか、当時、女王の日程が取れなかったはずだ、という説もある。
・現在、ブラウン首相とマンデルソンはまさに二人三脚である。
・総選挙は保守党との差を逆転したとき、しかも景気回復の目途が立ったときのはず。そして昨年秋の騒動を繰り返さないよう、次はブラウン首相は情報管理を徹底するだろう。
【その他】
・国内通信社
国内通信社(PA)は、あまり知られていないがニュース配信大手である。首相官邸からの連絡もPAを通じて、という場合がある。
・夏枯れ記事
議会もなく記事の少ない7月8月は穴埋め記事が多い。マデリンちゃん事件や、ミリバンドのブラウン「不支持」、ダーリングの「60年間で最大の金融危機発言」など、根拠も意味もあまりあると思えない記事が頻発する。1997年8月に亡くなったダイアナ妃もパパラッチに追われ事故死。夏枯れの犠牲者だと思う。
【質疑】
・(要注意の記者など)目先のことばかり見て、ダメな人は淘汰される。また、優れた記者は、状況、現状認識により必要な方向転換もする。ガーディアンのある女性論説委員の記事は、少し怪しい。
・(英国紙の記事の量が多いことについて)土曜日は100頁を超えている。多くの記者を抱えていること、また、記事がロンドンのことに集中していることなどが原因だと思う。
・(マンデルソンの情報操作について)ギリシャの接待について、オズボーンがマスコミリークでマンデルソンに挑戦したことに激怒し、マンデルソンはロスチャイルド家の御曹司を使って投書させた。彼はそういう人物も動かせる人。彼はなぜそんなにすごいのか。EUのアルミ関税疑惑もあいまいになった。アルミ事業で共通の利害があるのでは。
・(日本に関する報道の内容について)たしかに、英国人教師の殺人事件やイルカのことなど、後ろ向きのニュースが多い。グリーンピースなどが強く、定着している。ただ、土曜日の特集などで、日本の優れた工業製品の紹介などがある。タイムズは皇室離婚説など、本当の特ダネではない、週刊誌レベルの仕立て上げの記事があるので要注意。日本の経済はデーリー・テレグラフがけっこう良い。特ダネに強い
(以上)
2008年10月28日
スピーカーシリーズ「効率化に向けた取り組み」
●テーマ:「効率化に向けた取り組み」(The Drive for the Efficiency)
●日時:2008年10月28日 14:00~15:30
●講師:Dr.Peter Watt, INLOGOV University of Birmingham
ご講演要旨
【プライベートセクターとパブリックセクターの各生産工程における業績測定の違い】
・ラジオの製作会社の工程を例にすると、Input(労働力や資源の投入)、Output(ラジオ)。Outcomes(ラジオの視聴経験)という3つの工程が存在する。プライベートセクターにおいては、この事例では、Outcome(成果)は、買い手によるラジオから得られる視聴経験である。この視聴経験の価値そのものを知ることはできないが、ラジオの価格や販売数量というOutputにより、その価値を見積もることが可能である。また、プライベートセクターにおけるProductivity(生産性)は、Input(資源投入) とOutput(産出)のRatio(割合)により測定することができる。
・一方、パブリックセクターにおいては、Outputは必ずしも必須ではない。例えば、自治体が道路の補修を行う場合、補修に必要な費用を測定しても、補修した道路の箇所数を常に把握しているとは限らない。プライベートセクターにおいては、販売数量の記録が必須であるのとは異なり、必ずしもOutputの記録は必要ではないからである。一方で、Outcome(住民にどのような影響を与えたか)を知ることができないのはプライベートセクターと同様である。なお、近年ではパブリックセクターにおいてもOutputに関する情報を収集するようになってきた。
【パブリックセクターにおける3E】
・昔はEconomy(経済性)が重視されていたが、近年は、Efficiency(効率)、さらには最終目的であるEffectiveness(効果)が重視されるようになってきた。Efficiencyとは、物事をうまく行っているかに関するものであり、Effectivenessとは、適切な物事を行っているかに関するものである。例えば、落とした玄関の鍵を探す際に、遠くの暗い場所に落としたことが分かっているにも関わらず、明かりの灯った場所を探すのは効率的ではないであろう。このように、従来は、非効率であるにも関わらず容易な手法を選んでいたが、最近では、実施が困難であっても効果的な手法(上記の例で、遠くの暗い場所を探すこと)を選択する方向へとシフトしている。
【パブリックセクターにおける業績の向上】
・中央政府は、地方における業績向上の手法として、各自治体に対し統一的なベンチマーキングを行ってきた。これにより、自身の自治体がどこに位置するのかが分かり、また他の自治体の状態を把握することができる。ベストバリューにおいて、政府は、ベンチマークの手法を用いて、Worstであると評価された自治体に対しては5年以内にBestとなるよう指示してきた。Bestの状態は、Production Frontierとも呼ばれ、それより上位にはまだ誰も達していない状態である。これを超えるには、技術革新が必要である。政府は、地方自治体に対し、これまで年間2.5%の効率化を求めていたところ、CSR2007 において年間3%の効率化を求めている。これを達成するためには、自治体は、今後もっと生産性の高い、「新たな仕事のやり方」を見つけなければならない。
【パブリックサービスにおける生産性向上を考える際の問題】
・ある自治体における複数のサービスに関するコストと業績の相関図を事例にすると、
非常に高いコストであるにも関わらず業績が良くない事業として、図書館サービスが挙げられた。(これは全ての図書館に大規模な無料インターネットサービスを導入したことによるものである。)しかしながら、この事業は、政治的に決定された当該自治体の方針であることから、たとえ業績に比してコストが過大であるとしても、政策を変更する予定はないとのことであった。
・Baumol’s diseaseとは、サービス業のような労働集約型産業においては、生産性を向上させることは困難であるという問題である。生産性は、コンピュータの生産などモノに関してはその向上を図ることができる。しかし、モノではない場合には事情が異なる。例えば、シェークスピアの演劇には、毎回、長時間にわたる公演と多数の俳優の出演が必要であり、ここで効率性を問うことができるであろうか。これと、パブリックセクターにおける生産性の向上が難しいのとは同様である。例えば、社会福祉のカウンセリングにおいて、生産性を向上させることができるだろうか。例えば5人の話を一度にカウンセリングすることで生産性を5倍にすることができたとはいえない。あるいは、病院において生産性の向上を図る場合、1人あたりの診療時間を従来よりも短縮したとして、顧客の側では、モノを買う場合には支払いをしない、買わないという選択が可能であるのに対し、病院の場合にはそれが不可能である。ここで、Outcomeに注目し、患者から、病院における自らの経験のフィードバックを収集することにより、見せかけの効率性の向上から患者を守ることが可能である。このように、パブリックセクターにおいては、労働集約型産業であるがゆえに効率性の向上を図ることは難しい。
【政府の効率化に向けた政策について】
・政府は、地方自治体に対し、年間3%の効率化を求めている。また効率化による削減は、cash-releasing(現金化)できるものでなければならない。同じ生産価値を得るために、投入するコストを少なくしなければならない。これは、国の業績指標(National Indicator)の1つでもある。新たな業績管理の枠組みにより、過去に国が地方に対して課していた業績指標は1200であったが、現行制度では198にまで減少した。
・納税者と政府は、Principal(依頼人)とAgent(代理人)の関係にある。納税者は、中央政府に税金の多くを支払うことから、お金の支払いに見合った業績の達成を中央政府に期待する。しかしながら、実際には、中央政府に支払われた税金は各省庁に配分され、その後地方自治体に配分され、最終的には自治体の道路清掃などフロントサービスへと配分される。これはPrincipal-Agentの関係が連鎖した状態である。このような状態で納税者を満足させるために、政府は、納められた税金がどのように使われているのかを十分に説明することが必要となる。このため、CSR2007において、政府は達成すべき5つの目的を定め、その達成状況を有権者に報告することとしている。そして、政府は、資金の配分先である各省庁や自治体に対し、自らの目的の達成に向け、細かい業績目標を課している。各省庁に対しては30のPublic Service Agreement(PSA)を課すとともに、地方自治体に対しては198のNational Indicator(業績指標)を課している。
【Regional Improvement and Efficiency Partnerships(RIEPs)】
・従来のRegional Centre of excellenceとImprovement Networkが合併したもので、イングランドの9つの地域に存在する。RIEPsには、総額1億9500万ポンドが配分されているが、これは自治体の予算全体のわずか0.13%である。この資金は、自治体の改善や効率化を支援するためのコンサルティングやアドバイスを委託することなどに使用される。
【Comprehensive Area Assessment(包括的地域評価;CAA)について】
・従来のCPA(Comprehensive Performance Assessment)では、自治体における業績評価と住民の認識との間にギャップが存在していた。そこで、各自治体を個々に評価する手法から、地域を全体として評価する手法であるCAAにシフトすることとした。CAAにおいては、カウンティの中のすべての組織を総合して地域としての評価を行う。これにより、地域内の組織間において協力してより効率的な手法を採用するモチベーションとなることが期待されている。
【質疑応答】
○パブリックセクターにおいて、Outputを測定できるものにはどんな分野があるか。
・例えば、何回の講義を受講したか、については数値化することが可能であるように、あらゆる分野においてOutputを測定することは可能である。しかし、プライベートセクターが、モノの売り上げによりその価値を図ることが可能であるのとは異なり、これによってどんな価値が得られたかを明確にすることは困難である。
一方で、費用と効果を分析する手法として頻繁に用いられているものに、医療分野におけるQALY(Quality Adjusted Life Years)という評価手法がある。社会福祉分野においても、同様の評価手法がある。一方で、こういった手法は、ときには、良い結果をもたらすにも関わらず、コストに見合ったものでないとして却下されるということもあり、議論の余地のあるところである。また、別の事例を紹介すると、腎臓に関するある治療薬を、それにより多くの人が救われる可能性があるにも関わらず、NHSが治療効果が価格に見合ったものでないとして提供を拒んだことがあり、これに対し、患者から多くの不満が寄せられたことが最近の新聞で話題になった。
○ある地域内において、ある行政分野には十分な予算があるため、サービス向上に向けた十分な対策が可能で高業績を上げる一方、別の行政分野はその逆で、予算が不十分であるために、優先度が高い事項でさえ満足に実施できないため、業績が悪い場合があるだろう。すると、業績評価を正しく行うためには予算配分が公平であることも重要だと思うが、誰が地域のパートナーシップへの予算配分割合を決めるのか?
・多くの資金は、中央政府が、地域の優先事項と状況をふまえ、地方自治体と保健当局に対して配分する。しかしながら、中央政府には十分な情報がないために、ある自治体には十分な予算が割り当てられ低い優先事項にも配分される一方、別の自治体にはその逆に、高い優先事項にさえ配分できないといった問題が生じる。中央政府においては、地域内での横の調整は行わない。しかし、地域内において、LAAで定めた優先事項の優先度合いに応じて資金の横の調整を図るよう交渉することは可能である。また、個々の自治体ではなく、地域に割り当てられる、使途の定められていないPooled Budgetも存在する。これは、団体のトップが机上で議論してその使途を定めるものである。しかし、これは、地方自治体の支出のうちのごくわずかに過ぎない。また、自分に割り当てられた資金を他に譲ることはないだろうと述べる人もいる。
○それぞれの団体への配分が政府で決定された後にも、例えば、保健当局から地方自治体へ資金を移すなど、中央の許可なく地方のレベルで、資金をある団体から別の団体へ調整することは可能なのか?
・可能である。LAAに定めた地域の優先事項によって、その調整を正当化することができる。また、Joint Postといって、社会ケアと保健を兼任する幹部職のポストを設置し、(社会ケアを担当する)地方自治体と保健当局が給料を折半するといった事例もある。
○なぜ政府はそれほどまでにパートナーシップを推進するのか。
・英国のパブリックセクターでは、複数の組織による共同(Joining up)はあまり行われていなかったが、政府は、近年地域におけるパートナーシップを非常に重視するようになってきた。例えば、親戚が亡くなった場合、最近までは、非常の多くの部署でそれぞれ手続きをする必要があり、すべての手続きを1箇所で済ませられるような制度が望まれてきた。一方、プライベートセクターにおいては、例えばレストランで食事を注文した際に、顧客に対し各食材店でそれぞれの素材を購入したうえで調理するということは非効率であることから行われない。食材の調達も含めすべてのプロセスをレストランで行うことにより効率化を図っている。パブリックセクターでも同じように効率化が図ることが可能である。しかし、パブリックセクターにおいては、無料で食事を提供する場合もあり、予算の制約から効率化を図ることがこのように問題となることがある。
○地域における業績や効率化を向上させるためのインセンティブを働かせるための報奨制度はあるのか?
・LAAで定めた優先事項の業績が優れている場合、非常に少額であるが資金を上乗せする制度があり、政府はこれを増額したいと考えている。一方でこの制度には限界がある。たとえば、業績を向上させた自治体はさらなる資金が得られる一方、業績の良くない自治体は、資金の割り当てが少なくなる。このように報奨要素が大きくなれば、サービスを向上させたいところにお金が割り当てられず、不公平なものとなる可能性がある。
○CSR2007の期間中に目標の達成が困難な地域において、結果として政府が定めた目標が達成できなかった場合、それは当該自治体における失敗であるだけではなく、国の政策の失敗でもあると考えられるが、この場合、国はどのように対応するのか?
・目標が達成できない自治体に対し、国はEngagementと呼ぶ介入を行う。しかしながら、これには問題もある。たとえば、クリーニングを依頼したが、その結果が期待に沿うものでないため受託者に不満を述べた場合に、それなら委託者自らやるべきだ、言われたら困るであろう。政府と自治体の関係においても同様の問題がある。過去に、政府が業績の良くない自治体に対し介入した際に、当該自治体から、国が自らその業務を実施すればいいのではないかと反論した事例もあった。
一方で、自治体の管轄地域に問題があれば、当該自治体における業績向上能力に影響を及ぼすことがある。そこで、監査委員会は、自治体の出発点はそれぞれ異なることから、その出発点からどれだけ業績を向上させたかを重視するようになってきた。しかしこの測定手法は一層困難なものであろう。
(以上)
(注)この記録は、Peter Watt氏が自治体国際化協会ロンドン事務所において英語にて行った講演の内容について、同事務所職員が概要を日本語にて記録したものである。
2008年09月17日
スピーカーシリーズ「なぜシティ・ブランディングが必要か」
●テーマ:「なぜシティ・ブランディングが必要か」
●日時:2008年9月17日 11:00~12:30
●講師:Mr. Sicco van Gelder
Director, Placebrands
ご講演要旨
【会社(プレイスブランズ)について】
・2004年に設立されたシティ・ブランド戦略業務を中心としたコンサルタント会社であり、本社はアムステルダムにある。
・これまでに、アムステルダム市、サザンプトン市、タンザニア、ボツワナ等、都市から国家まで幅広い顧客に向けてブランド設立補助の業務を行っている。
【ブランドとは】
・ブランドとは「価値を約束するもの」、「物事を決定する際のツール」、「現在進行形の理念・方針」である。
・単なる広告やロゴ 、スローガンではない。
・何かを決定する際に「ブランドルール」に沿った行動であるか、問いかけられるもの、常に会社の下す決定がブランドルールに沿っているか確認をされるものである。
【シティ・ブランドとは】
・ブランドとの違いは多角的であり、多様な要素を含んでいることである。また、ひとつのキーワードで表現が不可能なものである。
【なぜブランドが必要か】
・観光、企業誘致・投資、オリンピック開催等いろいろな面で自治体は他の自治体と競い、勝ち残らなければならない。その際に有効な武器となるものがブランドである。
・これまでは隣町が競争相手だったものが、グローバライゼーションの結果、世界を相手にしなければならなくなった。その際にも有名であるということは大きなアドバンテージになる。
・街にブランドがあることによって地元の人、企業関係者等にプライドを与え、街に繁栄を呼ぶことができる。
【ブランド構築に当たって】
・漠然としたものではなく、どのような場所になりたいのかというはっきりしたビジョンが必要である。
・自治体だけですべてをやることは不可能であるので、利害関係者をまとめてパートナーシップを結ぶべきである。
・利害関係者で主なものは次の6つである。①政府②投資、移民局③文化、教育、スポーツ関係④地元の人々⑤ツアリズム⑥民間企業
【ブランド構築のためのストラテジーについて】
・共有したビジョン、関係者に判断基準を与えること、街の価値を評価すること、街のブランド価値を活性化することが必要である。
・ストラテジーを実行するうえで内部組織からのサポートが一番初めに必要となる。
・ブランド構築に当たっては、内側からと外側から2つの方向から常にブランドを見続けることが大切である。
・利害関係者が皆でブランドを管理し、常にブランド管理をし続けることが必要である。
・その場所に行ったことがない人にもその場所のイメージというものがあることが厄介である。まずは何でもいい(食べ物等)ので実際の体験をしてもらうことが必要である。※タイに行ったことのない人でもタイレストランに行けば実際の料理を通してタイという国の一部を体験できる。
【ケース・スタディ】
・シンガポールは政府主導でハイテク、バイオテクノロジーを中心に据えたブランディングを行った。
・徐々に街が衰退していたサザンプトンは、大学、高等教育機関、ハイテクビジネスを中心に据えたブランディングを行った。
・グラスゴーは、建築家のチャールズ・レニーマッキントッシュ、都市文化をキーワードにブランディングを進めている。ヨーロッパ文化首都などのイベント成功がイメージ向上に寄与している。ただ、未来の街を形作ろうというより、単純な広告宣伝に頼りすぎている面があり、古いスタイルのブランディングである気がする。
・ビルバオはグッゲンハイム美術館ひとつで街を活性化させている。現在のところは、これが成功しているが未来はわからない。ひとつのアイコン建築に頼ることは危険であると思う。
・アムステルダム市中心部の複合施設「Overhoeks」では、石油関係の工場があった場所にマンション、テナントビル、美術館が作られている。結果、この場所には文化的な生活をおくる新しいコミュニティが出現した。
(質疑)
・(ブランディングに際して地元コミュニティの関わりは必要か)とても大切なものであり、もちろん必要。
・(歴史的な資産等のない街でもブランド化できるか)もちろん可能である。新しい施設を作らずとも、すでにあるインフラ・計画等を活用すればよい。お金ではなく労力の問題である。
・(ツアーと企業誘致のPRはお互い敵対的にならないか)旅行に来た人がここはビジネスに適した土地かもしれないなどと感じればそれは企業誘致に繋がるので、お互いを補完できると思う。例えばアムステルダムに多国籍企業の本社があるのはそこに多様で有能な人がたくさん集まるという理由からである。
・(ビルバオ以外でも巨大な美術館建築等が続けられているが、何が違うのか)ビルバオはグッゲンハイム美術館ひとつに頼りすぎている。マンチェスターなどは施設+スポーツ等多様な面でアピールをしている。
・(マクドナルド、スターバック等に頼らずに独自の街をつくるためには予算が必要ではないか)シティ・ブランディングに当たっては、あくまでもブランドルールに則っているかということが大切なことである。マクドナルドがいけないというわけではない。自分のブランドルールに沿っており、街の価値を高めることができ、人々が喜ぶのであればマクドナルドがあってもまったく問題ない。
(以上)
2008年08月20日
スピーカーシリーズ「歴史にみる災害救済と復興」
●テーマ:「歴史にみる災害救済と復興」
●日時:2008年8月20日(水)14:15~15:30
●講師:神奈川大学教授 北原糸子先生
ご講演要旨
【災害支援に今望まれるもの】
「災害は進化する」という言葉があります。時代の変化に応じて人や社会が受ける被害のあり方も変わると解釈すれば、昨今の日本の災害救援の変化はまさにそれを示しているように思います。
クレアロンドンでどんな話題を提供したらよいのだろうかと迷っていた時、朝日新聞朝刊オピニオン欄(2008年8月7日)に “震災復興には地元が考えたメニューで“(上村靖司氏)という興味深い記事がありました。ここでは、阪神大震災では住宅再建費用の支援が中心だったが、その後の新潟中越地震では、「激甚災害」指定による多額の資金が提供された。中越地震では、牛産業や温泉、棚田などの、豊かだった「なりわい」の環境が破壊され、生活困難となった。その後の岩手・宮城内陸地震では、都市型災害とは異なり住宅被害は少ない。政府の資金援助を受けても、最初の3年にバブルのような資金が溢れ、それで終わってしまうことが予想されたため、中越地震で被害を受けた山古志村などの被災地では、「激甚災害」指定による多額の資金援助だけには頼らず、自分たちで考えたオーダーメード支援への復興資金を選択したことを紹介、被災者サイドからの選択的復興メニューへの今後の可能性が示されているように思えました。
わたしは、これはこれからの災害復興では被災者自身が選択的、主体的に取り組む道筋を示唆したものとして新鮮な思いで記事を読みました。では、なぜ、わたしがこうした記事に注目したのかといえば、これまで日本の災害史のなかで被害を受けた社会や人がどのようにして立ち直ってきたのかを歴史的に調べて参りましたが、なかなかその実態が掴めないという思いがしていました。もしも、被災者自身の主体的復興メニューというような視点が社会に共有されることになれば、そうした見方で災害を見直してみようという機運が強くなると感じたからです。
そこで、本日は折角の機会でもありますから、日本の災害史のなかであまり取り上げられていない災害の跡の人と社会の動きを中心にお話をさせていただこうと思います。ただし、防災の専門家でもないし、そうした基礎的訓練も受けているわけではないので、具体的に役立つことは至って少ないと思ってください。
まずは自己紹介。私は歴史研究者ですが、2003年から中央防災会議災害教訓の継承に関する専門調査会に属して、過去の大きな災害についての実証的な報告書を作成してきました。現在これまでに完成した約20冊の報告書は、内閣府のホームページで読むことができます。そのなかから、わたし自身が執筆に関わった事例から救済、復旧、復興に関わる歴史的な事例を紹介させていただき、日本の災害救済の伝統や災害文化といったことについてお話をします。ここでは、江戸の幕末の二つの大災害である安政東海地震(1854年)、安政江戸地震(1855年)、そして近代社会に入って近代化に邁進しようとした明治政府の出鼻がくじかれた濃尾地震(1894年)、そして首都を壊滅させた関東大震災(1923年)について、災害救済の歴史や伝統はどのように変わったのか、あるいは変わらずじまいであった点はなにか、どうしてなのかなどを考えてみたいと思います。そして、最後にGHQ占領下でのカスリン台風災害を取り上げ、日本の伝統的救済と彼我の違いについても考えます。
【安政東海地震】
安政東海地震(安政元年11月4日=1854年12月24日)、マグニチュード8.4(推定)、揺れはゆっくりであるが被害の大きい、プレート地震でした。幕府の統一的な被害統計というものは存在しない時代でしたが、犠牲者は約3000人と推定されています。
ここでは下田湊の事例を紹介します。下田湊は99人の犠牲者、871軒の流失家屋、ちょうど前日の11月3日にロシア艦隊を率いてきたプチャーチンとの日露交渉が開始されていました。海軍士官モザエスキーが描いた津波の絵が残っています。この津波の被害に対する幕府の救済は、厚いものでした。下田町他3カ村(柿崎、岡、中)1218軒へ1万両の復興資金(無利息10ヵ年賦返済の義務)、波除堤の再築 2902両、外国人への日用品販売から得られる利益の一部を冥加金上納として、これを財源に復興資金確保、番所設置による雇用対策などが当時日露交渉に直接あたった勘定奉行の川路聖謨(かわじとしあきら)らが案出した優れた救済策でした。
幕府が下田へ厚い救済策を行った背景には、江戸を開港しないで済むよう、津波で失われた下田町を復興させ、この江戸に近いけれども隔絶した立地条件の湊を交易場としてを死守したいという事情がありました。しかしその後は下田湊が閉鎖され、神奈川が開港(安政6年2月)し、結局下田には3000両の借金だけが残ることになってしまいました。
【安政江戸地震】
安政2年10月2日(1855年11月11日)、マグニチュード7と推定される内陸直下型地震が発生。神田小川町、小石川、下谷、浅草、本所、深川地域は震度6強、山の手台地は震度5と推定され、震害が大きく、地盤災害としての様相が強い地震でした。
大名屋敷も江戸城西の丸にあった屋敷を中心、265藩のうち116藩が被災、屋敷焼失は23藩、犠牲者は2000人程度と推定されています。旗本・御家人屋敷の被害は、旗本数(4488家。18世紀の数字)と御家人数(12966家。同上)から推定すると、全体の80%が建物になんらかの損害を受けましたが、犠牲者の数値は不明です。隅田川東、旧礫川沼の埋立筋の屋敷には相当程度の被害が集中していました。町屋の被害は、建物被害が14,346軒と1724棟、死傷者約7000人(うち4000人が死亡)、吉原宿で火災が発生し1000人が焼死しております。当時の江戸の人口130万~140万人ですが、少なくとも1万人が亡くなったと推定されます。
この時期の幕府の救済をみると、開府以来の難問である外交問題が諸藩を巻き込み、大騒動となっていたこと、海岸防備の台場などを諸藩に命じていたため、資金的余裕はなく、きわめて限定された救済となりました。役職にある老中、若年寄、寺社奉行、町奉行などの屋敷が被害を受けたケースにだけ貸付金が許されています。旗本・御家人には禄高に応じた復興資金が貸し付けられました。町人へは、対応マニュアルに準拠し、お救小屋、握飯支給、困窮者へのお救米1ヶ月支給、その後の安値米頒布(町会所資金支出)が行われたが、幕府の救援策よりも、むしろ、民間相互の援助が大きいものでした。当時の江戸の町人社会は金持商人とその日暮らしの一般庶民で成り立っていましたから、富裕な商人は貧困層を救わなければ商売もうまくいきません。火事や病気の流行時に採られた救済マニュアルが地震の時にも援用され、富商が自ら居住する町内、抱屋敷、店子、出入りの職人などに対して家賃の免除、米や金を配るといった支援がなされました。
この時幕府のお救いや富商からの支援を受けたのは、その日稼ぎの人々で、町人人口の約6~7割(米価高値お救い米受給者の数35万人~40万人)です。特徴的なのは、被害の有無に関わらず、貧困層全体に対して行われたことです。民心を安定させ都市を持続させるための施策でもありました。お救い小屋は5、6ヶ所に建てられ、2500人程度の窮民が入ったにすぎませんが、これが建つことで救済が行われたという象徴的な意味がありました。
以上のような幕末の二大災害を見ますと、幕府は災害そのものに関心を持つ余裕もなく、また、復興資金を投入する余裕もありませんでした。多額の復興資金が投入された下田のケースは、開港問題条約湊として下田湊の維持を至上命令であったという特異例とすることができます。首都が大打撃を受けた江戸地震では、独自の救済、救援策が出たわけではなく、火事などの慣例化した災害マニュアル以外は出足の遅いものでした。民間相互の救済の方が早く、必要なところへ届いたという内容でした。ましてや防災などということに想いは及んでいませんでした。
つぎに近代国家と災害救済の場合についてお話します。
【濃尾地震】
濃尾地震は、明治24年(1891)10月28日に発生。震源地は根尾谷、震度8と推定、大森房吉による推定は「烈震」。死亡者は7273人、負傷者は17,176人。内陸地震では最大のものでした。ここでは被災者救済法として、凶作時の農民救済を主眼とした「備荒儲蓄法」(1880年成立)が適用され、救済金は、「備荒儲蓄法」による救済金計1,182,058円、恩賜金14,000円、主として新聞を通じて集められた義捐金総額は、岐阜県220,321円、愛知県80,000円でした。しかしながら、近代国家のインフラ整備途上であった鉄道、橋、レンガ造りの駅や工場が倒壊、明治政府は大変なショックを受けました。丁度第一回議会が開催され、国家予算が審議される仕組みが成立した時でしたが、野党の攻撃を恐れた政府は、審議を避ける方法として、勅令で岐阜・愛知県への震災復興土木費500万の交付を決定されました。これが後に大問題を生むことになり、2年後には国会が解散される破目になりました。
濃尾地震を受け、明治政府は国家による地震調査機関、震災予防調査会を立ち上げます。ここで本格的に地震現象そのものへの学術研究が行われることになり、世界に向けて学術的情報発信が行われることになりました。震災予防調査会は関東大震災に関する調査研究報告100号を出版して解散し、地震研究所が設立されることになります。
【関東大震災】
関東大震災は、1923年(大正12)9月1日午前11時58分発生、マグニチュード7.9。死者10万5千人、住家は全壊が多く10万9千余棟、半壊10万2千余棟、焼失はさらに多く21万2千余棟。9月2日、戒厳令(災害では初めて)、非常徴発令。臨時震災救護事務局が設置され、また震災の翌日には政府予備金950万円の支出が決定された。8月25日に首相が亡くなり後継内閣の組閣中でしたが、震災の翌日、山本権兵衛内閣が成立、後藤新平が内務大臣に就任しました。9月3日、戒厳令適用範囲を神奈川県下に拡張、朝鮮人に暴行迫害を加えないよう布告。9月4日、戒厳令を千葉、埼玉県下に拡大。9月5日、東京市内要所に検問所、自警団に朝鮮人迫害防止の告諭。9月6日、水道一部開通。ガスは少し遅かったものの、全体としてインフラの復旧が早かった。報道機関は、新聞社は13社中2社しか残らず、都心は新聞の発行の機能がほぼ停止した。NHKラジオ放送はまだ始まっていなかった。京橋、日本橋は90%以上が消失。
宮内庁には陸軍が撮影した震災直後の航空写真が残っている。9月2日から陸軍が写真撮影、日本橋、東京駅周辺、銀座、築地、大蔵省、帝国劇場前、避難所や臨時のポストや米国からのテント、バラックの仮設住宅など、時間の経過とともにある程度の空中観察が可能な写真が残されています。また、当時は一般の人々にも高価であるとはいえ、カメラが普及しはじめ、中央官庁、丸善、三越、白木屋デパートの残骸、あるいはや被服廠の焼死体の惨状など、写真絵葉書も出回り、東京や横浜に災害救援にきた地方の人々もこれらを故郷に持ち帰りました。
東京旧15区の罹災人口は、区によりかなり差があり、神田、日本橋、浅草、本所、深川などは高い。赤坂、四谷、牛込、小石川などは低い。府県別の死者数は、神奈川が32,838人、東京が70,387人。千葉、埼玉、山梨、静岡、茨城でも死者が出た。
義捐金は、60千万円という多額にのぼった。外国からのものが全体の36.6%を占めていますが、このなかには海外にいた日本人からのものも含まれています。
遷都かという噂も出たが、9月12日に「遷都不要」という天皇の詔勅が出て世情の安定が図られます。
復興策のモデルとしては、1906年のサンフランシスコ大地震を、関東大震災復興の反面手本とされ、後藤新平復興院総裁が招聘したアメリカの都市計画専門家のビアード博士が、10月7日来日し、復興計画案を提出、サンフランシスコ地震からの教訓により、土地の強制収用によって、計画的に道路、鉄道などの社会インフラを確保し、無計画な建築物の再建規制をせよというものでしたが、予算が30億から最終的に4億まで削減され、その理想はほとんど実現しなかったといわれています。
最後に戦後初期の事例を簡単に紹介しまして、話の結びとします。
【カスリン台風災害】
1947年9月16日、17日の台風。GHQ占領下の災害。最大の死者は、群馬県下の土砂災害によるものでしたが、東京へは利根川の洪水が及ばないことを基本に維持されてきた河川対策が葛飾区、江戸川区などの東京低地を洪水が襲ったことで見直されることになりました。また、戦争直後の災害であり、国民の食糧事情が極端に悪い時でしたから、GHQの援助物資が大いに活用されました。戦前からの災害救済法であった罹災救助基金の廃止に伴う新法災害救助法被災の地元機関が主体となり、救済協議委員会を組織し、救助を主導)が1947年10月18日に成立しました。ただし法律の成立時期の関係で、カスリン台風被害者はこの適用を受けませんでした。救助法成立についてのGHQのコメントは、日本の災害救助の歴史を振り替えさせる興味深いコメントを出して(9月26日 朝日新聞紙面)「国家が被害者に救助金を支給するという世界でも稀有な素晴らしい法律」と評価しています。
【日本の災害救済思想の伝統】
国家、為政者による救済の伝統が強い。災害防止よりも救済において為政者の力量を問うという姿勢が強い。天皇や藩主は普段は目に見えないが、災害救援の時その存在が見える。しかしながら、そうした象徴的な存在だけでは復興はできず、それを補う形での民間相互の救済が伝統的に強いことがわかる。メディアによる災害情報の流布はかなり早く行われる。しかし、現在問題となることは政治全般にもいえるが、防災に関しては、政治責任を問わない傾向が強く、したがって、災害救援についての検証というものが客観的に行われ、その結果が社会的に活用されることが少ないのではないか。今後求められるのは、救済の実態と有効性についての検証ではないかと思われる。
(質疑)
●(防災に対する政治責任を問わない背景について)伝統的には、自然現象はやむをえないという考え方がある。近代国家ではない江戸時代には、科学への目がなかった。濃尾地震のあと、理学工学中心の防災の考え方ができた。地震発生のしくみは、1970年代まで分かっていなかった。また、経験則上では、家屋を強くすることが防災につながると分かっていても、費用がかかり、なかなか実施されない。庄内地震のあと、液状化による家屋の被害がひどく、調査団が建築方法による対応を提案したが、1年後のフォローアップ調査時、その提案内容がまったく実施されていないことがわかったことなどはきわめて早い歴史的事例であろう。
●(1995年の阪神淡路大震災の特徴について)大都市、しかも起こるはずがないと思われていた場所での震災であり、エポックメーキングなものであった。衝撃的であった。また、神戸は富裕層のイメージが強かったが、やはりさまざまな人がおり、貧困層もいた。救済と復興について、この地震で、民間も一緒に考えていくという姿勢が生まれた。住宅再建支援法もできた。わが国の援助技術はすばらしいもので、輸出することもできるはずである。
●(朝鮮人の迫害について)朝鮮人と中国人は、強制連行された人々や出稼ぎに来た人々など、すでに多くいた。デマは横浜で発生しすぐに東京へ広がったといわれている。また、じわじわ広がるのではなく、一足飛びに周辺地域へ流布されている。今我々が考えてもあまり納得ができない現象だったが、東京周辺の実家へ戻った人々がデマを持ち帰ったため、被災地以外にもひろくデマが広がったのだろう。現在はインターネットで、誰もが情報を流すことができ、それをチェックする人もいない。災害時のデマという意味では、当時以上に危険といえるかもしれない。
(以上)
2008年07月28日
スピーカーシリーズ「欧州情勢の中におけるEPSONの企業戦略等」
●テーマ:「欧州情勢の中におけるEPSONの企業戦略等」
●日時:2008年7月29日(火)14:00~15:10
●講師:エプソンヨーロッパ副社長(Vice President-Marketing、EPSON EUROPE B.V)
滝沢武彦様
ご講演要旨
【EPSON EUROPE B.V.の概要】
・EPSON EUROPE B.V.の本社(Head Quarter)は、オランダのアムステルダムにある。ヨーロッパにおけるRegional Head Quarterの設立を検討する際、税制上の優遇措置等の理由により、この場所に決定した。設立当時は、セールスやマーケティングの拠点もアムステルダム本社においていたが、セールス及びマーケティングの拠点をロンドン、パリ、デュッセルドルフに移した。
・EPSONの海外ネットワークは、世界に4つのRegional Head Quarter(アメリカ、オランダ、中国、シンガポール)をはじめ、その他多くの販売・サービス拠点、生産拠点、開発拠点を有する。英国においては、Telfordにインクカートリッジの生産拠点を有する。
http://www.epson.jp/company/network.htm#j2
•日本におけるインクジェット・プリンターのEPSONマーケットシェアは約50%であるが、ヨーロッパでは約30%である。
•EPSON EUROPE B.V.の担当エリアは、EMEAと称されるヨーロッパ、中東及びアフリカの地域である。
•主力商品としては、プリンターが84%、プロジェクターが12.3%、その他ディスプレイ等の部品が主なものとなっている。これら事業の軸を概念化すると、以下の4つに分類される。
1)Core Device
2)Imaging on Paper Printors
3)Imaging on Screen Projectors
4)Imaging on Glass Ddisplays
•EMEAビジネスストラテジーとしては、以下の3つを組み合われたストラクチャーをとっている。
1)Product Unit Dtrategy
2)Area (12+1) Region Strategy
3)Back Office Strategy
•担当エリアの経済予測等については、OPECの経済成長率やEIU(Economist Interigence Unit)のGDP成長率を参考にしている。これらデータから読み取れることとして、イタリアやスペインに向かっていた景気の波が、東欧に向かいつつあることがあげられる。これは、東欧諸国がEU加盟10年程度を迎え、政治・経済・人材等の基盤が整備されたことによる。さらに、CIS(Commonwelth of Independent States)等の国々へのアクセスなど地政学的な要因にもよる。
【EPSON EUROPE B.V.の環境政策】
•EPSONでは、2050年までにCO2排出量を90%削減することを目標に掲げている。
http://www.epson.co.jp/e/community/environment/co2.htm
•環境問題への意識の高いヨーロッパでの利点を活かし、環境ストラテジーにおいて、ヨーロッパがリーダーシップを発揮したいと考えている。
•EUROPE B.V.の環境ストラテジーは、以下の2つを軸としている。
1)商品による貢献
2)社会的活動を通じての貢献
•モニターにおいては、LCD(液晶ディスプレイ)のシェアがCRT(ブラウン管)のシェアを追い抜き、パソコンにおいてはノート型のシェアがデスクトップ型を追い抜いたことについて、消費電力等の観点から環境にやさしいという点も要因の一つと言える。
•元アメリカ大統領候補者のアル・ゴア著「不都合な真実」にも、ノート型パソコンはデスクトップ型パソコンに比べ、インクジェット・プリンターはレーザー・プリンターに比べ、それぞれ90%電力消費を削減すると記されているように、環境にやさしい商品という要因が、今後益々重要となってくる。
(以上)
2008年06月24日
スピーカーシリーズ「公共部門の財政管理の改善」
●テーマ:「公共部門の財務管理の改善」
●日時:2008年6月24日(火)14:00~15:20
●講師:Mr. Steve Freer
Chief Executive, The Chartered Institute of Public Finance and Accountancy (CIPFA)
ご講演要旨
【CIPFAについて】
・英国にある、公認会計士の6つの団体のひとつである。
・CIPFAは、その中でも、公会計に特化した団体である。
・CIPFAの試験に合格した公認会計士(PFA)1万3千人が所属している。その勤務先は自治体、医療保健機関、中央政府、議会などの公的機関である。
【公的部門における財務管理の重要性】
・今日は、公的財務管理の改善や、それによりいかにベストプラクティスを達成していくか、等についてお話ししたい。
・公的支出は、納税者の税負担によるものであり、納税者は、税金がいかに効率的、効果的に使われているかを知りたいと思っている。
・英国では、これまで、公共サービスを効果的・効率的に提供するために様々なことを試してきた。この10~20年にやってみたことは、例えば民営化、サービス利用者への選択肢付与、ベンチマーキングによる異なる組織間の業績比較などである。
・そしてここ2~3年、業績を上げるための、財務管理の重要性が認識されてきた。そのため、財務管理に関する研修への投資が増えてきている。
・財務管理を良くすることにより、統制も意思決定も業績もリスク管理もヴァリューフォーマネーも良くなる。つまり納税者の利益にもかなう。
【良い財務管理のために】
・よく「世界レベルの財務管理」という言葉を使うが、これは決して、単に役員会や理事会に財務部長を据えることではない。それだけではなく、役員会や理事会全体が財務管理に関与するということが必要なのである。
・そして、さらに組織全体の関与も必要である。意思決定の全てが、財務管理を意識したものであることが望ましい。
・財務管理のやり方について重要なことは、組織の意思決定全てを考えることである。そして、受託責任を果たし、成果をあげ、変革を続けることである。この2~3年、変化が見られた。公的組織のサービス提供方法の大きな変化を模索している。根本的に違うアプローチをしようというものである。大きなリスクも認識している。財務管理はこれら全てを網羅するものである。
【財務管理が貢献できること】
・ここ10年、中央政府の投資は増加しているが、投資がより良いサービスにつながっているだろうか?効率性の向上のために、財務管理はなにができるか。まずは、財務機能自体がまず効率的でなければならない。そして、組織全体の効率化へのアイデアを発信すること、分析、証拠探し、オプションの模索ができる。インセンティブを与えること、そして全ての従業員の貢献を求めること、節減内容を記録することも、重要である。このように財務管理による効率化ができれば、経費の節減となり、それは減税に回すこともできるし、より良いサービス提供に使うこともできる。効率性は重要な分野である。
・次に、サービスの共有である。例えば、複数の自治体の共同のサービス提供や、部門の統一などである。分野の例としては、ITや人事や不動産管理など。新たで困難な取り組みだが、簡易にできるようなモデルを開発している途中である。
・公的部門のサービス提供方法は、数年前までは2つの選択肢しかないと思われていた。つまり、直営でやるか、民間が提供するかの、どちらかだった。
・しかし、サービスの共有化は、そのふたつの中間に選択肢をつくりだすということである。たとえば、他の公的機関を巻き込んだり、官民が協力したり、などである。これも、検討中の分野である。
【CIPFAのその他の役割】
・CIPFAは、会計基準の策定や会計士の育成、資格認定のほか、次のような業務にも携わっている。
・まずIFRS(国際財務報告基準)を、公的部門全体に適用しようとしている。2010年度からの導入を目指している。困難な課題であり、一部基準の修正も必要である。
・また、政府版(ホール・ガバメント)の連結決算、つまり公的部門全体の連結決算も、2010年度までに導入することを目指している。2000団体が対象となる。
・そして、システム全体(ホール・システム)の財務管理である。機関の間のもの、例えば中央政府が、より良い財務管理を地方政府へ奨励する、というものである。このような、財務管理の技術的な改革に取り組んでいる。
【ハードワイヤーとソフトワイヤー】
・組織での良い財務管理のために重要なものとして、我々はよく「配線」(ワイヤー)という例えをする。
・これにはハードワイヤーとソフトワイヤーがある。いずれも重要なものである。
・ハードワイヤーは物理的な配線であり、必ず変化が起こるようなもの、例えば管理の構造やライン、役割分担のあり方、しくみと統制、内部及び外部監査である。
・一方、ソフトワイヤーは、影響や説得、財務部長の個人の履歴や業績やその能力、業務に対する理解である。ソフトワイヤーによって、財務機能が組織へ影響力を持つことになる。
(質疑)
・(CIPFAのその他の役割について)資格取得には3年かかる。我々の主要な役割はそのための研修と教育である。ほかには、地方自治体の会計基準の設定、その他財務管理基準の設定など。CIPFAは独立の機関であり独自財源が必要なので、報告書や書籍の発行、研修講師などの商業的活動も行っている。売り上げは4千万ポンド。職員数は350名。
・(世界への展開について)会計という業務が国際化している。基準も国内のものから、国際的なものとなった。我々も国際的に会員を増やそうとしている。現在の主な焦点はヨーロッパ、アフリカ、カナダである。これらはビジネスに英語を使うことに問題がない。そうでない国はやや大変である。言葉の問題さえ乗り越えられれば日本へも進出できると思う。まず我々は政府と話をする。CIPFAは国際機関へ移行しようとしている。費用はかかるが、途上国のほうが、世界銀行の支援が得られそうでもあり、進出しやすい。先進国はすでに会計基準があり我々のような組織もあり、ライバルとなる。
・(日本への、国際基準の適用の是非について)国際基準のように、現金主義から発生主義へ移行することは、資産活用面や負債・リスクの認識においてメリットがある。中央政府の理解を得ることや、外圧などもその力になるかもしれない。
・(財務管理の概念について)財務管理は会計士だけのものではなく、意思決定に重要なものであり、つまり全ての人が知り関与すべきものである。
・(政権交代が起こった場合)保守党も、最低限のコストで最大のサービス、という考え方は同じである。両党の差は少なくなってきている。
・(英国の、会計の歴史)発生主義については、自治体は既に20~30年もの歴史がある。国はまだ5年ほどである。自治体は、管理職に常に会計士がいた。そして、会計基準を設定しているCIPFAが発生主義会計への移行を進めた。国が導入したことの効果はまもなく現れるのではないか。また、公会計に特化したCIPFAのような組織は、英国独特のものである。国際会計士連盟(IFAC)に入っている150団体の中でも、我々のような団体はほかにない。
・(加盟している会計士について)CIPFAに登録している会計士1万3千人中、5千人が地方自治体の職員である。つまり1自治体あたり平均10人以上という計算になる。法律により、自治体は1名以上の会計士を持たなければならない。自治体の予算で、CIPFAで自治体職員の研修を行うこともよくある。
(以上)
2008年05月13日
スピーカーシリーズ「英国の地方自治体の近況」
●テーマ:「英国の地方自治体の近況」
●日時:2008年5月13日 14:15~15:30
●講師:Dr, Peter Clarke, Ovum Principal Analyst
ご講演要旨
【英国の地方自治の概要】
(1)地方自治体の数は以下のとおり
カウンティ 28
ロンドン・バラ 33
メトロポリタン・バラ 36
ユニタリー 55
ディストリクト 204
北アイルランド・ユニタリー 26
スコットランド・ユニタリー 32
ウェールズ・ユニタリー 22
(2)自治体構成
リーダー・内閣システム 316(81%)
直接公選首長 12(3%)
(直接公選首長と内閣システム12, 直接公選首長とカウンシル・マネージャー1)
その他59%の小規模自治体は、従来の委員会制を基にした修正委員会制を採用
【地方自治体の現代化(modernization)とITについて】
(1)概要
政府はITによる地方自治体の現代化を進めている
・住民本位の地方自治行政への活用
・効率的な行政サービスの提供
(2)予算
1997年以降、700億ポンド(約14兆円)が公的部門のITに支出されている
・ハードウェアを含めると1400億ポンド(約28兆円)
・700億ポンド(約14兆円)のうち、350億ポンド(約7兆円)が地方自治体に使われてきた
(3)政府レポート等
1998年以降、政府は様々なレポート等により、IT化を推進してきた。
・“情報化時代(Our Information Age)” 1998年
・“政府の現代化(Modernizing Government)” 1999年
・“電子政府戦略(e-government strategy)” 2000年
・“国家電子政府戦略(National Strategy for e-government)”
・“地方電子政府戦略(Local e-government Strategy)”
・“効率化レポート(Efficiency Review)”
・“地方自治体の変革(Transformation of Local Government)”
・その他、予算策定の基本方針となる包括的支出見直し(Comprehensive Spending Review)にも、IT化は重要施策として盛り込まれてきた。
(4)具体のIT化施策
・地方自治体におけるIT化(2002年副首相府):2005年までに優先的なサービスの100%の電子化を目標
・2005年電子政府目標(2004年副首相府):利用しやすいサービスの効率的提供、地方のサービス向上のための中央政府内の連携等
・2005年における優先順位(2004年副首相府):優先的なサービス(学校、コミュニティ、電子政府調達等)、転換の方向性(オンライン決済サービス等)
・国家プロジェクト(National Project):福祉、地方税、電子政府調達、環境サービス、電子取引基準、地方自治体のウェブサイト、学校への入学申請等
・重要課題(Main Challenge)(2004年副首相府):電子化(‘e’)を地方自治体サービスの中心へ
・効率化プログラム(Efficiency Programme):2004年~2011年、2008年80億ポンド(1.6兆円)
(5)挑戦及び課題
・PPPの活用:バーミンガム、リバプール、サマーセット、サフォーク等
・ITに係る予算制約とサービス向上への圧力
・自治体間のシステム共有:財政、人事、政府調達等
・地域協定(LAA)、地域連携協定(MAA)等による自治体等の連携・協力
・事業資源計画(Enterprise resource planning):グラスゴー、マンチェスター、ウォルバーハンプトン
(6)民間の役割
・競争による技術向上
・強制競争入札による公正な競争
(7)地方自治体のITマーケット
・パブリックセクターのITマーケットは2007年に10.6%、2008年に12.1%成長
・大手企業による大口契約の占める割合が大きい(Capita, BT, Mouchel, IBM等)
【地方自治体とコンジェスチョン・チャージについて】
・ロンドンの公共交通は、コンジェスチョン・チャージ導入以前から随分改善していた
・PPP(Public Private Partnership)の発達、IT技術、CCTVなどの発達による実現
・公共交通への追加的歳入や二酸化炭素排出量抑制へのインセンティブ
・他国(シンガポールやノルウェー等)においては、既にコンジェスチョン・チャージは導入されていた
・英国内においても、ロンドン以外の都市(マンチェスター、グラスゴー、ダービー、レスター、ノッティンガム)などが導入を検討している。しかし、エディンバラやケンブリッジでは、住民投票で同制度の導入が否決された
(以上)
2008年04月22日
スピーカーシリーズ「EUの仕組みと各国自治体の関わり」
●テーマ:「EUの仕組みと各国自治体の関わり」
●日時:2008年4月24日 14:00~15:30
●講師:東京大学社会科学研究所教授(オックスフォード大学客員教授) 中村民雄教授
ご講演要旨
【EUを研究することになった経緯】
○英国は国会が立法の無制限の主権をもっているという前提が、EUの統合に伴って、英国国会の主権が制限されるのではないかという懸念が出たことにより、英国の国会とEUとの関係を研究することとなった。
○ヨーロッパのことを勉強しなければイギリス自体をつかめない世の中になった。
○今日お話する「EUの仕組みと各国自治体の関わり」は、従来からの研究テーマである「英国国会とEUの関係」の応用版として、国家レベルの下に存在するサブナショナルな統治体がEUとどのような関係にあるのかについての話である。
【ヨーロッパの重層する国際組織】
(教育)
(1)ヨーロッパの重層する国際組織
・ヨーロッパにはEU以外の国際組織が沢山ある。
・EUの他に自治体と最も関係がある団体としてCE(Council of Europe)がある。EUの加盟国になっていないロシア・トルコも加盟国となっている。
・さらにOSCEという組織があり、冷戦時代の安全保障的な役割を担うものであったが、実質的には既にその役割は終えている。
・本日はEUとCEに焦点を当てて説明を行いたい。
(2)EU(European Union)とCE(Council of Europe)の違い
・EUは「利便」(経済統合を中心)の共有のための共同体であり、CEは「理念」(人権、民主主義等、法の支配など)の共有のための共同体である。
・EU(加盟国27カ国)は、超国家組織であり、固有の立法権をもつ。予算規模は約1,291億ユーロ(2008年)。経済市場統合の推進や自由・安全・司法の地域の形成など、扱う分野が広く、生活に直結している。
・CE(加盟国47カ国)は、政府間組織(各国の主権制限なし)であり、固有の立法権はもたず、多国間条約の起草の場である(実際の条約は各国が締結)。予算規模は2億ユーロ(2008年)。これまで、欧州人権条約(1950)や欧州社会憲章(1961)などの実績がある。
・EUとCEはともにヨーロッパ統合の長期目標を共有し、シンボルとしての旗(12つの星)や歌(歓喜の歌)を共有している。
【EUの統治制度―リスボン条約以前と以後―】
(1)機構の概観
①リスボン条約(2008年批准、2009年発効見込み)以前
・EC、CFSP(Common Foreign & Security Policy)、PJCC(Police and Judicial Co-operation in Criminal Matters)の3つの柱から成る。
i)EC:域内市場、共通通商政策など(対外代表:欧州委員会)。法人格を有する。WTOなど経済分野ではECとして参加。
ii)CFSP:共通外交・安全保障政策(対外代表:連合外交安全保障上級代表)
iii)PJCC:警察・刑事司法協力(対外代表:議長国)
・法人格は、EU(EUのうちEC管轄以外)とECの2つがある。
・対外代表もそれぞれの柱(EC、CFSP(Common Foreign & Security Policy)、PJCC(Police and Judicial Co-operation in Criminal Matters))によって異なる。
②リスボン条約以後
・1本の機構(ただしCFSP分野は政府間協力的な統治方式)
・1つの法人格(ECは廃止されEUのみ)
・1つの対外代表(連合外交安全保障上級代表が全分野を代表。ただしCFSPについては、欧州理事会理事長(President)が代表する。)
(2)立法手続
①リスボン条約以前
・立法事項により手続が異なり、複雑である。
・ECの「共同決定手続」は以下のとおり。
欧州委員会の提案↓
(地域評議会などへの諮問)
↓
閣僚理事会と欧州議会の採択(多数決が原則)
②リスボン条約以後
・EC+PJCC分野
i) 通常立法手続(ECの「共同決定手続」、多数決が原則)の原則化(立法事項の8割)
ii) 特別立法手続(諮問・承認手続)(ごくまれに使われる)
・CFSP分野
構成国または連合上級代表の提案(欧州委員会には提案権なし)↓
閣僚理事会の採択(全会一致が原則)
↓
欧州議会への報告
(3)各国議会のEU立法補完性監視
・もともと、EUは、「構成国単独では十分に達成できないことを行なうべき」との原則がある。
・上述のリスボン条約以後、EC+PJCC分野における通常立法手続及び特別立法手続について、構成国は各国の議会において補完性審査を行う。
欧州委員会の提案(各国議会・EU機関への法案送付)↓ ↓
各国議会 地域評議会などへ諮問
(補完性審査)↓
Yellow Card
1/3各国議会の反対→欧州委員会は提案再検討(原案維持可)
Orange Card
1/2 各国議会の反対→欧州委員会は提案再検討(原案維持可)
閣僚理事会の55%構成国多数又は欧州議会の投票過半数で廃案となる
【EUと各国自治体との関わり -歴史的な展開と現在―】
(1)1970-80年代-地域政策の法がと諸基金の「構造基金」化
・EUの地域政策の基本的なパターンは、金がついた後、政策がついてくるというもの。
・従来、農業補助金がEU補助金の大部分を占めていたが、1988年以降、構造基金が大きな割合を占めるようになった。
・これは、1975年に創設された欧州地域開発基金をはじめ、地域振興活動に使いうる縦割りの諸基金を構造基金として統合的に運用するようにしたため。
・1986年以降には地域格差是正を目的とする「結束政策」もとられるようになった。
(2)1990年代前半
①地域評議会の制度化
・1980年代に欧州委員会の諸基金運営の諮問会議であったものを1992年のマーストリヒト条約によってECの諮問会議へ格上げ。
②体系的な地域政策の登場
・マーストリヒト条約によって、「構造基金」(諸基金連関運用)と「結束基金」(国民総所得がEU平均の90%未満の構成国に給付。環境と運輸基盤の財政援助)の2つの基金を統合して、地域政策とそのための手段(基金)の呼応を明確化した。
(3)90年後半~2000年代-地域政策の拡充
①東欧加盟による新課題
i)経済社会格差の拡大
ii)ロシア等非加盟国との対外国境管理
②政策目標(2007~2013)
i)収斂(格差是正)
ii)地域競争力強化と雇用
iii)欧州領域協力(Territorial Cooperation)
a)国境隣接地域間協力
国境をはさんだ地域間で共通の開発戦略により地域の社会経済的な中心をつくる。スペインとポルトガル、英国とアイルランドなど。欧州領域協力予算の67%。
b)越境的協力
国家・地域・地方政府を取り込んでヨーロッパ内の越境的広域地域をつくり統合を進める。市町間、都市・地方間の協力。運輸・通信設備、天然資源(水など)、文化遺産の運営等。ギリシャとトルコにおけるギリシャ文明の保存協力など。欧州領域協力予算の27%。
c)地域間協力
情報交換や経験共有を行い、地域の政策や手段を効果的に開発する。欧州領域協力予算の6%。
③European Groupings of Territorial Cooperation (EGTCs)
・構成国、地域自治政府、地方自治体または公法人により結成される法人格のある団体。
・国境隣接地域協力、越境協力、地域間協力を行ないやすくすることを目的として、2007年以降に設立。
・金の管理を責任をもって行う。
・個々のEGTCを設立する際に、関係国家間協定を結ぶ必要がある。
(4)2010年代(リスボン条約以後)
・新EU条約第5条第3項により、補完性の原則は、構成国だけではなく、地域(州など)及び地方も対象となった。つまり、EUは、構成国及び地域・地方が単独では十分に達成できないことのみを行なうこととされ、立法準備の段階で、地域・地方の局面についても補完性原則の適合を審査されることになる。
【まとめ】
EUの地域政策史は、基金の創設が先行し、具体的政策はその後に出てきた。
1980年代後半以降からとくに、越境的な協力の財政手段や制度的手段の工夫が行なわれている。日本にとっても、アイデアの宝庫である。
(以上)
2008年03月28日
スピーカーシリーズ「イーストサセックスの取組について」
●テーマ:「イーストサセックスの取組について」
●日時:2008年3月28日 10:00~11:45
●講師:イーストサセックスカウンティカウンシル議長Bob Lacey氏
ご講演要旨【自己紹介】
○私は、イーストサセックスカウンティカウンシル(East Sussex County Council)の議長をしている。
○イングランドには34のカウンティカウンシルがある。
○私は、ロンドンのバラカウンシル(ブレント区)(London Borough of Brent)のリーダーも務めたことがある。1983年にリーダーになった。住宅や社会サービスなどに尽力した。
○銀行での勤務経験もあり、北米をはじめ世界中で仕事をした。東欧の旧共産圏の国の支援にも携わった。
○1987年に当時のサッチャー首相のアドバイザーになった。
○リトアニアの市場開発(opening up)などにも関わった。旧共産圏は、公害がひどく、環境問題としてそれを指摘するのは、右側つまり反共産主義者のほうだった。首相へこうしたことを報告し、外務省からも感謝された。それが私の大英帝国勲章(Order of the British Empire)(OBE)受賞の理由でもある。
○その後Treasurer for Londonを務めた後、引退し、1996年にイーストサセックスへ移った。カウンティカウンシルの議員(カウンシラー)となった後、2年前に議長になった。
【イングランドの自治体について】
○イングランドの自治体の大きな特色は、国の力が大きいことである。
○私は、雇用や保健、警察などは自治体が担うべきだと考えている。
○ディストリクト(市町村)議会のほとんどは保守党が占めている。
○問題は、地方自治体が、その歳出のうち地方税で賄っているのはわずか3分の1だという点である。イーストサセックスのような予算の大きなところもそうである。残り3分の2は中央政府からの資金で賄われている。
○イングランド全体の財政は、イングランドの北部は受取が多く、南部は持っていかれるほうが多い。
○しかし、イングランド北部だけではなく、南部も、問題を抱えている。特に高齢者の問題が大きい。イーストサセックスはイングランドで最も85歳以上の高齢者が多い。高齢者向け施設など、非常に予算がかかる。南の温暖なところに、引退した高齢者が移住してくることが原因である。
【イーストサセックスの取組】
(教育)
○自治体予算の多くが、学校に関することへ支出されているが、学校の運営に関し、国から非常に多くの関与がなされている。制約が多く、何か新たなことをしようとすると、極めて面倒な手続きが要求される。保守党は、学校がもっと自立すべきだと主張している。
○ソーシャルサービス、特に教育は重要である。
○保育サービスはかつては贅沢品だったが、現在は、住宅ローンを抱えながら子育てをするために、母親が社会に出て働くことが必須となっている。我々のカウンティも、新たな、そして保育時間に柔軟性のある保育所の設置を進めている。
○子供たちの才能は多様である。学校で学ぶより早く社会に出たい生徒もいる。我々は、職があるならば途中で学校を離れる選択肢も与えているし、また、その後戻ってくることも可能としている。
○また、イーストサセックスでは、120人の才能ある子供たちを選び、やりたいことを尋ねた。すると彼らは映画を制作すると答えた。脚本執筆から撮影、編集、音楽作曲まで、あらゆる才能の持ち主がそれぞれの仕事を分担した。天才的な才能を開花させた者もいた。映画の題名は「Get Santa」で、今年の12月に公開予定である。
○今年は、学校内で疎外されている子供たちのために、モチベーター(動機づけを行う指導者)を配置した。モチベーターは、展望台で、何も映らない望遠鏡を子供たちに見させて、「何が見えるか」ではなく「何が見たいか」を訊ねた。子供たちの答えは、「月を走っている人」「チョコレート工場」など様々だった。モチベーターはそのどれもを褒めた。中に、日頃まったくしゃべらない子供がいた。彼は何度も「何も見えない」と答えたが、モチベーターが何度も彼に「見たいもの」を尋ねたところ、最後に彼は「ガンがなくなる日」と答えた。彼が、恐らく家族か肉親の誰かが癌に罹り、そのことに心を痛めてきたであろうことが、明らかになった。
○イーストサセックスは学業成績も優秀である。全国テストで物理のAレベルは全国で5人しかいなかったが、そのうち3人がイーストサセックスの生徒だった。(道路・公共交通)
○単に道路を整備するだけではなく、「Section 106(注)」や「Capital appreciation」により、沿道の土地を確保し、住宅などを整備している。国へも、住宅と道路は一体的な整備が必要である旨伝えているところである。
○道路の運用、維持管理の経費節減も重要である。照明は必要なときだけスイッチが入るしくみにすることで、経費が節約できるだけではなく、光公害の防止にもなる。また、公共交通を整備するほど、道路の使用が減り、道路の維持管理費もかからなくなる。しかし高齢者などの公共交通の無料化の行きすぎはよくない。公共交通が、無料パスを持っている乗客で占められ、必要な収入が得られない。(子育て)
○育児にはお金も時間もかかるため、子供を持つことを躊躇する場合がある。イーストサセックスでは、里親(foster)が子供の世話をするしくみも進めている。(住宅)
○住宅の不足は、住宅の量が足りないことだけが原因ではない。たとえば、未亡人が、夫を亡くした後もひとりで大きな住宅に住み続けていることがある。この家を他の人々と分け合って住むことは、住宅の不足の緩和に貢献するだけではなく、孤独になりがちな一人暮らしの人間の、社会との接点づくりにも役に立つ。(文化)
○文化行政の重要性も高まっている。人々の地域参加にも役立つし、地域の強化にもつながる。
○文化は多様であり、それぞれである。
○宝くじ資金は、ボランティア活動や文化プロジェクトに使われている。運営ではなく、投資により多く使われるべきである。
○2012年オリンピックに関しては、イーストサセックスにはいくつか良いスポーツ施設があるものの、国際的な公式競技基準にあわないものもある。施設整備の際は、総合的な視点も重要である。(環境)
○「Buy with confidence」スキームにより、環境に配慮した、あるいはフェアトレードに配慮した製品の購入を推奨している。
○環境に配慮している地元の企業を表彰している。
○ゴミは、埋め立て場所が限界に達しようとしている。焼却はまだまだ進んでいない。ごみ焼却施設建設には反対もあるが、焼却することで、エネルギー利用もできる。また、リサイクルも進める必要がある。リサイクルは、一旦始まると、良いサイクルとなり、人々がさらにリサイクルをするようになるはずである。(計画・開発)
○計画は、一番地元のことをよく知っている、地元の人々が決めるべきである。
○デベロッパーへ対抗していくことが重要である。
○他の街にとって良いものが、我々のところでも良いわけではないのである。(経済開発)
○働く人々が増加しているが、まだまだオフィススペースが足りない。
○荒れ果てた土地だった場所に、公園と湖と道路をつくり、「Section 106」アグリーメントにより住宅をつくった。企業を立地させ、銀行ができ、綺麗で住みたくなるような場所になった。
○企業を育てるには、企業のハブをつくることが必要である。ある企業が立ち上がった後、行き詰る理由の多くは、その事業内容がまずいからではなく、電話に出られなくて顧客からの連絡を逃してしまうことにある。マンションの一室で孤独にやっていてはだめなのである。そのため、ハブをつくり、電話受付業務や秘書業務を各企業で共有する。企業が一か所に集まっていることで、銀行や弁護士や会計士もアクセスしやすくなる。
○こうした蜂の巣のようなシナジー(相乗効果)のしくみが有効である。そして、賃料を最初は安くし、企業が成長したら出ていくようにする。うまくいかない場合も出ていかなければならないが、利益の10%を納めることを条件に、延期できるようにする。自治体の収入確保にもなる。
○ひとつの企業が成長すれば、多くの経済効果が波及する。(警察・消防)
○警察・消防は国のコントロール下にあるが、いずれも予防が非常に重要である。
○そして予防を担うのは自治体である。
○国は自治体のそうした取り組みがやりやすいような法規制を行うべきである。しかし、たばこの規制を厳しくしすぎて、隠れてたばこが吸われ、火災につながるなどの矛盾も生じている。(その他)
○自治体のチーフエグゼクティブは、政治家がコントロールすべきである。
○また、政治の動きに左右されない、官僚組織も重要である。
○我々の自治体の、住民からの評価は高い。それは、常に我々が、施策とその成果について説明しているからである。
【質疑】
○(バーネットフォーミュラについて)スコットランドを助けることは重要であるが、かなりの金額がかかる点が問題である。そして、ある課題を解決しても、また別の問題が出ることを忘れてはならない。たとえばスコットランドの家畜に関する補助金や規制は、笑い話になっているような失敗例もある。
○(政権が労働党で、しかし自治体は保守党が多いことについて)政権に対する批判が自治体の選挙に反映する傾向があるのではないか。また、逆に保守党だけになってしまってはいけないと考えている。敵がいればこそ、常に自分たちの政策を説明しなければならず、緊張感を持続できる。
○(イングランド南部について)南の人々は、都市のことを田舎に適用してほしくないと思っている。労働党は基本的に都会に基盤を置いた政党である。たとえば、都会で病院を一か所廃止することの影響と、同じことを田舎でやったときの影響は、同じであるはずがない。
○(政治家と自治体について)政治色のない公務員による安定性も必要である。また、議員は無給でよいと思う。他に職業があって、社会に参加していればこそ、社会のことが分かるのである。なお、政党間の違いというものは、20%くらいしかないと思っている。個人間の意見の違いのほうが大きいくらいである。そして、多様な意見をまとめるのが政党の役割である。
○(民間での経験と公務員について)多様な経験を持つ人材が必要である。
(以上)
(注)Section 106:
「Town and Country Planning Act 1990」のSection 106に定められているため、このように呼ばれる。地方計画当局(local planning authority(LPA))が、デベロッパーと、様々な事柄について、法的拘束力のある合意(計画義務ともいう。)をすることができるものである。合意の内容の例は、開発により自治体に発生するコストについてのデベロッパーの一定の負担、緑地の保全のための自治体への土地所有権移転、土地利用目的の制限、デベロッパーによる植林や自然保護などである。デベロッパーを規制することができるため、開発の影響を最小限にするなどの目的で利用できる。英国において安価な住宅建設を確保する主要な手段となっている。(注記)
※この記録は、イーストサセックスカウンティカウンシル議長Bob Lacey氏が自治体国際化協会ロンドン事務所において英語にて行った講演の内容について、同事務所職員が概要を日本語にてメモしたものであり、必ずしも同カウンシルまたは同議長の公式な見解等を示すものではない。
2008年02月27日
スピーカーシリーズ「英国の移民政策について」
●テーマ:「英国の移民政策について」
●日時:2008年2月27日 13:30~14:30
●講師:ベーカー&マッケンジー法律事務所Immigration Specialist藤本静子様
ご講演要旨【英国の移民政策の歴史】
○英国は元来、敵国以外の外国人の受け入れに寛大で、特に旧英領植民地の人々は、British Subject、つまり英国住民とみなされ、比較的自由に英国への移民が許された。○それが、二度の大戦や植民地の独立化で、避難民や植民地の人々が大量に英国に流れ込むようになり、本格的に外国人のコントロールが始まった。
○まず、1962年のCommonwealth Acの制定で植民地からの移民をコントロールし、更に東アフリカからのアジア系の移民が勝手に英国に移民出来ないようCommonwealth Act1968を制定。
○1972年には、英国のEEA加盟により、ますます英国の移民政策の様相が変わり、ようやく現在の移民政策の基本ともなるImmigration Act1971が成立した。
○英国の移民政策は、私見を言えば、従来は人種差別的な側面が強かったが、今日は英国経済へ貢献するような人々のみを受け入れたいという方向にシフトしてきている。
【国境・移民庁の移民政策の変更点】
○英国における永住権(Indefinite Leave to Remain:ILR)を得るために、18歳以上の人は全て、英国についての基礎知識を計るため、“Life in the UK Test”に合格する必要がある。
○“Life in the UK Test”に合格しなかった配偶者(受験しなかった者を含む)でも、永住権保持者の配偶者として申請すれば、2年間は英国に滞在することができるが、テストの合格なしに2年以上滞在するには、特段の理由が必要。
○英国滞在のビザを外国から申請する際、5歳以上の全ての人は、東京もしくは大阪のビザ申請所において、生体情報(Biometric Data)を提出する必要がある。
○英国内では、生体確認証書(Biometric Identification Document:BID)が2008年11月から導入され、現行のUK Residence Permit(英国滞在許可証)の代わりとなる。カードに組み込まれたチップに生体情報が保存される。既にパイロット事業として始まっているが、全ての外国人へのBIDの交付は一応2011年からとなる。
○これらの移民政策の変更は、英語を母国語としない日本人の被雇用者にとっては多大な負担になりかねず、その適用の弾力化について現在外交交渉が行なわれている。
【PBSスキームの概観について】
○政府は、英国経済に貢献するような移民の申請手続きを1回で終わるよう簡素化するため、Points Based System(PBS)を導入予定で、一部のTier1はすでに今年の2月29日からスタートした。この新システムのもとでは、現在、英国への就労・就学について73のルートが可能であるところを5つに簡素化できる。この変更は、英国の移民政策の歴史の中で画期的な変更である。
○5つの区分は以下のとおりである。
Tier1. 英国の経済成長と生産性に貢献できる高技術者
Tier2. 英国の労働力不足を補う技術労働者
Tier3. 特定の一時的な労働力不足を補う低技術労働者
Tier4. 学生
Tier5. ワーキング・ホリデー及び経済以外の目的で英国に来る一時的労働者
○第一に、雇用者は国境・移民庁へSponsorship License(雇用ライセンス)を申請しなければならない(1の場合は必要なし)。
○PBS以降後に英国に来たいと考えている人は、以下を満たす必要がある。
・区分ごとに指定された必要なポイント基準を満たすこと(Tier2の場合、50ポイント)
・以下に示す英語力を満たすこと
-Council of Europe’s Common European Framework for Language Learning又は GCSEテストのCレベル以上に合格した場合(もしくはこれらと同程度)、もしくは国民の大多数が英語を話す国から来る場合
-英語で学位取得をした場合は、別途英語力テストを受ける必要はない。
・生活を維持できるだけのお金があること。
・英国内の雇用者から事前のCertificate of Sponsorship(移民雇用証明)を得ること。
【PBSのもとでの新たな義務】
PBS導入の背景にある概念として、「移民によって利益を得る人々は、移民システムが悪用されないように責任を果たすべきである。」というものであり、ライセンスの発行に係る条件として、雇用者は、上記責務を果たすべく、適切な内部手続きを導入すべきであるとされている。雇用者には、以下の義務が発生する。
・記録保管義務(移民従業員のパスポートのコピー、連絡先、その他)
・報告義務(移民従業員の無断欠勤、解職、役職など雇用関係の変化、犯罪の疑いなど)
・コンプライアンスの義務(Immigration, Asylum & Nationality Act 2006の15条及び21条の遵守)
・国境・移民庁への協力義務(国境・移民庁の立ち入り検査、アクション・プランの遵守など)
○PBSの日本企業への影響
・移民雇用ライセンスの申請
→関連会社一括の申請を行なうか、個別の申請を行なうかの選択
→責任者(Authorised Officer)等の任命
・それぞれの従業員のCertificate of Sponsorship(移民雇用証明)申請
→申請はオンラインのみ。
→1年に発行が必要とされるCertificate of Sponsorship(移民雇用証明)の数の報告
・雇用者及び家族の延長申請
→国境・移民局は、まだ、従業員の家族の労働を許可するかどうか決定していない
→従業員の家族は、永住権を獲得するためには、少なくとも2年は英国で居住することが条件付けられることが予想され、事実Tier1ではこの条件が求められている。
○PBSの履行スケジュールについて
・TIER1
2008年2月29日から-国内申請者
2008年夏から -国外申請者
・TIER2
2008年の年末
登録は2008年初頭から(3月?)
・TIER3
保留中
・TIER4
2009年の年始
・TIER4
2008年末
○申請料金
・50人以上を抱える大企業には1000ポンド
・雇用証明170ポンド
BIDの発行30ポンド
(以上)
2008年02月25日
スピーカーシリーズ「日英の陪審員(裁判員)制度について」
●テーマ:「日英の陪審員(裁判員)制度について」
●日時:2008年2月25日 14:00~15:30
●講師:朝日新聞社記者 佐々木健 様
○私は、事件記者を長くやった。その経験も踏まえ、お話をしたい。
○日本では、来年4月ごろから裁判員制度がスタートする予定。
【イギリスの報道規制】
○イギリスでは、逮捕から起訴までの期間が短く、数日である。また、逮捕後は、陪審員に予断と偏見を与えるという理由で、重大事件については報道ができない。違反すると法廷侮辱罪になり、罰則もある
○イギリスのメディアが報道規制に甘んじている背景には、過去のデイリーメールのサッカー選手の傷害事件に関する報道への反省がある。(デイリーメール紙が事件に人種差別の背景があると報じ、しかしそのような事実がないことが分かり、同紙の記事を読んだ陪審員が全員交代になった。そのために15億円の経費が無駄になった。)
【報道規制の是非】
○しかし自主規制も含めメディアの報道規制は問題はないのか。ロス疑惑の三浦和義が27年ぶりに逮捕されたが、メディアが先行して「怪しい」と報道していた。メディアは概して大きな波に乗って、警察の前に報道する。それは問題でもあるが、使命でもある。
○私は、知能犯などを扱う捜査二課を担当していたが、たとえばある国会議員の捜査がどこまで続いているかの取材で、二課の取材と報道は、当局が狙っている段階、水面下を流しているプロセスも含め、事件がはじける前から行うものである。つまり二課については、メディアは、疑惑がある「かもしれない」という段階から報道をする。各社が独自に書く。そして、裁判が始まれば、そこで出てくる新事実ももちろん書く。しかし、イギリスの法律では、それができない。
○日本はどこまでメディア規制ができるか。メディア自身もガイドラインを自分で模索している。
【報道規制と陪審員】
○日本の裁判員は、裁判員がつくかどうかは事件の内容によって決まるが、英米は重要犯罪及び被告人が否認している事件に陪審員がつく。
○イギリスでは、犯人が逮捕されるとメディアの報道がなくなる。そのため、陪審員は、陪審員に選ばれたときに、その事件について知りたいと思うと、新聞報道がないので、インターネットを探すことが多い。そして、インターネットには、根拠のわからない怪しい情報があふれている。そういったものから、誤った先入観を得てしまうことがある。つまり、現代は、情報は止められるものではない。
【アメリカの陪審員制度の現状】
○アメリカの陪審員制度は、既に破綻している。まず、給与補償が足りないため、ホワイトカラーの引き受け手がなくなり、15%を切っている。アリバイのための航空券を売る業者までいる。また、陪審員の身辺調査をする会社があり、陪審員のメンバーにより、裁判の結果が予測できるところまで来ている。不利なメンバーであれば、理由をつけて忌避申し立てをし、交代させたりする。裁判に非常に時間がかかる原因にもなっている。(以上)
【イギリスの新聞】
○イギリスは、アメリカほどひどくはないが、規制を遵守するモラルの高いメディアは、使い分けもしている。たとえばマデリーンちゃん事件は、舞台がイギリスではなくポルトガルだったため、報道規制の適用外だった。そして、マスコミの報道は過熱した。イギリスは新聞配達がないため、街角で目に付き、買ってもらわなければ生き残れず、各社の見出しや報道内容の競争や個性化は激しい。また、朝刊と夕刊を両方出すということがないため、時間に余裕があり、記事の内容を練ることができることも、記事の個性化に資している。
【わが国の裁判員制度と報道】
○日本ではどうなるか。裁判員を無菌状態に置くことはできない。そして、世間の関心が向いていないようなときも、報道記者は事件をずっと追っている。
(質疑)
○(日本の裁判員に予想される状況について)いったん選ばれると、断ることも、また選ばれたことを口外することもできない。孤独感が強いだろう。世論が知りたくなるはずである。私は、この制度は5年で破綻すると予想している。大正時代に一度導入しようとしたが、失敗している。弁護士の口調などで、裁判員の受ける印象と判断が変わってくるようなこともありえる。
○(現行の制度に問題があったのか)専門の裁判官は、やはりプロである。批判しすぎたメディアも悪かったと思う。人間らしいのが、よいのかどうか。裁判員制度も、密室のことであり、批判すべきものではないか。
○(イギリスのメディア規制の今後について)現在の法務長官が、国会で「メディアが及ぼす影響を調査する」と答弁した。が、「あまり影響なし」という結果になりそうである。ただ、たとえ報道規制がなくなっても、自主規制で十分だろう。
○(裁判員と情報リテラシーについて)やはり情報源はメディア、特に新聞であるべきである。新聞も価値が多様化している。ただし、主張をしたい一方で、その怖さを感じている面もある。(以上)
2008年02月19日
スピーカーシリーズ「欧州での原子力発電について」
●テーマ:「欧州での原子力発電について」
●日時:2008年2月19日 13:30~14:30
●講師:東京電力株式会社ロンドン事務所長唐崎様、副所長浅妻様、牧野様
ご講演要旨欧州では、気候変動(地球温暖化)対策、エネルギー・セキュリティ確保の観点から、持続可能な低炭素型社会の実現に向けての取組が活性化している。原子力への取組はその中核の一つである。一方、原子力発電をどう位置づけるかは、政治情勢等により国ごとにその方針が異なる。
【英国における状況】
○英政府は、2006年7月に発表されたエネルギー・レビューにおいて、「地球温暖化対策の強化」及び「エネルギー・セキュリティの確保」を2つの柱として、前者については、2050年を目標に温暖化ガスを1990年比で60%削減することを掲げており、後者については、北海油田の産出量の低下(1999年がピーク)により、ロシア及び中東への依存が拡大していることで、エネルギー・セキュリティの危機感が現実味を帯びているとしている。
○英国の発電電力量の構成比は、37%が石炭、36%がガス、18%が原子力、4%が再生可能エネルギーとなっている。現在稼動中の原子炉も、2032年までには1基を除き、全てが寿命を迎えることとなり、結果として、原子力発電所20基分相当の供給力不足となることが予想される。
○2008年1月に政府が ‘原子力新設を支持’する最終意見書を公表した。その内容は、「地球温暖化対策、セキュリティ確保の観点から、原子力は引き続き一定の役割を果たすべきであることとした上で、廃炉措置から廃棄物処分に至るまで、政府からは財政援助を行なわない」というものであった。ここにいたるまでには、先に述べたエネルギー・レビューに対し、環境保護団体等から、「エネルギー・レビューは、適切な公開審議を得ていない」とする申立がなされ、2007年2月、公開審議のやり直しを求める司法判断が下ったため、政府は同年5月から改めて公開審議を実施し、集約された2700件の意見書を考慮した上で、この最終見解を示したという経緯がある。本最終意見書に対する野党の反応としては、サッチャー以来原子力を支持してきた保守党は、「再生可能エネルギー、分散化電源の推進を軸とした」同党エネルギー政策を平行して進めることを前提に、政府見解を支持。自由民主党は、反対の立場をとっている。なお、争点の一つでもある高レベル放射性廃棄物の処分方法については、政府が提案した深地層処分の概略設計、処分場ホスト自治体選定のプロセスについて、概ね国民の支持を得たと政府は報告している。その他欧州各国の原子力政策については、各国の歴史的経緯、政治情勢、国民の受容性等に大きなばらつきがあるため、EUとしての統一の方針が示せない状況である。欧州各国の原子力に対する姿勢は概ね以下のとおりある。
○原子力を積極的に活用:フランス、チェコ、イギリス、スイス、旧東欧諸国、フィンランド(政府による明確な政策を保持せず。) 他
○脱原子力政策を維持:独、スウェーデン、ベルギー、イタリア、オーストリア 他
【フランス】○全発電電力量に占める原子力の構成比は86%であり、次が石油の12%である。
○第一次石油危機を契機として、政府は1974年3月に「新規電源は全て原子力発電で対応」という方針を打ち出し、現在、58基の原子炉を運転している(米国についで、世界第2位)。
○先の選挙では、保守UMPサルコジ候補が、「老朽原子力の早期閉鎖と2020年までに原子力比率を50%までに逓減する」と唱えた社会党ロワイヤル候補に勝利した。
○巨大企業アレバが原子炉建設から原子燃料供給、使用済燃料の再処理まで幅広くサービスを提供している。
【ドイツ】
ドイツの発電電力量の構成比は、42%が石炭、原子力が31%、石油が12%、ガスが11%。石炭が4%である。
○社会民主党(SPD)と緑の党の連立政権下において、2001年6月に電力会社は脱原子力協定(32年で閉鎖)に調印した。
○現在、17基の原子炉が運転中である。
○2005年11月、SPDとキリスト教民主/社会同盟(CDU/CSU)との大連立で就任したメルケル首相は、在任中には脱原子力政策の見直しを行なわないことを表明するとともに、風力、太陽光等の再生可能エネルギーの拡大に注力すること、豊富な褐炭資源とロシアからのガス(パイプライン建設中)で原子力の穴を埋めることとした。
○ 原子力閉鎖による供給力不足を懸念する産業界が、閉鎖間近の原子炉の延命策を講ずるが、実らず膠着状態であり、2009年の総選挙の頼みの状況である。
【スウェーデン】
○2006年9月、ラインフェルド首相のもと社会民主労働党、中道左派による連立政権樹立。同政権中には、「原子力の新設及び閉鎖は行なわず。出力増強は推進。」という方針を表明した。
○現在、原子炉10基が稼動中であり、電力需要の約50%を賄っている。既に2基の原子炉を閉鎖している。
(以上)
2008年02月04日
スピーカーシリーズ「E-Governmentの推進について」
●テーマ:「E-Governmentの推進について」
●日時:2008年1月29日 14:30~16:00
●講師:欧州復興開発銀行 総裁特別顧問 日下部 元雄 様
ご講演要旨・E-Governmentを推進する際、どこに力点をおくかは、自治体によって異なるが、行政サービスの効率化のほかに、住民の自治体の意思決定への参画を即すE-Democracyという観点が重要である。
・「住民のニーズに合った、国や関係機関と統合された、自治体と住民が双方向に利用できるポータルサイト」というような理想的なポータルサイトをつくるためには、まずは、サイトの枠組みを低費用でつくり、その後コンテンツを充実させていくことが重要である。
・安価なポータルを開発途上国において普及させるため、国連等との連携のもとOpen City Portal という無料のソフトウェアの開発を現在行なっており、今後実証実験を通じて、当該ソフトの精度を上げていく予定である。http://www.opencityportal.net/
セッション1 ICTに携わるようになった経緯について
・(これまでの略歴)財務省、世界銀行副総裁を経て、欧州復興開発銀行で特別顧問を務めている。
・世界銀行はパブリックセクターへ貸付けをするが、欧州復興開発銀行は、主に東欧と旧ソ連圏の市場経済化を助けるため、民間企業に貸付けを行なっている機関である。
・私は、東欧ソ連の中でも比較的遅れた中央アジアやバルカンなどの小さい国に対し、起業家を支援するようなインフラを作ることに携わってきた。
・ICTというものを私のテーマとして研究するようになった経緯は、次のとおりである。世界銀行在任時に、世界銀行が貧困対策の基本戦略を、水の供給や保健衛生、教育などからエンパワーメントに転換するため、貧困階層に直接接しているソーシャル・アントレプレナーを25人ワシントンに呼んでセミナーを行なったところ、彼らからは、
①自分達がグローバル・ノレッジに接したい。
②自分達の声をグローバルの場での意思決定に反映させたい。
③僻地でもグローバルなマーケットに商品を売れるような仕事をつくりたい。
と、どれもICTと関係した要望であった。そのため、まだ世界銀行在任中であった当時、ICTを開発途上国でどのようにつくればよいのかという研究に着手した。それを現在EBRDにおいても行なっている。
・E-Governmentは、まだ、民間企業にコマーシャルベースでお金を貸すEBRDのメインストリームのオペレーションにはなっておらず、また、今回は主に西ヨーロッパにおけるE-Governmentについて話をするように依頼されていることもあり、本日話をするのは必ずしもすべてがEBRDの取り組みではないが、最後に話をするOpen City Portalという途上国の自治体でもお金をかけずにポータルサイトを作るという取組は、国連などと一緒に力を入れて取り組んでいるプロジェクトである。
セッション2 ヨーロッパにおける E-Governmentの状況について
・EU圏におけるE-Governmentへの取組状況について、EUがこれまで二度にわたってE-Europeというイニシアティブを行なっており、その柱の一つがE-Governmentである。
・EUが加盟国内のE-Governmentの発展段階を4段階に規定しており、各ステージは以下のとおりである。
①ステージ1:information(情報入手が可能、等)
②ステージ2:One way interaction(様式のダウンロードが可能、等)
③ステージ3:Two way interaction(インターネットでの申請が可能、等)
④ステージ4:Full electronic case handling(オンラインのトランザクシ
ョンが完全に可能、等)
・EUでは、加盟国が第4段階までに達することをベンチマークにしており、EU発足当初の15カ国における到達比率が2001年では45%だったのが2004年では72%となった。
・行政サービスの中のどういう分野でオンライン決済が進んでいるかについては、自治体収入を生み出す分野(税の申告等)においては非常に進んでいる。登録関係では、統計データの提出などでは進んでいる一方、車の登録ではあまり進んでいない。公的支援サービスでは、就業支援サービスではが進んでいるが、医療サービス(例:専門の医者の予約をオンラインで実施)ではあまり進んでいない。許可・免許などの分野ではあまり進んでいないが、これは個人認証の制度を作ることが前提となることが理由であろう。
・オンライン・サービスの進捗についてEU加盟国を国別に見ると、1位がスウェーデン、2位がオーストリア、3位が英国である。北欧の国は進んでいる。
・EUの基準は、オンライン・トランザクションが可能かどうかのみに偏っているが、E-Governmentの進展具合を計る基準については、次のような観点からも見る必要がある。
①各省庁/各部門の統合ポータルがあるかどうか
②市民のニーズに合わせてコンテンツが分類されているか
③一目でコンテンツの全体の内容がわかるようになっているか
④必要な情報が全て盛り込まれているか
⑤市民が実際にポータルを使っているか(日本はポータルが充実しているのに、使用率が低い)
⑥インターネットに簡単にアクセスできないような人へのチャンネルも用意されているか
⑦E-Governmentに係る目標が達成されているか
・自治体レベルでのE-Governmentの進捗状況については、Torres, Pinna & Aceretの調査によると、2つの基準での研究が行われている。一つ目の基準はService Maturity(SM:どれだけの行政サービスがオンライン化されているか。)この指標では、1位(SM>20%)がウィーン、バーミンガム、シュツッツガルト、ミュンヘン等が上位となっている。二つ目の基準はDelivery Maturity(DM:サービス提供がどれだけ工夫されているか)については、バルセロナ、フランクフルト、マドリッド、サラゴサ、カーディフ、ベルリン、ウィーン等が上位となっている。
・ EBRDでは、東ヨーロッパ諸国におけるe-Governmentの進捗度合いを以下の5段階で判定する調査を行った。
①レベル1:イニシアティブなし
②レベル2:各省庁/部門がばらばらにE-Governmentを進めている
③レベル3:市民のニーズにあった統合ポータルサイトをもっている。ま た、ダウンロードが出来たり、行政と市民の間でのインタラクションの機能もある。
④レベル4:オンラインで申請や決済ができる。
⑤レベル5:E-Governmentの結果、行政のプロセスが合理化された。
この調査の結果、2005年度時点でエストニアがレベル5まで到達、セルビアとアゼルバイジャンがレベル3という結果であった。
・自治体レベルでE-Governmentがどれだけ進んでいるかを、国際会議に参加した世界各国の自治体に調査した結果では、60都市中、レベル2が11団体、レベル3が7団体(文京区を含む)、レベル4が27都市、レベル5が5団体(後述のフランスIssy-les-Moulineauxを含む)であった。
・E-Governmentを推進するにあたってはいくつかの焦点があって、各都市において何を重視しているかは異なる。コンテンツについて、G2C(Government to Consumer),G2B(Government to Business)及びG2G(Government to Government)の3つの視点とインフラについて、それぞれどれだけ進んでいるかによって、各都市のE-Governmentの推進状況を図ることができる。
・以下、4つの国、自治体又は地域について実例を紹介する。
①フランスのIssy-les-Moulineauxという自治体は、パリの南に位置する人口6万人の自治体である。96年に市長がサイバー都市としての変革・発展行なうというビジョンを打ちたて、E-Governmentによる行政改革を進めるというE-Democracyを推進。市の中にアクセスポイントを100程度つくってデジタルデバイドの解消に努めるとともに、E Voting(E-Governmentのシステムを使って、市民が直接市の意思決定などに参画する)などに取り組んだ。市庁の会議にも、市民が登録をすれば電話会議で意見を言うことができるなど、画期的なシステムであった。このように、E-Governmentを推進している自治体は、単に電子決済などによるサービスの効率化を第一の目的とするのではなく、E-Government による市民参画(E-democracy)を進めることを目標にしているところが多い。
②ウィーンは、E-Governmentが最も進んでいる都市であるが、ここはE-democracyよりも、電子決済などe-Governmentによる効率的な行政サービスの提供に力を入れているところである。30くらいのオンライン決済ができる。また、若者、女性、高齢者など様々なハンディキャップをもっている人へのサービス提供(例:高齢者へのパソコン研修の実施、盲目の人への音声によるサービス提供など)を行なっている。さらに、50のパブリック・アクセスポイントによるマルチ・チャネルをつくっている。以前は、市役所がアクセスポイントを設置していたが、今は官民連携(PPP)により民間がより充実したマルチ・チャネルをつくっている。単にインターネットだけでなく、コールセンターをつくって電話やFAX、eメールなど、全てのチャネルをつかってe-Governmentにアクセスできるようにしている。
③カタロニア(スペインのバルセロナがある自治州)では、職業教育や職業案内、起業支援などをCatalonia365というポータルで行なっており、地域振興をE-Governmentの主眼としている。この地域では、地方政府が3層構造になっており、従来は申請を3つレベルの各自治体に提出しなければならないなど複雑であったが、制度改正によって申請がCatalonia365のポータルサイトでできるようにした。
④エストニアは、東欧の中では一番E-Governmentが進んでいるが、計画的にIDカード作ったり、コマーシャルバンクのIDカードでE-Governmentを利用できるようにした。はじめは、各省庁がばらばらのシステムをつくり不便なシステムとなったため、後に各省庁統一のインターフェースとした。
・上記4つの自治体のe-Governmentの目的はそれぞれ異なるが、日本の自治体にも参考になるものであると考えられる。日本の自治体に対して2000年に政府が、何がe-Governmentの障害になっているかを調査したところ、
①予算が不十分(73%)
②組織的なサポートの欠如(60%)
③十分な技術の不足(46%)
④不十分なICTインフラ(43%)
との結果であった。
一部の先進的な自治体を除き、このような障害が弊害となっているところが多い。日本ですらこのような状況なので、まして途上国の市町村ではもっともっと障害が多い。
・各自治体がE-Governmentを進めるにあったての戦略について、よく見受けられる誤りとして以下があげられる。
①ベンダーやコンサル主導のストラテジーとなってしまう(ベンダーは高価な機器を販売したいと考え、そのような提案をするため、非常に高額なシステムになってしまう)。
②予算制約などにより、散発的なE-Governmentとなってしまう(予算のついた部局から始めるため、部局ごとのばらばらのシステムの集まりになってしまい、システム全体の統一性が欠如してしまう)。
③オンライン決済に焦点を当てすぎる。これもコストが高くなる原因となる。
④中央、各レベルの地方自治体が、ばらばらのシステムをつくる。
・このような誤りに陥らないためには、内容は後でもよいので、まずは市民に対する統一的なポータルをつくり、市民がシステマティックに検索できるようにし、そして、市民のニーズにあったコンテンツや、市民と行政の双方向のシステムをつくることである。ここまでの作業は、さほどお金をかけなくて出来ることであり、しかも、ここまででも、E-Governmentが目指す目的のほとんどが達成される。これ以上の、個人認証やオンライン決済がコストがかかるのである。また、例えば市民が学校の情報を求める際、公立だけではなく私立の学校の情報も必要である。市民が求めるものを総合的に提供するためには、民間セクターに参加してもらうことも重要である。
セッション3 Open City Portalについて
http://www.opencityportal.net/
・このような安価なポータルを開発途上国において普及させるため、いくつかの国際機関等と連携して、Open City Portalというオープンソースのソフトウェアの開発に取り組んでいる。当該ソフトウェアを使用してポータルを作るにあたって、自治体はライセンス料を払う必要はないため、ウェブのホスティングやメンテナンスの料金だけで、その都市の特別なニーズに合わせてポータルをつくることができる。市民のニーズに合わせたコンテンツや、自治体内部の各部署及び国の各省との統一性など、必要な特徴を全てそなえている。また、グローバルな視点で、世界の自治体のベストプラクティスなども紹介できるようになっている。
・当該システムを使ったポータルの作成に係るコンテンツ作りについては、一般職員ができるようになっている。特別の職員を雇うのではなく、第一線で市民の相手をしている人が、自分でコンテンツを入れられることが重要である。
・今は英語と日本語のみのサイトとなっている。架空の都市のポータルの例が掲載されているとともに、ウェブ上で自分の自治体のポータルをつくれるようになっている。
・ トップページ>Look at the Partner City Portals >Hampstead Portal(A Sample Portal) では、Hampsteadという架空の自治体のポータルが表示されているが、最初のページに全てのコンテンツの内容が一目でわかるようになっている。例えば教育のページでは、自治体の取り組みや申請にかかるFAQ、イベント情報、役場への質問コーナーなどを掲載するとともに、研究者の報告や海外自治体の取り組みなども見ることができるようになっている。
・職業紹介や町おこし、起業家がポータルを通じて他の町の起業家と連携してビジネスプランを作るなどもできる。
・また、 トップページ>Creating your City Portal では、10のステップで簡単に自治体のポータルがつくれるようになっている。実際にポータルを作ってから、コンテンツを充実されるべくプログラムが構成されている。まだ機能が全て完全ではない。
・最初は自治体のポータル担当者のみがアクセス可能とし、ある程度コンテンツが整ったところで、市民にも公開するという手順が妥当である。
・このシステムはまだ実証試験が済んでいないが、この3月に国連等と共同でブータンの首都で実証試験及び評価を行なう予定。また、他の都市でもパイロットとして行い、信頼性を高めていく予定である。
(以上)
2008年01月21日
スピーカーシリーズ「地方債の格付けについて」
●テーマ:「地方債の格付けについて」
●日時:2008年1月21日 15:00~16:00
●講師:株式会社格付け投資情報センター 格付本部
公共部 チーフアナリスト 安田 稔 様
ご講演要旨・地方債の格付け取得の動きは今後加速していく見込みである。
・格付け会社によって、地方自治体の格付けに係る考え方が異なり、全ての地方自治体に同じ格付けをつけているところもあれば、異なる格付けをつけているところもある。また、国債格付けとの関係においても、国債よりも地方債の格付けを高くしているところもあれば、地方債の格付けの上限を国債の格付けとしているところもある。・R&Iでは、地方債の信用力に関し、制度的な面も含めた政府サポートを高く評価する一方、各自治体の経済力・財政状況・債務水準などスタンド・アローンの評価を踏まえ、各地方自治体の格付けにAA-からAAAまでの4段階の格付けをつけている。また、国債格付けとの関係では、地方債の格付けの上限は国債の格付けと考えている。
1 格付け投資情報センター(R&I)による地方債の格付け状況について
・現在、12の地方自治体が格付け機関に依頼し、格付けを取得している(依頼格付け)。うち、R&Iが行なっている格付けは3団体(神戸市・静岡県・岡山県)である。今後、自治体による格付け取得は広がって行く見通し。
・金融庁に認められた格付け会社は、Moody’s, S&P, Fitch(以上外資系)、及び,JCR、R&I(以上日系)の5社である。
・R&Iは、日本の公募債市場では圧倒的なカバレッジを誇る。特に自治体、政府系機関、学校法人などの公的セクターでは圧倒的である。
・自治体財政の悪化に伴い、金融機関から自治体格付けの要望が高まったことを受け、R&Iでは1999年に日本で始めての自治体格付けを公表。公開情報に基づき、公募債を発行する16都道府県と12政令指定都市に対して、依頼によらない公開情報に基づく格付け(勝手格付け(OP格付け))を行なった。
・現在は、OP格付けを含めると全国型の公募地方債を発行する42団体のうち39団体にまで格付けを行なっている。
・R&Iでは客観的な格付け体系を構築している。他社との比較では、Moody’sは全ての地方自治体に対してAa1をつけているのに対し、R&IではAA-からAAAまで4ノッチの幅を設けている。格付け会社によって格付けの考え方が異なる。
・R&Iの格付けと地方債のスプレッドは相関性が高い。ただし,現在は、市場の需給がタイトなので、各自治体のスプレッドもタイトである。なかなか信用格差がスプレッドに反映されにくい状況である。2006年末と2007年末のスプレッドを比べると、2006年は夕張市の財政ショックなどにより、投資家が地方債マーケットのクレジットに注意しはじめたので、2006 年末は財政状況の悪い自治体はワイドなスプレッドを要求されたが、2007年末のスプレッドはタイトになっている。
2 地方債の信用力に関する考え方について
・総務省の正式見解では「地方債の元利償還に必要な財源を国が保障」とされている。また、地方債のリスク・ウェイトは国債同様ゼロである。
・しかし、R&Iでは、地方債の償還能力が単純に国債と同一とは考えていない。
・R&Iにおいても、制度面を含めた政府サポートは高く評価しており、全ての全国型公募地方債を発行する自治体をAA-以上にしている。AA格というのは、民間企業でいうと超一流企業である。AAAがつくのはごくわずかの企業のみ。つまり、AA-といっても、基本的にデフォルトを想定していない非常に高い格付けであり、これは国と地方の関係が非常に強固であることによる、政府サポートに裏打ちされたものである。
・R&Iではこの考えに立った上で、自治体のスタンド・アローンの評価を格付けに反映させている。
・地方財政計画は地方自治体の単年度予算に基づく財源保障であるが、この保障は、“保証(guarantee)”ではなく“保障(Assured)”であるため、全自治体にAAAをつけることはできないと考えている。また、地方財政計画の規模が緊縮傾向であること。また、現在の財政再建制度には自治体自らの申請が必要であること。さらに、地方債残高に占める政府系資金の減少。これらの理由から、自治体に対する政府サポートは強固だが、必ずしも完全ではないと考えている。
・地方分権が進む中、国と地方の関係は離れることはあっても近づくことは考えにくく、これにより、自治体の自主性が高まる反面、自己責任の範囲も広がり、また、経済力や行財政改革の濃淡で財政格差がつきやすいため、今後も財源保障機能や財源調整機能は残ると考えたうえで制度変更リスクを想定できる範囲内で織り込む必要があると考えている。この結果、政府サポートを踏まえつつ、自治体固有の信用力を格付けに反映させている。
・マクロベースでの財源保障は基本的にはどの自治体でも同じであるが、スタンド・アローンの評価については、経済力(自主財源比率、域内GDP、産業構造など)、財政状況(修正単年度収支比率(R&I独自指標。収支に、地方債残高の増減や積立金の増減を調整することで実質的なフリー・キャッシュ・フローを算出し、これを標準財政規模で割ったものであり各自治体の行財政改革の状況を見ることができると考えている)等)、債務水準(債務償還年数(R&I独自指標。地方債残高を公共投資を全く行なわなかった場合の収支で割って、何年で地方債を償還できるかを算出したもの)等)の3つの視点を重視している。
・3つの視点に加えて、自治体が出資する第三セクターや地方公社など外郭団体の債務水準や自治体の関与度合いについても考慮する。
・R&Iが想定する地方債のデフォルトについては、「元利払期日の変更、強制的な借り換えなど民間資金のリスケジュール」であり、地方自治体がなくなり、投資家の投資資金がまったくかえってこないというようなことは想定していない。返済タイミングの遅れや、金利引下げが行なわれる可能性はあると考えている。地方債デフォルトの要因としては、長期的要因(過大債務による収支圧迫による財源不足など)、短期要因(例えば、原発の立ち退きによる税収の落ち込みなど。)、突発的要因(巨大震災の発生など)の3つの要因を考えている。
・ソブリン格付けと自治体格付けについては、R&Iでは国債がAAAであるのに対し地方債はAA-~AAAとしている。一方、Moody’sでは、国債がA1であるのに対し地方自治体はAa1(国債の3ランク上)としているなど、格付け機関によって考え方が異なる。R&Iでは、中央集権国家においては国債の格付けが地方債の格付けの上限になると考えており、国と地方の関係は相関関係が硬いので、ジョイント・サポート(相関関係の低い団体が保障しあうようなケースでは、それぞれ単独の格付けよりも高くなるというケースがある)は想定できないと考えている。
・地方債の自由化の流れについては、2008年1月より国外の投資家が受け取る利子が非課税となり、海外投資家の日本の地方債への関心が益々高くなることが考えられる。
・財政健全化法については、財政悪化に一定の歯止めをかけるスキームとして、クレジット判断ではプラスに働くと考えている。
・2009年施行予定の財政健全化法では第三セクターも考慮した健全か判断指標を採用することについて、普通会計以外の財政健全化を進めるスキームとして、クレジット判断ではプラス評価が可能と考えている。
・実質公債比率とR&Iの格付けの相関関係は低くなっているが、これはR&Iでは財政の水準だけでなく地域内の経済力を重視している結果である。
(以上)
2007年11月21日
スピーカシリーズ 「Human Resource Management (HRM)」
●テーマ:「Human Resource Management (HRM)」
●日時:2007年11月21日 10:00~16:00
●講師:英国 ロバートゴードン大学 アバディーン・ビシネス・スクール 名誉上級講師
関西学院大学経営戦略研究科客員教授 Dr. Peter Smart 氏
ご講演要旨イギリスの地方自治体における人的資源管理(HRM)の諸問題を、地方自治体の再編と人材管理(再配置)、アウトソーシング等の活用と人材開発、イギリスの地方自治体における人材管理・育成部門の機能等について、ご講演いただいた。
セッション1 イギリスの地方自治体における人的資源管理(HRM)
・本日は、イギリスの自治体における人材管理(HRM)について4つのセッションを行なう。
・まず、最初に、イギリスの地方自治体の構造について説明したい。ご存知のとおり、イギリスは4つの国(イングランド・スコットランド・ウェールズ・北アイルランド)からなる連合国家である。それぞれの地域で、自治体の構造や機能も異なる。
・イギリスの自治体において、その自主財源は1/4しかなく、3/4は中央政府からの財源に頼っている。イギリスの自治体の歳出規模は22兆円程度である。
・自治体職員の数は約250万人以上であり、正規職員と非常勤の職員からなる。
・自治体の構造や機能は、議会制定法で定まっている。機能には、自治体が必ず提供しなければならないものと、提供するかいなか選択することができるものがある。
・イングランド以外の地域の地域議会では、国会から権限を移譲された事項のみ決定することができる。イングランドには地域議会はなく、イングランドに関する法律は全てイギリスの国会で決定される。イギリスの国会には、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの議員からなる。
・スコットランドでは1999年に地域議会(Parliament)がつくられた。地域議会では、中央から権限を委譲された事項についてのみ法律を定めることができ、具体的には、地方自治体に関する事項、教育に関する事項、社会福祉サービスに関する事項、公道管理に関する事項につき決定できる。地域議会の第一党は、独立を公約に掲げているスコットランド国民党であるが、住民の1/3しか独立を望んではいない。スコットランドには32の一層制自治体があり、各自治体では学校、社会福祉、公道管理、消防、警察、環境に係る行政サービスを提供している。
・ウェールズでも1999年に地域議会(Assembly)がつくられた。スコットランドでは地域議会の名がParliamentであるのに対しウェールズ議会の名前はAssemblyであることからわかるように、ウェールズ議会にはスコットランド議会と違い新たな法律を制定する権限はないが、地方自治に関する事項、医療・保健に関する事項、社会福祉に関する事項の一部について権限が委譲されており、ここ最近ではイングランドとウェールズの間でこれら政策に違いがでてきている。ウェールズには22の一層制自治体があり、スコットランドの自治体とほとんど同じサービスを提供している。
・北アイルランドにおいても1999年にLegislative Assemblyという立法議会がつくられたが、2002年に議会が停止、2007年5月から自治が再開されたところである。北アイルランドには26の一層制自治体があるが、行政サービスの提供はほとんど中央政府によって行なわれている。
・イングランドにおいては、ロンドンの32の区、大都市圏の36自治体及びその他47の一層制自治体があるが、これ以外の地域では2層制の構造となっている。カウンティ(県)では教育、社会福祉、公道管理、ディストリクト(市町村)では、住宅、環境、レクリエーション等の行政サービスを提供している。今後、一層制自治体の数は増加していく見込みである。
・イギリスの地方自治体では、約250万人が直接雇用されており、内訳として一番多いのが教師(イングランドで約36万人)、次が社会福祉(イングランドのケアワーカーなど約20万人)、消防士(イングランドの約3万3千人)とかなり多い。これら職員に対し、地方自治体は使用者としての義務を負っている。
・イギリスの雇用法は、60年代~80年代にイギリス議会で制定されたもの及び近年EU議会で制定されたものによっている。個人の労働者の雇用守ることや、衛生安全(雇用者への環境整備)、差別(性別、民族、宗教、年齢、性的指向、既婚未婚の別)の禁止、同一賃金(同じ仕事には同じ賃金)などについて定められている。
・特に、最後の同一賃金については、女性の多い職種(例:社会福祉など)より男性が多い職種(例:ゴミ収集など)の賃金の方が高い傾向がある一方、それぞれの仕事を客観的に比較するのも難しかった。
・90年代に入って職務評価が導入され、客観的なベースで職務を評価する仕組が出来たことにより、女性が行なっていた仕事が格上げ、男性が行なっていた仕事が格下げされた。
・自治体の労働組合の組織率は50%~60%と高く、サッチャーの改革以降民間の組織率が低下した民間の労働組合とは様相が異なる。自治体の労働組合には、全国レベルと地方レベルの組合がある。
・また、イギリスの地方自治体は80年代の以降、CPAなど強い競争にさらされており、New Public Managementという概念が定着している。
セッション2 イギリスの地方自治体再編と人材管理(再配置)
・私は、三度の自治体再編を経験した。そのうち1回は、問題処理も経験した。
・1966年にカウンティカウンシルのウエストサセックスに就職し人事部に入った。1972年にイギリス政府はイングランドの自治体改革を決断し、その一環としてウエストサセックスがイーストサセックスの一部を受け継いだ。つまり再編の最初の経験は、1972年発表1974年実施の再編であった。
・私はその後1979年にアバディーンに移り、自治体の上級の職につき、人事部で仕事をした。スコットランドは再編が行われたばかりだった。
・そのころ、イギリス経済が最悪のときだったので、賃上げや賃金体系の変更には、制約があった。自治体ごとに、賃金(レート)(時給)が異なっていた。私の仕事は、組合との調整だった。賃金の格差をなくすことに努め、同じ仕事は同じ時給になるようにした。
・1992年から1996年は、保守党サッチャー政権の最後の時期だった。1992年に、スコットランドの体制を変えるという発表がされた。1994年に法律が通過し、1996年に発効し4月1日に実施された。職員は新しい自治体へ行き、また、仕事がなくなったり、移りたがらない人もいた。
・イングランドでは、自治体のユニタリー(一層制の自治体)化が続いている。一層制にするメリットは多く挙げられている。まず、住民にとって分かりやすいことである。政治家は「ノックするドアがひとつになる」と言っている。また、オペレーションしやすいことである。選挙も幹部職員も各部署も一組で済む。
・議員は、ユニタリー化により経費の削減効果も指摘している。議員も減り、会議も減る。1つのユニタリーカウンシルができることで、複数のディストリクトが減ることもある。
・スコットランドとウェールズは、全域が1996年からユニタリーである。
・イングランドは、大都市圏ディストリクト、他に47のユニタリーがある。
・ユニタリーは大都市圏に多く、二層制は過疎地に多い。
・ユニタリーをつくるにあたり、二層制のときのサービス形態を見る必要がある。
・ユニタリーで人事面にどのような影響があるか。いくつかシナリオがある。
・もとの状態を、いくつのユニタリーにするかにより、シナリオを3種類設定した。シナリオ1は、ひとつのカウンティを、その下にあったディストリクト4つを、そのまま4つのユニタリーにするもの。シナリオ2は、カウンティ全体をひとつのユニタリーにするもの。そしてシナリオ3は、ひとつのカウンティを複数のユニタリーにするが、もとあった各ディストリクトをそのまま各ユニタリーに移行するのではないものである。シナリオ3が、私が1996年に経験したケースである。シナリオ1は、ブリストルやヨクシャーのケースである。
・旧自治体は、再編の前日までサービスを提供し、切り替えは真夜中に行われる。しかしその1年前に、政治的な政策を打ち立てたり構造作りを行ったりするため、選挙を行う。そして、シャドーオーソリティにより、戦略的な方向性や組織をつくっていく。その間に、上級職員も任命する。職員や資産や税制終始の移転も行う。職員の移転を行うのが人事である。
・移転にあたり、難易度で職員は3つのグループに分かれる。
・まず、簡単なグループ。これは、ゴミや住宅やレジャーといった運営面に携わる職員である。教員や下級管理職もそうである。同じ地域の新しい自治体へ移ればよいだけなので。
・次に、少し難しいグループ。より上級の管理職と、カウンティ本部の事務職員などである。勤務地を移転しなければならないことがある。
・最後に、最も難しいグループ。一番上級の管理職である。自治体の数が減ると、ポストが減る。雇用法により、職がなくなった場合は転職先を確保しなければならないが、50歳を過ぎていると早期退職する場合もある。
・再編における人事面での課題は、第一にレート(時給)の見直し、第二に新しい組織の運営や文化に馴染んでもらうことである。人は変化を好まない。人事は、手続きだけではなく、職員のワークライフへの影響を考えていかなければならない。
・シナリオ2は、ロンドン西のウイルトシャーカウンシルが2009年に実施する例である。
・ユニタリー化に反対するディストリクトもある。ソールズベリー市の新しい事務総長の役割は、反対意見を発信することである。
・組織改変にあたっての人事部の役割は、専門家として雇用法などに精通すること、職員を守ること、交渉力を持つこと、スタッフとのコミュニケーションなどである。私は、毎月2回、会報を出し、情報アクセスを容易にするようにした。そして、スタッフの知識と経験を活用すること、雇用のプロセスへ参加することである。
セッション3 アウトソーシング等の活用と人材開発
・ヨーロッパ諸国の地方自治体では、目標を定めて達成することが重要である。カスタマーである住民のニーズやコスト意識も高まっている。特に、高齢化が進む中で、高齢者の行政サービスへの要求水準も高まっている。
・イギリスの自治体では、インフレ率よりも高い賃上げが毎年期待されているところであり、自治体財政の逼迫により、各自治体が苦しんでいるところ。2007年は、中央政府から、賃上げ率をインフレ率以下にするようにとの方針が指示され、通常自治体と組合との関係は良好であるが、このような理由からその関係も多少悪化しているところである。
・法務・ITなどの仕事では、民間の給料の方がいいので、民間に人材が流れている。特に、IT部門、都市計画、社会福祉、教育などの分野は人材が不足している。職員定着が困難な状況。
・自治体における職員募集は、地理的状況とも関係してくる。特に、大都市から地理的に遠い自治体になると、人材確保も難しくなってくる。
・自治体では、民間にならってアウトソーシング等の活用により、スタッフの数を減らすなどの努力を行なっている。イギリスの民間企業では、コールセンターをインドなどへアウトソースしているところがあるが、自治体ではまだこのような例はない。
・自治体においては、住民の期待やニーズに耳を傾け、反応することが重要である。よりよい人材を確保するための課題としては、適切なスキルや能力そして研修の機会を与え、リーダーシップを発揮できる管理職を育てること、このためには十分な賃金水準を保つことが重要である。
・イギリスの自治体では、気候変動についての意識がEU加盟国の中でも高く、環境についての視点も自治体の幹部にとっては重要である。スコットランドの海岸が美しい保護指定地域において、アメリカの不動産会社が世界最大規模のゴルフコースを開発したいという申し出があり、雇用創出効果が期待されている。自治体においては、環境保護と経済効果のはざまで非常に難しい決断をせまられた。このプロジェクトには、1600通の反対と1800通の賛成意見が寄せられ、議会の委員会では、賛成が7人、反対が4人であった。開発業者は、もし11月末までに決断されないとアイルランドに候補地を変えると言っている。この結果はスコットランド政府にかけられ、来年はじめまでには結果が決まる。
・英国自治体では様々な民族、宗教、人種の人間が流入しており、これら多様な住民への対応も自治体リーダーに求められるところである。
・自治体が少ない財源でよりよいサービスを提供するには、新しいテクノロジーや効率的な仕事の仕方を導入しなければならない。
・自治体に必要な人材としては、住民のニーズをよく理解できる人、リスクをとれる革新的なリーダーやマネージャーである。
セッション4 イギリスの地方自治体における人材管理・開発部門の機能
・これまで、自治体の変化の背景と課題を見てきた。最後に、HRMとしての自治体の方向について見ていく。自治体ごとに異なるもので、一概には言えないが。
・まず、HRMの定義は、簡単に言えば、組織のために働く人々を管理する活動のマネジメントの一部である。
・人材計画は経営戦略の上で大切である。
・組織に明確な戦略や方向があれば、HRMもやりやすい。正しい人を推薦できる。
・HRM部門の人間が、組織が何をしているか、財務や戦略のビジョンは何か、つまり組織の明確な戦略や方向性を理解していれば、これが最も重要な要素である。
・また、その他、自治体以外でも行われる機能もある。私は3R と言っているが、リクルートメント(採用)、リテンション(定着)、リリースオブエンプロイ(離職)である。リテンションは、職員が定着したくなるような政策、戦略をたてることである。リリースオブエンプロイには、解雇や引退や病気離職もある。
・次に職員の研修開発がある。最近は、教えるという一方的な表現ではなく、学習と言っている。
・また、個人レベルや団体レベルでの、職員との関係がある。
・賃金交渉は、全国レベルと自治体レベルがある。賃金は、概ね全国レベルの枠組み合意による。
・業績管理と、職員の効果性は、自治体で効果性を求めるならば、貢献度を測る仕組みが必要である。
・HRMの活動のうち、戦略的組織的開発が最重要である。
・今までの話は、全て、「変化」に集約される。
・全てが自治体職員の生活と仕事に影響する。その影響を最小限にすべきである。
・HRMは、組織の変化や開発に適応し、人的戦略を的確に進めるスキルが必要である。
・各サービス提供部門のトップとの連携が必要である。
・政策と手順の開発について。雇用法の40年の経緯では、このため使用者は懲戒免職や苦情や差別に対応する必要があった。自治体内部の慣行として、募集、選抜、管理、査定のルールづくりが必要だった。誰かが、雇用法を理解し、意思決定の根拠を理解している必要がある。それらを明確に公正に適用する必要がある。イギリスはこのための効果的な政策づくりもしている。
・ルールや手続きの保証のため、HRMの人が内部統制やプロセスに参加し、良い行動につなげている。例えば、不正を防ぐ規定などである。最後の不正事件は、30年前の事件であった。有罪判決が下った。防ぐ手順を開発するほうが簡単である。
・労働組合との交渉時の、従業員との橋渡しもHRMである。
・最後に人事がある。記録保持や種々の面接である。
・HRMの役割は、HRMだけではなく全てのマネージャーの任務でもある。トップレベルの自治体は、リーダー個人もこれを認識している。人の管理と、CPAスコアとの相互関係もある。
・自治体HRMの歴史であるが、この言葉は40年前から自治体で使われている。革新的なイングランドのカウンティカウンシルに、中央化されたHRMがあった。給与交渉などをやっていた。ウエストサセックスもそうである。しかし、中央化されたHRMは、警察のように、コントロールをしてしまい、サービス部門からのイノベーションが許されなくなってしまった。そこで、今は分散するようになっている。一部委託もある。まだ中央化されているところもあるが。部門ごとに分権すると、部門ごとに研修などもできる。
・アウトソーシングについて。地方自治体は、人事の機能の一部は40年前から外部のサービス提供者を使っていた。例えば求人活動。また、新組織開発のコンサルや、トレーニングも。しかし、人事機能の外注(アウトソーシング)は、自治体それぞれの政策次第である。
・教師、消防、警察を雇用している自治体であるが、そういった専門性の強い分野には、専門のHRMがある。内部の人しか分からないからである。
(以上)
2007年09月04日
スピーカーシリーズ「欧州並びに国際資本市場動向並びに公的部門(特に地方債)を巡る最近の動き」
●テーマ:「欧州並びに国際資本市場動向並びに公的部門(特に地方債)を巡る最近の動き」
●日時:2007年9月4日 14:00~15:30
●講師:ドイツ証券株式会社 グローバル・キャピタル・マーケッツ本部
オリジネーション三部長 児玉 哲哉様
ご講演要旨アメリカの優良顧客向けではない住宅ローンの焦げ付きによるサブプライム問題は、今後のアメリカ経済の低迷や金融機関の赤字決算へつながることが予想される。
バブル崩壊後、国際機関投資家は日本の株や債権を購入しなかったが、日本経済の回復により一般の先進国並みの経済成長が見込まれる中で、世界の投資対象ポートフォリオにおける日本の位置づけも回復するものと予想される。
日本の地方財政制度及び各地方自治体の財務状況等の英語での情報提供、もしくは、格付け取得による外国語での投資判断情報の提供が行なわれれば、2008年1月からの振替地方債の対海外投資家向け源泉徴収税撤廃と合わせ、日本の地方債を購入したいという海外投資家に対する購入障壁を取り除くことができる。
サブプライム問題
最初に、地方債の海外マーケットでの発行以外にも、今話題になっているサブプライム問題について触れたい。
・この問題については、本日(9月4日)の日経新聞でも欧米の銀行は大丈夫と取り上げられており、また昨日(9月3日)のFinancial Timesでも、ドイツのブンデスバンクの総裁ウェーバーが「今起きていることは19世紀流の取り付け騒ぎのようである」と発言していて世間の感心が高まっているが、それぞれ言っていることが多少正しかったり間違っていたりしているので説明したい。
・サブプライムとは、日本で言うと消費者金融業者やノンバンクが、利払いもしない、収入もない、職業もないような人に住宅ローンを貸し、これをポートフォリオにして分散をきかせ証券化できる銀行にもっていき、格付け会社による格付けを取得のうえ、利回りや金利の高い商品を求めている客に販売するというものである。
・これが焦げ付き、アメリカの住宅市場に天井感が来ていることや、これに伴い個人消費がもたなくなっていることにより、火を噴き始めている。
・問題を二つに分けて、まず一つ目の問題について説明したい。サブプライムは残高が約1兆2千億ドルあり、金利については最初の2年間の金利が5%くらいであるが、2年後には金利が変動金利に移行するため大幅な利上げになり、不動産価値にも審査が入りなおすので、不動産価格が下がって担保価値が下がっていたり、借主の信用力が下がっていたら、借主は借り入れた金額を返済しなければならなくなる。サブプライムのマーケットが大爆発したのは2~3年前であり、今年の暮れから来年の3月に、固定金利が切れて返済に迫られる人が大量に出てくる見込みであり、これは軽く見積もって約2~3千億ドルくらいある。この問題が根っこの長い方の問題で、アメリカの経済低迷につながるという見通しがある。アメリカは2008年大統領選挙を控えているので、政府が救済すると言い出すことも考えられるが、あまりに大きな問題なので、国がなんとかできる問題ではない。軟着陸とはいかず厳しい結末になることが予想される。
・次に、もう一つの問題について説明したい。手形やコマーシャルペーパーなど、短期の手形や債券を借り替えて長期の債券との利鞘を得ることができるため、短期でお金を借りて、サブプライムを含んだ長期の証券化商品を購入している特別目的会社運用専用会社のようなものを子会社化している金融会社が世の中に多数おり、これだけ世の中の物の価値が激しく動き始めると、これらの金融会社がどれだけの価値の資産をもっているのかわからない状況になっている。これらの金融会社は、銀行もこのようなところには金を貸さないため、自らが保有する資産を投売りしなければならない。ドイツの中銀の総裁が取り付け騒ぎと表現したのは、これが消費者金融など中央銀行の管轄外のところでおこっているためで、多少中央銀行が金利を下げたり貸し出しを行ったところで、事態を改善することができないのである。四半期の決算が今年の10月以降に出てくるため、今後は様々な商品の評価が露呈するため恐ろしい一方、一度赤字決算を出してうみを出してしまえば、回復の道も見えてくるはず。
・サブプライム問題については、情報不足でプレスも信用不安をあおっているような状況なので、先日ドイツの銀行協会もフランクフルトで会議を開催し、情報開示を積極的にしていく方針を決定しているので、時間はかかるが少しづつ状況は改善するはずである。
海外投資家と日本
・海外の投資家は、今日本を買いたくてしょうがない。ドイツの投資家が日本の地方債を購入したいという動きがあるように、海外投資家は、今日本の債券等を購入しておくと将来の配当や株価の増加も見込め、日本は投資対象として非常に魅力的であるというのが大元の前提である。
・アンダーウェイト解消の動きについて説明したい。バブル崩壊後の失われた10年の間、日本のGDPは世界の20%~25%ほども占めるのに、国際機関投資家は日本の株や債券を購入しなかったので、世界の投資対象のポートフォリオの中で日本は皆無の状況であった。しかし、日本経済も回復して、経済成長も一般の先進国並みになる見込みのもと、この世界の投資対象のポートフォリオのバランスの悪さも解消していくことになる。このきっかけを振り返ってみると、まず、2003年5月のりそな銀行の国有化が海外の投資家にとっても転換点として感じられたということがあげられる。次に、2004年の春にみずほ銀行が資本調達のため劣後債をユーロとドルで2500億円出したところ投資家からは4倍の1兆円を購入したいという需要があったが、回復が本格的となったと感じられた。さらに、2004年の10月に戦後はじめて政府保証なしで外貨建の地方債を東京都が発行したこともあげられる。東京都が発行したのは、満期30年のユーロ建債約325億円であった。東京都が海外マーケットに進出した理由としては、海外の投資家を開拓したかったことや、国内で債券発行するより資金調達コストが低いことがあげられる。日本の投資家のマーケットが大きくなりきれなく、金利があがってしまうが、海外には投資家がいくらでもおり、金利も低く抑えることができるということである。
地方債と海外投資家
(1)分散投資ニーズの拡大
・90年代からヨーロッパの通貨統合が行われ、例えばドイツの投資家について言うと、ドイツの地方債の中で格付けのいい州の地方債ばかり購入するわけにはいかず、ドイツ国内から、オーストリア、スイスなど近隣の国、アメリカといった国への分散投資の需要が2000年から2003年に高まっていた。ここで日本経済に復活の動きが出てきたため日本の地方債とドイツの投資家のニーズがマッチした。両国の地方財政制度が似ていることや、2000年代に入りドイツ国内での法律改正があり日本やカナダなどOECDの先進国の地方債も購入できることになったことも日本に関心をもってもらう上で追い風となった。
(2)制度への理解
・日本の地方財政制度についての資料が日本語しかなく、英語のものが手に入らないことが、海外投資家が日本の地方債を購入する上での最大の障害である。
・日本の地方財政制度は、古くはプロシアの制度を導入しているので、日本の地方財政の仕組みはドイツと似ている。地方自治体の財政調整制度については、ドイツでは憲法に書いているが、日本では交付税など行政が行っているというくらいの違いであり、ドイツ人には日本の制度はわかりやすい。
(3)購入判断のポイント
・ドイツ人では債券を購入する際、審査調書を提出しなければならない。また、投資したものについて金融庁へ審査報告書を毎年提出しなければならない。しかしこれらを提出する上でのもととなる地方自治体に関する情報が今のところ日本語でしかない。日本語でも、アニュアルレポート、貸借対照表、損益計算書くらいのもので、個別の地方自治体の財政状況等について事業会社並の情報はない。
・東京都でユーロ債を発行した際も、地方財政のメカニズム、三位一体改革の内容、地方債の許可制から協議制への移行など、制度変更リスク情報や通常の歳入・歳出などについて弁護士と相談の上、目論見書という英語の40ページくらいものを作成した。
・日本の地方自治体の財政の信用力の源は地方財政法であると思うが、これについても英訳はない。制度がしっかりしていることを示す公的資料や、各地方自治体の十分な財務情報があれば、海外にはいくらでも地方債を買いたいと思っている人はいる。
(4)格付け
・格付け会社によって、地方自治体の格付けに差がでる。例えばドイツでは、フィッチはドイツ憲法が地方財政を保障していることからどの地方債の格付けも全部AAAとしている一方、米系の格付け会社は各地方自治体の財政力によって格付けに差をつけている。
・東京都は過去4回格付けなしで地方債を発行したが(次回からは格付けがとられる)、それでも買い手がいた。格付けがないと変えないという投資家もいる一方、投資家は格付けがなくても十分な財務情報さえあれば投資判断ができる投資家もいる。
・格付けがあると第三者が毎年英語で報告書を作成してくれ、これを審査調書にも添付できるので、この報告書が投資判断に役立つことになる。
・昨年11月に総務省と地方債協会と一緒になって、ドイツの投資家を12団体くらい日本に招き勉強会をおこなった際アンケート調査を行ったところ、条件が整えば日本の地方自治体の地方債を購入したいという回答が約3割。検討中であるが購入するとしたら600億円から1000億円の単位で買いたいという回答が約4割。つまり、回答者の約7割が日本の地方債を購入したいと回答したことになる(無回答が2割)。日本の地方債購入のために何が必要かという質問には、英語での十分な情報が足りないということ、また、ほぼ同じレベルで税の源泉徴収の問題があげられた。次に格付けの問題があげられた。格付けと英語での情報公開はペアの問題であり、英語での情報公開がしっかり行われれば格付けは必ずしも必要ではなくなるし、また、格付を行う上で地方自治体による英語での情報開示が促進されることとなる。
(5)通貨(ユーロ建て/円建て)
・東京都はユーロ建てで債券発行を行った。一方、日本で発行されている地方債は円建てである。日本の地方自治体が外貨を必要なわけではないので、スワップ取引によって、円建てで借りることと同じ効果をもたらすことができる。円の債券を海外市場で発行しても、買う側でスワップ取引を行わなければならないため、調達コストが高くなる可能性がある。
(6)振替地方債の対海外投資家向け源泉徴収税撤廃
・日本の地方自治体が海外の投資家に地方債を発行した際、利子を支払うときにその20%を支払代理人のところで控除して払わねばならず、海外投資家にとって実質的な利回りが下がってしまうという問題があった。還付請求によって海外の投資家であることを証明できれば、海外投資家に15%くらいは返還されることになっているが、そのような面倒なことをするくらいなら他の債権を買いたいということになってしまう。国債でさえこの問題があるうちは海外投資家への売れ行きが良くなく、源泉徴収税を撤廃したり、購入にあたっての様々な手続きを簡便化してきたというのが財務省理財局のこれまでの歴史。2008年1月から、地方債についてもこの税制上の障害がなくなる。
(7)スワップ取引
・海外投資家が日本の地方債を買いやすいように日本の地方自治体がユーロ建て債を発行する場合でも、スワップ取引を行うことで円建て地方債を発行する場合と同じ効果が得られる。この場合為替リスクはスワップ相手(銀行など)がもつこととなるため、地方自治体にとってのリスクはスワップ相手が倒産するリスク(カウンターパートリスク)であるため、このカウンターパートリスクの分散も場合によっては行わねばならない。
質疑に対する回答
・地方財政制度の保障によって、日本のどの地方自治体のリスクも本質的に同じならば、財政状況の悪い地方自治体の地方債を買いたいという海外投資家も出てくる。日本の地方財政制度の信頼感がバックストップになっており、自治体間の発行条件に差が出なくなるかもしれない。
・海外の投資家は、債務調整や地方交付税制度を廃止するという議論について、行政法の世界では、たとえ明日一切の保障措置や交付税措置がなくなっても、本日まで購入した債券には遡らないことを知っている。将来に向けての改革が行われようとも、今市場に出回っている地方債については影響を及ぼさないと冷静に考えているようである。
・投資家が安い航空チケットで海外から日本に説明を聞きに来るほど、海外投資家は日本の地方債を買いたがっている。
・国債と地方債は差をつけないという大原則があったため、地方債においても政策効果を勘案の上、源泉徴収の撤廃を行うことができた。
・海外投資家向けの英語の資料については、地方財政制度の部分についてはどこかが統一的に行わなければならない。各地方自治体のお国自慢的なPRのストーリーについては、どこの地方自治体でも海外投資家にとって魅力的なストーリーをつくることができるが、制度の根幹の部分はどこかがまとめて英訳を行うべきである。
(以上)
2007年08月31日
スピーカシリーズを実施「ドイツの財政調査あれこれ」
地方財政審議会会長伊東弘文先生ご講演(メモ)
●テーマ: 「ドイツ財政調整あれこれ」
●講師: 地方財政審議会会長 伊東弘文先生
●平成19年8月31日(金)14時30分より
●於 (財)自治体国際化協会ロンドン事務所会議室
ご講演要旨・ドイツ版地方交付税は、「財政調整」のしくみとして、ヨハネス・ポーピッツによりドイツで生まれた。1938年である。
・ナチス政権そして第二次大戦(1939.9-1945)という条件下、その理想は完全には実現しなかったものの、ヨハネス・ポーピッツの、市町村の財源保障中心の考え方は、現代の我々日本も学ぶべきところが大きい
《ご講演》
伊東先生のドイツ地方財政研究のきっかけについて
○今年で64歳になった。30歳前から、ドイツの地方財政の勉強を始めた。
○36歳になった頃、ヨハネス・ポーピッツの「将来の地方財政」という髭文字の厚い本に出会い、感激した。それからこの書物を意識しながら勉強するようになった。
財政調整とは
○財政調整は、Finanzausgleich(フィナンツアウスグライヒ)という。アウスグライヒは、「さらに平らにする」という程度の意味である。1918年にオーストリアでつくられた造語であるが、たちまち市民権を得て日常用語になった。1922年には財政調整法(フィナンスアウスグライヒゲゼッツ)として、法律用語になった。
○なぜこの言葉が広まったか。第一次大戦にドイツは敗北した。ドイツは、戦費の調達について、96%は国債によった。が、敵国のイギリスは、3分の2を所得税で補った。なぜ違ったか。これはドイツの連邦主義と関係がある。
○ドイツの連邦主義は、日本の幕藩体制と少し似ているかもしれない。各州は連邦政府に、所得税を渡さない。たとえ戦争という事態においても。戦費を負担する連邦政府は大赤字になった。赤字は公債でファイナンスされた。そういう違いが、財政面でみたドイツの敗北をつくった。
○そういう敗戦責任追及の観点から、財政調整が足りなかった、互いの調整がなかったという反省から、財政構造論争になり、そして敗戦責任論争となった。
日本への紹介
○当時の日本は、先進国ドイツに学んでいたので、言葉もすぐに輸入した。京都帝国大学助教授の中川与之助が、このころドイツがインフレで円がしっかりしていたのでドイツへ留学し、「フィナンツアウスグライヒ」が新聞で飛び交っているのを目にした。それを「財政調整とドイツ」とかいう題名で京都大学経済学部の「経済論叢」へ紹介した。
○ただし異論もある。内務省もドイツに注目しており、その考え方や言葉の使われ方を知っていた、という説もある。
○中川与之助は年齢を経て、帰国し、ドイツに学んだ教授として活躍したが、人が良く、ヒトラーのドイツを支持する会というようなものを組織し、会長になった。しかし、敗戦になり、ドイツ的なもの、右翼的なものは一掃するということになり、特に京都大学はそれが激しく、教授会で責任決議がなされ、大学を退いた。
○「財政調整」とは何か。「アウスグライヒ」を、「調整」と訳した中川は学者的である。英訳はアジャストメントとか、最近はイクオリゼーションともいう。フェア(Fare)アジャストメントとは鉄道や駅における精算のことであるが、「精算」という言葉の語感がよく出ている。料金の過不足を最後にアウスグライヒするのであるから。
ドイツの財政調整の始まり
○第一次世界大戦での敗戦、そして、もっと財政調整すべき、ということになった。プロイセン州が戦争の中心だった一方、バイエルンは高見の見物だった。プロイセンと連邦政府は借金をしまくり、プロイセンとバイエルンとの財政調整を、ということから始まった。予算精算、財政精算といった議論が進み、市町村中心に考えるべき、不足財源の確保あるいは補填が安定的に行われるしくみが必要だと考える「市町村財政主義」の一派と、市町村など信用しない、補助金でやらせてぎりぎり締め上げるべしという「連邦財政主義」の一派の、ふたつの考え方が出た。
ヨハネス・ポーピッツと調査委員会
○1929年、世界恐慌となった。4人からなる調査委員会を起こし、1年研究した。代表が、ヨハネス・ポーピッツだった。
○ポーピッツは、1883年生まれで、1984年にドイツでは生誕100年の展示、アウスシュテルングがあった。ドイツ大蔵省OB会主催。彼の小学校の通信簿に至るまでさまざまなものが展示された。裕福な生まれではなかった。トップで入省した。ただし半年の試用期間後の試験では25番でどんじりだった。が、才能があり、1920年代に大蔵省事務次官になりおよそ4年勤めた。昇進という点では恵まれた人と言えよう。
○1929年の世界恐慌で設置された、ポーピッツを代表とする調査委員会は、1931年12月、市町村中心主義の答申を出した。
○答申は400ページ。自主財源、つまり地方税を与え、弱体団体が出るのでそこには財政調整を行うとした。精算金を支払うというイメージである。精算を行う財源は所得税と法人税等の一部を充てる。日本の交付税と大きくは同じである。
ナチス政権へ
○1933年1月、ナチスが政権をとった。50歳前後の働きざかりで、ナチ政権に加わるか野に下るかの選択を迫られ、ポーピッツはナチ政権に参加した。
財政調整と不動産の評価
○ポーピッツが悩んだのは不動産税である。これは日本の固定資産税とは少し違う。不動産の価値を正確に測定できるかということについて、悩んだ。
○日本も、固定資産の評価については議論がない訳ではない。
○不動産の価値の測定を低くし、住民にまけている団体がトクをしてしまう。基準財政需要との差額が大きくなり、国から調整を受けられるので。(仮説です)
○完全に近い地方交付税をつくるにあたり、このように悩んだ。そして1936年、ナチス安定期だが、複雑な「資産評価法」をつくり、全国一律の評価をやった。これがうまくいったかどうかは、今後研究したい。ドイツで、統一的に資産を評価したのはその1回だけである。1964年にもう一度やり1974年に適用したが、当時はまだ東ドイツは同じ国ではなかったのでできなかった。
ドイツ市町村財政調整法へ
○ポーピッツは非常な政治力を発揮した。ヒトラーにも取り入った。1938年にドイツ市町村財政調整法ができ、1939年に実施された。市町村の財源が守られることになった。戦争に入ったので、そこはなかなかうまくはいかなかったが。
○ドイツを旅すると、こちらに20軒、あちらに30軒と、集住しているが、そういう自然村を行政村に変えるのが、日本よりもゆっくりしている。(ポーピッツの考えは)そういう自然村なりの財政を安定させるということが、国家の安定につながるという考え方だった。
ヒトラーとの決裂
○ポーピッツは数奇な運命をたどった。穏健であった彼はヒトラーと合わず、1944年7月20日の事件となった。アフリカ戦線で右手と左足を失ったドイツの貴族出身の将校が、爆弾をヒトラーの足元で爆発させたがヒトラーは死なず、クーデターは失敗した。ポーピッツもこのクーデターに向けた政権アピールを書いており、ヒトラーにクビにされ、極刑に処された。お墓もない。
戦後のドイツ
○戦後の、ドイツの財政調整については、ほかの先生が来ているので話してもらえるだろう。停滞感はぬぐえない。「現代西独地方財政論」を書いたころから、進んでいない。
《質 疑》
(ポーピッツは最初から大蔵省にいたのではなかったのか)
○ポーピッツは、最初内務省に入った。ビスマルクの作った帝国である。ビスマルクの使命はドイツ統一だった。しかし、薩長にあたるバイエルンが反対した。そこで、統一はかたちだけなのだ、という説得のしかたをした。そのとき、大蔵省をつくると、集権になるので、つくらなかった。プロイセンの内務省がドイツ統一政府の大蔵省を兼ねた。が、戦争が始まるとそれではだめで、プロイセン内務省から統一国家の大蔵省を切り離し、当初700名程度の組織から、何千人の組織となった。人材をリクルートしていった。ポーピッツは税制の専門家として内務省から大蔵省へ移った。40歳代で次官となった。
(ドイツでの位置づけは)
○ポーピッツの名前の出ない教科書はない。
(イギリスでは、不動産の評価替えは1990年くらいだったと思うが、大都市は反発したと聞いている)
○ヨーロッパは一般的に評価がしにくい。資産を持つ人が反対する。日本は3年おきに評価替えしているが、これは奇跡である。もっとも奇跡は往々にしてイカサマであるが(笑い)。
○ドイツでは、その後、1964年の評価に係数をかけて評価し課税していたらしいが、数年前、係数が非客観的であり憲法違反であるとの判断が出された。ドイツでは、不動産は大切なのである。
(現在の停滞感とは)
○ドイツでは自然村を行政村に変えることを1970年代に試みたが、社会民主党の州は進が、保守党の州では進まない。市町村規模を大きくする方向に進まないのは、ドイツの、保守的なものを大事にする国民性のせいかもしれない。法的にも、強制はできない。イギリスと異なり、州憲法でコミュニティーの自主権が保障されており、それを脅かすと判断される事柄はできない。
(イギリスは合併がすごい。1団体の平均は12万人ですでに日本より多いが、さらに合併を進めている。しかしイギリスは財政調整は広げていない。保守党は反対だが、野党だからか)
○そういう面もあるかもしれない。
○ドイツでは、戦後のイッシューは、むしろ共同税である。州と連邦の財政調整をどうするか、が、市町村の財源保証よりイッシューになった。ドイツが戦後州制度をとったということは、1920年から30年代は統一国家、単一国家の流れが強く、戦後1949年以降の憲法も連邦国家ドイツではなく単一国家ドイツになる予定だった。そして、統一国家単一国家の予算が税収も確保し、それを各地域へ分配するというイメージを持っていた。
○当時の連合軍占領下だったので、米国の占領軍のクレイ将軍は、米国の制度は何でも素晴らしいという自信があり、単一国家ドイツの提案を持っていき国が税もとると言ったらカーッときて、州政府も徴税できるはずである、米国もそうしていると。そして拒否権を発揮した。そして、税徴収を州単位に変えた。弱い州と強い州が出るので、独特の財政調整が生まれ、今のドイツの共同税システムができた。以上はレンチュ著・伊東訳「ドイツ現代財政調整発展史」(九州大学出版会)に詳しい。
(再び戦争を起こせないように、ドイツや日本を地方分権国家にしようとしたともいわれるが)
○本当は拒否権からである。
(ドイツの歴史のなかでは、ナチスの統一国家のほうが異例だったともいわれるが)
○当時の官僚の中心は、ナチは拒否するが、単一統一国家が合理的だと考えていた。米国が、分権が国力を弱める力になると考えていたのも事実である。
(地方交付税の制度は当時から同じ制度として続いているのか)
○ドイツの交付税は、財源調整だけである。一方、日本は、税収調整と、経費調整の組み合わせである。ドイツは、経費調整はやらないで、税収調整だけである。過少調整ともいわれる。日本は、経費についてわかりにくい補正をやり、経費を意図的に増やす。そして需要が大きくなる。過大調整ともいわれる。態様補正は補正の傑作であり、改められ、それまで多額の人件費を使っていた大阪市は100憶減らされ、人員削減などを行っている。
○ハンブルクの役人で反財政調整派であるフィッシャーメンスハウゼンを中心に、ハンブルクは爆撃を多く受け財政需要が大きいので財政調整に金は出せないと言っていた。しかし人は豹変するもので、連邦政府に行った後は、州間調整が必要だと言うようになった。法案がとおり、共同税が決定した。この人はモービル石油の副社長になった。共同税は国の懐は痛まない。日本と違う。日本は、大蔵省が32%アップを恐れている。
(日本で、財政調整は戦時中の配布税から入ったが、それまでは、大蔵大臣の高橋是清などが、地方が甘えるからだめだと。)
○そうである。しかし32%プラスかマイナスかの合理的考え方をめぐる議論はそう簡単にはいかない。
○市町村中心主義、社会の根本、国と社会とに分け、社会の中心は市町村だと、生活保護や市民の生活に密着しているのだという、ポーピッツの考え方を、今の日本に当てはめれば、32%をめぐる議論も新しい光あるいは議論の余地があるかと思う。
○それに対し、連邦主義という発想、市町村はあてにならないという考えが、ドイツに強かったのも事実である。それは日本の大蔵省の本音でもあるだろう。
(ドイツ大蔵省の権限は)
○あまりない。統計が主な仕事というのは事実。分配にあたっては、州同士が話し、大きい州が小さい州をどやして金額を決めているような状況である。
参考文献
1.伊東弘文
現代ドイツ地方財政論 文真堂
2.レンチュ著 伊東訳
ドイツ財政調整発展史 九州大学出版会
(以上)