活動記録
2012年11月22日
「ロンドンオリンピック・パラリンピックを終えて」
2012年10月9日(火)16:00~17:30
講師:独立行政法人日本スポーツ振興センター・ロンドン事務所
所長 田村寿浩氏
於:クレアロンドン事務所 会議室
ロンドンオリンピック・パラリンピックが終了しました。今回、開催国英国の選手育成の成功を見せつけられた感もありますが、日本も、オリンピックの金メダルは目標を下回ったとはいえ、過去最高数のメダルを獲得する結果となりました。クレアロンドン事務所では、「マルチサポート・ハウス」の運営をはじめ、選手・競技団体への各種支援に携わってきた(独)日本スポーツ振興センター・ロンドン事務所ならではの貴重な経験と、そこから見えてくる今後の課題を共有するため、講師に同事務所所長の田村寿浩氏をお迎えして、「ロンドンオリンピック・パラリンピックを終えて」と題し、先日終了した2012年ロンドンオリンピック・パラリンピックの振り返りと2020年東京オリンピック・パラリンピック大会招致に向けた課題等について、お話をいただきました。
田村様によるご講演のあと、ご参加いただいた在英国日本国大使館やその他日系機関の参加者のみなさまと意見交換を行いました。その概要について報告します。
【(独)日本スポーツ振興センターとは】
日本スポーツ振興センターには、前身となる団体が4つあった。日本学校給食会、日本学校安全会、日本学校健康会、そして国立競技場である。その後2度の統合を経て、日本におけるスポーツ全般の仕事をする組織として平成15年に現在のセンターとなった。平成13年にはトップアスリートのために「国立スポーツ科学センター」が設置されている。
・(独)日本スポーツ振興センター・ロンドン事務所は2009年9月に、ロンドンオリンピックに向けた様々なサポート行う拠点として設置された。これまで行ってきた活動は、以下の3つに分けられる。
①ロンドンオリンピックに向けた活動
これが最も大きな活動である。当初は国立スポーツ科学センターの出先機関との位置づけだったこともあり、特にロンドンオリンピックに向けた情報戦略(=Intelligence)事業を行った。次に、文科省の事業として、チーム「ニッポン」マルチサポート事業というものがあり、筑波大学と国立スポーツ科学センターが受託者として事業を実施したが、当事務所はロンドンにある最前線としてマルチサポート・ハウスの開設に向けた様々な活動を行った。
それらの活動に伴いいわば自然に発生するものとして、JOCとの連携協力や 関係者のロンドン等での活動に対する支援も行った。
②スポーツ政策に資する情報収集
日本では平成23年にスポーツ基本法が成立したが、それに向けた情報収集として、 英国をはじめとした欧州のスポーツ政策に関する情報収集を行って文科省に提供した。これについては当事務所にいる研究員が対応した。
③我が国スポーツ界の国際的地位の向上のための活動
まだ国際的な大会参加や活動に慣れていない競技団体のために、他国の同競技団体との関係を構築したり、相互の研鑽のために交流の機会を設けたりといった支援を行った。この活動により、我が国のスポーツ団体が国際的にも認知されるようにサポートする役割を担った。現在の事務所は日本の政府系機関や英国の主要なスポーツ団体の事務所にも近く、また、ヒースロー空港やオリンピックスタジアムのあるストラトフォードにも地下鉄1本で行けるのでそうした活動にも便利な場所である。
【ロンドンオリンピック・パラリンピックの日本選手の成績の結果について】
・今大会での日本人選手の成績だが、メダルの獲得数としては過去最高のメダルを獲得することができた。ただ、金メダルが7つということで、もう少し取れたらもっと盛り上がっただろう。レスリングが7つのうち4つを占め、活躍したことが分かる。銀・銅メダルが増えたので全体の底上げが図れたということが言えるし、初めてのメダル、久しぶりのメダルという競技もあったので、着実に各競技ごとでのレベルアップもできたと思う。そうはいっても開催国のイギリスはじめ他国を見ると、まだまだ世界の壁は厚い。
・パラリンピックについて振り返ると、世界のレベルがどんどん上がってきていて、今回日本チームはトータルで16個という結果だった。過去の大会での獲得数と比べても、今回は厳しい試合だった。アテネ大会での52個という数字は、今回と比べるとすごい数字だ。
・ゴールボールが金メダルを獲得したことが大きく取り上げられた。パラリンピックの種目は馴染みの薄いものもあるが、金メダルを取ったことにより、認知度が上がった。
・当センターの設立当初は、パラリンピックのサポートということは第一義的には入っていなかったが、スポーツ基本法の成立を受け、今後はパラリンピックの支援も行っていくことになるだろう。今大会でも、パラリンピックについても、例えばクレア・ロンドン事務所からの情報提供も受け、競技団体に英国での練習地の情報提供を行うなど、できる限りのサポートを行った。
【メダル増加につながった「マルチサポート・ハウス」事業】
・チーム「ニッポン」マルチサポート事業が今動いているが、これは、マルチサポートを通じたトップアスリートの育成を目的として、特にメダル獲得が有力視されている「ターゲット競技」を中心に、集中的にサポートを行うという事業である。マルチサポートとして、①アスリート支援、これは大会が近くなる前から、日本で行っている支援である。②マルチサポート・ハウス支援、これは大会の直前から大会が終わるまで、現地で行うサポートである。それから③調査研究・諸外国調査、これは間接的にメダル獲得につながる調査研究や実態調査を行うものである。
・また、筑波大学がマルチサポート事業の一環として文科省の委託を受けて研究開発プロジェクトを行っている。これらの事業を通じて、オリンピック競技大会で過去最多を超えるメダル数の獲得を目指すとして活動してきた。
・マルチサポート・ハウスはオリンピックでは今回が初めてである。2010年の広州アジア大会で初めて試験的に導入された。その際、競技団体から高い評価を受け、今後の国際大会でも是非設置してほしいとの要望があり、今大会でオリンピックで初めての設置となった。マルチサポート・ハウスのコンセプトは情報戦略・医・科学サポートの『ワンストップショップ』である。ここにくれば様々なサポートが全て受けられる。大きな柱が4つあり、一番イメージしやすいと思うのが「コンディショニング・リカバリー」、これは、選手達が競技当日に体調を最高のコンディションに持って行くためのサポートを行うものである。すぐに体調を回復して次の出番に備える、そうしたことのために栄養補給、メディカルスペース、疲労回復を促進するリカバリープール、トレーニングスペース、心理的なサポートを受けられる個室、の機能を用意した。それに付随する形で、選手達が映像を見て競技を振り返る映像フィードバックやその他の情報を入手できる情報戦略、現地と日本との連絡が取れるスペースを設けた。物理的には他にミーティングスペースや機器の保管スペース等を設けた。レスリングと柔道については、日程が重なっていないので、レスリングの時はマット、柔道の時は畳を敷いて事前調整の場として利用してもらった。
・選手村から徒歩約10分という好立地にある劇場「ストラトフォードサーカス」を選定し、全館借り上げることとし、約1年前に地元ニューハム区と契約を交わした。
・2012年7月16日(月)から8月12日(日)まで約1ヶ月間開設した。
・延べ利用者は4,217人、1競技団体が平均12.5日間利用した。
・利用を高めた要因としては、アクセスの良さ、2010年広州アジア大会でのトライアルによって競技団体の認知を得たこと、競技団体の要望を反映させたサービスが提供できたこと、の3つがあげられる。
・特に選手達から一番利用されたのは、食事だった。選手村での食事は一応和食はあったものの、余りおいしくなかったらしい。マルチサポート・ハウスでは、東京の国立スポーツ科学センターで提供している食材をそのままこちらに持ち込み、選手が食べ慣れた日本食を提供できたのが良かった。
【今後の課題(1) 2020年東京オリンピック・パラリンピック大会招致への協力】
・スポーツ振興センターとしても東京2020オリンピック・パラリンピック招致については全力で協力していきたいと考えている。河野一郎理事長は、2016年招致活動の際、東京都オリンピック・パラリンピック招致委員会事務総長を務めており、招致の仕事がいかに大変か、いかに重要か、いかに国民の皆さまの理解を得ながらやっていかなければならないかは非常に良く理解されている。そのような理事長の意向も受け、我々もこれから2020年招致に向け頑張っていきたいと考えている。
・開催都市決定までのスケジュールをまとめてみた。今年5月に立候補都市が決定し、ロンドンオリンピックではIOCのルールの範囲での招致活動を行った。年明けの2013年1月7日にはIOC国際オリンピック委員会への立候補ファイル提出期限が来る。来年3月にはIOC評価委員会による各立候補都市視察があり、東京も3月上旬には訪問を受けると聞いている。7月にはIOC委員へ開催計画に関するプレゼンテーションが行われる。そして2013年9月7日の第125回IOC総会(アルゼンチン・ブエノスアイレス)においてIOC委員の投票により、開催都市が決定される。
・一次選考では5都市のうち東京、イスタンブール、マドリードの3都市が残ったが、一次選考での評価については、様々な見方がある。その中で東京の難点ということでよく指摘されるのが、世論の支持率が47%と低いことである。これについては様々な見方があるが、日本人のキャラクターとして「どちらでもない」を選ぶ人がどうしても多くなってしまうことも影響している。つまり、別に日本の皆さんが全く関心がないということではなくて、賛成とも反対とも言い切れないという気持ちがどちらでもないを選ぶことに繋がってしまうのだと思う。従って、イスタンブール、マドリードに比べればこの時点では確かに低いが、今後のキャンペーンのやり方によってはいくらでも上積みが図っていけると思う。この数字をそのまま鵜呑みにはできないと思う。また人口で見ると、300万人しかいないマドリードの80%が賛成していると言っても、1300万人いる東京の50%が賛成している方が、絶対数としては大きいことになる。そういうことも勘案すると、世論調査の47%という数字はあくまでも相対的なものではないかと思う。
・今後の招致活動を盛り上げていくポイントとして以下の6つをあげたい。これは、私がこれまで様々な方々とお話しする中で得た意見等も踏まえてまとめた。
① 明確な「工程表」を作成する・・・今後時間はあるようであまりない。今まで様々なプレーヤーが様々な活動をしてきたことは間違いないが、なかなか横の連携が取れていないのではないかという印象がある。期限を区切って目標を決め、関係者が取り組む様々な活動が相乗効果を出していくことが必要である。それによって効果的な活動の成果が得られる。招致委員会の役割かも知れないが、活動全体をコーディネートする人が必要。
② 招致活動の「顔」を決める・・・招致活動と言えばこの人だという顔を決めた方が良いのではないか。これは私だけの意見ではないと思うが、東京の招致というとあの人、という人が必要である。日本国大使館の方もおっしゃっていたが、2018年冬季オリンピックを勝ち取った韓国のピョンチャンは、スケートのキム・ヨナ選手、イ・ミョンバク大統領、サムスングループのイ・ゴンヒ会長の3人が招致の顔として、どこに行っても韓国をよろしくお願いします、と活動し、なかなかのインパクトだったと聞いている。日本といえばこの人、という形で覚えてもらえると良い。
③常に話題になるようにする・・・アンケートの無関心層に繋がる話だが、日本で盛り上がらない理由の一つに無関心層が一定割合で存在することがあげられる。そこで、例えばトップアスリートには常にオリンピック・パラリンピックを招致する意義を語ってもらう。ロンドンオリンピック後の銀座のパレードでは50万人の人手だった。日本人も盛り上がれるところでは盛り上がりたいともちろん思っているので、国民のスポーツへの関心が高まるようなタイミングをとらえて招致についてトップアスリートに語ってもらう等の取り組みが必要である。マスコミも上手く活用するべき。また賛成派だけではなく、時には消極派の意見も紹介しながら、常に、広く招致が話題になるようにする必要がある。
④南米地域とのコネクションを強化する・・・スケジュールにもあるとおり2020年の開催都市は来年アルゼンチンのブエノスアイレスで開かれるIOC総会で決定される。このほか、2014年にはブラジルでワールドカップサッカーが開催されるし、2016年オリンピック・パラリンピックはリオデジャネイロ大会であり、今後南米で国際的なスポーツに関するビッグイベントが続く。この地域がスポーツ関係者に注目されることになる。そこで南米地域とのコネクションを強化し、「次は日本に」と呼びかけられる関係作りをする必要がある。
⑤日本スポーツ振興センターとしてできること・・・今後の大会でのサポートがどうあるべきか考えていくために、ロンドン大会でのアスリート達の戦いぶりの分析を行っていく。また、招致に関する事柄で言えば、国際スポーツ界とのネットワーキングがものをいうのは間違いない。我々にもこれまでに築いてきたいろいろなネットワークがあるので、そうしたネットワークを可能な限り駆使して日本招致の支援を国際スポーツ界に引き続き強くアピールしていく。選手・競技団体などとの良好な連携関係、これは言うまでもないが、それを今後も維持していく。
⑥ ロンドンにいる我々にできること・・・ロンドンに住む1人の住民として、私も大会が近づくにつれての盛り上がりには感動した。大会中は一日本人として競技会場に足を運んだが、やはり感動した。それはその場にいなければわからないと感じた。大会中は仕事で大変な時もあったが、そのような中、実際に競技会場に行って日本人選手が活躍する姿を見ることができたのは本当に何事にも代えがたい良い経験であった。こうした思いを、ロンドンにいる日本人が是非もっと発信していくことができたらと思う。そこで、「生の声」での情報提供・情報発信を我々にできることとしてあげたい。オリンピックのような国際大会が自分の住んでいる場所で開催され、そこで自分の国を代表する選手を間近で応援することができる、それがいかに素晴らしいことであるかということが、今回我々がロンドンで体験したことだ。それを我々が日本にいる人々に伝えていくことが重要ではないか。それからもう一つは、大会を運営する人たちの頑張りの姿も見逃すことはできない。やはりボランティアが献身的に対応してくれたことも伝えて行きたい。
【今後の課題(2)新国立競技場設置構想推進】
・日本スポーツ振興センターでは、冒頭申し上げたとおり国立競技場の管理運営を所管しており、老朽化した国立霞ヶ丘競技場を改築し、より立派な国際大会が開催できる競技場とするため、「新国立競技場設置構想」を推進している。
・スケジュールとしては、現在は様々な情報収集、調査研究、デザインの公募を行っているところである。公募は既に締め切られ、46件の応募があった。今後審査が行われて採用になったものをベースとして今後のプランが形作られていく予定だ。最終的には、2019年ラグビーワールドカップの開催に間に合うように完成させるスケジュールである。
・国立競技場はとても便利なところにある。JRの千駄ヶ谷駅、信濃町駅そして地下鉄の外苑前駅が近く、神宮球場、秩父宮ラグビー場も隣接している。
・このように大規模競技施設に隣接し、改築が与える影響も大きいことから、スポーツ振興センターでは本部に新国立競技場構想本部を設けて対応している。
・一方事務方だけでは当然固まらないので、様々な有識者の方のご意見を伺いながら進めていく。組織として「国立競技場将来構想有識者会議」を立ち上げ、その下に3つの部会を置いている。
・施設建築グループ部会、ここでは、どういう施設を建築していくか、を検討する。施設利活用(スポーツ)グループ部会、これは、新しい国立競技場がスポーツの関係ではどのような使われ方をするのが望ましいか、という部会。施設利活用(文化)グループ部会、イギリスにある様々な大きく著名なスタジアムのいくつかもそうだが、大きなスタジアムは当然ながら、スポーツの試合のためだけではなく、大きなコンサートなど、文化的な行事で使われることも多い。そういうことも新しい国立競技場では構想しており、これらを想定した場合に、どういう新しい国立競技場を作るのがいいのか、ということを検討するというのがこちらの部会である。
・日本を代表するそうそうたる方々に有識者のメンバーに加わっていただいている。元総理の森喜朗日本ラグビーフットボール協会会会長、建築家の安藤忠雄氏、サッカー協会の小倉淳二名誉会長、文化活動の部会では、作曲家で著作権協会理事長の徳倉俊一氏、竹田恒和JOC会長、石原慎太郎東京都知事など14名である。
・現在国際デザインコンクールの審査結果は11月中旬には発表され、そこで決定した大きなデザインの構想に従って今後の作業が進められる。
・同構想のコンセプトは、「日本人みんなが誇りに思い、応援したくなるような、世界中の人が一度は行ってみたいと願うような、次世代スタジアムをつくろう。」だ。
・具体的には、開閉式の屋根がある、収容人数8万以上、世界最高のホスピタリティ、バリアフリーアクセスといった要素を備えたスタジアムを作れれば、ということで構想の検討が進められている。
【その他】
意見交換では、来年9月の開催都市決定に向けて、省庁間の壁を越えた、スポーツというくくりでの協力や、ロンドンオリンピック・パラリンピックを経験した在ロンドンの大使館・政府系金融機関の協力のあり方等について議論が交わされました。
「Place Branding」(地域のブランド化)
2012年9月17日(水)14:00~15:30
講師:Mr. Keith Dinnie, Senior Lecturer,International Marketing NHTV Breda University of Applied Sciences,The Netherlands
於:クレアロンドン事務所 会議室
日本国内の各自治体が様々なかたちで地域の「ブランド化」に取り組まれている中、国外からみた「ブランド化」の考え方や手法、また日本の自治体が海外に向けてどのような「地域ブランド化」に取り組むべきかについて、“Nation Branding(国家のブランド化)” “City Branding(市のブランド化)”など地域の「ブランド化」に関する執筆を多数手がけておられるオランダNHTVブレダ大学のキース・ディニー(Keith Dinnie)氏にご講演頂きました。
氏はかつてテンプル大学の准教授として日本にも在住され、日本の地域の実情もご存じでいらっしゃいます。御講演の概要について次のとおり報告します。
【総括】
○地域は様々な地理的単位でブランド化することができる
・地域のブランド化を進める際に、明確なブランドを確立することが望ましいが、国、地域、市町村など、どの単位に収斂させるかという点が大切な部分である。
・一方、「公園」「森」「川」「畑」「ストリート」などもブランド化することができる。
・要は人の想像力の問題である。例えば東京や京都などは海外の人にも「日本」とわかるブランドとして確立しているが、そうでない地域では「日本」などとどう結び付けるかを考えるべきである。
・自分(ディニー氏)の出身である英国スコットランドでも、エディンバラ市は単独でも売って行けるが、グラスゴー市は「スコットランド」と結び付けて売っている。
○何を売りとするか
・「観光」「投資」「輸出」「教育」「食べ物」「文化」「スポーツ」など分野別のブランド化も可能である。
・例えばギリシャを見れば、「観光」では今なお強力なブランドであるが、「投資」先としてはダメである。
・日本は食べ物、輸出などでは優れたブランドを確立している。
【国のブランド化】
○誰が「ブランド化」を担うべきか
・自分が東京にいた当時、ある国の大使館の2人の職員と話をした。1人は自分の国のブランド化についてほとんど考えていなかったが、もう1人の経済担当者は非常に詳しく語ってくれた。属人の資質や関心による場合が多いのが現実である。
・政治家であり首相などトップリーダーであるべきとの考え方もあろうが、そうした人達は忙しいし、大抵の政治家などはブランド化の重要性を理解しているとは言い難い。
・キャメロン英国首相は「グレート・ブリテン・キャンペーン」をやっているが、彼は広報を専門にしていた経験もあり、例外的である。表面的な広報をしているだけとの批判もあるが、良くやっていると自分は思う。
・韓国のイミョンバク大統領は経営者だっただけあり、うまくやっている。
・大使の中には地元の人と交わるのを好まず、外交関係者とだけ交わるような人もいるが、自分が東京にいた時のクロアチア大使は積極的な人で、文化的知識も幅広く、様々な取り組みをしていた。
・ブランド化は政府がすべきか民間がすべきかという議論もあるが、自分は政府がある程度前に出てやるべきであるとの意見である。政府は民主主義で選ばれた組織であり、正統性はある。一方、民間では同業他社との競争もあり、なかなか「ブランド」としてまとまりにくい面もある。
・ただ、三菱、トヨタ、ソニーなど日本企業はブランドとして確立されている。例えば欧米人が電気製品を買う場合、同じものでも日本製は高く、韓国製だと安いのが当然と感じる、ということが調査結果として出ている。今は日本製品の方が信頼を得ている。事実、自分が6月にロンドンへ来て無料の夕刊紙イブニング・スタンダードを手に取ったところ、サムスンを「日本企業」と誤記していた。これなどは日本が優れた製造業のブランドとして認知されている証でもある。サムスンには気の毒だが、これは日本にとっては良いこと。
○政府が国家戦略として持つブランド化の方向性と、民間が持つブランド力、そして地方自治体、市民やNPO、海外移住者などを活用していくことも重要である。
・観光については日本は欧州ではまだまだできることがある。
・自分が東京の大学で教えていた時には日本は商売がしづらい国だとよく聞かされた。日本人は「自分の国を自慢する」ということを好まないということもその原因である。しかし、同じく自慢を嫌うカナダやスコットランドのような国ですら大いに「自慢」をしている。
・自分の国や地域の自慢をすることは政府の仕事ではないという考え方もあるだろうが、そのような考えには自分は与しない。
・たとえばデヴィッド・ベッカムなどは単なるサッカー選手というよりはセレブの1人として英国のブランド化に大いに貢献していると思う。
・作家の村上春樹氏は日本における国際的な人材の象徴的な存在であるとともに、文化的な影響力を持つ存在である。読まなくても彼の本を書棚に飾っておくだけの人もいる。今年、国際交流基金賞を受賞したが、これは日本の政府関係機関による非常にいいブランド化だと思う。
・一方で、英国(スコットランド)において、サッカーの中村俊輔選手が活躍していたときに、日本はブランド戦略を実行できていたかというとそうではなかった。所属していたセルティックがヨーロッパ・チャンピオンズリーグで人気チームのマンチェスター・ユナイテッドと戦った時に決勝ゴールを挙げた。中村選手自身が謙虚な人でメディアへの露出を好まなかったということがあるだろうが、日本にとっては機会損失である。
・今はマンチェスター・ユナイテッドに香川選手がいる。既に得点も決めた。新たなチャンスだと思う。今回はどうなるか、注目している。
・中村選手については、同様にセルティックもチームとして日本への売り込みをしていなかったのはもったいない。中村選手のケガをおそれてあまり日本へ出したがらなかったとも聞く。極めて近視眼的な対応だったと思う。
○日本のブランド力強化のための提案
・今後日本がブランド力を強化するためには、以下3点が必要ではないか。
①国家戦略としてのブランド化をもっと活発に行うこと。
②輸出産業で得ている高い評価をツーリズムや投資誘致の分野に落とし込んで行くこと。
③日本の強みであるソフトパワーの側面を強化していくため、さらに文化外交に投資していくこと。
【地域のブランド化】
○地域のブランド化を進めるに当たって大切なこと
次のような点を明確にしながら進めることである。
・地域のブランド化戦略の効果をどのように測定していくのか
・他の競合相手と比較した場合に自己のブランドはどのような状態にあるのか
・誰が責任者としてハンドリングしていくのか・
・地域全体の総合的なブランド化と部分的な(商品や)ブランド化との連携をどう取っていくのか
○国のイメージと地域とをどう結びつけるか
・日本と日本の都市はつながっている。中村俊輔選手で言えば横浜(現在所属しているマリノス)との関係。
・東京・京都は誰でも知っているが、それ以外の都市はどれだけ知られているか。世界に出てしまうと、大阪ですら、名前は知っていてもどんなところか説明できない人がほとんどだろうと思う。札幌については、自分は非常に一生懸命取り組んでいる起業家に出会ったことがあるが。
・都市や地域がどういうイメージとつながるかは重要である。国の例になるがスペインは美しい女性のイメージの一方、一日中踊ったり呑んでいる男性というイメージである。これに対しポルトガルはミステリアスだと思われている。「ミステリアス」というのは重要である。
・ワインなどとつながっている地域もある。山梨などは欧米のジャーナリストを呼んで宣伝すると良いと思う。
○地域のブランド化の例
・アムステルダムの場合。公園に「I amsterdam」というロゴのコンクリート製モニュメントを置いている。I am とAmsterdamを引っかけたものだが、訪問者の多くを引き付けており、それなりに成果を上げている。
・バルセロナの場合には”Vicky Cristina Barcelona”(注:邦題「それでも恋するバルセロナ」)という名前の映画にお金を出して宣伝をしようとしたが、そんなことにお金を使うのか、という議論になった。あまりうまく行かなかった例の1つである。
・ソウルが行った「アジアの魂(ソウル)」という宣伝はsoulとSeoulを引っ掛けたもので言葉の面でも面白いしカラフルで効果があったと思う。
・「イメージの再構築」という手法もある。ニューヨークなどは治安対策に力を入れ、犯罪都市のイメージを返上しつつあるが、これは自分などは80年代には全く想像できなかったこと。
○地域のブランド化を行っていく上で、次の点が重要である。
(1)発すべきメッセージは何なのかを明確化すること
(2)それをどう表現するのか(どのようなトーンで、どのようなコミュケーション手段を使うか)を戦略的に考えること。
・DVDで和食を紹介しているビデオを見たことがある。自分は和食が好きであり楽しみに見たが、内容が子どもっぽかった。最後に「感想はどうでしたか?」となっていた。これではうまく行かない。
・ターゲットによって手段を使い分けることも重要である。たとえば英国では、シニカルでドライな表現の方が好まれる。
・大きな企業などではこの辺を慎重に使い分けている。
○地域のブランド化で見られがちな課題
・焦点が絞れていない(真にグローバルに通用するものは限られる)
・政治家の無関心(外国の人は投票してくれないので)
・内部の連携不足
・事前の情報収集が不足し、ターゲットはどんな人達なのかを理解しないまま進めてしまう
・地域特性に重点を置きすぎ、ターゲットとなる人達がどんなことに価値を置いたりどのような信念を持っているかに十分関心を払わない
○地域ブランド化とはスローガンやロゴを作って終わりではない
・フランスのIFA(注…Investment in France Agency)運動ではビジュアルのブランド化や広告が含まれた
・ターゲットとなる人達の間の顔の見えるやりとりに力がより割かれた
・市民も「大使」として地域ブランド化運動に参加
・ブロガーやフェイスブックの活用も考えられるだろう。
・地域の特産品のプロモーションを行う際には、その特産品を通じて地域をどのようにブランド化していくかということと同時に、国内市場だけではなく、将来的に国際的にどう飛躍していくかということを考え、戦略を練っていくことが必須である
○市民アンバサダーの活用
・地域住民を「アンバサダー(大使)」として巻き込むことで、住民が地域に対して誇りを持つことにつながり、地域から発するメッセージも生き生きとしたものとなる。
・アンバサダーには、「市民アンバサダー」「ビジネス・アンバサダー」「セレブリティー・アンバサダー」などのカテゴリーごとに任命してもいいのではないか。
・地産地消や地域ブランド戦略の理解も進む。
・地域住民のアイデア、創造性、知識やネットワークを生かすことが重要。
○終わりに
・自分はこうした日本の地域ブランド化に関する取り組みを是非世界に紹介したいと思っており、今後本にしたいと思っている。
地域ブランド化に関心のある自治体があれば是非自分に声をかけていただきたいと考えている。
※
キース・ディニー氏は日本の地域のブランド化に強い関心をお持ちです。氏へのお問い合わせやご相談がある場合は、当事務所にご連絡ください。当事務所より氏にご連絡させていただきます。
Mail:mailbox@jlgc.org.uk,
TEL: +44 (0)20 7839 8500,
Fax:+44 (0)20 7839 8191
(日本との時差マイナス9時間)
【質疑応答】
Q.JET経験者を地域のブランド化に活用することについて
A.貴重な財産だし、英語での情報発信ができるのだから、是非活用すべきである。自分自身も日本に住んだことがあり、日本を宣伝したいと思う一人であるが、おそらく同じ思いを持っている人が多いのではないか。ただし、一人ひとりがボランティアとしての立場ということであれば、誰かが明確な戦略を持っていなくてはならないと思う。
Q.日本の地域の英語での広報等に対してどのような意見・アドバイスを持っているか
A.素晴らしいものも多いが、政治や行政のリーダーがどこまで関心を払っているのかという面には疑問もある。それと、どのような方法ですべきかについて十分な検討が必要である。例えば沖縄県がロンドンでイベントをやっているが年に一日だけではもったいない。もしレストランで沖縄料理を毎日提供していればプレゼンスが全く違ってくると思う。英国における取組みとは違うが、マレーシアは、国家戦略として東京・銀座にレストランを経営し、マレーシア料理の普及とブランド化を実践している。これなどは良い成功例だと自分は思う。