活動記録
2012年08月02日
LGA (Local Government Association, 自治体協議会)の年次総会に出席しました。
去る6月26日~28日にかけて開催されたLGA年次総会(Annual Conference)に、当事務所から所長の羽生及びキルヒナー主任調査員の2名が出席しました。当事務所にとって例年の行事ではありますが、羽生にとっては初参加でしたので、日本の同種の会議との違いを中心に、印象に残った点をレポートします。
LGA(Local Government Association)は、イングランドの自治体とウェールズ自治体協議会を構成メンバーとし、国政との間でその利益を代表し自治体の活動を支えている、日本の地方六団体の集合体に当たる組織であり、以前から設置されていたイングランドの基礎自治体、広域自治体、都市部の一層制自治体のそれぞれの代表組織が合併して1997年に創設されています。
(注-LGAについては、同団体が重視する活動の一つである地方の経済成長キャンペーンの内容を含めて当事務所マンスリートピックス2012年6月号でも詳しくご紹介しておりますのでご覧ください。
http://www.jlgc.org.uk/jp/information/monthly/uk_june_02.pdf
[LGA総会の特徴-意見交換、政策議論の場]
3日間にわたる会合は、いくつかのPlenary Session(全体会合)と多くのWorkshop(ワークショップ、分科会)やFringe Session(小規模会合)からなり、議員や大学教員、シンクタンク関係者、マスコミ関係者(編集者、記者等)が参加します。
全体会合もワークショップ・分科会も、基本は1名~数名のスピーカー(発表者)が意見や取り組み事例を述べ、その後に参加者との質疑応答が行われるという流れです。各自治体からの職員はCEO(事務総長)や部長クラスも来ていましたが、感触では半数以上が広域自治体であるカウンティや基礎自治体であるディストリクトの議会の議員であり、発表者の多くも議員で、司会などもテーマによっては学者が、多くは議員自身が務めていました。
筆者(羽生)は日本の全国知事会議にはこれまでの職歴の中でかなりの回数出席した経験がありますが、知事会議を含む日本の地方六団体の会議はどちらかというと組織としての決定や政府への提案・要望を取りまとめることに力点を置いていると思います。
一方、LGA総会は、一部には組織の決定事項を審議する場もありますが、互いの意見交換や政策を学びあうところに力点が置かれていると感じました。参加者は自治体関係者だけでなく、大学、マスコミ、シンクタンク等の関係者が含まれており、むしろ日本の様々な自治関係学会に似た面もあります。
また、面白い点として、お互いの政治的立場の違いも鮮明に出しており、夕刻などには政党毎のセッション(会合)も開かれていました。政策提案や要望についての決定を日本のように多岐にわたって行うことをしないのは、政治的にも超党派で一致をみるのが難しい事柄が多いせいもあるかもしれません。さらに、自治体関連のサービスを提供する企業が様々なブースを設置し、昼休みや夕方には一生懸命宣伝も行っていたのも民間へのアウトソーシングを積極的に行っている英国らしいと感じました。
[厳しい財政状況が議論の内容にも反映]
2010年5月の保守党・自民党による連立政権発足後、リーマンショック後の経済低迷等もあって財政緊縮策が取られており、特に自主財源に乏しい英国の自治体では補助金の削減等によって非常に厳しい財政運営が続いています。このため多くのテーマが厳しい財政状況との関わりをテーマとしたものになっていました。
消防のような分野も例外ではありません。“Future Funding of the Fire Service”(消防行政の今後の財源)というセッションには、日本の消防広域化と類似した議論が行われるのではと関心を持ち参加しました。一部に、消防組織の合併を進めた例が紹介されましたが、この例も含めて基本的には人員削減や勤務シフトの見直し、消防署の廃止・統合など、もっぱら収支を合わせるための効率化をどうやったら実現できるかという苦しい議論となっていました。終了後出席者の一部とは、消防の高度化や少子高齢化によるニーズの多様化などを念頭に積極的・戦略的な広域化を進めてきた日本の状況も参考にしていただけたら、との話をしました。
このような中で、影の財務大臣である労働党のエド・ボールズ下院議員が全体会合の一つでスピーカーに呼ばれ、発言が注目されました。連立政権の経済政策を批判し「我々はお金の使い道を変えてみせる」とは言ったものの、「地方の財政的苦境は今後も続く」と現実的な発言をしていたことも自治体の苦境を象徴していると感じました。
[自治体のマグナ・カルタを]
3年後の2015年は、成文憲法を持たない英国にとって重要な位置づけを持つマグナ・カルタの制定(1215年)から800周年に当たります。意外に思われる方もいらっしゃるかと思いますが、英国では日本の地方自治法に当たるような法律もないため、自治体の権限やその制度的な保障は日本と比べても極めて弱いというのが実情です。
「自治体のマグナ・カルタを」と題したワークショップでは、こうした実情を打開するため、国王の権限にも限界があることを示したマグナ・カルタの800周年に向けて地方自治の制度保障や国と地方の関係を法制度として明確化することの必要性が議論されました。スピーカーには、保守党、自民党、無所属の地方議員に加え、英国議会下院でこの問題を所管する政治・憲法改革特別委員会のグラハム・アレン委員長(労働党)が参加していました。同委員会は既に地方自治の保障や国と地方の関係の法制化の案文も提案しており、今年後半には最終報告がまとめられる予定になっています。セッションの結果、下院委員会と連携しながら、今後も議論を継続していくことが出席者の間では確認されていました。
セッションを傍聴していた地方自治・コミュニティ省のクラーク副大臣(地方分権担当)も発言を求められ、婉曲な表現ながらもこうした動きへの支持を表明していました。
ただ、LGAとして法案にどのように対応していくのかは、現時点でははっきり決まっていません。自治体の自由を求める一方で、法律にその内容が記載されることに伴う制約も懸念されるというのが慎重派の理由のようです。
筆者自身、日本では憲法による地方自治の保障、地方自治法は所与の存在と考えてしまいがちで、むしろ全国知事会の仕事に関わっていた当時などは、霞ヶ関との様々なやりとりの中で、制度の保障がありながら、うまく活用されていないと思う場面も多かったのですが、今回のセッションに参加してみて、制度的基盤があることのありがたみを改めて実感させられました。しかも日本では、昨年春には国と地方の協議の場に関する法律が制定され、地方の立場は着実に強化されると同時に、地方六団体は責任ある主体としての役割を負うことになりました。このような制度は民主主義先進国の中でも貴重なものであり、着実な実績を積んでいくことで、日本の取り組みが英国のような国からも手本とされるような時代がくれば良いなと感じました。
このテーマについては次のLGAのウェブサイトでも紹介されています。
http://www.local.gov.uk/web/guest/publications/-/journal_content/56/10171/3630072/PUBLICATION-TEMPLATE
[オリンピックとパラリンピック開催が未来に与える影響]
本原稿を記している間に、ついにロンドンオリンピックが開幕しました。一方、次の次となる2020年のオリンピック・パラリンピックに向けては東京がスペインのマドリード、トルコのイスタンブールと共に3つの立候補市の1つに選ばれ、2013年の9月には開催地が決定する予定です。
この招致活動の参考にもなればと思い、”Olympic and Paralympic Games: creating new opportunities for the future”(オリンピック・パラリンピック-未来に新たな機会を創り出す)と題したセッションにも参加しました。
説明の中心となったロンドン郊外のエセックス・カウンティのキャッスル議員は、LGAとしてのオリンピック・パラリンピック関係の業務を担当する委員会の委員長で、LGA総会の段階で進行中だった全国規模の聖火リレーを各自治体の協力を得て実現してきた方で、これを通じ地域コミュニティの皆が、特に若者が素晴らしい経験をしてくれている、ということを聖火リレーの実際のビデオ映像を交えながら熱心に説明していました。
羽生から聖火リレーはこれまでのところ大成功のように思えるが、難しかった点は、と質問したのに対し、キャッスル議員が2つあると答えてくれました。
1 IOCからはオリンピックのマークや名称使用について様々な制限が示され、調整が事務的に大変だった
2 2005年のロンドン開催決定後、特に2008年のリーマンショックで経済情勢が悪化したためスポンサー企業、自治体も含め賛同を得るのが大変だった、まずは先にやらねばならないことがある、という状況になってしまった
これに付随して、あまり早く準備を始めてしまうと飽きてしまうのでタイミングを良く考えた方が良い、と2020年は東京に決まったかのようなアドバイスももらいました。
また、司会のフローレンス議員は、国会のあるウエストミンスターからテムズ川を隔てたランベス区の「内閣」の教育・スポーツ担当でもありますが、2-3年前は「オリンピックなんかに無駄な金を使って!」と文句を言っていた人たちも、今は熱い思いでオリンピック開催を待っている、と言っていました。
また、ウェスト・ミッドランド地方のオリンピック準備組織の代表で、LGAの取り組みを元オリンピック選手として支えてきた元5000M世界記録保持者のムーアクラフト氏は、11歳の時に東京オリンピックを見て感動したのが自分の選手となった原点であると仰っていました(残念ながら、怪我等でオリンピックでのメダルには縁の無かった方なのですが)。
改めて調べてみると議員2人はそれぞれ保守党、労働党でしたが、それでも大変いいムードの分科会でした。スポーツの持つ力を思い知らされます。
日本では、東京招致の動きに対してまだそれほどムードが盛り上がっていないようですが、震災からの日本の復興を海外にアピールする意味でも、明るいニュースの少ない若者世代に前向きなチャレンジの機会を提供する意味でも、貴重な機会になるのではないかと改めて感じました。
ロンドンオリンピック・パランリンピックについては当事務所から下記リンクをはじめとして様々なレポートを行っていますが、引き続きその成果も含め発信していきたいと考えていますので、今後ともご注目ください。
(ご参考)
自治体国際化フォーラム2012年5月号特集「2012年ロンドンオリンピック・パラリンピック大会の動向」
http://www.clair.or.jp/j/forum/forum/pdf_271/04_sp.pdf
クレア・メールマガジンvol.31「いよいよ明日開幕!ロンドンオリンピック直前特集号」
http://www.clair.or.jp/j/mailmagazine/backnumber/2012/07/clair_vol31_201226.html
[その他]
このほかにも、ツイッターをどのように行政サービスに利用するかといったプレゼンテーションがあったり、2012年11月から導入が予定される警察・犯罪委員長を公選で選ぶ新たなシステムについて、どのように制度を運用すればうまく機能するのかといったことについて真剣な議論が交わされていました。こうした英国自治体の興味深い動きについては今後もマンスリーレポートなどを通じて随時報告してまいります。
(文責:所長 羽生雄一郎)