活動記録
2010年03月31日
スピーカーシリーズ「Japan at the British Museum, 大英博物館における日本について」
1 テーマ:「Japan at the British Museum, 大英博物館における日本について」
2 日時:2010年2月19日(金)14:00~15:30
3 講師:セインズベリー日本藝術研究所長 ニコル クーリッジ ルマニエール様
【セインズベリー日本藝術研究所について】
・セインズベリー日本藝術研究所のあるノリッジは、15、16世紀にはロンドンに次いで裕福な都市であった。地理的にオランダに近いためにオランダとの交流が昔から盛んで、その結果、オランダから日本の焼物や漆芸品がもたらされたという歴史がある。ノリッジの町並みを見てみると、高いところに窓が設けられている建物が多いことに気付く。これは、織物生産にかかすことのできない光を多くとりいれるための工夫である。
・セインズベリー日本藝術研究所に隣接して大聖堂があるが、現在大聖堂の敷地内に日本庭園を造園中である。大聖堂は講演会の場所として使われることもあり、同研究所は毎月第三木曜日にThird Thursday Lecture(「三木会」)という日本美術・文化をテーマとした講演会をノリッジで行っている。今月の「三木会」のテーマは工芸についてであった。
・セインズベリー日本藝術研究所はその名のとおりセインズベリー卿ご夫妻のご支援により設立された研究所であり、研究所附属図書館では、セインズベリー夫人から寄贈されたバーナード・リーチの旧蔵書や、元駐日英国大使から寄贈された日本の古地図などの貴重資料も所蔵している。同研究所の姉妹機関であるセインズベリー視覚美術センター(Sainsbury Centre for Visual Arts)は複数体の土偶を所蔵している。昨年は大英博物館で「土偶展」を開催した。セインズベリー視覚美術センターはノーマン・フォスターが設計した建築物で、イーストアングリア大学キャンパス内にある。ここで今年 ‘unearthed’展と銘打ち「もう一つの土偶展」を開催することになっている。
【大英博物館について】
・現在の大英博物館のロゴは「The British」が小さく「Museum」が相対的に大きくなっている。これは世界の博物館であることを前面に打ち出すという意味がある。大英博物館の設立目的を見ても「世界のための世界の博物館」とある。世界の博物館として新しい歴史をかき、新しい発見をしていくことに存在意義を置いている。
・大英博物館の始まりは、ハンズ・スローン卿の財産が国へ寄贈されたことがきっかけとなっている。スローン卿は日本関係でも有名な人物で、彼が1727年に日本の歴史について出版した本の中に、「Japan is enclosed country.」というくだりがあり、この本がオランダ人を介して徳川幕府にもたらされ、幕府が翻訳を行う過程で「鎖国」という言葉が作られたというエピソードがある。
・現在、大英博物館と大英図書館の2機関が別個に独立して存在しているが、以前は大英博物館があったのみで、図書とそれ以外の資料を一緒に所蔵していた。、当時は所蔵品の中でも図書がその他のものよりも価値があるものとされていた。大英図書館が建設され(設立され?)、全ての所蔵品を図書館が所蔵するか、博物館で所蔵するかを選り分ける際に、例えば陀羅尼経を納めた百万塔などは経と塔がそろって一つの資料であるにもかかわらず、経典は図書館へ、百万塔は博物館へと選別されてしまった事例もあり、図書館の新設は必ずしも良い結果をもたらさなかった。
・1890年代の大英博物館展示室を撮影した写真を見ると、ショーケースをびっしりと埋め尽くすほど多くの展示品が並んでおり、当時は展示品の数が多ければ多いほどよいとされていたことがわかる。
【大英博物館三菱商事日本ギャラリーについて】
・大英博物館における日本コレクション蒐集のきっかけとなった人物は(大英博物)19世紀に勤務した学芸員オーガスタス・ウオラストン・フランクスであった。、お雇い外国人として大阪造幣局で貨幣鋳造の指導を行なったウィリアム・ゴーランドが日本の古墳を撮影した大量の写真や考古学資料も大英博物館へ入り、ウィリアム・アンダーソンが日本で北斎画を購入して大英博物館へ寄贈した上、英国で初となる日本美術史を執筆、等々1870年代頃から日本のものがたくさん入ってきた。
・正倉院、伊勢(の古社寺)等を調査し帝室博物館(現東京国立博物館)の開設に尽力した蜷川式胤は、日本の陶器を海外に紹介することにも積極的で、大英博物館の学芸員だったフランクスに日本の陶器を売却したことを示す記録が残っている。その関連資料の一つとして、当時の陶器のカタログのようなものも残されている。それを見ると、当時どのようなデザインの陶器が流行していたかがわかる。
・大英博物館では土偶展の他にも日本に関する特別展を開催してきており、以前には「わざの美」や「KAZARI」という特別展を開催した。特別展「KAZARI」では、15世紀から19世紀の日本における飾りとその意識を芸術の観点から展示した。日本語の「美術」という言葉は1873年につくられた言葉であるが、それ以前の日本における美術の概念はどのようなものだったのかと考えると、それは「ハレとケ」を構成するものであったり「飾り」であったりしたということがわかる展示となった。
・特別展「わざの美」の中で着物の展示方法をめぐって問題が生じた。日本人は通常着物を広げて着物の後ろ全体を見せるかたちで展示するが、西洋人からすると洋服は前から見るものという感覚があり、着物を前からも見たいという要望があった。日本人専門家から反発もあったが、最終的には360度どこからでも鑑賞できる展示ケースを用意して何点かの着物はそのケースに展示した。日本人の慣習・伝統ももちろん大切だが、西洋人に日本文化を広めようとする際には日本では当たり前となっている展示方法を見直すことも必要になるということを示す事例である。
・大英博物館の日本ギャラリーは1990年4月にオープンし、2005年半ばから2006年にかけての約一年間の大改装工事を経て2006年10月に常設展示として再オーブンした。新しいギャラリーでは、日本の先史時代から現代までを紹介している。新しい方法で日本を展示することに力を入れており、展示品についての解説も工夫している。
・また現代作品の紹介にも力を入れており、人間国宝を含む現役の工芸作家の作品の展示も重視している。その中でも特に技術の高いものを今後展示していきたい。また過去には生け花の実演を行う特別展示を行ったこともあり、最近では「生きている」とか「現代」というのが展示をする際のキーワードである。
・展示品には、アイヌ民族の衣装、被爆後の広島の地図、鉄腕アトムなどの漫画のポスターやその他映画のポスターなど様々なものがある。(年に3回展示替えがあり、これらの作品は展示されていない場合がある)
・大英博物館三菱商事日本ギャラリーで陶芸展示を手がけている中で最近感じることは、近年日本の存在感が落ちているということである。日本の存在感を上げるためにまた何か特別展を企画したいという気持ちはある。ただ最近の傾向として「craft, tradition」という単語を使うと来館者数が伸び悩むという傾向があり、例えば、craftはcraftingに、traditionはbeautyに置き換えるなど、表現方法も含め、どのようなかたちで日本を見せていくかという点が課題である。
わざの美バナーのかかった大英博物館正面
わざの美バナーのかかった大英博物館グレートコート
ノリッジのセインズベリー日本藝術研究所と大聖堂
イーストアーリングリア大学キャンパス内にあるセインズベリー視覚美術センター
土偶展図録カバー
大英博物館三菱商事日本ギャラリー
スピーカーシリーズ「道州制議論の行方~3度目の正直か、2度あることは3度あるか~」
1 テーマ:「道州制議論の行方~3度目の正直か、2度あることは3度あるか~」
2 日時:2009年12月10日(木)15:00~16:30
3 講師:新潟大学法学部教授 田村 秀様
【概要】
・道州制に関する議論が本格的に始まったのは、北海道で構造改革特区制度を用いて道州制の先行実施に向けた取組みが始まったことがきっかけである。
・その後国の大きな動きとしては、2006年の第28次地方制度調査会の答申がある。内閣府に道州制担当大臣と道州制ビジョン懇談会が設置され、政府として積極的に道州制について検討を進めていくという姿勢が示された。
・自民党、経団連も道州制に関して積極的で、それぞれ道州制に関して中間報告等を取りまとめている。
・総務省が推進していた市町村合併の進展とともに、都道府県のあり方もクローズアップされるようになった。富山県のように県内の市町村数が15にまで減少し、神奈川県のように政令市の数が3つとなると、県のあり方・存在意義は何かが問題となってくる。
・そもそも道州制とは、現行の都道府県を大括りの道や州に再編する構想のことで、議論の始まりは昭和初期にまで遡るとされる。そして1950年代に議論の高まりがあったが、これは新憲法によって導入された公選知事制に対する不信感、特別市制度の導入を巡る大都市と府県の対立が原因であった。1960年代にも経済成長を背景に都道府県合併特例法案が策定されたが、同法案は廃案となり、道州制導入の機運は後退した。
・ここ数年、多方面から道州制の提言が行われており、この議論の中には国の出先機関の統合も含まれている。
・なお、道州制と連邦制との最大の相違点は連邦制においては主権が分割されるのに対して、道州制はあくまでも単一国家・単一主権内での地方分権である。日本においては主権を分割することまでは考えていないので、連邦制ではなく道州制を導入する議論が行われているところである。
【道州制の歴史】
・都道府県統廃合の歴史を見ると、1871年7月に廃藩置県が行われ、3府306県が置かれたが、数ヵ月後の12月には3府72県へと統合が行われ、1876年8月には3府35県となった。このときに一番大きな県は石川県であった。1888年には1道3府43県体制が確立し、現行の区割りがほぼ確定することとなった。その後府県制制定、東京府が東京都へという動きがあり、1972年に沖縄県が復帰して現在の1都1道2府43県となっている。
・新潟県のなりたちについて取り上げると、明治4年以前には政府の直轄地であった「県」と「藩」が混在していたが、それが新潟県、柏崎県、相川県に再編され、明治9年に一つの新潟県として統合された。
・最も移り変わりが激しかったのは四国で、4分割から3分割へそして2分割となり、また最終的には4分割へと様々な変遷を遂げた。これらの統合・分割は、専ら明治政府によってなされていた。
・戦前から1950年までの議論においては、1927年田中義一内閣のときに「州庁設置案」が作成された。同案では北海道以外を6つの州(国の行政機関)に分割、府県を完全自治体化という提案がなされ、フランスやイタリアの三層制に近いかたちになっていた。
・1945年には全国を8つに分割し、地方総監府が置かれた。これはわが国で唯一実現した道州制との評価もある。1947年に地方自治法が制定されたが、その附帯決議に「都道府県の区域を適当に統廃合すること」とあり、これは当時47都道府県というあり方はまずいとの認識があったことを表している。
・1950年代には、特別市制度(特別市が都道府県から独立するというもの)をめぐり、府県と大都市の対立が激化した。市長会、市議会議長会などが都道府県の廃止と道州制の導入を主張し、知事会は道州制の導入に反対し、地方6団体内に大論争が起きた。この問題は1956年地方自治法改正により政令指定都市制度が創設されたことで「一応」の解決をみた。1957年の第4次地方制度調査会でも都道府県制度のあり方について大議論となり、答申には道州制案(「地方」案)と少数意見の府県統合案(「県」案)が併記されることとなった。
・その後、高度経済成長とともに水問題等の広域的な行政需要の増大が生じた。その結果、東海地区(愛知県、岐阜県、三重県)で合併の動きが起きたり、阪奈和合併構想(大阪府、奈良県、和歌山県)が持ち上がったりした。1966年の第10次地方制度調査会答申では、合併を希望する府県に対しそれを可能とするために法整備をすべきだとの内容が盛り込まれた。その後特例法案が3回提出されたが、いずれも廃案となった。
・経済界は企業同様、スケールメリットを生かすために道州制導入に熱心である。また自民党の道州制を実現する会による「道州制の実現に向けた提言」(2000年)、民主党の道州制推進本部「道州制―地域主権・連邦制国家を目指して」(2000年)等も出されている。
・都道府県も広域行政を行う上で道州制の必要性を感じ、県・知事が以下のとおり様々な提言等をしている。
・岸大阪府知事「近畿圏の提唱」(1990年)
・岡山県研究会「連邦制」(1991年)
・平松大分県知事「九州府構想」(1995年)
・北海道「道州制」(2001年)
・北東北3県の取組
・静岡県「政令県」(2003年)
【諸外国の状況と道州制の現状】
・連邦制、道州制、都道府県合併をより詳細に比較すると、様々な違いが見えてくる。例えば導入手順については、全国一斉のものもあれば、地域ごとの選択が可能とするものもある。その他、首長の選任方法、国政における参議院の位置づけ等も論点になることが予想され、憲法論議も出てくる。
・諸外国の状況を見れば、アメリカ、ドイツ、スイス、カナダ、オーストラリアは連邦制国家、日本はフランス、イギリスと同じ単一主権国家である。また日本の都道府県の規模(人口、面積)は諸外国と比較しても決して小さくないと言える。
・近年の道州制に関する動向としては、以下のような動きがあった。
・2006年2月 第28次地方制度調査会
・2008年3月 内閣府道州制ビジョン懇談会中間報告
・2008年7月 自民党第3次中間報告
・2008年11月 経団連の第2次提言
・2009年1月 鳩山大臣の国民対話
・経済界は道州制に積極的であるが、その要因の一つとしてアメリカのように州間の租税競争、またそれによる法人税減税の実現を期待していることがある。
・道州の区割り問題を取り上げると国民的議論が盛り上がるのは確かだが、ビジョン懇談会中間報告では、区割りについて「例」を示すにとどまった。
【政権交代後の動向】
・民主党政権誕生後、他の諮問会議、審議会等がそうであるように、自民党政権下での会議は事実上‘廃止’となっている。これにより、道州制導入に向けた諸課題についての議論は一旦リセットされることとなった。
・今後の動向は不透明ではあるが、2000年6月に民主党道州制推進本部が「道州制―地域主権・連邦制国家を目指して」をとりまとめている。その後の総選挙での公約にも「「地域のことは地域で決める」という民主主義の原点に立ち返って、徹底した分権化と地域主権の確立に取り組み、二一世紀日本の国のかたちを分権連邦国家につくり変えていきます。このため、国の役割を限定し、基礎自治体たる市町村の権限と財源を拡充するとともに、道州制の導入に段階的に取り組んでいきます」としている。
・また原口総務大臣は2009年7月に「民主党は基礎自治体主義をとっているが、道州制についても「地域が選択するということになれば」トップダウンの道州制導入でなく地域から盛り上げられた道州制導入ということで推進することになる」と発言している。
・既に橋下大阪府知事は、国の出先機関の受け皿として広域連合を活用することを表明している。近畿地方あるいは九州地方などで広域連合によって、都道府県と国の出先機関の機能が部分的に統合された場合、まさに総務大臣が言ったような「地域から盛り上げられた道州」として実現することになるのかもしれない。だが、解決すべき点は数多く残されている。例えば、環境の整った地域から順次道州を導入する場合、過渡期には道州と都道府県が併置されることになる。この場合の広域的な利害関係の調整をどのように行うかについてのルール作りも必要になるだろう。
・道州制は単なる都道府県合併ではなく、意味のある道州制とするためには国、地方を通じた統治機構の再編であり、中央省庁の再々編も視野に入れる必要がある。また国・地方の役割分担についても改めて考えてみる必要がある。道州制の統治機構についても多くの議論がなされることが見込まれる。首長は直接公選とするのか、議会は比例代表か、中小選挙区制か、そしてこれらの議論を受けて参議院の見直し論が出てくることも予想される。その他にも、道州制間の財政調整等、財政問題、そして区割り問題など論点は非常に多くある。
・加えて、道州制により影響を受けるのは行政機関だけではない。指定金融機関としての地銀、テレビ局、新聞社等、都道府県単位の様々な団体が、道州制の導入によって再編されるのではないか。
2010年03月26日
E-Government in Camden
日時 2010年1月22日(金)15:00~17:00
応対 Head of Information systems and development Alasdair Mangham氏
【カムデン区の概要】
・カムデン区は33あるロンドン区の1つで、ウエストミンスター区の北東、シティ区の北西に位置する、ロンドン中心部に位置する区である。
・人口は約20万人で区内の学校では105の言語が話されており、いわば「世界の縮図」のような区である。
・区内の選挙区のいくつかは富裕層の多い選挙区トップ10(イングランド)に入っている。
・英国監査委員会による包括的地域評価では4スタープラスという全国一の評価を受けている自治体である。
・区が住民や企業に対して行っている公共サービスは約570種類に及ぶ。区が実施していない公共サービスは、医療、警察、バスが通る道路の維持修繕(これらの道路はGLAが管轄している)である。
・区議会は54人の議員からなり、議会は年7回開催される。毎年5月には区長及びその他内閣のメンバーが任命される。現在、最大会派の自由民主党は過半数に満たないことから、自由民主党と保守党の連立により区が運営されている。
・内閣は区長と9人を上限とする他の区議会議員で構成され、上述のとおり区議会からの任命を受けて内閣の構成員となる。内閣のメンバーはそれぞれ区の行政分野の一部を担当分野として受け持つ。また内閣による決定事項は事前にフォーワード・プランとして公表される。
・カムデン区には現在、以下5つの政策評価委員会があり、1)区の政策やサービス提供について監査する、2)内閣の決定事項で未実施のものについて決定内容が適切かどうかを監査する、3)特に必要のある行政分野について業績の管理を行うために年7回の委員会が開催されている。
・子供・学校・家族政策担当
・文化・環境担当
・保健担当
・住宅・社会福祉担当
・内部管理担当
【国の電子政府・自治体政策】
・2000年3月、英国政府は地方自治体が実施するサービスの全てを2005年12月までにオンライン化するとの政策を発表し、この目標を達成するための呼び水としての予算を確保した。この予算は大きく分けて以下3つに大別される。予算は内閣府予算として確保され、内閣府に良い政策として認められた自治体の政策に対して中央政府からの補助金が与えられる仕組みとされた。
・試験的プロジェクト用予算(2001年から2002年実施)
・国家プロジェクト用予算(2003年から2004年実施)
・改革・刷新用予算(2004年から2005年実施)
・地方自治体は、「E-Government実施に係る政府方針」に基づき、以下のシステムを整備することとなった。
・コンテンツ管理システム
・消費者管理システム
・オンライン予約システム
・都市計画、免許取得、駐車許可等に係る申請システム
・また、「E-Government実施に係る政府方針ガイドライン」は、システムを整備する際に満たすべき点について言及しており、例えば相互に情報交換可能なシステムを構築することなどがあげられている。
・地方自治体の業績を測る制度としてベスト・バリュー制度という制度があり、157の指標が設けられているが、それら指標の中には、住民に提供するサービスに係る自治体のウェブサイトや、それに関連する申請様式、支払いシステム等に着目した指標もある。
・2005年に一旦終了した中央政府主導のE-Governmentプロジェクトにより、地方自治体には様々な影響があった。まず、政治的にE-Governmentの必要性が認知されたということがある。一方、中央政府の呼び水的予算は小規模な自治体に対する政策誘導効果はあったが、大規模自治体への政策誘導効果は小さかった。さらに、プロジェクト終了とともに中央政府からの補助金も終了してしまったことから、プロジェクト期間中に成功を収めた自治体の政策は数多くあったが、補助金の終了によりそれらも終了してしまった。ただし、変革の重要性への理解は進んだことから、このプロジェクトを元に民間ベンダーが開発したシステムを、自治体が購入して利用するような動きも進んだ。自治体にとっては、政府の補助金よりも、ベスト・バリュー制度のE-Government関連指標でよい評価を得ることの方がE-Government政策を推進するインセンティブとなった。また、政府方針の中には全自治体が満たすべき基準が定められていたが、それにより自治体共通のシステムが構築されることはなく、いまだに自治体のシステムは共通化、統一化されておらずシステム調達も個々に行っている。
【電子政府・自治体政策を考える上で知っておきたい重要な5つのポイント】
・第一は、効率的なサービスと効果的なサービスの違いを理解し、どちらを目指すのかを明確にすることである。「効率的」「効果的」という言葉は同時に用いられることが多いが、公共サービスを考える上ではこれらは二律背反の概念である。「効率的」というのは例えばマクドナルドのように提供するサービスを限定し、提供方法を完全にマニュアル化してサービス提供にかかる時間や費用を最小限に抑えることである。一方「効果的」とは、たとえば高級レストラン「ゴードン・ラムジー」のように、サービス提供を受ける者がそのサービスから最大の利益を得られるようなサービス内容や提供方法を考案することであり、「効果的」を最大限追及すればサービス享受者それぞれのニーズに個別に対応するサービスを提供することになる。したがって「効果的」なサービスのためにはその提供方法等はマニュアル化することはできず、また規模の経済も働かないことから、効率性を追及することは困難となる。
・第二は、インターネットはそれ自体がサービスを分散に向かわせる技術だが、政府のサービスは、変革を行って初めて分散的にできるということである。E-businessとの違いをよく理解したうえで、E-Government政策を推進する必要がある。E-Businessは、競争上の優位性を求める、既存の流通網に分裂的な変化を与える、新たな需要を生み出す、変化に対して迅速に対応できる、という特徴がある。一方E-Governmentでは、提供するサービスは独占的であり、サービス流通網の全てを制御でき、需要を規制することができるという特徴を持っている。官僚機構の永続的な業務を基にしたシステムであるため、E-Businessとは大きな違いがあり、E-Businessの手法をE-Governmentに直接当てはめることは難しい。
・第三は、E-Governmentを構築するために、どのモデルを使うのかということである。E-Governmentを構築する際に、1)供給主体型、2)需要主体型、3)設計主体型のどれを選択するのかにより、政策リスクが異なってくる。1)供給主体型では、E-Governmentの枠組みを政府側主導で構築し、出来上がった枠組みは国民に自ずと利用される、という考え方になるが、この場合、多くの利用されないE-Governmentサービスが発生するリスクが考えられる。2)需要主体型を選択した場合は、利用者が望んでいることを把握する必要があるが、利用者に当たる利害関係者(一般市民、職員、政治家、中央省庁、他の公共部門)があまりに多く複雑で、彼らの要求に優先順位をつけることが難しいというリスクが生じる。3)設計主体型においては、オンラインサービスの向上のために消費者(利用者)分析の手法を用いることになる。しかしこの場合は、利用者である住民に合ったオンラインサービスが、職員が望むサービスとは異なるというリスクがあり、また消費者分析手法について卓越した知識が必要となる。
・第四は、情報技術というのは、単なるプログラミング言語の理解というだけのものではないということである。E-Governmentに係る技術の市場構造というものを理解しておく必要がある。ある特定の技術を取り上げた場合、当該技術の規格が確立するまでの初期段階においてはイノベーションの繰り返し等により市場への参入企業数は急増する。その後当該技術について規格が出来上がると、次は生産プロセスや価格に関する企業間競争が起こり、その結果企業の淘汰が進んで市場の企業数は減少することとなる。
・第五は、将来の予想について、決して特定の前提を置いて考えてはいけないということである。将来を見越した設計として鍵となるポイントは以下の5つの点である。1)組織・業務管理手法の変革(インターネットがすべての手続をさらけ出してしまうので、役所の内部業務をE-Governmentに合わせて改革しなければならなくなる)、2)知識管理(E-Government技術・知識のデータベース化や、熟練した人材の流出を防ぎ、また一方では適切な人材を担当として配属するなど)、3)オープン・スタンダード(標準的技術の採用。これは必ずしも「オープン・ソース」、すなわち技術情報がすべて公開されているものと同じ意味ではない)、4)データ管理(取得情報、保有情報の同一性、互換性を担保すること)、5)システムの相互操作・相互利用可能性(異なるシステム間で、共通のデータソースを参照できるようにすること)
・E-Governmentサービス設計における基本原則は以下5点である。1)利用者の状況をよく把握していること(ほとんどの市民は必ずしも足しげく役所に来るわけではないので、本当に市民ニーズを理解するのは実は難しい)、2)利用者が今現在、そのサービスをどのように利用しているか、また市場における他の似通ったサービス、商品をどのように利用しているかについて把握していること、3)データ分析結果を設計に反映させていること、4)繰り返し(常時)改善が図られているシステムであること(少しずつ改善を加えていくことが重要である)、5)業務の目的が達成されるシステムであること。
【カムデン区の電子自治体政策】
・カムデン区では、利用者の状況を把握するために以下のような方法を用いている。まず、社会的データ図表として、区の地図上に個人の所得額情報や人口情報を複層的に重ねたデータを利用している。また、オンラインの利用者調査、グーグルを用いたウェブサイト分析も利用している。
・カムデン区の住民は、所得等に応じて3つのグループに分けられる。人口の40%を占めるのが「アーバン・インテリジェンス」グループで、このグループは、若い世代で未婚、多くは中級レベル以上の学歴をもつ者から構成され、都会の生活を好み、リベラルな思想をもつ傾向にある。次に人口の30%を占めるのが「シンボル・オブ・サクセス」グループ。このグループに属する住民は、高収入が得られる職に就き、奢侈品や高額高品質な商品を購入できる。最後に人口の26%を占めるのが「ウエルフェア・ボーダーライン」グループで、文字通り生活保護を受けるボーダーライン前後の所得の住民がこのグループに入る。彼らの多くは区から住宅や手当の支給を受けている。
・より詳細に上記3グループの特徴を見ていくこととする。まず「アーバン・インテリジェンス」グループは、若くて未婚、子供なし、中級以上の教育を受けている、学生であったり知的専門職についている者、広い視野をもち、都会の生活を好む、良い食事をして健康状態も良好、文化的な嗜好は多様という特徴を持つ。そしてどのような媒体から情報を得ているかという点については、インターネット、リーフレット、ポスター、ダイレクトメール、電話、居住地域の店、雑誌を多く利用しており、ほとんど新聞を利用していないという特徴がある。
・次に「シンボル・オブ・サクセス」グループは、中年齢層、(主に仕事において)成功している、高収入が得られる職に就いている、裕福、様々な選択肢から住宅を選べるだけの経済的余裕がある、良い食事をしている、毎日飲酒をする、環境への関心が高いという特徴がある。情報媒体については、新聞を利用する、雑誌をよく読む、電話、インターネットを利用するが、テレビ、ポスター、テレマーケティングをあまり利用しない傾向にある。
・「ウエルフェア・ボーダーライン」グループは、家族単位の所帯で、多くの子どもがこのグループに含まれる。低所得のため無料の給食を支給され、また公営住宅に入居している所帯が多い。生活必需品に事欠くことも多い。公共交通機関を利用、テレビを非常によく見る、大酒飲み、ヘビースモーカーが多く存在する。情報媒体については、テレビの通信販売番組、リーフレット、ポスター、ダイレクトメール、大衆紙をよく利用し、インターネット、雑誌、大衆紙以外の新聞をあまり利用しない。
・次に、これら3つのグループと区が提供する公共サービスの利用との関係を見ることにする。リサイクル、公園、駐車場、娯楽施設、都市計画に関するサービスは、「シンボル・オブ・サクセス」グループに多く利用され、図書館、住宅手当、初等中等教育、保育所は「ウエルフェア・ボーダーライン」グループが主に利用している。「アーバン・インテリジェンス」グループは、どのサービスについても他2つのグループの中間程度の利用度合となっているが、成人向け社会福祉サービスの利用は最も多くなっている。
・これらの属性から「ウエルフェア・ボーダーライン」によく利用されるサービスは紙ベースの広報がなじみ、「アーバン・インテリジェンス」はインターネット、「シンボル・オブ・サクセス」は新聞・雑誌が効果的であることがわかる。
・カムデン区ウェブサイトの改善のために、各ページのアクセス件数等を自動的に記録して分析をしてくれるグーグルの無料サービスを利用している。
・データ分析から、カムデン区サイトの利用者は女性の方が多いことや、65歳~75歳の年齢層が予想以上に利用していることなどもわかった。
・カムデン区の電子自治体サービスにおける課題等として、1)住民と行政サービスを結ぶチャンネルの移行(住民への窓口対応は1回£10かかるが、オンラインであれば2ペンス未満)、2)業務効率化(区内部の業務を効率化させる必要がある)、3)多く利用されているオンラインサービスは娯楽施設関連、駐車場関連、都市計画関連、4)オンラインで提供するサービスは速度と手間がかからないこと、という2点がポイントとなる。
・カムデン区の「オンライン業務を改善するための手引き」は以下のとおり。
「オンライン業務を改善するための手引き」
1)計画、目標設定、必要事項
―民間企業の中から先導役、コンテンツ提供者を見つける
―業務目標を設定する
―業務目標を達成するために実施しなければいけないことをグーグル分析等を用いることにより洗い出す
―民間企業、コンテンツ提供者への研修を行うため打合せを開始する
―オンライン以外の情報提供媒体の利用状況について分析する(窓口での対人対応、電話、電子メール)
2)区ホームページ担当部局とのオンラインサービス構築
―利用者志向をアンケート調査等を通じて把握する
―利用者のオンラインの利用の仕方を把握する
―利用者の目的を達成するために実施しなければいけないことを洗い出す
―他の組織(他の区、民間企業等)からモデルを見つける
―利用者目的達成のための必要事項、利用者の利用の仕方、モデル全体から得られたものを総合して、新たに実施すべき業務を洗い出す
―システム(意思決定ツリー、電子申請フォーマット、システム統合等を含む)を利用した解決方法を設計する
―ホームページ担当部局が取り組むべき業務パッケージを作成する
3)政策実施及び効果測定
―設計、利用しやすさの向上、グーグル分析等を含むオンラインサービス改善策の開発のため、ホームページ担当部局と協働する
―試験利用を行う
―新たな機能が必要となった場合には、そのためのプロセスを計画する
―ホームページ担当部局と上記事項に関する利用者テストを実施する
―1ヶ月間のABテスト(同一目的で異なるデザインのウェブページを2種類用意し、使いやすさを対比実験する手法)を開始する
―ABテストの結果を評価する
―上記結果を踏まえた改善を行う
―最終的なシステムを構築する
―サービス利用を開始する
―1ヶ月間の効果測定を実施する
―サービス目標に関しての最終的な報告書の作成及び担当課長への月例報告を行う
2010年03月16日
第2回日英ローカルリンク会議
2010年3月16日に在英国日本国大使館で、昨年度開催した初回会議に引き続き、第2回日英ローカルリンク会議(Japan UK Local Links Conference)を開催しました。
この会議は、日本の自治体と姉妹交流を実施している英国の自治体及び在英の日本関係機関出席の下、両国の自治体による交流の活性化方策を検討するため、当事務所と在英国日本国大使館と共催で開催したものです。前回の会議における当事務所からの提言から、今回の会議ではJETAAからの参加者が新たにメンバーに加わりました。
各自治体から交流の現状の報告を受け、その後の意見交換では、厳しい財政状況下において助成金等による財源調達方法、JET経験者等外部人材の活用方策について議論を深めることができました。国際交流に対して市民からの理解を得るには、交流がもたらす好影響を数値化して示し、交流を地域の経済発展につなげるべきという意見が出ました。