活動記録
2013年12月23日
「2012ロンドンオリンピック・パラリンピックにおける地方自治体等の関わり」
日時:2013年11月27日(火)14:30~16:00
講師:スティーブン・キャッスル氏(Mr Stephen Castle)※
場所:クレアロンドン事務所 会議室
※元エセックス・カウンティ議員(注)、カウンティでは教育・スポーツ担当のキャビネット・メンバー、LGA(Local Government Association, 自治体協議会)のオリンピック委員会の委員長、オリンピック2012イングランド東部地域戦略グループ長等の要職を務められた。
注-カウンティは日本の県に近い広域自治体である。エセックスはロンドン東部に位置し、圏域の人口は140万人余りと、ケント・カウンティに次いで2番目に人口の多いカウンティとなっている。
当事務所では、職員の業務関連知識の向上、日本の地方自治体への情報提供等を目的として、英国及び所管国内における様々な分野の専門家を当事務所にお招きしご講演をいただく「スピーカーシリーズ」を開催しています。
今年度第2回目は、本年9月に東京が2020年オリンピック開催地に決定したこともふまえて、前エセックス・カウンティ議員のスティーブン・キャッスル氏からお話を伺いました。氏は今年の地方選挙に出馬せず現在は公職から退かれていますが、2005年の開催決定以降2013年まで、LGAのオリンピック委員長等の立場から、オリンピック・パラリンピックの準備・運営に深く関わってこられました。
今回は特に、2012ロンドンオリンピック・パラリンピックに開催地ロンドン以外の地方自治体がどのように関わってきたかを主なテーマとしてお話しいただきました。
主な内容を以下のとおりご紹介いたします。
自分(キャッスル氏)は、エセックス・カウンティ議会では一貫して教育・スポーツ担当のキャビネット・メンバー(注:英国のカウンティは議員の中から選ばれる「リーダー」を中心とした議院内閣制に近い執行体制を取っており、いわばカウンティの「教育・スポーツ大臣」に当たる)を務めてきた。
エセックスはロンドン以外では、オリンピック・パラリンピックのメイン会場からも最も近いカウンティでもあり、様々な形でオリンピック・パラリンピックに関わってきた。その経験を基に話をさせて頂く。
オリンピック・パラリンピックを自国で開催するということは一生に一度しかないかもしれない貴重で素晴らしい経験である。日本・東京の招致成功をお祝いするとともに、自分の経験が少しでもお役に立てればと願う。
・2012年ロンドンオリンピック・パラリンピックは、地方自治体にとっても、その盛り上がりを生かして、スポーツを通じて地域の活性化を進めるいい機会となった。
・2012年大会に関しては、大きく以下の5つの段階に分けることができる。
2003年-2005年 ロンドン開催地決定までの期間
2005年 ロンドン開催決定後の初期準備期間
2005年-2010年 オリンピックレガシー(将来への「遺産」を作る)施策展開、会場準備、モメンタム(開催に向けた機運)の維持
2011年-2012年 テストイベント、本大会実施
2012年- 開催後
【2012地域戦略グループ(The London 2012 Nations and Regions Group (NRG))】
・2003年に、ロンドンの2012年大会開催地立候補を支援する組織として、イングランドの9つの地域(リージョン)及びスコットランド、北アイルランド、ウェールズの計12地域の各代表メンバーとコーディネーターで構成される、2012地域戦略グループ(NRG)が、ロンドンオリンピック・パラリンピック委員会(LOCOG)及びオリンピック政府担当部局(Government Olympic Executive)により共同設立された。
・2005年にロンドンが開催地に決定した後は、NRGは「国民皆が参加できるオリンピック」を実現するために、英国全体におけるオリンピックへの関心を高め、オリンピックから受ける恩恵を最大化することに尽力した。
・具体的には、国のオリンピックレガシー施策の実施に係る地域レベルでの支援や、英国各地のメディアをオリンピックパークに招待するツアーなどを実施した。
【イングランド東部地域戦略委員会Nations and Regions East Strategic Board (NRE))】
・エセックス・カウンティを含む6つのカウンティ(4つの単一自治体を含む)からなるイングランド東部地域では、2003年の立候補の時期に、マウンテンバイクとカヌースラローム競技の会場に関して、エセックス・カウンティとLee Valley Regional Park Authorityが英国オリンピック委員会(British Olympic Association, BOA)に働きかけ、招致成功の際には会場となることが決まった。
・これがきっかけとなり、2004年エセックス・カウンティに、カウンティ規模では国内最初のオリンピックワーキンググループが設立された。
・この流れを受け、ロンドンが開催地として決定した2005年に、イングランド東部地域戦略委員会 (NRE)が正式に設立され、自分(キャッスル氏)はその委員長となった。
・この委員会は、設立当初から同地域の自治体を巻き込み、6つのカウンティから代表メンバーを迎え入れていたことが後の成功につながった。
・また、6つのカウンティにおいてそれぞれワーキンググループが設立され、これにより同地域において強固なネットワークが形成され、国のオリンピックレガシー施策の地域レベルでの実施を強力に後押しした。
・2008年に、NREはオリンピックレガシー実現に向けた地域戦略「The Power of Possibilities」を発表し、同地域の経済発展・再生、雇用・技術向上、教育、観光、文化、健康に関するオリンピックレガシー施策の指針となった。
・2012年にNREによって行われた利害関係者の評価調査によると、調査を受けた75%の人が、その組織構造がカウンティの圏域を超えた議論をするのに効果的であったと回答し、また2012年大会スポンサーの多数が、NREが地域における新しい関係性を創出したと答えた。さらには、NREの中心チームがLOCOGとの調整において重要な調整の役割を果たしていたと評された。
【オリンピックに向けたエセックス・カウンティの動き】
・エセックス・カウンティにおけるオリンピック前の主な動きは以下のとおり。
2003年 競技開催候補地に関してBOAと協働
2004年 ワーキンググループ設立、マウンテンバイク競技の同カウンティでの開催を確保
2006年 職員をLOCOGに派遣、オリンピックレガシー戦略委員会発足、オリンピックレガシーアクションプラン策定
2007年 レガシーチーム発足
2008年 マウンテンバイク競技会場決定(Hadleigh Farm)
2009年 レガシー実現の先進的な取組が評価され、Beacon Status(優れた学習機会を提供した団体に与えられる賞)を受賞
2010年 各種オリンピック関連事業、イベントを展開
【イングランド東部地域の競技会場は2つ】
・マウンテンバイク競技(エセックス・カウンティ、Hadleigh Farm)
Hadleigh Farmは、The Salvation Armyというキリスト教慈善団体がキリスト教徒に職業訓練を行ってきた農場で、120年以上の歴史がある。広大な土地、起伏の多い地形からマウンテンバイク競技会場に選ばれた。オリンピック後は、オリンピックレガシーとして多くの人に利用してもらうため、2013年秋に近隣公園との散策道ネットワーク拡大、2014年春にビジターセンター、カフェ、自転車貸出施設、シャワー施設などに着手し、2015年春から一般開放の予定。
・カヌー競技(ハートフォードシャー・カウンティ、Lee Valley White Water Centre)
2011年4月にオープンした水上スポーツアトラクション施設。オリンピック前に一般開放されていた唯一の競技会場。オープン当年から、約155,000人が来訪し、約2億ポンドの収入を得ている。オリンピック後も引き続き利用されている。
【北京オリンピック視察】
・直前のオリンピック視察は課題や注意すべき点を知る上で意義あることであった。
・前回のロンドンオリンピックは1948年と遥か昔のことであり、参考にならない。2002年マンチェスターで開かれたコモンウェルス・ゲームズも規模の面で参考にならなかった。
【オリンピック事前合宿の誘致】
・事前合宿の受入は地域に多大な利益をもたらすため、各地域・自治体は多くのエネルギーとお金を費やし、積極的に誘致活動を展開した。2008年北京オリンピック時にも誘致プレゼンテーションを行った。ただ、結果的に成果はそれほど大きく無かった。できれば自治体間で競争を過熱させるよりも、もう少し調整を図るアプローチの方が良かったのではないかと思う。
・エセックス・カウンティは、日本の水泳チーム、カナダ、中国のマウンテンバイクチームの事前合宿誘致に成功した。
【地域に身近なオリンピックレガシー施策の例】
・「Get Set Education Programme」
2012年大会に関連してオリンピックの素晴らしさを学ぶ公式教育プログラム。専用ウェブサイト内で、教師がオリンピックやパラリンピックを学習カリキュラムに取り入れるための参考資料を無料で提供している。具体的には、3歳-19歳までの段階に沿ったプログラム案や、オリンピックの歴史、写真などを利用できる。また、ウェブサイトに登録した教師同士のネットワークも活用できる。英国内の85%の学校で、およそ700万の生徒に利用されている。
・「Compete For」
2012年大会に向けたインフラ整備事業において、売り手と買い手間のマッチングを促進するため、事業者の登録情報をデータベース化し、互いの情報を検索することができる無料ウェブサイトサービス。170,000以上の企業が登録し、13,000を超える事業に利用されてきた。75%は中小企業が受注し、3分の2はロンドン以外の事業に利用されている。オリンピック以後も、英国のインフラ整備事業等における事業者間のマッチングに利用されている。
・「Inspire Programme」
2012年大会に鼓舞されて行われる、教育・ビジネス・文化・スポーツ等に関する非営利イベントにおいて、申請に基づき、2012年大会のロゴであるインスパイア・マークの使用が認められる。
・「Cultural Olympiad」
スポーツだけではなく、誰もがオリンピックに関われるよう、食、音楽、映画、芸術などをテーマとした文化オリンピックイベントを各地で開催。英国全体でおよそ500のイベントが行われた。
・オリンピックロゴ入りのピンバッジを大量配布。バッジの果たす役割は重要であり、過小評価してはならない。オリンピックの記念バッジを渡しただけで表情が変わる人を何人も見てきた。特にセバスチャン・コー(LOCOG会長、元金メダリスト)がから渡した限定版のバッジなどは、もらった人は非常に名誉なことと考え、その後の協力体制を築く上でも重要なものとなった。
・各地で週末に各種施設を一般開放し、スポーツを楽しめる環境を提供
【エセックス・カウンティのレガシー施策(The Essex Legacy)の例】http://www.essexlegacy.org/home/
・マウンテンバイク競技会場「Hadleigh Farm」の利用拡大
・「Team Essex Ambassadors」
年1回行われる「the Team Essex Ambassador Awards」で、将来オリンピックやパラリンピックなどで活躍が期待できるエセックス・カウンティ在住の競技者を表彰する。彼らはTeam Essex Ambassadorsとして、エセックス・カウンティから活動資金として1人£6,500の奨学金が授与される変わりに、学校や地域のスポーツイベントに参加し、若者をスポーツに関わらせるよう鼓舞する役割を担う。
・「Journey to the Podium」(表彰台への道のり)
エセックス・カウンティでは、2009年から、オリンピックへの参加が見込まれる有望な選手の成功を称賛し形に残すため、芸術家に委託し、各選手をモチーフにした絵画や彫刻、映像などの芸術作品を作成している。オリンピック後は、エセックス・カウンティのスポーツ・文化施設に展示されている。この事業は「Inspire Programme」に申請し、ロゴマークの使用が承認されている。
【LGA(Local Governments Association、自治体協議会)としての取り組み】
・オリンピックが貴重な機会であり、インパクトがあるということについて、LGA全体で理解を共有するのには時間がかかった。
オリンピックに係るネットワーク組織は2007年に設立され、各リージョン(広域圏)と自治体間の政策上の調整を支援した。
・当初は費用対効果に懐疑的な意見も多かったが、徐々に「いよいよ始まる」ということや、オリンピックの持つ効果の大きさが認識されるようになった。
・認識のギャップを埋める上では、当時地方自治コミュニティ省が行っていた表彰制度(Beacon Status)で模範的な取組みをした自治体を表彰していたことも役に立ったと思う(注:その後この表彰制度は廃止)。
・LGAの文化・観光・スポーツ委員会は、2010年に発行した「Putting the people back into participation」でスポーツの重要性と自治体の果たす役割について述べている。1,792万人の人々が約1ヵ月に1回30分以上の運動をしており、その内792万人がスポーツクラブで、1,000万人が自治体所有施設や地域コミュニティの施設を利用している。また、自治体のスポーツ振興に関する支出は、国の約5倍の金額に相当する。(自治体824百万ポンド、国155百万ポンド)
【オリンピック聖火リレー】
・期間は、2012年5月19日から7月27日(開会式)
・ルートは英国全土を周るもので全長約8,000マイル(約12,800km)、西端のランズエンド(Lands end)をスタートし、英国を一周してロンドンのオリンピックスタジアムまで。
・延べ8,000人の走者
・各地で66の夜間セレモニー
・LOCOGがトーチリレー全般の責任を負い、地方自治体がトーチリレーに係る夜間セレモニー、ルートの環境整備、住民への説明、警備ボランティア等の役割を担った。準備段階では安全確保等の観点でルートを公表できないため、秘密の保持なども大変であった。
・英国のほぼ全ての自治体がトーチリレーの実施に関わった。
【各地で大型スクリーン生中継】
オリンピックの盛り上がりを英国全土で共有するため、政府(DCMS、文化メディアスポーツ省)の支援などにより各地のショッピングモールなどに大型スクリーンが設置され、オリンピックの模様が生中継された。これは地域住民が街に繰り出し、経済を活性化させる上でも役に立ったと思う。
<質疑応答>※矢印は講師の回答
・トーチリレーの予算は?住民理解は得られたか?
⇒予算は、スポンサー企業(Coca Cola、Samsung、Lloyds TSB)やLOCOGが負担。ただし、自治体が行う夜間セレモニーやルート整備に係る費用は自治体負担であったため、自治体は独自の予算から切り盛りする必要があった。各自治体は、平均で約40,000ポンドを夜間セレモニーイベントやルートの整備、警備、道路通行制限周知などに費やした。
住民への説明は自治体の役割で、難しいものだったが、なぜやるのかを明確に説明することで理解を得られたし、やった後はどこの住民も喜び、自分もオリンピックに参加したという気持ちになったと思う。
・オリンピックが学校教育にどのように取り込まれたか。
⇒「Get set programme」で授業や地域イベントに取り込まれたほか、このプ
ログラムのネットワークを活用して、英国内の学校生徒に約175,000の観
戦チケットが無料配布された。
その他は、2012年大会の国際的なレガシー教育施策である「international lnspiration」がある。これは、アフリカ等の途上国で若者の生活の質を向上させるために学校体育などでスポーツを普及させるもので、現在、英国の約300の学校と途上国20カ国の約300の学校が連携して普及に努めている。
・オリンピックレガシーの取り組みは今後どのように評価されるのか。
⇒評価は難しいことではあるが、競技会場として使われた施設やサウスエンド空港のEasy Jet新規就航をどのように生かしていくのか、今後の成果が重要になる。ただ、エセックスのバジルドン市には大きなプールが建設された(日本の競泳チームの合宿等に使われた)が、バジルドンのようにそれほど大きくない街にあのようなオリンピック仕様のプールができることはまずありえないことである。また現在、政府や関係機関によって、経済効果や若者への影響など様々な角度から評価が行われている。
・エセックス・カウンティに具体的に良い経済的な影響はあったか。
⇒エセックス・カウンティの企業が聖火の燃焼システムの開発を担当した。またロンドンに近くアクセスがいいことから、エセックスにあるサウスエンド空港を多くの観光客が利用した。ただ、LOCOGとの関係は難しかった。どうしてもオリンピックの競技運営そのものを成功させることに集中してしまい、地域の振興は二の次となってしまうためである。